第79話 半魔と天使
「七大天使……?」
ウリエルと名乗る天使は上空でフワフワと浮いきながら、指でピースを作って自己紹介をした。言動はおかしいが、その神々しさと美しさが彼女が天使であることを証明している。獣人達が歓声をあげた。
「わぁ!凄い綺麗!」
「ほんとですね!」
「あれが天使……凄いね!」
ルナもミサキもアリサも、ウリエルのその美貌に感嘆している。だがそんな中、リアムだけが無表情のままウリエルを見ていた。
そんなリアムを見て、彼の妻達は思い出す。リアムが天使に抱いている感情を。
「ん?ああ、俺は大丈夫だぞ?」
そんな彼女達に気付いたリアムは笑って手をひらひらさせた。あまり心配はかけたくない。
リアムは天使が嫌いだ。彼らがその役目を果たさなかったせいで、リアムの家族は死んだのだから。ルシフェルから聞いて事情は知っている。だが、だからと言ってそう簡単には割り切れない。
それにリアムは今まで天使と会ったことがない。だから悪魔のように慣れる機会もなかった。
別に殺したいほど憎い訳ではない。だがやはり、嫌いなことには変わりなかった。
「ふっふ〜ん」
ウリエルはどこか楽しそうに地上へ降りてくる。空からは太陽の光が差し込み、その光を一身に浴びるウリエルはまさしく神の使いと言えよう。
「これはこれは!ウリエル様!お目にできて光栄です!」
獣人を代表してアオが声を張り上げる。それを聞いたウリエルは笑顔で手を振った。
「………」
獣人が平伏し、ウリエルが堂々と地に降り立つ光景を、リアムは冷めきった目で見ていた。
別に獣人に思うところはない。獣人は何も悪くないのだから。ただ、ウリエルの堂々たる態度が気に食わなかった。
「ん?」
そんなリアムにウリエルは気付いた。そして、可愛らしく眉を顰めて鼻をつまむ。
「うわ〜くっさ〜い!悪魔の臭いがするんですけど〜!」
それは確実に半魔であるリアムのことを指しているのだろう。自分から関わるつもりはなかったが、売られた喧嘩を無視していられるほどリアムはまだ大人ではなかった。
「うるせえな。ぶっ殺すぞ?」
一瞬で、その場の空気が凍りついた。
天使は人間と獣人から信仰されている。姿を現さず存在するかも怪しい五大神よりも、確実に存在し危険などを教えてくれる天使のほうが崇められるのも当然と言えるかもしれない。その天使に『殺す』と言ったのだ。獣人達は息を呑んだ。
「へ?な〜んで君が反応するのさ?君、悪魔だったりするの?」
ウリエルはニヤニヤと笑みを浮かべる。既に全て分かっているのだろう。
「ああ。そうだが?」
だが、今のリアムは自分が半魔であることを認めている。人間でもあり、悪魔でもある。それがリアム・イガラシという存在であると。
だが、嫌いな天使に嘲られるのは癪だった。ややこしい年頃ということだ。
「ふ〜ん」
ウリエルはチラリとリアムの隣を見る。そこにはアリサ達が立っていた。
「なるほど。君達が彼を変えたのか」
ふと、真面目な雰囲気でウリエルは呟く。それは小さな声で、リアムにはなんと言ったのか聞き取れなかった。
「で?結局お前は俺に何がしたかったんだ?喧嘩でも売りたいのか?」
リアムは既に臨戦態勢だ。殺気こそ放ちはしないものの、すぐにでも動き出せるように軽く足を開いている。
「え?喧嘩?やらないよ?だって君なんかと戦ったら臭いがボクにも付いちゃうだろ?そんなの汚いじゃないか」
ウリエルがそう答えた瞬間、その場を濃密な殺気が支配した。リアムのものでも、ウリエルのものでもない。アリサとミサキのものだ。
「さっきから黙って聞いてたら、私達の夫に対して失礼すぎない?」
「そうですよ。それが天使のやり方なのでしたら、失望どころじゃありませんよ」
2人は今にも襲い掛かりそうな程怒っていた。もちろん、ルナもだ。それだけでなく、気づけば獣人全員がウリエルに対して牙を剥いていた。
「……ウリエル様。リアム殿は我らの仲間。同胞です。それ以上侮辱すると言うのなら、儂らは貴方様を許す訳にはいかなくなる。儂らの誇りに賭けて」
アオが静かに、だが確かな怒りを込めて言った。リアムはそれを聞き、随分と大切にされてるものだとつい苦笑してしまう。自分にはそれだけの価値があるとは思えないのに。
「……はぁ〜。ごめんごめんっ!悪かったよ。別に、悪気はなかったんだ。ただ、ボクは悪魔が嫌いだからね。半魔である彼に嫌悪感を抱いてしまうんだ。仕方ないだろ?ボクはこれまでずっと悪魔と戦ってきたんだから」
ウリエルは天使だ。それも七大天使。七大天使とは過去の大戦で英雄的な活躍をした者達のことだ。それはつまり、他の天使よりも多く悪魔と戦い、殺してきたということ。そう考えると、ウリエルの主張も当然と言えば当然かもしれない。
「……そうだな。そりゃそうだ。どう考えても俺とお前は合わない。だからお互いに不干渉でいこう」
これ以上、面倒なことにならないようにリアムはそう言った。正直、天使と関わりたくない。
「そうだね〜……。まあ心掛けるけど、全くの不干渉は無理だよ?」
