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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第1章 大切なもの
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第12話 知らない姿

 


 海へ行った次の日から、リアムは残りの夏休みを"死の森"で過ごした。宣言通り修行をし続けたのだ。


 だが、強くなれている気がしない。リアムは少しだけ焦っていた。



 〜〜〜〜〜



「はい、じゃあ夏休みの宿題を集めるから、みんな提出しなさい」


 夏休みが終わった次の日、クレアは教室に入るとそんな事を言った。


「しゅ……宿題……だと?」


 リアムは驚愕した。修行ばかりで宿題の事は完璧に忘れていたからだ。


「せんせー!リアム君が宿題忘れたらしいです!」


 そんなリアムの様子に目ざとく気付いたルークが先生にチクる。とりあえずリアムはルークにチョップを落とす。


「ほう……?良い度胸をしてるわねぇ?やっぱり私より強いからって調子に乗ってるのかしらぁ?」


 クレアがリアムを睨む。


 実はクレアは頻繁にリアムに奇襲を仕掛けているのだが、未だに成功した事は無い。そしてそれを根に持っていた。


「すいません、先生!明日までにはやってきます!」


「駄目です!今日終わるまで居残りしなさい!」


 居残りが決定した。リアムは最後にもう一度だけ、ルークにチョップをかました。



 〜〜〜〜〜



 放課後、教室にはリアムとクレアだけが残っていた。既に生徒は帰っており、アリサにも居残りの事を伝えておいた。


「リアム君。そろそろ教えてくれない?あなたが何者なのかを」


 リアムが宿題との死闘を繰り広げていると、クレアが徐ろにそう尋ねた。


「何者とは?」


「そのままの意味よ。あなたの力は異常よ。その歳で既に人類の中でもトップレベル。素性を疑うのも当然でしょう?」


 クレアの言う通りだった。そしてさらに付け加えると、リアムはスイと別れてから一度も本気で戦ったことが無い。


「確かにその通りかもしれませんけど、ほんとにただの人間ですよ?5歳の頃から師匠に鍛えられてきただけの」


「その師匠は何者なの?」


「それは俺も知らないんですよ。俺なんか足元にも及ばないぐらい強くて何でも知ってる。そんな事しか知りません」


「あなたよりもそんなに強いの!?」


「はい。全力で戦ってもかすり傷一つ与えられません」


 そう言いながら、リアムは呆れるぐらいスイの事を何も知らなかったと思い知らされる。


「そう……。じゃあ、あなたの出身地は?」


 リアムがスイについて何も知らないと信じたクレアは、次に出身地を尋ねた。リアムは一瞬、動きを止める。


「先生。もしそれを俺が答えても、秘密にしてもらえますか?」


 リアムは真剣に聞いた。それを感じ取ったのだろう。クレアも真面目に答える。


「もちろんよ。生徒を守るのが教師の役目。生徒の秘密を守るのもまた、教師の役目よ」


「そうですか……。俺はブリル村で生まれました。要するに、"ブリルの惨劇"の生き残りです」


 それを聞いた瞬間、クレアは立ち上がった。急な事にリアムが驚いているとクレアはリアムに近付き、


「ねぇ……実はもしかしてって、ずっと思ってたんだけど……。あなた、アベルの弟なの?」


 そう言った。アベル。それは確かにリアムの兄の名前だった。


「先生……は、兄さんの事を知ってるんですか?」


 リアムは思わず息を飲む。まさか、このタイミングで兄の名が出るとは思わなかった。


 リアムがこの学園に入る事を決めた時には、もっと兄の事を知れるかもしれない。そう思っていた。


 だが家名も出身地もバレないようにするには兄の事は聞けない。途中でそれに気付きリアムは半ば諦めていた。


 だが、今こうして兄を知る人に会えた。しかもそれが自分の担任だ。驚くのも無理はない。


「やっぱり……やっぱり、あなたは彼の弟なのね?」


 クレアはそう言うと突然リアムに抱きついた。リアムは更に驚いてとりあえず引き剥がそうとするが、そこでクレアが泣いてる事に気付き、手を止めた。そして代わりにクレアを抱き締めて頭を撫でていたのだった。



