第81話 獣人の会議
「……でけえな」
大広間はとにかくでかかった。広く高い。その広すぎる空間に、大きな丸いテーブルと椅子が設置されている。席の数は数え切れなく、相当の人数がここに入れるだろうと予想できる。
「おお、来た来た。リアム殿と奥様方はあちらの席へお座りください」
大広間に入ったリアム達にアオが気付き、近寄って来る。そして案内された席に座ると、アオも隣に腰を下ろした。ライグとフィオナはアオの後ろに立っていた。まだ広間には人影が少ない。
「アオさん。俺はどうすれば?」
「リアム殿は基本的に話を聞くだけでいい」
長老会議はヴィリレタル大陸中の長老が集まるため、かなりの人数が参加する。中には世代交代で新しく長老になった者もいる。その大人数で一々自己紹介をして回るのも骨が折れるため、会議で発言する時に名乗ればいいらしい。だから、リアムも話を振られたら名乗って、それがなければ何もしなくていいとのことだった。
「意外と楽なんですね」
「ほっほっ、そうじゃな。じゃが、リアム殿にとっては面倒かもしれん」
「面倒?」
「うむ。言ってしまえば、リアム殿、アリサ殿、ミサキ殿を受け入れたのは儂らだけじゃ。他の村の者達はそれを知らぬ。じゃから、多少は突っかかれるじゃろうな。無論、儂らも援護はするが、獣人にも過激派はおるし」
アオはやれやれと首を振る。どうやら獣人も一枚岩ではないらしい。
そうこうしているうちに、他の村長が集まりだした。存外若者も多く、リアム達の方を見て眉を顰めたり、露骨に睨みつける者もいる。中には、殺気までぶつける者もいた。だが、リアムからすれば取るに足らないことなので、涼しい顔で会釈を返しておいた。
しかし、リアムが涼しい顔をしていられるのも最初のうちだけだった。各村の長老と共に、多数の天使も現れたのだ。考えてみれば、ウリエルがアマクサ村に来たのと同じように他の村にも天使が向かっているのは当たり前なのだが、リアムはそこまで頭が回っていなかった。
「さて、皆さん、よく集まってくれましたね」
全ての席が埋まった頃、一人の獣人が中心に出て喋り始めた。何の獣人かは分からないが、随分と神々しい。アオによれば、彼は神木に住む獣人で会議の進行役らしい。名前はなく、『神官』と呼ばれているようだ。
「この度集まってもらったのは他でもなく、人間が起こそうとしている戦争についてです。今日は我々獣人の戦争に対する姿勢を議論してもらいたいと思っています」
「少し、いいだろうか?」
そう言って一人の獣人が手を挙げた。クマ系統の獣人だろうか。神官は無言で頷く。
「俺はズタ村の村長、ゴラス。それで聞きたいのだが、戦争に対する姿勢とはどういう意味だ?」
「それは我ら獣人も積極的に人間を殺しにかかるか、それともどこかに逃げるかって話ですよ」
神官の答えに会場は騒つく。長年平和主義を貫いてきた獣人にとって、戦争参加は考え難いのだろう。しかし、逃げると言ってもどこに逃げるのか。
「儂は逃げるべきじゃと思う」
「俺は戦うべきだと主張する」
「私は、戦いたくないかな」
「しかし戦わなければ、我らはいつか滅びてしまう」
「ここに隠れたらいいのでは?神木は近付かなければ見えないし、最適だと思いますけど」
「それも時間の問題だろ?あいつらは目ざとい。いつかは見つかるに違いない」
「そうだ、戦うしかない」
リアムは会議の様子をぼんやりと眺めていた。意見は分かれているが、戦う派の方が多い。だが、それでもやはり皆迷ってはいるようだ。事は獣人全体に関わる話。それも当たり前か。
「すまない。少し話が逸れるが、アオ殿」
突然、一人の獣人が黙っていたアオに話しかけた。その声に周りの視線がアオに集まる。
「なんじゃ?」
「そこの人間はなんだ?アオ殿が連れてきたということは敵対はしていないと思うが、説明がないのは些か不義理ではないのか?」
不義理とは、獣人全体に対してだろう。先程までアオに向いていた視線が今度はリアム達に向く。リアムは無言でアリサとミサキを庇うように引き寄せた。
「ふむ……そうじゃな。リアム殿。頼んでよいか?」
「ええ、分かりました」
そう答えると、リアムは席を立つ。
「皆さん初めまして。俺はリアム・イガラシと申します」
「ほう?イガラシとはもしかして、タクト様の息子か?」
「ええ、そうですよ。勇者の力も引き継いでいます」
リアムはそう言うと、胸元の魔石から光り輝く聖剣を取り出した。周りの獣人が感嘆の息を洩らす。
「そして隠すつもりはないので言ってしまいますが、俺は勇者であると同時に半魔でもあります」
リアムはそう言って、真っ黒な魔剣を顕現させた。今度は獣人が騒つく。中には明らかに敵意を示す者もいた。
「今日はアオさんに誘われてこの場に来ました。不服ならばすぐに帰りますが、いかが致しましょうか?」
「……そちらのお嬢様方は?」
「俺の妻です」
端的に答える。詳しく教えてやるつもりはなかった。リアムとしては別に帰ってもいい。アマクサ村さえ守れたら、他の村はどうでもいいのだから。多少は心が痛むだろうが、自分の守るべきものではない。
「………」
会場が沈黙に包まれる。恐らく迷っているのだろう。信用に足るかどうか。