ウリエルもすぐに賛成するだろう。リアムはそう思っていたのだが、少し悩む様子を見せたウリエルの答えは予想外だった。
「……理由は?」
リアムは努めて静かに聞いた。もしここで感情的になれば、恐らく周りも触発されるだろう。それは避けたかった。
ウリエルは強い。リアムは相対するだけでそれを感じていた。今は隙だらけで、間違っても強くは見えないが、本気になればリアムと同等かそれ以上の力を持っている。そんな相手とここで戦えば、甚大な被害が出てしまう。
「まだ詳しくは話せないけど、ボクは君にも用があるからね」
「………」
ウリエルの表情は至って真面目。それを確認したリアムは面倒事だと確信した。
「……はぁ。好きにしろ」
ここで言い争うつもりはない。言外にそう言ったリアムは踵を返し、ウリエルに背中を向けた。アリサとミサキとルナもそれに付いて行く。
要するに、リアムへの用とやらは今すぐのものではない。ということは、ウリエルは獣人達に何かを伝えに来たのだろう。ならばリアムはいなくてもいい。周りの雰囲気を悪くしてしまうだけだから。
リアムはそう思ってその場を去ったが、事態はそんなに簡単な話ではなかった。
〜〜〜〜〜
「リアム!」
リアムがイガラシハウスに戻って少しすると、呼び鈴を鳴らす音と共に大きな声が聞こえた。リアムは嫌な予感を覚えながらも扉を開ける。
「どうした?」
外に立っていたのは虎の獣人であり、この村一番の実力者であるライグだった。リアムとライグは親しい間柄だ。以前は敬語だったのが、今では随分と砕けた口調になっている。もちろん、ライグも承認済みだ。
そんな彼は、どこか焦った表情を浮かべていた。
「……ウリエル様が俺達にある情報を与えてくれたんだが、それがやばいんだ」
ライグはそう言うと周りを見渡す。
「これはまだ公にできない。リアム。お前も色々思うところがあるんだろうが、俺と一緒に来てくれないか?」
先程、一触即発だったリアムとウリエルを見ていたライグは申し訳なさそうな顔をするが、それでも来て欲しいと言う。よっぽどの事態なのだろう。
「分かった。アリサ達も連れて行っていいか?」
「ああ……ルナには隠しておきたいが、どうせ無駄だしな」
ライグは苦笑いを浮かべる。
ルナが心を読めることは、既に周知の事実だ。リアムと婚約して少ししてからルナは自分から皆に明かした。隠し事はしないことにしたらしい。
「だな。じゃあ、すぐに行くよ」
リアムはすぐにアリサ達を呼ぶと、ライグに連れられて村長であるアオの家まで歩いた。
「村長。お連れしました」
家の中にはウリエルとアオ、そして数人の獣人だけがいた。リアム達が家の中に入るまではまるで葬式のように静かになっており、皆緊張しているのが分かる。
「うむ。すまんかったな、リアム殿。だが君にも話を聞いて欲しかったのじゃ」
アオはどこか疲れた顔でそう言う。リアムは苦笑しておいた。とりあえず本題に入る。
「それで、何があったんです?」
「それがな……」
「ボクが言うよ」
どういうつもりか、ウリエルが名乗りでた。リアムは何も言わず、無言で先を促す。
「結論から言うと、もうすぐ戦争が起きる。魔天大戦じゃない。グラム大陸がヴィリレタル大陸に戦争をしかけるんだ」
リアムの背後でミサキが息を呑む。平和な世界に住んでいた彼女にとっては、覚悟をしていたとしても実際に戦争が起きるとなるとショックなのだろう。
ルナは辛そうな顔をしているが、彼女はライグを視た時から全て知っていた。だから道中ずっと暗い顔をしていたのだ。
アリサも衝撃は受けているが、短期間とはいえ軍に所属していた彼女はミサキやルナと比べるとまだマシな方だろう。どこか決意を秘めた表情をしている。
「悪魔でも天使でもなく、人間が……か」
天使は魔界へ入れず、悪魔は天界へ入れない。それを知っていたリアムは、悪魔を倒すためなら天使が魔天大戦を引き起こす可能性は充分あると考えていた。だが、まさか人間が戦争を仕掛けるとは考えていなかった。
「……理由は?」
「グラム大陸には獣人が人間を滅ぼそうとしているという噂が流れてる。根拠のない噂だよ。それなのに各国の上層部はそれを信じて、殺られる前に殺ろうって同盟まで組んだんだ。仲の悪い国同士までも、ね。ボク達天使はなんとか止めようとしたけど、人間は話を聞こうともしない。だからヴィリレタル大陸に伝えに来たんだよ」
「………」
不自然。リアムの頭にはそんな単語が浮かび上がった。いや、リアムだけではないだろう。この場にいる皆がそう考えたはずだ。
「ここ以外のヴィリレタル大陸の村にも天使様は派遣されてるらしい。ならば恐らく、"聖域"にて長老会議が開かれるはずじゃ。リアム殿。ぜひ主にも参加して欲しい」
リアムは逡巡する。会議の内容は容易に予想できる。ならば、自分はどうするべきか。
「ええ、分かりました」
リアムはすぐに頷いた。この先に待ち受けるものに思いを馳せながら。
タイトルが尽きてきた。




