第75話 約束
リアムは緊張した面持ちで扉をノックする。すぐそこにアリサがいると思うと、緊張を隠せなかった。
「……はい」
扉ごしにくぐもった声が聞こえた。間違いなく、アリサの声だ。
続いてドアノブに手がかかる音が聞こえた。リアムは無性に隠れたくなったが、なんとか堪える。
「誰です……か……?」
部屋から少しだけ顔を出したアリサは、リアムが最後に見た時から更に綺麗な銀髪を伸ばしており、少し大人びて見えた。そんな彼女は最初は明らかにめんどくさそうな顔をしていたが、リアムを見て動きを止めた。
「リ、アム……?」
信じられないと言わんばかりの表情で名前を呼ぶ。まるで、幻でも見ているかのような顔をしている。リアムはポリポリと頰を掻きながら笑いかけた。
「久しぶり、アリサさん。約束を果たしに来たよ」
それを聞いた瞬間、アリサの目に涙が浮かんだ。涙はみるみる溜まっていき、ついには目の端から零れ落ちる。
「リアム!リアム!!」
そして、アリサはリアムに抱きついた。強く強く抱きしめた。子供のように泣きじゃくりながら。
それに応えるように、リアムはアリサの背中にそっと手を回した。
「ただいま、アリサさん」
本日何回目かのただいまを言い、リアムはアリサを抱きしめたまま部屋の中に入った。
〜〜〜〜〜
「落ち着いた?」
現在、リアムはアリサを膝の上に乗せている。とりあえず落ち着かせようと思ったからだ。実際、アリサは程なくして落ち着きを取り戻した。
「う、うん……」
アリサはその状況に顔を赤くしながらも、甘えるようにリアムにしがみついている。
「その……おかえり、リアム。私に会いに来てくれたってことは、もう全部終わったの?」
「ああ、終わったよ」
リアムがそう答えると、アリサはパッと明るい表情を浮かべた。次に、少し思案顔になる。そして最後に、これまでにないぐらい真っ赤になった。
「あ、あ、その、おめでとう、リアム。やっと、終わったんだね」
「あ、ああ、ありがとう。……どうしたんだ?」
アリサがあまりにも真っ赤になるものだから、リアムは少し心配になってしまった。
しかし、それも仕方のないことだった。
アリサは、いわばリアムにベタ惚れだ。それは学生時代から変わらない。卒業してからもリアムと再会する日をずっと待ち望んでいた。
そしていざ、リアムと再会してみると彼は変わっていた。以前はどこか儚げで、今にも壊れてしまいそうな雰囲気を纏っていた。しかし今のリアムは、復讐を遂げたことによって芯の通ったような、そんなしっかりとした印象を感じる。要するに、アリサからすればリアムは以前よりかっこよくなっているのだ。
そして、そのリアムが自分を迎えに来た。
「ね、ねえ、リアム。リアムが私を迎えに来てくれたってことはさ……」
そこでアリサは言い淀んだ。しかしそこまで言われればリアムでも流石に気が付く。アリサが何を恥ずかしがっているのかを。
「ああ、そういうことだな。でも、その前に話しておきたいことがあるんだ。これまでのことと、これからのことについて」
アリサはその言葉に反応し、すぐに真面目な表情を浮かべる。それを確認したリアムは全て話し出した。
アリサが卒業してから悪魔学を選択したこと。担任であるクレアは実は死んだ兄の婚約者で、リアムの義姉であること。召喚された2人の勇者がリアムのクラスへ編入してきたこと。みんなとはそれなりに仲良くやっていたこと。
学園に悪魔が攻め込んできたこと。クレアが倒れたのを見て、我を失って悪魔化したこと。仲間だと思っていた人達に拒絶されたこと。ミサキと共に学園から逃げたこと。
逃げた先でミサキに支えられたこと。父が勇者だと知ったこと。その父を腰抜けだと笑われて、一国の王を殺したこと。堕天使ルシフェルと前勇者ユウと出会ったこと。ヴィリレタル大陸へ渡り、アマクサ村へ行ったこと。
ルナと出会い、良い人だと言われたこと。クイナと出会い、父のことを更に知れたこと。自分が勇者だと言われ、聖剣を託されたこと。攫われたルナを助けた後、心を読むことができる彼女に胸の内を暴かれ、そして苦しみを和らげてもらったこと。ルシフェルと戦い、悪魔の力を制御したこと。
