第52話 調停者
ここから第4章です。
リアムは門を潜ったらすぐに周りを観察しようと思っていた。
魔界がどんな環境か、近くに悪魔はいるか。それを確認するためだ。だがその前提である周りを見渡す事が出来なかった。
門を潜り抜けたリアムの目の前には悪魔がいた。下半身は馬で、上半身はライオンのような悪魔。
リアムの視界にはその悪魔の目だけしか写ってなかった。周りの景色は一切視界に入らない。物体を認識する全ての機能がそこに注がれた。それも無意識に。
その目には何も無かった。ただ闇のような空洞があるだけ。リアムはその闇しか認識出来なかった。
そしてリアムは死を視た。
あらゆる自分の死を視た。
病死、極刑死、焼死、水死、病死、ショック死、凍死、老衰死、災害死、感電死、餓死、突然死、轢死、戦死、圧死、転落死、窒息死、毒死、縊死••••。
あらゆる場面、あらゆる状況、あらゆる手段で自分が死ぬのを視た。繰り返し繰り返し視続けた。それは頭に直接流れ込み、リアムに逃げ場を与えない。
「あ、ガぁぁぁァァあぁぁァぁあ!!?」
リアムはその場で頭を抱え悶絶した。体の感覚はある。抱えられる頭はある。なのに自分の死を視続け、その精神はごっそりと削られていた。
「あ、アああ、ガぁぁあァぁ!」
どれだけ叫んでも、苦しみからは逃れない。穏やかな死があれば、惨たらしい死もある。安らかな死があれば、苦痛の死もある。
「ぐ、ぅゥぅぅぅ」
常人なら一瞬で発狂してしまうような幻覚。鮮明に描かれる死のイメージ。
それでもリアムは耐えた。耐えきった。やるべき事を思い出して。帰るべき場所を思い出して。
「はぁはぁはぁ」
それはたったの5秒ほどの出来事だったが、リアムにとっては永遠に近い時間だった。
「おや?まさか乗り越えるとは。君の名前は?」
その悪魔はリアムが耐えきったことに驚くと、今度は興味深そうな顔をする。
「ぜぇぜぇ、リ、リアム……だ。はぁはぁ、お前は?」
リアムも聞き返すがら答えは予想できた。簡単だ。出会ったら死に掛ける。まさしくこの悪魔の事だろう。
「私はアロケル。魔界の調停者だ」
そしてリアムの予想通りの答えを返した。
「お、俺はあんたに会ったら、はぁはぁ、ルシフェルの名前を、出せって言われた」
「ルシフェル?君は彼の知り合いかい?」
「ああ、あんたに会えば、協力、してくれるって言われてな」
リアムの声の震えは収まった。いや、無理やり抑え込んだ。まだ恐怖は残っているがなんとか堪える。
リアムはアロケルを見るが、その目にはちゃんと眼球があった。少し安心する。
「確かに、彼の知り合いならば考えてもいいだろう。それで、君の目的は?」
「アモンの首」
「っ!……そうか、そういう事か。君はもしかして、タクト・イガラシの関係者かい?」
「あ、ああ。俺はタクト・イガラシの息子だ」
「なるほど、だから奴の首を……。ふむ、まさか復讐のために単身で魔界へ乗り込むとは驚いたものだ」
アロケルはしわがれた声でどこか愉快そうに笑った。
「いいだろう。協力しよう」
「あんた、調停者じゃないのか?」
「だからこそ、だよ。魔界も一枚岩ではない。アモンは好き勝手に暴れているから何とかしたいと思っていたのだが、魔王がそれを許さない。君はその対策もしているのかい?」
「ああ。ルシフェル曰く、俺には魔王の悪魔因子が埋め込まれている」
「っ!?それは驚いた。まさか奴がそんな事を……」
アロケルはブツブツと呟き始める。その間にリアムは周りを見渡した。
魔界は辺り一面が荒野だった。荒れ果てた無機質な地が広がっている。空は真っ赤な雲に覆われ気味が悪い。リアムはアロケルに視線を戻す。
「……あんたは最上級悪魔か?」
「どうしてそう思うんだい?」
「勘だよ。ただ、さっきの幻術のようなものは強力だったからな。あんなの受けたら大抵の奴は死ぬだろ」
「なるほど。確かに、あれを受けたら大抵は死ぬ。だからこそ私は驚いたんだけどね」
「こんなとこじゃ死ねないからな」
「ふむ、ルシフェルが君を気に入った理由が分かったよ。とりあえず移動しよう。魔界ではあまり留まらない方がいい」
アロケルはそう言うと歩き出した。
「アモンの場所は分かるのか?」
「いや、奴は拠点をよく移動してるからね。しらみ潰しするしかないだろう」
「………」
