第17話 いつかきっと
春が来た。もう少しでリアムは5年生になる。そして今日はアリサの卒業式だ。
マグナ魔法学園の卒業式はあっさりしている。卒業生を中央広場に集まて学園長であるラルフが祝辞を述べる。その後、卒業生に記念品を贈呈する。これで終わりだ。
ちなみに在校生は自由参加だ。リアムは今まで出席した事は無かったが、今回はアリサがいたので参列している。
(話長っ!)
そして今まで参加しなくて正解だと確信していた。
〜〜〜〜〜
「リアムお待たせ!」
卒業式が終わった後、リアムがいつも通り図書館にいると、少し遅れてアリサがやってきた。
「思ったより早かったな。もうお別れとか済ませたのか?」
「うん。もう大丈夫だよ。それに、ほとんど進路は同じだしね」
「帝国軍の魔法部隊だっけ?」
アリサは既に帝国軍への入隊が決まっていた。他の国からも声は掛かっていたのだが、この学園の生徒は皆帝国を優先しなければならない。
「結構厳しいらしいけどね。待遇は良いらしいから頑張るよ」
「ふーん。俺は軍隊とか嫌だなぁ。やっぱり自由に生きたい」
「あはは。リアムらしいね」
アリサは楽しそうに笑う。だが、リアムはどこかぎこちなさを感じた。
「それで、大事な用ってなに?最後に戦おうとか?」
「違うよ?リアムってたまに私と戦いたがるよね」
「冗談だよ」
「知ってる」
アリサはクスクスと笑う。やはりぎこちない。
「じゃあ結局なんなんだ?普通にお喋りがしたかっただけ?」
「む、なにその言い方。私とお話しするの嫌?」
「いやいや、そんな事ないよ。わざわざ呼び出されたから気になっただけで」
「まぁそれはちょっとね。て言うか、やっぱり気付いてないんだ?」
今回、リアムはアリサに『大事な用がある』と言われていた。
「……?何に?」
「ううん。なんでもない」
アリサはリアムに背を向けて、少しモジモジし出す。
「ね。リアムってこの学園に来てから今まで、よく私と会ってたよね?」
「そうだな。ほぼ毎日会ってた」
「だよね。私と一緒にいて楽しかった?」
「そりゃ楽しかったよ。この時間は割と好きだった」
「私も。ううん、私はこの時間が大好きだった」
「そうか。それは良かったよ。俺もアリサさんに出会えてなかったら、きっと学園生活を今ほど楽しめてなかった」
そこでアリサは振り返る。
「ほんと?私に会えてよかった?」
「なんで疑うんだよ」
「そういう事は何回でも聞きたいものなの」
「そんなもんか?まぁいっか。うん、俺はアリサさんに会えて良かった。それは間違いない」
「そっかぁ。ふふ。私も、リアムと会えて良かった。会えてなかったら今の私はいないもん」
アリサは本当に嬉しそうに笑った。そんなアリサにリアムは少し見惚れる。
「私って今日で卒業でしょ?だから、もうリアムとは会えない訳じゃん?」
「ん?同じ帝国にいるんだしいつでも会えるんじゃないか?」
「ううん。軍は厳しいらしくて、ずっとって訳では無いけど、しばらくは会えないと思う」
「そうか……。それは寂しくなるな」
「そう?えへへ、私も。……だからね、今日言いたい事があるの」
そう言うとアリサはリアムに近付く。顔は真っ赤だ。目も少し潤んでいる。
「私ね?私……」
「アリサさん?」
「私、リアムの事、好きなの。ずっと前から大好きだった。リアムの全てが好き。好きで好きでたまらないの。だから……私を、恋人にして下さい!」
〜〜〜〜〜
「………」
リアムはすぐには答えられなかった。アリサが自分を大切にしていてくれた事は分かっていた。だが、それは友達としてだと思っていた。
リアムは自分の事が嫌いだ。醜いと思っている。家族を免罪符に復讐を正当化し、そしてその復讐に縋ってしか生きてこれなかった弱い存在。
そんな自分が、誰かに恋愛感情を抱かれるとは思ったこともなかった。
そしてそんな自分が、誰かを幸せに出来るとは思わなかった。
だが、気付けば自分の中でアリサの存在が大きくなっていた事も事実だった。
ーーなら、自分の全てを知ってもらうしかない。
リアムはそう考えた。
「アリサさん」
「……はい」
リアムがアリサに呼びかけると、彼女は体を跳ねらせる。
「俺は……アリサさんの事がとても大切だと思ってる。失いたくないし、これからも一緒にいたい。そう思ってる。でも、今はその気持ちに答えられない」
「っ!」
リアムが言い終わると、アリサは今にも泣き出しそうな顔になった。だが、リアムはすぐに続ける。
「だから答えるために、少し俺の話を聞いてもらってもいいかな?」
「それは……今まで秘密にしてた話?」
「ああ」
アリサは自分の恋は叶わなかったと思った。だから本当はすぐに1人になって泣き出したかった。だが、リアムの真剣な顔を見て踏み止まる。
「うん」
アリサは涙を浮かべながらも頷く。
「ありがとう。……アリサさんは、"ブリルの惨劇"って知ってる?」
