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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第4章 復讐の先へ
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第68話 3つの首

土日が忙しくて更新出来なさそうなので今日更新します。



 


 口を開いたアモンを見て、リアムは身の危険を察すると同時に好機とも考えた。アモンは炎を吐く時、少しの間だけだが動きを止めるからだ。

 逡巡は一瞬。リアムは片足でアモンの懐に飛び込んだ。そして聖剣を握った左手を前に突き出そうとしてーー


「ふぅ」


 最初に、リアムの耳にため息のような音が聞こえた。次に、それがアモンが発したものだと分かった。そして最後に、いつの間にか自分の左肩から先が消えていることに気付いた。


 ここまでが、1秒にも満たない間に起きた。


「……は?」


 痛みはない。リアムが自ら痛覚を消しているのだから当たり前だ。だが、血が出ていない。リアムは何が起きたのか理解できなかった。


「くそっ!何をしやがった!」


 リアムは浮遊魔法で聖剣と魔剣を操り、アモンに攻撃を続けて牽制する。

 もはやリアムは自分の体ではまともな攻撃ができない。だからと言って魔法を使用しても無効化される。状況は最悪だった。


「ただの息だ」


「は?」


「ただし超高温の、だ」


 アモンはそう言うと、それを証明するかのようにため息を吐く。途端、アモンの目の前の地面が消滅した。


「……笑えねえ」


 そこでリアムは理解する。リアムの左腕はこの息に消滅させられ、傷口は熱で塞がれたのだと。

 そして絶望する。目に見えないこの攻撃をどう防げばいいのか。あの3つの首はそれぞれ別の炎を使ってくる。それにどう対応すればいいのか。


 集中が切れたからなのか、痛みが戻ってくる。あまりの痛みにリアムはその場に倒れ込んでしまった。

 呼吸もろくにできず、苦しみに暴れることもできず、ただ静かに自らの命が零れていくのを感じることしかできない。


「……そろそろ終わらせようか」


 リアムの中の絶望を見たのか、アモンはどこか飽きたかのようにそう言った。


「従え、蒼炎」


 青い炎が、大剣の形を成す。それは一直線にリアムへ向かい、無防備な腹に深々と突き刺さった。


「あ……ふ」


 ゴポリと口から血を吐き出した。体内から内臓をじわじわと焼かれていく。頭の中は真っ白になり、今自分がどこにいるのかさえ曖昧になる。


「ああ、忘れていた。貴様に見せたいモノがあったのだった」


 また急に興味を取り戻したかのようにアモンは嫌な笑みを浮かべる。それからも何か喋っていたが、もうリアムの耳にはただの雑音にしか聞こえなかった。


 執念がそうさせるのか、リアムはほとんど無意識に立ち上がろうとする。だが片足だけしかろくに動かず、全身がボロボロのリアムには立ち上がることさえできない。


 気付けば、リアムには父、母、そして兄の顔が見えた。


(……くそが、なんだってこんな時に)


 リアムはもういない家族の顔を振り払おうとする。だが、消えない。


(俺は……こんなとこで、死ぬのか?」


 リアムはなんとか振り払おうとするが、消える素振りはない。それどころか、まるで本物を見ているかのように鮮明に見える。


「……あ?」


 そこでリアムは気付いた。目の前に見える家族の顔は自分の幻想ではない。本当にそこにあるのだと。


 リアムの前には、かつてタクト、アナ、そしてアベルという名前で生きた人間の、その首を持っているアモンが立っていた。


 リアムは自分の思考が一気に冷めていくのを感じた。




 〜〜〜〜〜




 俺の前に父さんが、母さんが、兄さんがいる。いや、正確にはいない。いるのはいるのだが、そこにはいない。

 首から下がない。いわゆる生首だ。懐かしい顔が、文字通り顔だけで現れた。


 それをアモンが手で掴んでいる。右手で父さんと母さんを、左手で兄さんを持っている。それぞれ薄黄色の液体で満たされたガラスのケースに入れられているみたいだ。


 俺を馬鹿にするために人形でも作ったのか?ほんっとうに嫌な奴だな。


 ……違う。本物だ。これは本物だ。俺が5歳の頃、父と呼び、母と呼び、兄と呼んだ者達の首だ。俺が見間違えるわけがない。


 真っ先に生まれた感情は戸惑いだった。


 なんでこんなとこに家族の首があるんだ。俺はあの時、家族の遺体を抱き締めて泣いていた。ならばあれは、他人の遺体だったのか?


 師匠は家族の墓を作ってくれた。俺はそこで誓いを立てた。ならばあれは、他人の前で誓っていたのか?


 いや、待て。本当にそうなのか?何か忘れていることはないのか?なにか、引っかかるところはないか?


 思考を止めるな。思い出せ。今すぐに、ゆっくりと、素早く、慎重に思い出せ。


 父さんも母さんも兄さんも、俺の目の前で殺された。それは間違いない。

 この目で見た。一生忘れることはない。


 次だ。アモンは、こいつは俺に悪魔因子を埋め込んだ。それも間違いない。

 あの甲高い嗤い声は今でも覚えている。


 そして、俺は家族の死体にしがみついて泣き喚いた。それも間違いない。

 ただ己の無力を感じ、ただ絶望していた。


 最後だ。師匠が家族の墓を作ってくれた。だが俺はその作業をしていない。ならばここか?

 違う。師匠はそんな嘘をつかない。根拠とかじゃない。長年一緒にいたからこそ分かる感覚だ。


 だが待て。俺はあの時、墓を掘った。今考えたらなんて行動だ。いや、そこは今関係ない。


 俺は墓を掘って、骨壺を開けた。その時、確かに骨は入っていた。それは覚えている。


 ……あの時、壺の中に頭蓋骨はあったか?


 なかったはずだ。頭蓋骨ほどの大きさがあればすぐに分かるはずだ。もちろん、砕かれていたなら話は別だが。


 しかしこの可能性を切り捨てるのは早くないか?とりあえず、あの時壺の中には頭蓋骨はなかったと仮定しよう。


 ならなぜだ?師匠か?いや、師匠はそんなことしない。


 巻き戻せ。


 俺はベッドの上で目を覚ました。その時に師匠から全て聞いた。


 巻き戻せ。


 俺の目の前で家族が殺された。


 違う。もっと短く巻き戻せ。


 俺は家族の死体を抱き締めた。


 ……。


 死体。


 ………。


 遺体。


 …………。


 ……人の形をしていたか?


「あ、あれ?」


 あれ?どうだった?


 なぜかあの時のことが思い出せない。いや、思い出せはするのだが、細かく思い出せない。


 思い出せ。思い出せ。


 目を背けるな。あの日俺は何を見た。


 ……そうだ。俺があの日抱き締めていたのは、肉塊だった。原型が分からないほどぐちゃぐとゃになった肉塊だった。


「は、はははははは」


 ははっ、そうだ、そうだった。確かにあれは悲惨だった。そりゃ俺も本能的に忘れるわな。


 ……


 ………


 …………


 ……………


 じゃあ、あの時既に。


 じゃあ、目の前のこれは。


 ならば、目の前のこれは。


 これは。これは。これは?


「……ああ」


 ああ、そういうことか。


 …………。


 あーーーーーーーー




 〜〜〜〜〜




 魔界が揺れる。



 憎悪に支配された半魔は消滅し、新たな悪魔が誕生した。






次回は閑話になる予定です。

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