いつの間にかリアムの悪魔に対する無差別な殺意が少し薄れていた。本当に少しだけ。恐らくルシフェルのおかげだろう。リアムは心の中で感謝すると、アロケルについて行った。
〜〜〜〜〜
アロケルがルシフェルと出会ったのは、ルシフェルが魔界を暴れていた時らしい。
アロケルは調停者としてルシフェルに幻術を掛けて止めようとした。だが、ルシフェルもリアムと同じく耐え切り、そこから2人の戦いが始まったらしい。
2人は戦闘中にお互いの事情を伝え合うと和解、そのまま仲良くなったらしい。リアムにはその思考がよく分からなかったが、ルシフェルの性格を考えると少し理解出来た。
ちなみに、アロケルは膨大な魔力を察知し、脅威を感じたためリアムに幻術を掛けたらしい。確かに悪魔を殺しにきたのでリアムは何も言えなかった。
リアムも自分の事情についてアロケルに話した。
「ところで君は、そこまで悪魔が憎いのかい?」
「当たり前だろ?家族を殺されたんだぞ?」
リアムはアロケルと話をしながらも、周りに湧いてくる悪魔を殺していた。下級ばかりだが、地上界の下級よりは強い。
「ハハッ!クズ共が!!」
ファルシオンを振り回して悪魔を殺す。その様子をアロケルは少し引きながら見ていた。
「あ、あの、リアム?君も一応半魔なんだよ?」
リアムは人間形態で動いている。悪魔化しても魔力を消費する事はなく、むしろ戦うだけなら悪魔化した方が良いのだが、あまり悪魔として活動したくなかった。
「分かってるよ、そんな事。こんなもんただのゴミ掃除だ」
アロケルは口元を引き攣らせている。しかしリアムはお構い無しに斬り伏せていく。
「私のことは憎くないのかい?」
「さぁな。自分でもよく分からん。でも、もしあんたが裏切ったら迷いなく殺す。それより、調停者なのに止めなくていいのか?」
「魔界の秩序を守るだけだ。理性を持たない下級悪魔はどうでもいい」
「案外冷めてるんだな」
「君に言われるのは心外だ」
などと、打ち解けたのかよく分からない雰囲気のまま、荒野を歩き続ける。
「魔界って何もないんだな」
「悪魔はすぐに暴れるから、建造物はすぐに壊れてしまうんだよ。それでも全くない訳ではないけどね」
確かに、建物の残骸があったり、遥か遠くに建造物らしきものが見えたりする。
「それにしても、君は歪だね」
「急だな」
突然、アロケルは思い出したように言った。リアムも何を言われたかは分かっている。
「耐えたとは言え、君は何度も自分の死を視せられたんだよ?狂ってもおかしくないぐらいに。なのに今こうして私と普通に話している」
「理由の一つとしては、事前にルシフェルから聞いてたからだな。それに、俺が歪んでるのは自覚してる」
「……そうか。あともう一つ、気付いてるかい?近くに上級悪魔の気配があるのを」
「ああ、殺す準備はしてる」
「待ってくれ。彼女は私の部下なんだ。出来たら殺さないで欲しい」
「出来たらって程度なら殺す」
「じゃあ絶対に殺さないでくれ」
「……はぁ」
リアムは殺気を解いた。アロケルは安堵のため息を吐く。
「君は本当に恐ろしいね。悪魔の私が言うのもなんだが、まるで悪魔みたいだ」
「みたいじゃなくて悪魔だからな」
「およ?」
脱力したリアムが適当にアロケルと話していると、岩陰から女の悪魔が出てきた。
「あれ?なんでアロケル様がこんなところにいるんスか?」
「少し、彼に協力しててね」
その言葉に女はリアムを見る。そして驚いたような表情をし、すぐに目を輝かした。
「ア、アロケル様!そちらのイケメンさんは誰ッスか!?」
「彼は半魔のリアム。ある目的のために魔界に来たんだ」
「リ、リアム様……ハァハァ」
よく見れば女は頰を紅潮させている。なんだか危ない雰囲気を醸し出していた。
女は背中に蝙蝠のような黒い羽を生やし、尻尾も生えている。目は白目と黒目が逆で、褐色の肌に真っ赤な髪、スタイルの良い体で顔も整っている。
だが、腰と胸に小さな布を巻いているだけでほとんど肌が見えており、他の衣服は身につけていない。リアムは少し嫌な予感がした。
「あ、ウチはリリスッス!よろしくッス、リアム様!」
「……よろしく」
「はいッス!それでは突然ですがリアム様!ウチとヤらないスか?」
また投稿について変更があるので、活動報告を見てください。




