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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第5章 師、そして選択
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第92話 そして選択

 




 〜〜〜〜〜





「私は、死にたくなかった。いや、違うわね。正確にに言うなら、無意味なまま死にたくなかった」


 スイはゆっくりと声を発する。一言一言、噛み締めるように。


「無意味なまま?」


「そうよ。五大神は無意味な存在。ただいる(・・)だけの存在。私はそんな存在のまま死ぬのが、酷く怖かった」


 かけられた呪いゆえに、誰にも話すことが出来なかった話。

 それをスイは初めて、弟子であるリアムに語る。


「あなたを拾ったのはただの気まぐれ。本当にただの気まぐれだったの。だから私はあなたに一度も触れなかった。触れてしまえば、私の死は確定してしまうから。でもあの日、あなたが復讐を誓った日、私も決めた。この人間を育てて、私の意味にしようと」


 スイはただ、死ぬ意味を求めていた。そしてその意味として、スイはリアムを利用しようと決めたのだ。


「でも、いつの間にかあなたは私の生きる理由になっていた。あなたと過ごすうちに、私はもっと生きたいと思うようになった。あなたの未来を、一緒に見たいと思った」


「俺の……未来?」


「私はね、リアム。私はあなたが羨ましかった。私と違って生きる目的(復讐)を見つけたあなたが」


「……生きる目的」


「私とあなたは、同じだった(・・・)わ。本当の意味で絶望を知った目をしていた。もうどうしようもない現実に苦しめられた者同士、私はあなたに興味を持ったのかもね」


「……だった?」


 リアムは彼女の言葉に引っかかりを覚え、復唱する。そんな彼を横目で見て、スイは笑みを浮かべた。


「あなたは私とは違う。自分(・・)で、自分の生きる目的を見つけ出した。それが私にはとても眩しくて、羨ましかった。それは、私がどれだけ望んでも手に入れることが出来なかったものだったから」


「………」


「何も持たずに生き続ける苦しみを、私は誰よりも知っている。だからあなたに『大切なもの』を見つけなさいと言ったの。目的でも理由でも、何でもいいから持っていないと、人は生きていけないから。一人では生きていけないから」


 リアムが本当に復讐を果たしたら、そこが彼の終着点になってしまう。一つの目的に執着して生きてきた者がそれを失えば、その先を生きるのは困難になる。廃人のように虚ろに生きるだけだ。


