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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第4章 復讐の先へ
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第64話 アロケル

後書きも読んでね


 

『なぁ、お前今楽しいか?』


『……楽しい?』


 アロケルは予想外の言葉に思わず聞き返した。黒髪の少年は続ける。


『そうだよ。調停者だかなんだか知らねえけど、毎日そんな気張ってしんどくないのか?』


『………』


 考えたこともなかった。アロケルは昔から魔界の平穏のために戦ってきた。少しでも危険な存在が魔界へ来れば、どんな手段を使っても殺す。そんな日々を繰り返してきた。


 それはある種の生きる意味であり、もう覚えていないほど昔、アロケルが悪魔になった時から続けてきたことだ。そこに疑問などなかった。


『これは私の日常だからね。しんどいなんて思ったことはないよ』


 だからアロケルは迷いなくそう答えた。だが黒髪の少年は納得しない。


『そうかよ。でもさ、それならなんで俺を殺さないんだ?』


『それは……君には危険がないと判断したからさ』


『でもお前、今までは誰でも関係なく殺してきたんだろ?フルーレティも言ってたぞ?アロケルが殺さなかったのは俺だけだって』


『………』


 その通りだった。アロケルが一度危険と判断して殺さなかったのはこの少年だけだ。そしてその理由は倒せなかったからなどではない。


『俺にはお前が辛そうに見える。だから放っておけないんだ。だって、友達だからな』


 これだった。


 アロケルが少年と対峙した時、人間である少年は、悪魔であるアロケルに友達になろうと手を差し出したのだ。そしてアロケルは、ほとんど無意識にその手を握っていた。


 それはきっと、繰り返される日々に疲れていたからだろう。元から温厚な性格だったが、調停者という立場から常に気を張り過激派として活動していた。その日常は少しずつアロケルの心を疲弊させていたのだろう。


『……はぁ、君には勝てないね。参った、私の負けだ』


『それでいいんだよ。ほら、さっさと悩みを吐きやがれ』


『悩み、と言うほどのものではないけどね。まぁ大方君が言った通りさ。この立場が、この役目が私にとっては辛い。今まで部下はいても友達と呼べる者はいなかった。だから君に友達になろうと言われた時は嬉しかったし、殺したくないと思った』


