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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第5章 師、そして選択
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第90話 間違った歴史

 




 〜〜〜〜〜





「リアム、私はもうすぐ死ぬわ」


「……は?」


 リアムはポカンと口を開けた。そのまま、静止する。


 言っていることは、理解出来た。要するに、自分の師匠は死ぬと。

 ただ、あまりに突然のことで頭の中がパンクしかけていた。

 なぜ死ぬのか、いつ死ぬのか、どうやって死ぬのか、神なのに死ぬのか、本当に死ぬのか、そもそも、何故それを自分に話すのか。


「あなた、そんな間抜けな顔も出来るのね。長い間一緒にいたのに、知らなかったわ」


 スイはそんなリアムを見て、幸せそうにクスクスと笑った。





 〜〜〜〜〜





「イース姉は死ぬよ。もうすぐに。そうだな、もってあと一時間、かな」


「………!」


 エンリルは苦々しく答えた。それに、アリサは驚愕する。

 否、アリサだけではない。ミサキも、ルナも、そしてウリエルも絶句していた。


 前者三人は、リアムの師が死ぬということに。神という存在に関わりがなかった彼女達は、リアムから聞いていた『スイ』しか知らない。

 リアムの恩人にして、生きる術を叩き込んだ師。そんな『スイ』に会ってみたいと思っていた彼女達は、『スイ』が死ぬということに驚いていた。


 対して、後者のウリエルは主たる神が死ぬことに。実際に会うことは無かったとはいえ、天使は神に仕える存在。彼女の場合、『イース』がリアムの師であることは知らなかった。