 スイはリアムにそんな人生を送って欲しくなかった。だからスイはリアムに対し、復讐を成す前に『大切なもの』を見つけろと言ったのだ。


 それが自ずと、彼の生きる理由になるから。


「師匠は……意外と、過保護なんですね」


 それに気付いたリアムは、目元を歪ませながらも苦笑した。


「そうかしら?……そうかもね。正直、あなたのこの先の事も心配で堪らないわ。あなたの前に立ち塞がる壁はあまりにも高すぎる」


 スイの言葉に、リアムは押し黙る。それは言われなくても分かっていたからだ。


「ごめんなさいね」


「……え?」


「結果的には良かったのかもしれないけれど、私は私の都合であなたを利用したわ。だから、ごめんなさい」


 それは、ずっとスイの胸の中に溜まっていたものだった。

 本気で申し訳ないと思っているかは自分でも分からない。だが、それがつっかえていたのは事実で、それを気にしていたのも事実だった。


 だから、彼女はそう口にした。


「……らしくないですよ、師匠」


 一瞬喉が詰まったリアムは、なんとか平静を装ってそう言う。


「……自覚してるわよ」


「師匠が俺を利用していたんだとしても、俺を救ってくれたことは事実です。これでも感謝してるんですよ?……本当に、感謝してるんですから」


「……そ」


 スイは少しだけ照れたように、顔を背ける。そんな彼女を見て、リアムは笑った。


 ーーー


「……さて」


 しばらく雑談をした後、スイが唐突にそう切り出した。


「最期に……聞いて、くれるかしら?」


「……ええ、もちろん」


 スイはゆっくりと体を起こす。既に、彼女の目には何も映っていない。

 その意味を考えるまでもなく理解したリアムは、スイの背中に腕を回し、体を支えた。スイは薄く微笑む。


「リアム。あなたが、この先、どんな生き方をしても、私は蔑まないし……尊重するわ」


 少しずつ力を失っていく彼女の言葉を、リアムは黙って聞いていた。


「あなたの幸せが、私の幸せで……、私の、望みだから」


 いつの間にか、スイの頰に涙が伝っていた。

 思い出すのは、リアムとの日々。


「ただ……」


 知らずに、リアムの頰を涙が撫でていた。

 思い出すのは、スイとの日々。


「……生きて、リアム。それだけ、で……いい、から。……何が、あっても、私はあなたを、愛してるわ」


 リアムはゆっくりと、スイを抱きしめる。スイもそれに応え、力なく、それでもしっかりとリアムの背に手を回した。


「……はい、師匠。俺も師匠のことを愛しています。それだけは、忘れないでください」


 リアムがそう言うと、スイは満足そうに笑みを浮かべた。そして同時に、その体から力が抜けた。


「……ありがとうございました、師匠」





 〜〜〜〜





 スイの亡骸を傍らに、リアムは一人で座っていた。

 考えているのはスイのこと、そしてこの先のことだ。


 リアムにとって、スイの存在は大きかった。スイは恩人であり、師であり、そしてもう一人の親のような存在だったのだから。考えてみれば、一番大きな存在だったと言えるだろう。


 そんな彼女が再会してすぐに死んでしまったのだ。死ぬと宣言されたとは言え、心の準備が間に合うはずもない。

 リアムはそれを実際にスイが死んだ今、強く実感していた。


 大切な人の死。


 久しぶりに訪れたそれに、リアムは強い悲しみに襲われた。

 だが、感情が不安定になることはなかった。


 幼い頃の境遇と悪魔因子を植え付けられたことから、感情を暴走させることが多かったリアムだが、今回はそれがなかった。

 それは恐らくスイの話を聞き、自分が彼女にとっていかに大きな存在だったのかを知り、また、彼女が求めていた最期を迎えれたことを知ったからだろう。

 もちろん悲しみは大きいが、それでも良かったと、そう思えた。


 そしてこの先のことを考える。


 リアムのスタンスとしては、不干渉だった。

 敵は強大で、自分の力でどうにか出来るとは思えない。だからこそ彼は束の間の平和を選ぶつもりだった。つまり、諦めようとしていた。


 だが、スイから真実を聞いてしまった。今それを知っているのは、自分と、そしてケルビムに憑依しているルドラだけだ。

 以前までのリアムならば、だからどうしたと言っていただろう。それでも敵に変わりはなく、倒すべき相手は変わらない。


 しかしスイは言った。『生きて』と。

 リアムはそれを無視しようとは思えない。だが不干渉を貫くということは、それを無視することに繋がる。

 寿命としていつかくる死を待たず、原因が分かっている破滅を座して待つということなのだから。


 ならば、と。


 リアムはゆっくりと立ち上がった。


 スイが死んでから、どれだけ経ったか分からない。だが、もう涙は枯れるまで流した。


 リアムは最後にスイの髪を撫でる。彼女は穏やかな表情を浮かべていた。


「行ってきます、師匠」


 リアムはスイに背を向け、出口へと歩き出した。





 〜〜〜〜





 外に出ると、雨が降っていた。


 灰色の雲に覆われた空を、リアムは見上げる。雨はそんな彼を、容赦なく濡らした。


「リアム!」


 自分を呼ぶ声が聞こえ、リアムは視線をそちらに向けた。


 そこには、リアム以上に全身を濡らしたアリサがいた。当然、彼女だけではなく、ミサキやルナ、そしてウリエルまでいる。


 他の五大神はいない。彼らの気配を洞窟内に感じたリアムは、自分が落ち着くまで待っていてくれたことに感謝した。


「リアムさん、大丈夫ですか?」


 スイが死ぬということを聞いていたミサキが、リアムの身を案じる。そんな愛しい彼女に、リアムは笑顔を向けた。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう。って言うか……」


「?」


 そこでリアムはミサキを見る。雨に打たれた彼女は服をぐっしょりと濡らし、有り体に言えばエロかった。それはミサキだけに限らず、リアムは視線をアリサ、ルナと移す。

 そのままウリエルを見た時、その視線の意味を察したウリエルがリアムの頰を(はた)いた。


「どうしました?」


「……いや、なんでもない」


 ウリエルのジトっとした視線を感じながら、リアムは首を横に振った。


 そして、切り替える。


「ごめん。アリサ、ミサキ、ルナ。俺はこれから、お前たちのためだけに生きていくって言ったけど、少し待っててもらってもいいか?ちょっと寄り道したくなった」


「もっちろん!」


 リアムが言い終えると同時に、ルナが元気良く答える。それを見たリアムは思わず笑みをこぼした。


 アリサとミサキも同じだと、強く頷く。


「でも、何しに行くの?」


 アリサのその質問に、リアムは笑って答えた。


「ちょっと世界救ってくるわ」





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