閑話 想い
ある『私』から見た『彼』の話です。
読み始めて1秒で誰のことか分かると思います。
私が彼を見かけたのも、彼に声を掛けたのも偶然だ。
この学園は強さが全て。みんな修行をしたり鍛えてばかりで、図書館を使う人なんていない。
でも、だからこそ私は一人になれる図書館が好きだった。本を読むのも好きだし、静かな場所も好きだった。
そんなある日、珍しく先客がいた。見慣れない真っ黒な髪の少年が。
そして声を掛けた。彼は整った顔をして、黒い髪がよく似合っていた。まだ12歳だと言うのに礼儀正しく、私よりも大人びていて、それでいて触れたら壊れてしまいそうなほどの儚さがあった。私は少し、興味を惹かれた。
彼はどうやら悪魔について知りたかったらしく、でもそれは2年生に取れる場所には無い。だから私が取ろうか聞いたけど断られた。ちょっとだけムッとした。
でもそんな気持ちはすぐに消えた。彼は自然な動きで宙を歩き出したのだ。空歩だ。それは12歳の少年が使えるような魔法では無い。私はますます興味が出た。
そしてもっと話したいと思った。でもこのままじゃ繋がりは切れてしまう。そう思った私は、彼に空歩を教えて欲しいって頼んだ。本当に興味があったのは空歩じゃなかったけれど。
次の日、彼はまた私より先に来ていた。どうやらエリック先生を倒してしまったらしい。彼は「手加減されてましたから」なんて言った。あの人はほとんど手加減をしない事で有名なのに。
空歩の方はあまり上手くいかなかった。私は飛び級をしていて、それなりに魔法には自身があったのに悔しかった。
でも、同じぐらい彼も悔しがってくれた。私はそんな彼を見て、もっと頑張ろうと思った。
その次の日は、彼は図書館にいなかった。最初は待とうと思ったんだけど、早く会いたくて教室まで行ってしまった。
すると彼はクラスメイトと喋っていた。その中には女の子もいた。それを見た時、少しモヤッとしてつい割り込んでしまった。大人気ない。
そう思っていると彼も謝ってくれた。ほんとは彼が謝る必要なんてないのに。でも何だか嬉しくておあいこって事にしてしまった。
次の日、私が彼と一緒にいたところを見ていた友達が「恋人なの?」って聞いてきた。すぐに否定したけど少し羨ましい響きだと感じた。
そんな事を考えていると、彼の決闘の噂を聞いた。なんでも負けたら私と関わったらいけないらしい。私はもう彼と会えないかもしれないと考えると、目の前が真っ暗になった。そんなの嫌だって強く思った。
リングに上がってきた彼は緊張しているようだった。しかも相手は大剣、彼は木剣。凄く心配になった。『負けたらどうしよう』よりも、『彼が怪我したらどうしよう』と、そう思った。
心配しながら彼を見てたら、彼と目が合った。その瞬間、私は彼に恋をしている事を自覚した。
理由は分からない。会ってまだ数日なのに安い女だ。
彼は私と目が合うと、緊張が解けたようだった。それもまた嬉しかった。そして彼は相手を瞬殺してしまった。私も含め、会場の時間が一瞬止まった。
凄い、としか言いようがなかった。
その後彼と会うと、彼は私に迷惑を掛けたと謝った。私も謝るとおあいこだって言って笑った。その笑顔はとても優しくて見惚れてしまった。
でも、その後すぐに彼の雰囲気が急変した。それは暗く、冷たく、そしてとても悲しくなるようなものだった。
彼はきっと私なんかが想像出来ないようなものを抱えている。そんな気がした。
〜〜〜〜〜
それからは毎日が楽しかった。彼と図書館で話して、裏に出て空歩の練習。
そんなに長い時間では無かったけど、私は毎日放課後が楽しみだった。彼は鈍感で私の気持ちには全然気付いてくれなかったけど、それでも彼との時間が大好きだった。
海にも行った。彼のクラスメイトも一緒に。本当は2人きりで行きたかったんだけど、彼は人気者だから仕方がない。それに彼は私を庇ってくれた。私がお礼を言うと照れた彼が、とても愛おしかった。
それから彼にしばらく会えなくなった。残りの夏休みを修行で使う事は知っていたけど、学校が始まってからもすぐには会えなかった。