「……?知ってるけど……」
リアムが急に脈絡の無い話を始めて、アリサは少し戸惑った。だが、それもすぐに消え去る。
「俺は、あの事件の唯一の生き残りなんだ」
「っ!?」
アリサは目を見開く。
"ブリルの惨劇"。それはある村が悪魔に蹂躙され、凄惨な跡だけが残った事件だとは周知の事実だ。
リアムはそんな事件の生き残りだと言う。
「家族は俺を庇って、目の前で殺された。俺はまだ5歳で、なんの力も無くて、そんな光景をただ見てる事しか出来なかった。ただ、泣く事しか出来なかった」
「………」
アリサは何も言えない。リアムが何かを背負っている事は察していた。でも、ここまで辛い過去とは思っていなかった。
「そして俺は復讐を誓った。その為だけに生きて、その為だけに強さを求めた。それに、それだけじゃない。アリサさんは魔剣って知ってる?」
「う、うん。悪魔だけが使える剣……だよね?」
「そう。悪魔だけにしか使えない剣」
そしてリアムは魔剣を顕現させる。
「それって••••」
「そ、魔剣。俺はあの日、家族を殺した悪魔に因子を埋め込まれた。そしてそれから半魔として生きてきた。俺は復讐の為だけに生きてきて、しかも人間ですら無い。それでも……俺を好きだと言ってくれるのか?」
リアムはスイ以外に初めて、自分が半魔である事を明かした。正直怖かった。平静を装ったが、声も少し震えていた。
「もちろんだよ!確かにリアムの過去とか半魔だって事とか知ってびっくりしたけど、それでもこの気持ちは変わらない。むしろ、リアムの事を知れて嬉しいぐらいだもん。もし、リアムが自分の事を好きになれないなら、その分私がリアムを好きになる!」
だが、アリサは即答した。確かに驚いた。でもそれだけだ。リアムの言葉を聞いても、気持ちは少しも変わらなかった。
そしてそんなアリサにリアムも驚いた。拒絶される覚悟を決めて言ったのに、あっさりと受け入れられたのだ。
リアムは少し、泣きそうになった。そして決めた。
「ありがとう、アリサさん。……俺は復讐を諦めない。その為に生きてきたんだ。だから絶対に奴を殺す。でも、いつか復讐を果たして、俺の目的を達成出来たら……今度は、アリサさんの為に生きてもいいか?その時は、俺の生きる理由になってくれるか?」
リアムは初めて復讐の先を考えた。今までは復讐の事しか考えてこれなかったのに。
それは間違いなくアリサのおかげだ。そして思い描いた未来に、アリサも隣にいて欲しいと心から思った。
「っ!うん……うん!当たり前だよ!私、ずっと待ってるからね!約束だよ?いつかきっとだからね?」
アリサは今度こそ、涙を流しながら答えた。それはとても澄んで、綺麗な涙だった。
「ああ。約束だ。いつかきっと、迎えに行くから。だから待っててくれ」
「うん!凄く嬉しい。ありがとう、リアム」
そう言うとアリサはリアムに抱き着いた。リアムも照れながら抱き締め返す。
「こちらこそありがとう、アリサさん」
こうして、1人の少年はついに見つけた『大切なもの』と共に未来を生きる事を誓い、1人の少女はそんな少年をいつまでも待つ事を誓ったのだった。
〜〜おまけ〜〜
「なんか……ちょっと恥ずかしいな」
「うん……」
しばらくしてお互いに冷静になると2人は離れ、共に顔を赤く染めて俯いていた。
「あと、俺の故郷の事とか半魔だって事とかは秘密で頼みます」
「わ、分かった。……ちなみに誰が知ってるのか聞いていい?」
「どっちも知ってるのは師匠だけかな。だから実質俺が教えたのはアリサさんだけだ」
「そっか。……ふふ、私だけなんだ」
「あ、ああ……」
「「………」」
気まずい沈黙が流れる。
「……ねぇ、もう少し抱き着いてもいい?」
「あ、ああ。もちろん」
アリサはそう言うとまた抱き着いた。リアムも抱き締め返す。お互いの鼓動が聞こえた。
「……ねぇ、もう一つお願いを聞いてもらってもいい?」
「内容によるかな」
「もう、そこはいいよって言うところでしょ?」
「そ、そうか?じゃあ何でもいいぞ」
「言ったからね?」
「言わせたんだろ?」
「でも言ったでしょ?」
「まぁ言ったな。何でも聞くよ」
リアムは目を逸らしながら答えた。
「やった!……私ね、その、リアムからキスして欲しい」
その言葉にリアムは思わずアリサを見つめる。アリサも顔を真っ赤にして、それでもリアムを見つめていた。
「なんか……ぐいぐいくるな」
「だって、ずっと我慢してたんだもん」
「そっか。分かった」
そう言うとリアムはアリサの頰に触れた。アリサもそれに合わせて目を閉じる。
そしてリアムは少しずつ顔を近付けーー
二つの影が、一つになった。
これで本編の第1章は終わりです。
読んでいただきありがとうございました。
第2章の1話はとりあえず明日には投稿すると思います。
これからも読んでもらえたら幸いです。