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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第4章 復讐の先へ
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閑話 悪魔は嗤う



 


「ヤルダバオト様」


 暗い空間、目の前すら見えない程の闇に、声が響く。


「ベレトか」


「はい、ただいま戻りました」


 ベレトからはヤルダバオトの姿は見えない。だが、そこにいるのは感じる。それだけでベレトは満足していた。


「二つほど、ご報告したいことが」


「ふむ、アモンのことか?」


「それではその件から」


 ヤルダバオトとは魔王のことだ。魔界を統べる、悪魔の王。そして、この世界においてある重要な役割(・・・・・)を担っている存在。


「先日、次期魔王候補であったアモンが半魔であり勇者であるリアム・イガラシに敗れ、死亡しました。リアム・イガラシとは……」


「知っている。あの、ブリル村の生き残りの特異点だろう?あれには私も興味があったゆえ、アモンから報告させていた。なかなか面白い存在だな」


「はい。ですがアモンが殺されたことについては……?」


「別に良い。魔王候補などはどうとでもなる。それで、もう一つの報告は?」


「はい。いえ、既に知っているかもしれませんが、そのリアム・イガラシが使う力のことです」


「確か、アモンに与えた私の因子はそれに使われたのだろう?と言うことは、だ」


「はい。奴はあなた様と同じ、空間操作を使います」


 ベレトからすれば、それは許せないことだった。自分が敬愛する魔王と同じ力を使う半魔。まるで、自分の信仰する魔王が穢された気分になる。


「ふむ、なかなか面白い」


 だが、ヤルダバオトはそうは思わないようだ。


 本来、悪魔が人間、もしくは獣人に因子を与えたところで同じ能力に目覚めることはない。悪魔の固有能力は個人の性質によって決まるからだ。なのに、リアムは自分と同じ能力に目覚めた。


 だからこそ、ヤルダバオトは興味を持った。


「ヤルダバオト様!」


「なんだ?」


「なんとも思われないのですか!?半魔如きが、あなたと同じ力を持っているのですよ!?」


 激昂するベレトを、しかしヤルダバオトは気にしていないのかどこか冷めた声で答える。


「なにか、問題でもあるのか?」


「もちろんでございます!何度も言いますが、あの半魔が」


「同じ能力を持っていれば、私が負けるとでも?」


「っ!?」


 刹那、濃密な殺気がベレトを襲った。そのあまりの濃さに、ベレトは体を硬直させる。しかしそれは一瞬の出来事だった。


「む……すまない。つい本気になってしまった」


「い、いえ、我輩に非がありますので……申し訳ありません」


「いや、気にするな。ベレト、お前の働きには感謝している。だが、その心配性なところは早く直すといい」


 ヤルダバオトのその言葉に、ベレトは跪いて頭を垂れた。光栄のあまり、声が出ない。


「リアム・イガラシとアモンについては分かった。あとは、同盟(・・)の方だ」


 魔王が同盟を組む相手。それは、


「は、そちらは順調でございます。智天使ケルビムは我らとの約束を守っているようです」


 つい先日、ケルビムと名乗る天使が魔王の手先に接触してきた。内容は同盟。ケルビムの狙いはこの腐りきった世界を創り直すことであり、そのために魔王軍の力を借りたいとのことだった。


 ヤルダバオトは魔王であるがため(・・・・・・・・)に魔界から出ることができない。ゆえに、実際にケルビムと接触したのはベレトだ。そのベレトがケルビムと手を組んだということは、相手は信頼するに値するということ。ベレトの神経質な性格と、絶対的な忠誠心を理解しているヤルダバオトもまた、ベレトを信用していた。


「それで、天軍にはどれぐらい裏切り者がいる?」


「ケルビム率いる智天軍、キュリオテス率いる主天軍、デュナミス率いる力天軍はほとんど掌握しているようです。しかし七大天使を味方にするのは困難らしく、1人だけ味方にできたようですが、他の天使は遠ざける、もしくは暗殺するとのこと。既にラファエル、ラグエルについては暗殺済みだと言っておりました」


