第78話 舞い降りた天使
ここから第5章です。
後書きにこれからの方針を書いてるので、ぜひ読んでください。
季節は春。山からは冷たい雪解けの水が川へ流れ込み、柔らかい風がアマクサ村を優しく撫でる。村には穏やかな雰囲気が漂い、獣人達には笑顔が溢れていた。
そんな『平和』を体現したかのような村の一角には、一際大きな家が建っている。家主曰く、イガラシハウス。冗談みたいな名前を付けられたその家には、4人の家族が住んでいた。
夫、妻、妻、婚約者。見ようによってはカオスなその家族はしかし、村の獣人達に負けないほどの幸せオーラを放っている。毎日所構わずイチャイチャとじゃれ合い、既に村では名物夫婦と化していた。
人間の男ならば血涙を流して羨ましがるだろうその光景に、嫉妬する者はいない。ここは獣人の村。獣人は仲間の幸せに幸せを感じる。つまり、彼らは人間であるその家族の面々のことも、既に仲間として受け入れているのだ。
イガラシハウスの家主、リアム・イガラシの朝は特に早いと言うわけではない。これまでは早朝に起きてすぐに鍛錬をしていたのだが、今はしていない。最も、早朝の鍛錬をしなくなっただけであって、鍛錬そのものをしなくなった訳ではない。今はただ、本当の意味での熟睡を精一杯味わっていたかったのだ。それでも、一般人と比べると早起きなのだが。
朝、目を覚ましたリアムは村の獣人達と共に森へ狩りに出かける。村の食料を見つけに行くのだから重要な仕事だ。この際、リアムはアリサかミサキどちらかだけを連れて行き、もう片方はルナと共に留守番させる。狩りは良い訓練にもなるが、ルナを1人で家に残すのは忍びないからだ(とは言っても、基本的にルナは狩りの時間にはまだ寝ている)。
リアムは日々鍛錬を欠かさず、またアリサとミサキのことも鍛えている。有事の際、自分の身は自分で守るためだ。もちろん、出来ることならばリアムが助けるが、この世界では何が起こるか分からないから、2人を鍛えておいて損はない。それにむしろ、彼女達から頼んできたほどだ。
リアムは、自分の妻とは言え鍛える時は厳しくしている。そこで手を抜くのは、本当の意味では彼女達のためにならないからだ。その甲斐あって、今ではアリサもミサキも獣人の狩りに難なく付いていけるようになっている。
家事はアリサ、ミサキ、ルナの仕事だ。最初はリアムも参加しようとしていたのだが、妻の仕事だからと言われて撃沈した。今では何もしないことに慣れてしまっている。
そんなありふれた日常を過ごすリアムに、彼女は少しずつ近づいていた。
〜〜〜〜〜
「暇じゃ……」
ある昼下がり、洞窟の中でクイナはぐったりとしていた。言葉通り暇を持て余しているのだ。
数ヶ月前、リアムはこの洞窟を訪れ、クイナに起きたことを全て話した。話さなくても心を読めば分かるのだが、リアムは自分の言葉で伝えた。もちろん、結果的にリアムが無事に帰ってきたことにクイナも喜んだ。2人は親子のような、友人のような、そんな不思議だが心地いいもので繋がっていた。
だが、だがしかし。リアムはアマクサ村に帰ってくると、今まで以上に周りと関わるようになった。彼の家族もだ。村の獣人達もそれを快く受け入れ、毎日を楽しく過ごすようになった。そしてその結果、クイナの元を訪ねる者が減ってしまったのだ。
別に獣人達がクイナを嫌いになった訳ではない。ただ、村での時間を楽しむようになり、その分、それなりに距離のあるこの洞窟へ行く時間がなくなったのだ。
「……暇じゃぁぁぁぁ」
クイナは畳の上にだらしなく寝そべる。だらけきっている。
「リアムの奴め、もしや妾を孤独死させるつもりじゃなかろうな……」
ここ最近、意味のない独り言が増えた。それを自覚しているクイナは顔を顰める。しかし、何と言ってもやる事がない。
「妾も村へ行くか……?いやいや、やめておこう。あれはかなり疲れるしの」
ルナと違い、周りの人の心を無条件に読んでしまうクイナにとって、村のような密集地帯は地獄だ。一瞬で酔ってしまう。
「むぅ〜〜」
ゴロゴロと転がるクイナはふと、着物が邪魔だと感じた。ゴワゴワと、動きを阻害してくる。
「ぬぅ、ええい!」
そして、一気に脱いだ。1人ということもあって躊躇いがない。豊満な胸部が露わになり、下半身もスースーする。つまり、全裸だ。昔、タクトから着物の時は下着を身につけないと教わってから、着物の下はいつも全裸だった。
「………」
クイナは全裸のまま畳に座る。その想像以上の開放感と、いけないことをしているという背徳感でゾクゾクした。クイナの表情は心なしか恍惚としている。
「な、なんじゃこれは!なにか、クセになってしまいそうじゃ!」
クイナは1人で叫ぶと、またも畳の上をコロコロと転がり始めた。
「ふぉぉぉぉ!」
奇声を上げながら。と、
「おーっす、クイナ。来てやった……ぞ?」
