第32話 侵食
その日の夜、リアムにとって学園での最後の夜にそれは起きた。
リアムがベットに寝転がっていると、突然悪寒を感じた。リアムはすぐに起き上がり、気配を探る。それは悪魔の気配だった。強い気配が複数。
「また……」
リアムは即座に着替えると部屋を出る。気配は中央広場から感じる。そこからは悪魔以外の気配も感じた。恐らく既に誰かが戦っているのだろう。
「行くか……」
リアムは呟き足に魔力を溜める。そして一歩踏み出すと、音だけを残してその場から消えた。
〜〜〜〜〜
広場は酷い有り様だった。学園の教師はもちろん、生徒も戦闘していたが既に死んでいる者も少なくない。
悪魔はほとんどが上級で、その数は30を超えている。中級、下級悪魔も同じぐらいいる。
まさしく蹂躙。それを見てリアムはあの光景を思い出す。村が焼かれ家族を殺された光景を。
「はぁ……はぁ……」
体が震えだした。それは恐怖によるもの。どれだけ強く憎んでも、あの惨劇はリアムの心に大きな傷を残していた。
「くそがぁっ!!」
リアムはファルシオンを抜き、悪魔の軍勢に向かって走りだした。悪魔と人間が衝突している側面から突撃する。
「グァ?」
そんなリアムに悪魔も気付いた。だが、攻撃を仕掛けられる前にその首を撥ねる。
「らぁっ!」
悪魔はリアムの危険度を察知したのかすぐに取り囲む。その中でリアムは1人奮闘した。
爪を躱し牙を避け刃を弾く。しかしリアムを囲んでいるのはほとんどが上級悪魔。リアムは少しずつ傷を増やしていく。
「氷槍!」
それを唱えるとリアムを中心に氷の槍が敵に向かって飛んでいく。それは確実に悪魔の顔を潰し、命を奪う。
だが、それでも減らない。リアムは身体強化を高め、集団の頭を超えて一度下がった。
「はぁはぁ」
悪魔が手強いのも確かだが、それ以上に自分の動きが悪い。リアムはその自覚があった。
どこか怯えてる。今まで倒した悪魔共は言わば雑魚だった。もし、ブリル村に来たのがあの程度なら父や母、兄は負けなかっただろう。
自分が弱気になっている事に気付いたリアムは、自身に苛立つ。
「殺せ、あいつらを。それが出来なきゃ俺に意味は無い」
その苛立ちが自分の中に眠るものを刺激する。
黒い感情がのたうち回っている。それを受け入れた事はあるが、今回は受け入れたらダメだ。リアムは本能的に感じた。
「あぁ、ぐぅぅ」
リアムはそれを必死に抑え込む。そんな事をしている内にも悪魔は近づいて来る。
「くそっ!」
リアムは鈍った動きで体を逸らす。直後にそこに刃が振り下ろされる。
「リアムっ!」
その時、校舎からクレアが出てきた。後ろには2人の勇者とクラスメイトが付いて来ていた。
「義姉さん!?来るな!」
そのクレアに向かって悪魔が襲い掛かる。それを彼女は炎で焼き飛ばした。だが、リアムとクレアの間には悪魔が大量にいる。
「くそっ!どけクズ共が!」
リアムはすぐにまた突撃した。首を斬り、胴を斬る。背中を浅く斬られた。それでも振り返りもせずに斬り返す。腕を切られ脚を切られる。それでもリアムは止まらなかった。
悪魔を斬り捨てながらクレアの元へ向かう。だが、その数が減ったように見えない。
クレアの方も戦い始めているようだ。しかし生徒はトラウマが体を止めるのか怖気付いている。
まずい。そう思った。このままではクレアに限界がくる。
そうなったらーー
「どけぇぇぇぇ!!」
リアムを中心に爆発が起こる。それを受けた悪魔は盛大に吹き飛ばされた。
「義姉さ……ん?」
リアムがやっと集団を抜けた先で見たのは地に伏したクレアの姿だった。その体は血に濡れている。生きているかは分からない。
ただそれを見た瞬間、リアムの中で何かが切れた。
〜〜〜〜〜
義姉さんが目の前で倒れている。傍には複数の悪魔がいる。それを理解した瞬間、俺は飛び出していた。
びっくりするぐらいのスピードが出た。本来なら制御しきれないぐらいの速さだ。だが、何故か体の動かし方が分かる。