タクトの息子であるリアムは信用できるかもしれない。だが、リアムは半魔でもある。そもそも獣人は人間を信用していないし、むしろ怯えを抱いている。そんな相手をこの大事な会議に参加させてもいいのか。
「おうおう、いきなりで悪いがリアムさんよ。ここは誠意を見せたらいいんじゃないか?」
トラ系統であろう獣人が突然口を開いた。椅子にはダラシなく座り、足を机に乗せている。もしかしなくとも、リアムの嫌いなタイプだ。
「……あなたは?」
「ああ、俺はシガルドだ」
「それで、シガルドさん。誠意とは?」
「そうそう。俺たちに信用してもらいたいんなら、俺たちを信用すればいい。違うか?」
シガルドはニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。リアムは嫌な予感がしたが、会話を続ける。
「まあ、その通りですね。しかしそれを証明するのは難しいと思いますが」
「簡単だっての。お前、随分と別嬪囲ってんじゃねえか。その女共を一日俺たちに貸せばいい。男ならその辛さが分かるだろ?それでも、それが出来るってんなら俺は信じてやってもっ!?ぶっ!!?」
広間に鈍い音が響いた。シガルドが話している途中でリアムが転移を使用し、彼の頭を掴んで机に叩きつけたのだ。突然のことに、獣人達は絶句する。
「おい」
リアムはシガルドの髪を掴んで顔を上げさせると、自分の顔にずいと近付けた。
「お前、死にたいんならそう言えよ」
刹那、圧倒的な殺気が広間中の獣人と天使を襲った。質量をも伴うそれに、獣人はもちろん天使でさえ顔を青くし体を震わせる。リアムは妻であるアリサとミサキとルナ、そしてアマクサ村のアオとライグとフィオナ以外の全員にその殺意を向けた。この場面でまだおかしな言動をする者は本気で殺すつもりだったからだ。その中で、平然としているのはウリエルだけ。彼女だけは顔色一つ変えず、状況を面白そうに見ている。
リアムは恐怖と激痛で顔をくしゃくしゃにしているシガルドを見て、殺気を解いてため息を吐いた。
「はぁ。あんたら何か勘違いしてるみたいだが、俺は別にあんたらからの信用なんてどうでもいい。俺は俺の家族と、アマクサ村を守れたからそれでいいからな」
リアムの傲慢なその言葉に、しかし反論できる者はいない。アマクサ村の面々はやれやれと困ったような表情を浮かべている。彼らには事前に自分の考えを伝えていたので、そこで揉めることはない。
「それで?お前らはどうすんだよ?」
周りと一緒になって腰を抜かした神官の代わりにリアムが仕切ることにした。
「戦うか、戦わないか。どちらにせよ必要なのは覚悟だ」
「覚悟……?」
「ああ、覚悟だ。逃げることを選ぶのなら、ひと時の安寧の後、いつか滅亡する覚悟が必要だ。戦うことを選ぶのなら、相手を殺し、自分も殺される覚悟が必要だ」
獣人は皆、息を呑む。それはリアムの言葉に力がこもっているからだろう。それはきっと、命のやり取りを何度も乗り越えたリアムだからこそ言えることだからだ。
「……ここからは俺の推測だが、恐らくこの戦争を皮切りに魔天大戦も起こる。お前らもそう考えたからこそ、大人数で来たんじゃねえのか?なあ、クソ天使?」
「な〜に?クソ天使ってもしかしてボクのことかなぁ?」
リアムが視線を向けた先、そこにいたウリエルが陰のある笑みを浮かべる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ〜。君、強いよねぇ?ボクと同じぐらいには」
ウリエルは質問には答えず、リアムの目を覗き込むようにして喋る。
「……ああ、そうだな。だったらどうした?」
「だったら、人間なんて敵じゃないと思うんだけど?」
守る側である天使にしては酷い言い様だ。いや、守る側だからこそ、だろうか。
「そりゃそうだ。でも、圧倒的な数の差には勝てない。だから俺は無理をするつもりはない」
一万や二万程度なら問題ないだろう。だが、今回の敵はグラム大陸全体だ。しかも魔天大戦が起こる可能性もある。守りたいものを守るなら、無駄な戦いは避けるべきだ。
リアムは守る覚悟を、そして、捨てる覚悟も既にしている。
「……そ」
ウリエルはどこか不満そうに目を瞑った。そんな様子にリアムは首を傾げながらも、獣人達の方へ視線を戻す。結局、ウリエルはリアムの推測には答えなかったが、答えなかったこと自体が彼女の答えだろう。
「で?どうすんだ?」
「……リアム殿よ」
「あ?」
ゴラスだったか。最初に神官に質問をした村長がリアムに声をかける。リアムはよほど腹を立てているらしい。受け答えがほとんどヤクザだ。
「もしも私達が戦うことを決めたら、少しでもいいので力になってくれませんか?」
ゴラスは畏まって頭を下げる。リアムの力を理解し、そして自分の覚悟も決めたのだろう。
「………」
リアムは暫し、沈黙する。チラリと自分の妻達を見た。3人共、特にルナがお願いするような表情を浮かべている。それを見たリアムは、諦めたようにため息を吐いたのだった。
突然ですが、そのうち新作長編を書き出す予定です。今は忙しいので無理ですが、時間ができたら書こうと思ってます。
『天使は謳い、悪魔は嗤う』は変わらず更新します。これからも是非読んでください。




