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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第5章 師、そして選択
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第80話 聖域へ



 


「うぅ、気持ち悪い」


 顔を青くして苦しむルナを、リアムは自分の膝の上に乗せて撫でる。ガタガタと揺れる馬車の中で、まだ幼いルナが気分を悪くするのも当然だと言える。一度は馬車で攫われそうになったのだから、トラウマも相まって尚更だ。


「リ、リアムさん……私も気持ち悪いです……」


 右隣に座るミサキも、ぐったりとリアムにもたれかかった。その声には力がなく、ミサキも限界が近いことが分かる。


「2人とも大丈夫か?て言うか、ミサキは馬車に乗ったことあるだろ?その時は平気だったじゃねえか」


「そ、そのはずなんですけど……」


 リアムもこうは言ったものの、ミサキが酔うのも仕方がないと思っていた。


 ウリエルがアマクサ村へ来てからの数日で、リアムは家族にしっかりと話をした。これから先、起こり得ること全てを。そしてアリサとルナはそれに納得した。戦争も避けたくても避けることは難しいと現実を受け止めた。

 だが、ミサキはまだ心のどこかで戦争のことを受け入れられていない。そもそも争いのない少ない世界で生きてきた彼女にとって、戦争が身近にあるということは精神衛生上あまりよくないのだろう。


 そういった要素から酔ってしまったのかもしれないと考えていた。


「リアム〜」


「はいはい」


「むぅ〜」


 アリサは左隣からもたれかかっている。だが、別に酔っている訳ではない。単に甘えているだけだ。リアムは適当に頭を撫でておいた。


 今、一行は馬車で聖域へ向かっている。目的はもちろん、戦争についての長老会議だ。

 アマクサ村からは長老のアオ、護衛としてライグとその妻フィオラ。かつて獣人の味方として戦った勇者タクトの息子リアムと、その妻であるアリサ、ミサキ、ルナ。そして七大天使の一柱、ウリエルだ。


 長老会議は獣人達にとっては何よりも尊重するべきもの。ゆえに、出席者の数は限られている。長老と、長老の護衛として2人だけだ。今回は村一番の実力者であるライグと、その妻でライグに匹敵するほどの実力を持つフィオラが護衛に選ばれた。リアム達は特別参加だ。


 馬車は2つ用意されており、一つにイガラシ家、もう一つにアオと護衛のライグとフィオラ、そしてウリエルが乗っている。気まずいことになりそうな予感がしていたが、存外そんなことはなく、馬車からは笑い声が聞こえる。やはり、と言うべきか。ウリエルは社交的な天使のようだ。


「……戦争、か」


 実際、リアムにとっても戦争は初めてだ。命をかけた戦いは何度もしているが、戦争となると話は変わってくる。しかも、魔天大戦ではなく人間と獣人の戦争。


「………」


 リアムは馬車という狭い空間に、なぜか横並びで座っていることに疑問を浮かべながら、窓の外を見た。空は青く、まばらに散らかる雲が風に流されている。そこには戦争の気配など微塵も感じなかった。


「俺のすべきことは……」


 リアムは頭を悩ませる。自分がこれから選ぶべき道について。もはやそれは、自分一人の問題ではないのだから。




 〜〜〜〜〜




 聖域へ行く道中に魔物が出ることはなかった。他にも特に問題もなく、一行は呆気なく聖域に到着する。


 聖域は、一言で表すのならば『木』だった。


 見上げても頂が見えないほどの高さ、一国の王城が数個は中に入ってしまいそうな程の太さ。もはや木であることを辞めているかのようなその荘厳さに、リアムはつい息を呑む。辺りには、佇まいを正されるような、そんな不思議な力を持った静けさが漂っている。


「これは……なるほど、確かに"聖域"の名に相応しい場所だな……」


 知らずのうちに口をついた言葉に、しかしまさしくその通りだと感じた。アリサも、ミサキも、ルナも、リアムの隣で心を奪われている。それほどまでに、この大樹は神々しかった。