そこに、リアムが現れた。転移によって突然、なんの前触れもなく。
「ふぉぉぉ……お?」
そこでクイナはリアムに気付いた。お互いにお互いを見て固まる。ピクリとも動かない。固まる全裸の女とそれを見て固まる男。
「……わ、悪かった」
口を引きつらせたリアムはそれだけ言うと、来た時と同じように転移して姿を消してしまった。クイナは先程までリアムがいた空間を見たまま、羞恥で顔を赤くして頭を抱える。
「ち、違うんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
洞窟内には、未だ全裸のままでいるクイナの叫び声が響き渡った。
〜〜〜〜〜
「ふぅ、ちょっと焦ったな。まさかクイナにあんな趣味があったなんて……。これからは優しくしてやろう」
恐らく孤独を拗らせたんだろうとリアムは適当に考えた。それが当たっているとは思いもせずに。
リアムが歩くのは洞窟のすぐ外。全裸で叫ぶクイナを見て流石に取り乱したリアムは、転移のための座標指定があまり正確にできなかったため、とりあえずすぐ外に転移したのだ。
「それにしても……」
リアムは森の中を歩きながら上を見上げた。葉の隙間から木漏れみが差し込んでいる。木々の枝には鳥がとまっている。
「平和だなぁ……」
1人、笑みを浮かべながら呟く。そこにあるのは幸福感。リアムはそれを精一杯味わった。
「……怖いくらいに」
だが、それと同時に不安もあった。順調すぎるこの時間が、いつか壊れてしまうのではないかと。いや、いつか壊されてしまうのではないかと。
そんな予感がリアムの胸中を渦巻いていた。
〜〜〜〜〜
「……ん?」
リアムがアマクサ村の前まで帰ると、なにやら中が騒がしかった。前にも似たようなことがあったのを思い出したリアムは、少し足早に歩く。しかし村からはあまり嫌な気配は感じない。むしろ、どこか浮かれているような雰囲気さえ感じた。
(今日は祭りでもあるのか……?)
だが、そうは見えない。リアムは疑問を抱きつつ、獣人達が集まる広場へ向かった。
「あ!お兄さん!」
広場にはルナがいた。見れば、隣にはアリサとミサキもいる。
「ほんとだ。早かったね?」
アリサが少し不思議そうに言った。リアムは既にアリサをクイナに紹介しており、今日もクイナの元へ行くことは言っていた。そのリアムがすぐに帰ってきたのだから、アリサの疑問ももっともだろう。
「ああ……クイナはもうダメだ……。これからはお前達も優しくしてやってくれ」
リアムは先程の光景を思い出して悲しそうな表情を浮かべた。それを見たアリサとミサキはなにがあったのかと心配する。しかし、ルナだけは笑いを噛み殺していた。とりあえず、からかっておくことにする。
「ダメだよお兄さん。クイナさんの裸を見たりしたら」
ルナは人の心を読める。つまり、ルナが言っているのは事実。それを瞬時に察したアリサとミサキはジト目をリアムに向けた。
「リアム?」
「リアムさん?」
「ちょ、怖えよ!ルナ!言うなら全部説明しろ!」
「え〜?だって、ほんとでしょ?」
ルナは可愛らしく首を傾げる。あざとい。あざといが可愛い。ここ最近で、ルナは少しずつ悪くなった。
「……ここでちゃんと説明しないと、愛でてやらないぞ?」
「お兄さんごめんなさいっ!」
ルナはリアムに飛びついて謝った。そして2人の誤解を解こうと必死になる。その素直な様子にリアムは思わず微笑んだ。
「っと、そうそう。それで、この集まりはなんなんだ?」
そこでリアムは本題を思い出す。つい和んでしまった。
「なんでも、天使様がここに来るらしいんです」
「……天使、だと?」
リアムがミサキに反応した瞬間だった。
「っ!?」
リアムは突如、上空に大きな力の存在を感じた。弾かれたように顔を上げる。アリサとミサキも、少し遅れてそれに気がついた。
上空には、真っ白な翼を広げた女の天使が浮いていた。ピンク色の長髪を風になびかせている。神々しい純白の服装に身を包んだ彼女は、芸術品のように整った顔立ちをしていた。
彼女は、黄金色の瞳で村を見下ろす。そしてゆっくりと口を開いた。
「初めまして〜!ボクは七大天使が一柱、ウリエルで〜す!よろしくねっ!」
この日、この世界の運命の歯車が動き出した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。どうも剣玉です。
第5章の最初は人物紹介をする的なことを言っていましたが、やはり次の章からにしようかな〜っと思ったので本編を投稿しました。もし人物紹介して欲しいとか言ってくれたら速やかに投稿します。
さて、これからの投稿ペースですが、またも不定期になりそうです。僕のモチベにもよりますが、少なくとも2週間に1回は投稿したいと思ってます。とりあえず、しばらくは早いペースで投稿すると思いますので、楽しみにしてもらえたら嬉しいです。