「なるほど、思っていたよりも多いな」


 七大天使はその全員がベレトに匹敵する実力者。そのうち一柱が味方になり、既に二柱が死亡していると言う。それだけで戦況は大きく変わることになる。


「ええ、やはりケルビムは本気で世界を滅ぼすつもりのようです」


「こちらの戦力は?」


「アロケル、フルーレティとその部下共は恐らく敵対するでしょう。メフィストについては予想が困難ですが、恐らく奴はあの半魔に興味を持ったはず。それならば、奴の狙いは半魔ということになります」


「つまり、こちらからすれば好都合と?」


「はい。それ以外の最上級悪魔はこちら側につくでしょう。そして、上級悪魔までならほとんどは魔王としての力で従わせることができる」


 魔王の能力は、その気になれば悪魔の脳をいじることができる。つまりは洗脳だ。その力を行使すれば、ある程度の悪魔は思うがままに従わせることができる。


「あのリリスとかいう悪魔を従わせることができないのは痛いな。あれはなかなか良い能力だ。……ああ、そう言えばアモンの部下だったムシュルフはどうしている?」


「それが、行方を眩ましています。あれも良い手駒なのですが……」


「まあ良い。どうせそのうち姿を見せるだろう。……しかし、もう少し戦力が欲しいな」


 実際、今の魔王軍の総戦力とケルビムの戦力を合わせれば充分世界を蹂躙することはできる。だが、ヤルダバオトは最後にはケルビムを裏切るつもりでいた。そのことを考えるとまだ足りない。


 かつて、魔界にも七大天使に匹敵する悪魔達がいた。だが過去の大戦で討ち取られ、今では殆ど残っていない。勇者が召喚されて天使側につく分、悪魔は常に不利だったのだ。

 しかし今は違う。勇者の召喚は聖剣の力を多く消費する。従って、勇者の質は少しずつではあるが落ちていく。現に、今代の勇者では最上級悪魔と互角に戦うことすら困難だろう。ヤルダバオトはこの時を待っていたのだ。


バアル(・・・)は今、何体(・・・)いる?」


「完成体は五体ほど」


「ならば起動させろ。あれの有用性は30年前の大戦で実証済みだ。特異点を含む手練れ共には敵わないだろうが、地上界相手ならば充分だろう」


 バアルとは造られた悪魔。30年前の大戦で、タクトが勇者の力と引き換えに倒した悪魔だ。それに人間や獣人を襲わせると言うのだ。それによって生まれる被害は明らか。恐らく、ろくな抵抗を許さずに全てを終わらせることになるだろう。


「は、承知しました。それと、これもケルビムからの情報ですが、奴はグラム大陸とヴィリレタル大陸の間で戦争をさせそうとしているみたいです。その混乱に乗じて我らも参戦しろと」


 手段は分からない。だが、ケルビムは熾天使ミトロンでさえ見破ることのできない洗脳魔法を使用し、人間側を操っているらしい。その用意周到さに、ベレトはケルビムと手を組んだのは間違いではなかったと確信した。


「ふむ、いいだろう。指揮はお前に任せよう」


「はっ!ありがたき幸せ」


 ヤルダバオトが直接手を下すわけではない。もちろん、敵が魔界まで来れば始末するが、そうでもなければ戦うことはない。と言うよりも、魔界を出られないヤルダバオトは参戦できない。それでも、ヤルダバオトはこの状況を愉しんでいた。


「いつまで経っても天使は愚かだな」


「同感でございます。奴らは、自分で自分の首を絞めていることに気付いていない」


 ヤルダバオトの突然の呟きに、しかしベレトはすぐに反応する。


「ああ。奴らはルドラが造ったのが我々(悪魔)だと勘違いしている。真実を知らないのも仕方がないが、知っている私からすれば滑稽としか言いようがない」


 天使は大きな間違いを犯している。今もなお、だ。

 天使は人間と獣人を守るため、悪魔を殲滅しようとしている。それが意味することも知らずに。悪魔の本来の役割を考えもせずに、ただ殺そうと躍起になっているのだ。


「まあいい。それにしても……クク、今回は魔天大戦では済まなさそうだな。地上界、天界、魔界、全てを巻き込んだ戦いになりそうだ。はてさて、最後に笑うのは我ら悪魔か、天使か、それとも……」


 暗闇の中に、ヤルダバオトの底冷えするような嗤い声が響いた。






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