魔界へ行ったこと。そこでアロケル、リリスと出会い、悪魔を殺しながら共に旅をしたこと。ベレトに勝てなかったこと。アザゼルと戦い、なんとか勝利したこと。最強の気まぐれ屋であるメフィストと出会ったこと。アロケルがリアムを止めるために立ち塞がったこと。アロケルを倒し、前へ進んだこと。
メフィストの協力でアモンと対峙できたこと。圧倒的な力の差で叩きのめされたこと。完全に自我を失い、本物の悪魔と成り果てたこと。聖剣と対話したこと。その中で、今まで出会った人達のことを思い出したこと。悪魔から半魔に戻れたこと。空間操作を習得し、死にかけながらもアモンを殺し、復讐を果たしたこと。
謎の悪魔、フルーレティに命を助けられたこと。すぐにアマクサ村へ帰ったこと。ミサキとルナや村の獣人達に歓迎されたこと。そして、ここへ来たこと。
「これが、これまでの話だ」
「………」
リアムが話している間、アリサはずっと黙っていた。途中、何度か口を挟もうとしたが堪えたようだ。きっと自分よりもリアムの気持ちを優先したのだろう。
「まあ……一気に色んなことを聞きすぎてよく分からないと思うから、もう一回話そうか?」
「ううん、大丈夫」
考えてみれば、アリサと離れてからは本当に色々なことがあった。
父が勇者だと言われたり、自分が勇者だと言われたり、魔界へ行ったり、復讐を果たしたり。リアムですら突然だったそれらを一度に聞かされたアリサからすれば、更に訳が分からないだろう。
「でも、要するにリアムはリアムってことでしょ?」
「うん?」
ふいに、アリサが晴れた表情でそう言った。意味が分からなかったリアムは首を傾げる。一瞬、理解できなさすぎて適当に言ったのかと思った。が、
「いつも迷ってて、悩んでて、苦しんでて、それでも前に進み続ける。それがリアムでしょ?」
「……そうか?自分じゃよく分からないけどな」
「そうだよ。そんなリアムだからこそ、私は好きになったんだよ」
アリサは顔を赤くしながらも、目を逸らさずに真っ直ぐにリアムを見る。それを受けてリアムも少し恥ずかしくなった。だが、話はまだ終わりではない。
「……それで、これからの話なんだけどさ」
「うん」
「俺は、アリサさんと結婚したいと思ってる。……でも、実は他にも結婚したい相手がいるんだ。もちろん、アリサさんのことは大好きだし、これからも絶対に大切にする。それでもやっぱり……」
次第に声が小さくなっていく。話している間に、自分が男として間違ったことをしようとしていると思ったからだ。いや、少なくとも正しくはない。こんなことでは、アリサに軽蔑されるかもしれないと思ったからだ。だが、
「ね、それってさっきの話に出てきたミサキちゃんとルナちゃん?」
「え?あ、そうだけど……なんで?」
「やっぱりね〜。なんか、そんな感じがしたの。リアムって意外と惚れっぽいから」
「そんなことは……いや、何も言い返せないか」
痛い所を突かれたリアムは目を泳がせた。そんなリアムを見て、アリサはくすくすと笑う。
「いいよ、私は」
「え?」
「私はそれでいいと思うよ。ううん。それがいいと思う」
アリサはあっけらかんと笑った。そこに、無理をしているような気配はない。
「その子達も、リアムのことを支えて、助けてきたんでしょ?なら私は反対しないよ。きっと、私もその子達とは気が合うと思う。それに、そうやって私のために悩んでくれるリアムも見れたから幸せな気持ちになれたし」
割といつもアリサのことで悩んでいたのだが、今は関係ない。リアムはなおも確認しようとするが、
「リアムなら、相手が増えたからって私のことを蔑ろになんかしないでしょ?」
その言葉に絶句した。驚いた訳ではない。理解したのだ。アリサが自分のことをどれだけ想っているのかを。
もちろん、答えたはイエスだ。この先、リアムがアリサを蔑ろにするなどあり得ないだろう。だがそれをリアムが伝える前に言われた。見ようによっては傲慢なそれは、しかしリアムからは違って見えた。
アリサには疑うそぶりがない。そこには絶対的な信頼があった。絶対的な愛があった。
ああ、とリアムは思う。自分は世界で一番の幸せ者だと。ここに帰ってこれて、本当に良かったと。
「……ありがとう、アリサさん。愛してるよ」
我慢できなくなったリアムは、アリサを抱きしめると熱い口づけを交わした。
この章の本編はあと2話で終わります。