 アロケルは悪魔になってから調停者になったのではない。調停者として悪魔になったのだ。悪魔になった時には既に調停者だったのだ。


 だからアロケルには自由がなかった。生き方を自分で決めたことなどなかった。悪魔になる前のことはもう、覚えていない。


『だからな、お前はなんでも難しく考えすぎなんだよ』


 黒髪の少年は呆れたような口調でアロケルに語りかける。


『なんでもかんでも殺そうとしなくたっていいだろ?ほら、"幻死"だっけ?あれ一発だけ食らわせて弱らせてから話聞いて、んでどう処分するか決めるとかでもいいだろ?』


『"幻死"を受けたら大抵は死ぬけどね』


『そん時はそん時だ』


『随分軽く言うね。君が元いた世界では人殺しなんて稀だったんだろう?もうこっちの世界に染まってしまったのかい?』


『……そうかもな。この世界では、甘い奴から死ぬ。覚悟のない奴から死ぬ。躊躇う奴から死ぬ。力のない奴から死ぬ。……何もない俺たちは変わるしかなかったからな』


 少年は酷く寂しそうな表情を浮かべる。それを見てアロケルは失言を自覚した。


『……すまない』


『なんで謝んだよ。気にすんな』


 少年は何かを吹っ切ったような清々しい顔で手をひらひらと振る。


『とにかく、だ。お前はもっと肩の力を抜け。気楽に構えろ。人生なんてそんなもんでいいんだよ』


『……フフ、私の方が何倍も長生きしているのに、まるで君の方が人生の先輩に思えるよ』


 2人はしばらく笑い合った。その日はアロケルの長い生の中で最も笑った日であり、良い方へと変われた日であり、そして、本当の意味で友ができた日だった。


『まぁ心配すんな。もしそれが原因でお前が危機に陥ったら俺が助けてやるから』


 少年は最後にそう言った。



 〜〜〜〜〜



『やぁ、随分久しぶりだね。30年ぶりぐらいかな?』


 アロケルの前にはかつての少年が立っていた。相変わらずの黒髪だが、見た目は立派な大人でしっかりとした印象を受ける。


『ああ、久しぶりだな。忙しくてなかなか来れなかったんだ。悪い』


『気にしないでくれ。私からしたら数十年なんて長くもなんともないからね』


『なら久しぶりとか言うんじゃねえよ、嫌味か?』


 懐かしいやり取りにアロケルは目を細めた。だが、彼の表情は暗い。


『……実はな、久しぶりだってのに悪いんだが、あまり長居はできないんだ』


 その声音も心なしか暗い。


『なにかあったのかい?』


『……アロケル。今日はお前に頼みがあって来た』


『……?君の頼みならなんでも聞くけど、どうしたんだい?』


『……俺の、息子を頼む』


『息子を……?』


 アロケルが彼に会うのは久しぶりだが、連絡は取り合っていた。だから子供が2人いることも知っている。


『自分で言うのもなんだが、私は悪魔だ。あまり子守には向いていないと思うんだが』


 アロケルは少しおどけて答えるが、彼の表情は真剣そのものだった。


『……今の言い方だと、ちょっと語弊があるな。俺になにかあったら、息子達を頼む』


 そう言って頭を下げた。


『っ!?……どういうことだい?また、何かに巻き込まれて……?』


『いや、そうじゃないんだが……嫌な胸騒ぎがしてな。まぁただの思い過ごしだとは思うんだが、念のためってやつだ』


 彼は先程とは違って明るい表情を浮かべる。だが、それはかえってアロケルに不安を駆り立たせた。


『……じゃあ、頼むな』


 彼はそう言ってアロケルに背を向けた。そしてそのまま立ち去ろうとする。


『タクト!!!』


 気付けば、アロケルは彼の名を呼んでいた。


『……どうした?』


『いや………また、会えるかい?』


 本当はもっと違うことが聞きたかった。だが、振り返った彼の顔を見て、アロケルはつい言葉を飲み込んでしまった。


 アロケルはこの時何も聞かなかったことを後悔し、自分を責めることになる。


『ああ、またすぐに来るさ』


 それが、アロケルが聞いた彼の最後の言葉だった。



 〜〜〜〜〜



「あ、アロケル様!!」


「起きたか?」


 アロケルが目を覚ますと、目の前にはリアムとリリスの顔があった。アロケルは仰向けに伏している状態だ。


「……そうか、私は負けたのか」


 アロケルはすぐに今の状況を理解した。リアムとの戦いに負けた。最後は気力を振り絞っていたためにあまり覚えていないが、結果は負けだと理解した。


「っ!」


 アロケルは体を起こすため左手を地面につけようとしたが空振り、顔からべちゃりと音を立てて崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ッスか?」


 アロケルはリリスの声に顔をあげ、自分の左腕を確認すると肘から先が無くなっていた。


「……どうやら、治りそうにないね」


「まぁ聖剣で斬ったからな」


 アロケルの呟きにリアムが平然と答える。だがこれはリアムなりの優しさ。リアムも本当は心配しているが、ここでそれを口にするのは本気で戦ったアロケルに対する侮辱だ。片腕を落としたのも彼なりのけじめだった。


「俺の勝ちだアロケル。好きにさせてもらうぞ」


「………」


 アロケルは先程の回想に思いを馳せていた。タクトはきっと、アモンの襲来を予期していたのだろう。それでも逃げ出さなかったのは意地なのか、それとも守るべきもののためか。恐らく後者だろう。ならばタクトにとっては無念な結果に違いない。

 その無念を、唯一生き残った彼の息子が果たそうとしているのだ。リアムはそんなことは考えていないだろうが。


 アロケルはリアムを引き留めたい。その気持ちに変わりはなかった。だが、もうそれを口にするつもりはなかった。


「ああ、分かってる……絶対に、死なずに帰ってきてくれ」


「もちろんだ……つっても、まだ戦わせてもらえるかは分からねえけどな」


 リアムはゆっくりと立ち上がると、未だ座りながら成り行きを見ていたメフィストの正面に立った。


「リアム様……」


 リアムは傷だらけのままだ。リリスは治すと言ったのだが、アロケルが目を覚ますまでは待ちたかった。

 そして今、アロケルの口にはしない多くの想いを感じ取ったリアムは、これ以上我慢できなかった。


「挑ませてもらうぞ、メフィスト。俺はさっさとアモンをぶっ殺して帰ってこないといけないんだ」


 リアムは少しふらつきながらも、その目はメラメラと意思を燃やしていた。


「………」


「お前に認めさせて、アモンの居場所を吐いてもらう!!」


 リアムはそう叫んで駆け出す。その手には魔剣と聖剣が握られている。


「……待て」


 だが、そんなリアムの勢いを削ぐように、メフィストは掌をリアムに向けた。その姿からは敵意を感じない。


 そしてメフィストは、ゆっくりと口を開いた。


「アモンのとこまで連れて行ってやる」


「……はい?」


 数瞬前のリアムからは考えられないほどの、間抜けな声が彼から発せられた。





最近忙しさが増してきまして、次の更新はしばらく空きそうです。すいません。更新する時はTwitterで報告します。遅くても1ヶ月以内には投稿すると思います。活動報告の方にも投稿してますので、詳しくはそちらでご覧ください。


少しずつですがブックマークしてくれる方が増えてきました。ありがとうございます。

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次回もぜひ読んでください。

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