閉幕 最愛の弟子
私がリアムを見つけたのは本当にたまたまだった。
1つの村が悪魔に潰された。その珍しい現場を見に行ったらリアムがいた。
もはや元が人間だったのかも怪しい肉塊を抱き締め、泣き叫んでいた。
あの時、私が何故リアムを拾ったのかは今でも分からない。ただ、気付けば気を失ったあの子を拾っていた。
そして目を覚ましたリアムの眼は、私と同じだった。
絶望を知った眼。
でも、ただ絶望を知った眼ではない。
絶望の中、それでも死なない。死にたくない。だから生きる理由を求める眼。
それは私と同じ、全く同じ眼だった。
私はリアムを憐れに思った。これから私と同じ思いをするのだろうと。屍のように生きるのだろうと。
だがリアムは違った。私とは違った。
見つけたのだ。生きる理由を。
考え、悩み、苦しみ、自分で自分を嫌い、蔑み、憎み、それでも生きる理由を見つけた。
それは私には出来なかった事だった。リアムは私には出来なかった事を、5歳で成したのだ。
それは恐ろしく辛い道。それは孤独と戦い、自分と戦い続ける修羅の道。復讐を誓うとはそういう意味だ。
それでもリアムは選んだ。その道を。
リアムはそれを己の弱さだと断じたけど、私はそうは思わない。あの子は誰よりも凄い。
そんなリアムを見て、私も選んだ。リアムを。
私はリアムを生きた意味にする事を決めた。
私達は世界に干渉してはいけない。
リアムと関わるのは世界の掟を破ることになる。つまりそれは私の死を意味する。
でも不思議と迷いは無かった。もしかしたら私は、ずっと死を求めていたのかもしれない。
その時から私は本当の意味で生きた。
リアムは私を師匠と呼ぶ。私はリアムを弟子と呼ぶ。
リアムは私について来ているつもりだったのだろう。
だがそれは違う。私がリアムについて行っていたのだ。あの小さくて大きな背中を。
私は本気でリアムが羨ましかった。
確かにリアムの抱える絶望は、私とは比べようもないぐらい小さなもの。だが、それでも本物の絶望。
私は知っている。本物の絶望の辛さを。それを乗り越える苦しさを。私は乗り越えることができなかったのだから。
だから羨ましかった。私には出来なかった事を、リアムには出来たのが。
そして尊敬した。そんなリアムを。
そして愛した。そんなリアムを。
いつの間にか、リアムは私の生きた意味だけではなく、生きる理由になっていた。
私はリアムを鍛えた。復讐を果たさせるために。見つけ出した理由を果たせるように。それは、生きるために。
本気で育てた。優しく育てた。愛も持って育てた。
どこか素直になれなかったけど、それでも与えられるもの全てを与えた。
そんな中でも、毎日少しずつ自分の命が削られていくのが分かった。それでも恐怖はなかった。死ぬことが怖かったのが嘘みたいに。
それはきっとリアムのおかげ。リアムが私の生きる理由になり、そして生きた意味になると確信出来たおかげ。
ある日私に限界が来た。リアムに隠すのも難しくなってきた。
その頃にはリアムも一人前になっていた。だから選ばした。何を選ぶかは分かっていたから。
そしてリアムは再び復讐を選んだ。私はそれに反対しなかった。
でも、リアムには私と同じ思いをして欲しくなかった。
リアムは復讐がある限り生き続ける。だが、その復讐が無くなった時、きっと生きていけない。
だから大切なものを探させた。
それも、私には出来なかったこと。
でもリアムならきっと見つけられる。そう確信した。
リアムを学園に送り、そこで私は生涯を終えた。7年という短い生涯を。
あとはまた、意味のない存在として死を待つだけ。しかもその死は目の前に迫っている。
それでも恐怖は無かった。
きっと最後までリアムを見守る事は出来ない。それは少し寂しかった。
もっと一緒にいたかった。もっと見守り続けたかった。でも、それは我慢する。我慢するしかない。
私はリアムに出会えた。リアムからたくさんのものをもらった。それは、感謝しきれないほど大切なもの。
この永い時の中で、私は初めてこの世界を好きになれた。
この永い時の中で、私は初めてもっと生きたいと思った。
そう最期に思えただけで、私は救われた。永い永い苦しみから解放された。
私は水神イースではない。リアムの師、スイだ。それもリアムに与えてもらったもの。
リアムなら大丈夫。リアムには乗り越える力がある。
リアムなら大丈夫。リアムにはもう大切なものがある。
私はリアムに感謝した。心から感謝した。自分に理由を、意味を与えてくれた事に。
私はこの世界の全てを識っている。
この世界では天使も、悪魔も、獣人も、人間も、そして神も。死ねば皆同じ場所に辿り着く。そしてそこから世界を見ることができる。
だから私はそこでリアムを待ち続けよう。
早く会いたいけど、遅く来るように祈ろう。私が誰に祈るのかは分からないが、それでも願おう。
リアムに出会うまでに何億年も掛かった。なら、数十年ぐらい我慢できる。ずっとずっと、待ち続ける。
そしてまたいつか会った時には、話を聞こう。リアムが見て、感じた事を教えてもらおう。
きっとこれからも、リアムの前には多くの困難が待ち受けている。圧倒的な壁がそびえ立っている。
ああ、それでもーー
『俺も、師匠の事を愛しています。それだけは、忘れないでください』
ふと、最期にそんな声が聞こえた。それだけで全てが報われた気がしたのは、私が単純だからだろうか?
ーーああ、それでも、リアムなら大丈夫。なにせこの私が唯一愛した、私の最愛の弟子なんだから。
これで第5章は終わりです。スイさんの物語はここで終わったので、一応『閉幕』とさせてもらいました。読んで下さった読者の皆さん、ありがとうございます。
次の第6章なんですが、その前にちょっとした話を挟もうかと思っています。息抜きっていうか、単に僕が書きたいな〜って思っただけなので、適当に読んでもらえればありがたいです。
それでは、これからもよろしくお願いします。