第91話 天使と悪魔
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「悪魔が、守護者?」
「ええ。ルドラは下僕として神獣を生み出した。今はもう絶滅してるけど、今のあなたじゃ到底敵わない化け物ばかりだったわ。それと私達五大神が、初代の天使と悪魔達を率いて戦ってたわ。……数億年前ね」
「数億年!?」
「この世界はそれぐらい昔から続いてるのよ。当時にも人間や獣人はいたけど、文明レベルも知能レベルも最低だったわ。何言ってるかも分からなかったし、正直、ただ邪魔なだけだった」
スイのあんまりな言いように、リアムは遥か昔の人々に少しだけ同情した。
「結論から言うと、私達が勝った。でも、クリシュナとルドラは相討ち。ルドラはその死に際に、一つのシステムを生み出し、そして私達五大神にある呪いを掛けた」
「システムと、呪い……?」
「そ。システムって言うのは、まあ、生物なのだけど、魔界のことよ」
ピクリと、リアムは動きを止めた。そしてスイを凝視する。
「魔界が、生物?」
「ええ。あれは『世界』という性質を持った生物よ。少しややこしい話をするけど……」
世界には、あらかじめ許容量が決められている。それを魔界という別の世界で塗り潰せば、本来の世界は跡形もなく消滅する。
魔界は己に与えられた一つの命令を遂行するため、世界を食べて自分に取り込み、少しずつその勢力を広げていった。
それを止めるために、悪魔達は空間魔法を使って魔界の"体内"に入り、心臓、つまり魔界の核に自分の核を融合することで世界の侵攻を押し留めた。
以来数億年の間、悪魔の王である魔王は魔界を支配下に置くことで世界を守り、更に魔界との同調によって力を得てきた。
「………」
そこまで聞いたリアムは、スイの言葉を頭の中で反芻しながら思考を纏めた。
この話が本当ならば、常識が根本から覆る。
しかも、もし魔王退治に行くのなら、悪者は完全に自分になってしまう。なにしろ、魔王を倒すことは即ち世界の崩壊を手伝うことを意味するのだから。
「……天界も魔界と同じですか?」
「いえ、違うわ。天界はただの異空間よ。あってもなくても世界にはなんら影響を与えない。単に、地上で暮らす人々と天使に力の差があり過ぎたから、違う空間で生活することになったのよ」
「じゃあ、なんで天使と悪魔は対立しているんです?」
「知らないからよ。この永い時間の中で、天使と悪魔は何度も代替わりしてる。今でも魔界を抑えている悪魔は知ってるみたいだけど、魔界の空気にさらされすぎて性質が変わったようね。この世界を支配しようとしているのは本気みたいよ」
魔界を抑えることが出来るのは魔界に入れる悪魔だけ。
現状維持を良しとしない悪魔からすれば、世界征服に成功して世界を支配するか、失敗して世界が滅びるかの二択に過ぎない。
そして、真実を知らない天使からすれば、悪魔は世界の敵そのもの。全力で駆除し、殲滅する対象に他ならない。
そこまで考えて、リアムは頭を抱えた。
「……なんで、それをもっと早く言わなかったんですか?」
「それは、呪いに関係する話になるわ。ルドラが残した、私達への、呪い」
リアムはふと、スイの声が弱っていることに気づいた。
だが、何も言わなかった。
「不干渉の呪いよ。対象は、世界。代償は、命。私達はこの世界の神として存在しているにも関わらず、世界への干渉を禁じられた。だから私達は……無駄に、生き続けた」
「ちょ、ちょっと待ってください!その話が本当なら、師匠が死ぬのってもしかして俺のーー」
「黙りなさい。それは今関係ない話よ」
強い口調で遮ったスイに、それでもリアムは反論しようとする。
だが、酷く穏やかな表情を浮かべたスイに、リアムは声を出すことが出来なかった。
「当初は、ルドラが呪いを残した意味が分からなかった。魔界は世界を滅ぼすための置き土産だけど、呪いはただの嫌がらせとしか思えなかった。でも、今は違う。これは全て、布石に過ぎなかった」
「布石……?」
「そう、布石。ルドラは生きてる。生きて、再び世界を滅ぼそうとしているわ」