 〜〜〜〜〜



「ごめんなさい。取り乱してしまって」


 クレアはリアムから離れると、顔を赤くして気まずそうにしていた。


「いえ、気にしないで下さい。……それよりも、その、兄さんとはどういった関係で?」


「私はここに生徒として通っていた時に、アベルと同級生だったの。そして……恋人同士だったわ」


 クレアは徐ろにそう言った。その言葉にリアムはまたしても驚く。


「先生が兄さんとですか?」


「ええ、そうよ。4年生の時に私から告白したわ。彼、凄いモテてたから望みは薄いと思ってたんだけど、俺も実は好きだった。って言ってくれて。それから6年の夏までずっと付き合ってたわ」


 リアムは兄がモテていたことは知っていた。時折、自慢するように言っていたから。だが、恋人の存在は知らなかった。だからこそ、リアムは少し疑ってしまった。


「こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが……その、証拠とかはありますか?兄さんからは色々と学園生活の話は聞いてたんですが、先生の話は聞いたこと無くて……」


「気にしないで、それは仕方ないわよ。彼は『弟を驚かすために秘密にしたい』って言ってたし。実はね、私たち婚約してたのよ。ちゃんと彼の両親と私の両親と皆で会って」


 それを聞いたリアムは、一時期両親がリアムを隣人に預けて、帝国へ向かった事があったのを思い出す。


「もしかして先生と兄さんが5年生の頃ですか?」


「ええ。そしてこれが婚約指輪よ」


 そう言ってクレアは自分の指から指輪を取り出してリアムに見せてくれた。その指輪の内側には確かに兄とクレアの名前が彫ってある。


「卒業したら結婚しよう、って彼から言ってくれたの。あの時は本当に嬉しかったわ。多分、これから先もあんなに嬉しい事は無いと思う」


 そしてクレアは懐かしそうに目を細めた。


「だから6年の夏、彼が帰った村が悪魔に襲われて壊滅したって聞いた時は頭が真っ白になったわ。こんな事があって良いのかって。そしてすぐに村に向かったわ。でも私が辿り着いた時には何も残っていなかった」


 クレアはそこでまた涙を流す。


「でも、ここで負けたらダメだと思ったわ。そんな事、きっとアベルは望まないって。だから私は立ち直った。完全には割り切れなかったけど、それでも前を向いて歩こうとした。そして、ここの教師になった」


 リアムはただ黙って聞いていた。


「アベルはよくあなたの事を話してたわ。黒い髪が羨ましいとか、魔法を見せたら喜んでくれる可愛い奴だとか、自分を目標にしてくれている自慢の弟だとか。それこそ私が嫉妬しちゃうぐらいにね」


 それはリアムの知らない兄の姿だった。兄はリアムに優しかった。しかし、リアムの事をどう思っていたのか。5歳のリアムにそんな事は分からない。


 だが、今初めて知れた。かつての兄の婚約者の口から。


「そして、あなたがここに現れた。最初の印象は最悪だったけど、それでも思ってたの。もしかしてって。黒い髪で顔もどこか彼に似ている。そんなあなたを見て、もしかして弟は生き延びたんじゃないかって」


「……兄さんが生き延びてるとは考えなかったんですか?」


「最初はそう信じようとしたわ。でももし本当に彼が生き延びてたら、例えどんな手段を使ってでも私にその事を伝えてくれる。そんな確信があったからこそ、その可能性はすぐに捨てたわ」


 そこにあったのは確かな信頼と、そしてそれ以上の悲しみだった。そしてクレアはそう言うとリアムの目を見る。


「ねぇ、リアム君。あなたの事も教えてくれないかしら。アベルの事はもちろんだけど、私はあなたの事も知りたい。ダメかしら?」


 リアムはその言葉に、少しの間だけ目を閉じてから答えた。


「分かりました。俺があの日見たものと、そして俺が何を思ったのか、何をしようとしてるのか。それを全部伝えます」





次回、復讐の意味(タイトルは違います)



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