「どうじゃ?凄いじゃろう?ルナも見るのは初めてじゃろうて」


 そんな4人の様子を見て、アオが自慢するかのように尋ねてきた。


「でも、こんなおっきい木なのに、近付かないと見えなかったよね?」


 アリサが疑問を口にする。確かに、馬車である程度近付くまではその影すら見えなかった。それはリアムも同じだ。


「そうなんじゃよ。儂らも理由は分かっとらんが、これはこの神木の加護ではないかと考えておる」


 この木は神木と呼ぶらしい。雲よりもまだ高いこの木は、どれ程前からこの大地に根を張っているのか分かっていない。ただ、ずっとそこにあったものだ。


「神木の幹の中に会議場がある」


 アオはそう言って先頭を歩き出した。ライグとフィオラもそれについて行く。そんな中、リアムはまだ神木を眺めていた。


「なになに〜?な〜んか、感動でもしてるわけ?(半魔)みたいなのでもそんな感性ってあるんだねぇ」


 そんなリアムに、いつの間にか隣にいたウリエルが馬鹿にしたような声でそう言った。もちろん、リアムのこめかみには青筋が走る。


「あ?」


「ちょーっと待った!リアム落ち着いて!ウリエルさんもちょっかいかけないで!」


 今にも飛びかかりそうだったリアムをアリサが宥め、同時にウリエルを睨みつけた。しかしウリエルは柳に風といったように、涼しい顔をしている。


「んも〜冗談だって」


 ウリエルはそれだけ言うと、アオの方へと向かった。


「……ほんとに何なんだよ、あのクソ天使は」


 リアムは忌々しげにウリエルの背中を睨む。ウリエルが身につける真っ白な服は、翼が生えている背中の部分が大きく開いている。つまり、そのキメ細やかな素肌が丸見えだ。さぞかし異性を、いや、同性までも魅了することだろう。だが、そのあざとい服装も今はリアムを苛立たせるだけであった。


「……はぁ。俺たちも行くか」


 リアムの号令に、イガラシ家の面々は神木へ向かって歩き出した。それぞれが不安な表情を携えて。




 〜〜〜〜〜




 神木の中にはいくつかの部屋があった。まるで蟻の巣のように小分けに部屋があり、中央には大きな会議場があるらしい。


 現在リアム達は、


「リアム殿達はここの部屋を使っとくれ」


 と、アオに言われた部屋で寛いでいた。部屋に派手さはないが、上質な皮のソファや大理石の机、様々な飲み物や果物も置かれており充分すぎる待遇だ。今もルナがむしゃむしゃと果物を食べている。


「ねえ、リアム。リアムはどうするの?」


 唐突に、アリサがリアムに尋ねた。随分抽象的な尋ね方だが、何については聞き返すまでもない。戦争のことだ。


「……まだ決めてない。そう簡単には決めれないよ」


「そっか……」


「お前らは、どうしたいんだ?」


 リアムは問いを返す。アリサから切り出されたが、リアムもこれは聞かなければならないと思っていた。会議が始まる前に。


「私はリアムについて行くよ。どこまでも」


「もちろん、私もです」


「はむはむ、んっ。ルナもっ!」


 だが、リアムの問いにアリサも、ミサキも、ルナも、即答した。何の気負いも無さげに。ルナに至ってはまだ果物を食べているぐらいだ。そこには、リアムに対する絶対の信頼があった。


「……はは。全く、責任重大過ぎだろ」


 リアムは困ったような、しかしどこか照れたような表情で後頭部を掻いた。


「ふふ、それにしても珍しいですね。リアムさんなら迷わずに結論を出してしまうと思ったのですが」


 ミサキの言うことももっともだろう。確かに、リアムはあまり悩むようなタイプではない。実際、今までは即断即決することが多かった。それは結局のところ、良い事も悪い事も全て自分に返ってくるだけだったからだ。

 だが、今回は違う。自分の選択が、自分の愛する人達に影響を及ぼすかもしれない。いや、何かしらの形で確実に影響を及ぼすだろう。そう考えてしまうと、リアムが少し臆病になってしまうのも頷けよう。


「それに、今回は多分……」


「どうしました?」


 リアムの呟きにミサキが反応する。隠す必要もないと考えたリアムはある懸念を話そうとするが、その前に部屋の扉がノックされた。返事をすると、一人の獣人が扉を開けた。恐らく犬型の獣人だ。


「リアム・イガラシ様。そしてそのお連れ様方。じきに長老会議が開かれますので、大広間の方へ移動願います」


「もう開かれるのか?」


「はい。今回の件は事が事だけに、出来る限り早く会議を始めるべきという判断のようで」


「分かった。じゃあ話はまた後にして、とりあえず行くか」


 リアムはゆっくりと立ち上がると、使いの獣人の案内で大広間へと向かった。





あと3話ほどで物語が動き出すと思います。多分。

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