「………!」
「あなたも、最近の世界の動きはおかしいと感じてるでしょう?」
その通りだった。
あまり深くは考えないようにしていたが、それでも不穏なことが起きすぎている。
その極めつけが、人間が起こそうとしている戦争だ。
「元凶は全てルドラよ。今のルドラは人間を操って戦争を起こそうとし、天使を操って秘密裏に悪魔と手を組んだ。私達への呪いは全て、自分の邪魔をさせないため。既にルドラは準備を整えたわ」
「世界を滅ぼすって、具体的にはどうやって?」
「今のルドラに世界を滅ぼす力はない。でも、間接的に滅ぼす手段ならあるわ」
「……魔界、ですか?」
ルドラが天使を使って悪魔と手を組んだのは、世界の覇権を手にするためではなく、裏切って悪魔そのものを消すため。
魔王になる素質のある悪魔さえ殲滅すれば、魔界はこの世界を飲み込み、無に還してしまう。
「現魔王、ヤルダバオトはそれを知らない。ルドラの掌の上ね」
「……そのルドラは今、どこにいるんです?」
リアムはほぼ無意識に聞いていた。
世界の危機に背を向け、残された時間を大切な人達と過ごすと決めたリアム。
そんな彼が元凶の居場所を聞いたのは、師であり恩人でもあるスイが死の間際に伝えようとしていることなのだからなのか。
「場所は、私にも分からないわ。ただ、今のルドラの正体は知っているわ」
「正体?」
「ルドラには昔ほどの力は残っていない。だから、依り代が必要だった。ルドラの力に耐えうる依り代が」
「……その依り代は?」
「ケルビム。智天使ケルビムよ」
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リアムは今までの話を思い出す。
まず、ルシフェル。ルシフェルを堕天させたのはケルビムだ。恐らく、天使を操るためにはそれなりの地位に就く必要があったのだろう。
最も効率が良いのは熾天使だろうが、流石にそれは簡単にはいかない。だからNo.2である智天使の座を奪ったのだ。
天使の姿を借りているならば、人間を騙すのも容易い。天使というだけで信用する馬鹿な人間共に近付き、何らかの方法で操ったのだろう。
そして人と獣人同士で争わせ、混乱の中で全てを消そうとしているのだ。スイは今のルドラには本来の力はないと言っていたが、恐らくそれが関係しているに違いない。
そして、七大天使の2柱を天界で殺した。神性を持つルドラなら、天界でも天使を殺せる。
ミトロンの目を盗み、天界の情報網を操作し、思う通りに事を進める。そのために、ルドラは五大神に呪いをかけたのだろう。唯一、自分の脅威になり得るとして。
「……俺はどうしたら」
「ゴホッ、ゴホッ」
リアムは何かを言おうとしたが、スイが本格的に咳をしたことでそれは遮られた。
リアムは急いで彼女の体を支える。
「師匠!」
「……リアム。ここから先は、一人で行きなさい。自分で決めて、自分の足で歩く。それが出来て、はじめて一人前よ」
「でも、俺は……」
「リアムの好きにしなさい。あなたがどんな選択をしても、私はあなたを蔑まないし、尊重する。ただ、後悔しないようになさい」
スイはリアムの手をのけると、ベッドに体を預けた。
そして再び咳をすると、ぼんやりと天井を見つめる。
「リアム……少しだけ、私の話をしてもいいかしら」
その言葉に、リアムは顔を上げた。
「長くなるかもしれないし、退屈になるかもしれないけど……これが、最期だから」
断ろうとした。
今は世界の話をしており、しかもそれはリアムの今後にも大きく関わってくる話であり、少しでも相談したかったからだ。
だが、断れなかった。
スイは本当にリアムに助言をするつもりはなく、そしてこれが本当に最期だと分かってしまったから。
「ありがとう」
何も言わず、唇を噛み締めるリアムを見て、スイはそう言った。
あけましておめでとうございます!
本当はもっと早めに投稿したかったんですが、成人式を始めとした色々な用事があって遅くなってしまいました!
すいません!
今年もよろしくお願いします!