 世界を治める五大神の一柱、『水神イース』が死ぬということは、世界の均衡に関わる問題。そもそも、彼女は神が死ぬなんて考えたこともなかった。


「あ、あの、それじゃあ……、え、なんで……?」


 ウリエルは混乱していた。先程から何度も驚かされていたが、これは比べ物にならない。

 そんな彼女を見て、キシャルは目を伏せて言う。


「イースは、全てを覚悟であの少年を導いたわ。だから私達は止めれなかった」


「それでは……世界は、どうなってしまうのですか……?」


 ウリエルは力無く問う。そこに、いつもの潑刺とした姿はなかった。


「それは心配しなくていい。例え我ら五大神が全滅しても、世界には何の影響も及ぼさない。言っただろう?この世界には既に、神なんてモノは存在しないと」


「だから……!それの意味が分からないんですよ!現にあなた達はここにいるじゃないですか!」


 バハグの答えに、ウリエルは激昂する。天使として生きてきた彼女にとって、彼らの答えは到底理解出来ない。

 だが、彼らはそれを説明することが出来ない。


 それが出来るのは唯一人、死を待つ者だけだ。


「すまない。私達は、何も話せないんだ」


 故に、タラニスは素直に頭を下げた。それに倣い、キシャル、バハグ、エンリルを頭を下げる。


 五大神(彼女ら)には、神としてのプライドなどなかった。なぜなら、神らしいことなどした事がないから。

 世界中で五大神が信仰されている事に対しても、五大神(彼女ら)からすれば辛い現実だった。


 その神としての性質しか持ち得ない彼女らは、態度は堂々たる神だ。だが、ふとした時に思い出す。自分の本質を。

 そしてこうして、自分達の存在を情けなく思い、しかしどうしようもない現状を嘆くことしかできない。


「……いえ、こちらこそ申し訳ありません。取り乱しました。ですから……頭を、お上げください」


 沈黙が流れる。気まずい沈黙。それを破ったのはアリサだった。


「その、イース様は、中でリアムと何の話をしているんですか?」


「それは俺達にも分からない。イース姉は俺達には何も相談してくれないからね。でも、予想はできる。まあ、それは後でリアムに聞けばいいさ」


「……分かりました」


 結局、何も分からない。そんな現状に歯噛みしつつも、アリサはただ待つことにした。最愛の人を。





 〜〜〜〜〜





「死ぬって……え?じょ、冗談はやめてくださいよ」


 リアムは目を白黒させながら、辛うじてそう答えた。と言うよりも、そうとしか答えることが出来なかった。

 ここで彼女にその真意を尋ねてしまったら、それが現実になってしまいそうな予感が彼を襲ったから。

 だからこれは、彼の願いでもあった。


「冗談なんかじゃないわ。私はもうすぐ死ぬ。そうね……あと、一時間ってところかしら」


 しかし、そんなリアムの心情を知ってか知らずか、スイは彼の願いをいとも簡単に砕いてしまった。


「一時間……?」


「ええ。だからそれまでに、私はあなたに伝えられることは全て話す」


「ちょ、ちょっと待ってください!……本当に?本当に死ぬんですか?師匠が?」


 記憶と違わぬままのスイが、あと一時間で死ぬと言う。

 リアムにとって、それはとても信じられるものではなかった。


「しつこいわね。そうだって言ってるでしょう?これまでに、私があなたに嘘をついたことあった?」


「そりゃ……あれ?」


 そこでふと気付く。

 まだリアムがスイと共に暮らしていた頃、彼女は彼を鬼のように鍛えた。現に、リアムの記憶に残る修行の日々は、未だに思い出せば体が震え出す。


 だがよく考えてみれば。スイはリアムに対して、嘘をついたことがなかった。

 答えてもらえないことはあった。はぐらされることもあった。だがそれでも、嘘をつくことだけはなかった。


「いやいやいやいや、そんなはずないって。……ね?嘘ついたことありますよね?師匠が俺に嘘をついたことがないとか、あり得ないですよね?だってあの師匠で、いでっ!?」


 現実逃避しかけたリアムを、鋭いチョップが襲った。苦鳴を洩らすリアムを、スイは冷めた目で見る。


「受け入れなさい、リアム。あなたが何と言おうと、私が死ぬ事実は変わらないわ」


 よく見れば、スイの顔色は悪かった。考えてみれば、先程から彼女が断続的にしている咳も、それに関わるものかもしれない。


「……本当、なんですね?」


「さっきからそう言ってるでしょう」


「そう……ですか」


 リアムはまだどこか呆けていたが、それでも信じることにした。ここで自分が喚いても、何も変わらないと察したからだ。


「それで、世界の真実ってなんですか?」


「そのままの意味よ。この世界は、世界そのもののシステムを理解しているようで出来ていない。それも全部、私達のせいなのだけど」


 スイは、一冊の古びた書物をリアムに投げ渡した。リアムはそれを受け取ると、パラパラと中を流し読む。


「それは、熾天使ミトロンを始めたとした、天使達が書いた創世記よ。天界に保管されてるものだから、世の中には出回ってないけどね」


「……なんでそれを師匠が持ってるんですか?」


「察しなさい。ともかく、世界を創る神であるルドラとクリシュナがこの世界を創り、そして管理者として私達五大神を生み出した。更に、 世界を創った反動で生まれた悪魔の抑止力として天使を生み、世界の均衡を保たせた。それの内容はそんな感じよ」


「まぁ、だいたい推測通りですね」


「でしょうね」


 そこでスイは指を鳴らす。それと同時に、リアムの手元にあった書物が燃え出した。


「うわ!なに燃やしてるんですか!これ、貴重な物だって言ってませんでした?」


 リアムは書物を投げ捨てながら、ジト目をスイに向ける。だが、彼女はあっけらかんとしていた。


「それ、間違ってるもの。合ってるのは最初だけよ」


「最初?」


「ルドラとクリシュナがこの世界を創ったってところだけ」


「……本当に最初だけですね」


「ーーこの世界を創ったのはルドラとクリシュナ。私達の父と母よ。世界を創る権能を持つ彼らは無数の世界を生み出した。そして最後に創られたのが、この世界」


「……世界っていうのは、いくつもあるんですか?」


「ええ、もちろん。この星の、宇宙の、その外側にあるわ。神ですら容易に干渉できない、別世界が。それに唯一触れることが出来たのが創造神であるルドラとクリシュナだったの」


 スイは咳をしながら、目を瞑る。そしてゆっくりと、続けた。


「この世界を創った後、父ルドラの神性が翳った。世界を、生命を育むことに価値を見出せなくなったルドラは創り出した全ての世界の破壊を決め、その最初の標的として直近に創られたこの世界を狙った」


「神様なのに、随分勝手なんですね」


「神だからこそ、よ」


 スイは手をひらひらとさせて答える。神ではないリアムにそれは分からなかったが、とりあえず適当に頷いた。


「クリシュナはルドラを止めるため、全てをかけて戦った。この世界でね。ただ、個人の能力としてはルドラの方が圧倒的に上だったために、クリシュナは戦力を揃えた。それが、私達五大神。当然、ルドラにも強力な配下がいたわ」


「それが……悪魔……」


「と、思ってるのがそもそもの間違いね。今では天使でさえそう思ってるのだから、どうしようもないけれど」


 リアムか拳を握り締めたのを傍目に、スイはため息を吐いた。そんな彼女を、リアムを目を丸くして見つめる。


「違うんですか?」


 ならばあれは自然に生まれたものなのか。リアムがそう考えていると、


「ええ。天使も悪魔を、生み出したのはクリシュナ。つまり、悪魔も世界の守護者。かつてはあなた達この世界の住人を守るために戦っていたのよ」







皆様、拙い作品ですが読んでくださってありがとうございます!

それでは、良いお年を!


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