たったの2日だけど、ずっと会いたかった私にとってそれは長すぎる時間だった。
1年ほど経って彼の進級試験がくると、彼はあの"剣神"に果たし状を送ったと言った。彼が強いことは知っていたが流石に無茶だと思った。
でもそんな事は無かった。最後には負けてしまったけど、互角に渡り合っていた。しかも魔法も使わずに。
彼は今まで本気で戦ってなかったのだ。それは魔法を使っていない今回も同じだ。
そして同時に、まだ14歳の彼がそれだけ強い事が可哀想に思えた。
そこで彼はいつか居なくなると言った。それを聞いた時は本当にショックだった。でもきっと、それは彼が時々見せる暗い感情に関係があると察した。だから私が邪魔していいことではないと思った。
〜〜〜〜〜
「アリサさん。俺の部屋に来ない?」
私が8年になり、夏が過ぎて秋を迎え、卒業を間近に控えた頃、彼はそう言った。15歳になった彼は更に大人びていて、とてもかっこいい。
「アリサさんもう少しで誕生日だろ?それで、前俺の料理を食べたいって言ってたからご馳走しようかなって」
彼はそう続けた。私は一瞬頭を巡った恥ずかしい想像を追い出すと、すぐに頷いた。
彼の部屋はとても広かった。彼曰く、彼の師匠のお陰らしいのだがそれだけでは無い。物が何も置かれてないのだ。
私がその事について聞いてみると彼は、
「何かあった時にすぐ動けた方がいいから」
と苦笑した。
なんでも、いつも首に掛けていた宝石はただのオシャレでは無く、彼の師匠から貰った魔石らしい。
それには収納魔法が組み込まれていて、そこに全ての物を入れて常に持ち歩いていると彼は言った。
でも、寝る時には私が昔あげたクマのぬいぐるみを枕元に置いているらしい。それを聞いて私は凄く嬉しくなった。
そのついでに、彼がいつも腰からぶら下げている、銀色の箱のような物も何か聞いた。
そしたら、
「これは唯一残った父さんの形見なんだ。何なのかは俺も知らないけど」
と寂しげに笑った。
どうやら嫌な事を思い出させてしまったらしい。私はすぐに謝ったけど彼はあっさり許してくれた。
その後、彼は料理を作ってくれた。それも彼の師匠に叩き込まれたらしいのだが、どれもびっくりするぐらい美味しかった。正直、私よりもうまい。少し悔しい。
彼の料理を食べ終わった後、気の緩んだ私はつい泊まりたいと言ってしまった。そして慌てて取り消そうとしたが、驚くことに彼は許可してくれた。
お風呂も借りて、タオルや寝巻きも借りた。
寝巻きからは彼の匂いがした。胸がドキドキする。
「ベッドはアリサさんが使っていいよ」
だが彼はそう言うと魔石から寝袋を取り出し、地べたで横になってしまった。
そんないつも通りの彼を見て、私のドキドキも収まった。でもベッドに入ると、更に彼の匂いがして胸がドキドキ鳴り出してしまった。全然眠れない。
しばらくすると寝息が聞こえてきた。どうやら彼は眠ったようだ。私はベッドから降りて彼の顔を覗き込む。
寝ている彼の顔はとても可愛らしかった。本当の子供のように純粋な顔をしている。いつもは大人びてる彼の、そんな一面も見れて嬉しくなった。
なんて無防備なんだろう。今なら何をしてもバレないんじゃないだろうか。そう思うと更にドキドキした。
少しずつ顔を近づける。心臓が張り裂けそうだ。
髪に触れてみた。いつもはボサボサにしているのに、意外と触り心地は良い。
そうやって髪に触れていると我慢出来なくなってきた。
そして頰にキスをした。してしまった。後悔はない。だって凄い幸せな気持ちになったから。
頰にするだけでこれなら、口にしたらどうなっちゃうんだろう。してみたい。でもそれはいつか、彼からして欲しい。そう思った。
彼は眠ったままだ。誰も見ていない。なのに私は顔が熱くなるのを感じた。多分、真っ赤になっているだろう。
そのまま彼の顔を見つめる。何故か胸が苦しくなった。
やっぱり私は彼のことが好き。このままお別れなんて嫌だ。せめて、この想いだけは伝えよう。
そう決意した私はベッドに戻った。そしてやっぱりドキドキして朝まで眠れなかった。
次話で第1章は終わりです。
今日中に投稿できる•••かな?