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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第3章 別れから出会い
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前日譚・上 始まりの日

 


 ーー火の海で、少年は泣いていた。原型が何なのか分からないような肉塊を抱きしめ、泣き喚いていた。


 火が弾ける音だけが聞こえるその暗闇に、少年の泣き声はよく響く。だがその声に反応する者は存在しない。

 かつて村だったそこは、かつて人々が夢を抱き大切な者と暮らしていたそこには、もう何も無かった。


 真っ赤な炎が辺りを包む。しかし少年は逃げようともしなかった。


 少年は少しずつ息苦しさを感じた。先程まで出していた叫び声が小さくなっていく。


 やがて、少年は倒れた。もう涙も出ない。声も出ない。それでも少年は出ない涙を流し続けた。声にならない声を上げ続けた。


 予感はした。このままでは自分は死ぬと。そして少年はそれでもいいと思った。いや、それがいいと思った。



 数分後意識を失った少年に、一つの人影が落ちた。



 〜〜〜〜〜



 少年が目を覚ますと、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。布団からも知らない匂いがする。

 横になったまま顔を動かすと、ベッドの傍に女が立っていた。水色の髪を伸ばし、同じ人間とは思えないほど完璧な容姿をしている。まだ幼い少年ですらそう思った。


 だが、少年は少し恐怖を感じた。女に。なぜなら、その目は何も映していなかったから。何かを見ているのに何も視ていなかったから。

 その虚無そのもののような目に怯えを覚えた。


 ゆっくりと体を起こす。気付けば自分の体は汗でびっしょりだ。少年は気持ち悪さに顔を顰める。


 と、そこである光景がフラッシュバックした。まるで悪夢のような、いや、悪夢そのものだ。少年はすぐに頭からそれを追い出した。


「お姉さんは誰?」


 少年は女に声を掛けた。とりあえず今の状況を確認しようと思ったからだ。


「……何者でもないわ」


 だが、返ってきた答えは少年にとって意味の分からないものだった。


「名前がないの?」


「あるわよ。でも、それに意味なんてない」


 女が何を言っているのか。少年は理解出来なかった。


「じゃあお姉さん。タオルとかあるかな?僕、嫌な夢を見たから汗が凄くて」


「……それは、嫌な夢なんかじゃないわよ」


「え?」


 予想外の返しにまたも戸惑う。なにか、嫌な予感がした。


「あなたの家族が殺される夢でしょう?」


「なっ、なんで知ってるの!?」


「それが事実だからよ。ここはブリル村じゃない。ブリル村は消滅したわ」


 悪夢のような光景がまたも少年の頭をよぎる。女の言葉を理解してはいけない。直感的にそう思った。


「……お父さんは?お母さんは!?兄ちゃんは!!?」


 だが、賢さ故に少年は全てを思い出してしまった。何が起きたのかを。何を見たのかを。


「死んだわよ。あなたを連れ出したのは私。それも気まぐれだけどね」


 女は平然とそう言った。瞬間、少年は女に飛びかかっていた。それを女は軽く躱す。


「なんで!?」


 少年はもう一度殴りかかった。女はまた軽く躱す。


「なんで!!?」


 少年は蹴りを放つ。しかし元から武術を納めていない少年のそれはお粗末なものだ。掠りもしない。


「なんで僕を助けたんだ!!?」


 少年は周囲に火の玉を展開した。それは少年の年齢で発現出来る量を遥かに超えている。だが、女は指を鳴らすだけで全てを消してしまった。


「なんで僕を死なせてくれなかったんだ!!?」


 少年は近くに落ちてあった椅子を投げつけた。女はそれを片手で受け止める。


「なんで僕を家族から引き離したんだ!!?」


 少年は力の限り暴れた。しかしそれら全てを女はまるで息をするかのように躱した。


「なんで僕は何も出来なかったんだ!!?なんで僕はただ見ていただけなんだ!!?」


 それは少しずつ、自分を責める叫びへと変わっていった。少年の慟哭が響き渡る。女はそれを同情するような目で見ていた。


「なんでっ!?なんで……」


 いつしか少年は動きを止めていた。力無く地に伏し涙を流した。ただただ泣いた。


「なんでっ、なんで僕なんかが生きてるんだよぉ……」


 少年は己の無力を痛感した。まだ5歳である少年が、力の無い自分を憎んだ。


「……あなたを連れて行きたい場所があるわ」


 女はただそれだけ言うと、未だに泣いている少年に浮遊魔法を掛ける。そして少年を連れて北へ向かった。


 少年は抵抗しなかった。



 〜〜〜〜〜〜



「ここは……」


 女が少年を連れて来た場所は、少年にとって馴染みのある場所だった。だが、一つだけ見慣れない物が置いてある。


「あれは、あなたの家族の墓よ。勝手で悪いけど私が作ったわ」


 それを聞いた少年は、ゆっくりとその大きな石に歩み寄った。それはぽつんと立つ大樹の根元に置かれている。


「……お、お父さん!お母さん!兄ちゃん!」


 その墓の前まで辿り着くと、少年は石に抱きついた。そしてまた泣き始めた。だだっ広い草原にその声が響き渡る。

 女はそれを遠目に見ていた。表情はない。ただその目に少しの同情が浮かんでいるだけだ。


 少年は泣きながら亡き家族に呼びかけ続けた。この先、一生聞くことが出来ないその声を求めて。そしてすぐに涙を流し、鼻水を垂らして顔をぐちゃぐちゃにしながら、墓石の足元の地面を掘り始めた。

 道具なんて持っていない。もちろん素手でだ。爪が剥がれ血が流れる。傷口に土が捩じ込まれる。それでもその手を止めず、一心不乱に掘り続けた。


 しばらくして、少年は一つの壺を見つけ出した。その蓋をあけると中には沢山の骨が入っていた。それを見た少年は壺を抱きかかえ、更に泣き声を大きくする。


 だがそれとは裏腹に、少年の思考は凄まじい勢いで回転していた。


 己の未熟さ。大好きだった家族。己の愚かさ。死んでいく家族の姿。己の無力さ。最期の家族の言動。

 拒絶する心を無理やり押し殺し、あの悪魔を思い出す。耳障りな声で嗤っていた憎い悪魔を。


 自分がこれから歩むべき道を考える。考え、否定する。繰り返し繰り返し。もはやおぞましいと言えるほどの早さで思考する。


 そして少年は選んだ。自分を蔑み、憎み続ける復讐(生き方)を。


 少年は最後に壺の中の骨を見ると、ゆっくりと蓋をする。そしてまたゆっくりと土に埋めた。


 墓を元通りにした少年は立ち上がり振り返った。その目に涙は浮かんでいない。

 ただ昏い、闇よりも昏い感情が渦巻いていた。しかしそれと同時に、強い決意を秘めていた。


 少年の姿を遠くから見ていた女は瞠目する。そんな女に少年は口を開いた。


「家族のお墓を作ってくれてありがとう」


「……礼はいいわ。それより、これからどうするの?」


「僕は……俺は、復讐する。あの悪魔に。これが何も生まない選択でも、ただの自己満足でも、いつか必ず、あいつを殺す。俺はそのためだけに生き続ける」


 少年は言い切った。強い意志を込めて。それを聞いた女は少し悲しそうな顔をした。だがその目には憧憬が浮かんでいたことに、少年は気付かなかった。


 そして少しの逡巡を経て、女も選んだ(・・・・・)





2話の予定が3話になりそうなので、明日も投稿します。

上・中・下です。


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