悪魔は俺に気付いたが反応できない。俺はその首を掴み、胴から首を引っこ抜いた。背骨がズルズルと出てくる。面白い。
その横にいる悪魔には全力で蹴りをぶち込んだ。それだけで顔が破裂したように吹き飛ぶ。面白い。
脆い。いや、俺が強いのか?どうでもいいか。
それから俺は暴れた。憎い悪魔共を殺すために。
脚を振れば肉が弾け、手刀を振れば肉が裂ける。牙を剥いて肉を引き千切り、爪を突き立て肉を削ぐ。
万能感に満たされた俺は、ただ楽しくて仕方がなかった。
ーー嗤い声が聞こえる。甲高い嗤い声が。まるであの夜響き渡っていたような、耳障りな声が。
だが今はその声さえも気持ちいい。俺はかつて憎んだ嗤い声に合わせ、血しぶきの中を踊り狂う。
気付けば俺は嗤っていた。もしかしたらもっと前からかもしれない。だがそんな事はどうでもいい。
楽しい。だが何かが足りない。もっとだ。まだ殺したい。
ーー目に映るモノ全てを壊してやろう。そんな事を考えた時だった。
ふと、声が聞こえた。掠れた小さな呟きだったが、強化されている俺の耳はその声を拾った。
「悪魔だ……」
それを聞いて俺は動きを止めた。いや、動きが止まった。そしてゆっくりと周りを見渡す。
気付けば辺りは一面が血で赤く染まっており、足元には夥しい数の悪魔が倒れている。そして窓ガラスに映った自分の姿を見た。
そこに映っていたのはまさに悪魔だった。牙が伸び、耳は鋭く尖り、右目は赤く、左側頭部からは角が生えている。
その全身は血で赤黒く染まっている。そしてその顔は愉快そうに歪み、その口は醜い笑みを浮かべていた。
そこで理解する。聞こえていた嗤い声は俺のものだと。
俺は自分の血の気が引いていく音を聞いた気がした。地面が崩れたような錯覚に陥り、頭が真っ白になる。
悪魔。俺が憎んだ悪魔。俺の家族を殺した悪魔。俺の全てを奪った悪魔。俺が殺したい悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔。悪魔、悪魔、悪魔、悪魔、悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔あくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまあくまアクマアクマアクマアクマアクマアクマアクマアクマアクマアアアアアア………
ーー俺が、悪魔?
「あ……、あァっ、ガアアアアアァ!!!」
何も考えられない。憎しみが溢れ出てくる。何に対するものか分からない。
「"アレ"を悪魔と認定!撃退しろ!!」
声が聞こえた。振り返ると学園長のラルフが立っていた。傍には他の教師も生徒もいる。
そこには俺への敵意が充満していた。
俺の知ってる人が、俺に向けて本物の殺意を向けている。
俺の知ってる人が、俺に怯えた目を向けている。
ーーーロセ
また、声が聞こえた。耳からではない。
ーーコロセ
頭の中で声が響く。
ーーヤツラハオマエヲコロソウトシテイル
……殺す?あいつらが俺を?
ーーソウダ。ダカラコロセ
……殺す?俺があいつらを?
ーーソウダ。ヤラナケレバヤラレル。フクシュウヲハタセナクナル
……復讐が、果たせなくなる?それだけはダメだ。
ーーナラドウスル?
………。
俺は"奴ら"に手を向けた。そしてその手に魔力を集める。それだけで周囲の景色が歪んだ。今なら何でも出来そうだ。
「リアムさん!!!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞いた事のある声だ。途端、集めていた魔力が霧散する。
俺は自分が何をしようとしてたのかを理解した。また、動きが止まる。
「っ!今だ!撃てぇっ!!」
声と共に、数え切れないほどの暴力が俺に襲いかかってきた。俺はそれをただ見る事しか出来ない。
そしてーーー
第2章次でラストです。




