第87話 天使の依頼
お待たせしました!
「あ、起きた?」
「……起きた」
リアムが目を覚ますと、目の前には見知った天使がいた。この場合、天使というのは比喩ではなく、本当の意味での天使だ。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「なんでって、君の奥さんに頼まれたからさ。君が目を覚ましたら伝えにきてくれって。人使いが荒いよね。あ、天使使いか」
桃色の髪を持つ天使、ウリエルはそう言って部屋から出て行った。リアムはその後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ベッドから起き上がる。
リアムが寝かされていたのは自室のベッドだった。つまり、アマクサ村まで帰ってきたのだ。どれぐらい寝ていたかは分からないが、リアムは確かに悪魔の包囲網を破った。ウリエルと共に。と言うより、ウリエルがいなければリアムは生きてはいなかっただろう。リアムは心の中で、渋々ながらも感謝した。
「リアムっ!」
「リアムさん!」
「お兄さん!」
大きな音と共に扉が開かれると同時に、アリサ、ミサキ、ルナがリアムに飛びついた。なんとか受け止めたが、体が軋む。
「……俺、一応病み上がりなんだけど」
しかし、リアムの呟きは見事にスルーされた。三人共これでもかと言うぐらいに強く、そして優しくリアムを抱き締めている。
「見せつけてくれるねぇ」
「なら出ていけよ」
いつの間にかウリエルも部屋にいた。扉に背を預け、リアムに意地の悪い、ニヤニヤした笑みを向けている。
「……なんだ?その笑みは?」
「いや?ただ、君はいつになったらボクに土下座して感謝してくれるのかなって思ってさ」
リアムの頰が引き攣る。まさか、本気で言ってるとは思っていなかった。
「……おい」
「あぁ、いいよ別に。君が約束を守るなんて、最初から思ってなかったしね」
「………」
リアムは、不快な物言いだと反発しようとしたが、ウリエルにどう思われてもいいかと黙ることにした。
「さて、じゃあ本題に入っていいかな?」
「本題……?」
「なんか、リアムに頼み事があるんだって。そのためにリアムを助けたって言ってた」
ウリエルの言葉に眉を顰めたリアムに、アリサが補足する。リアムは更に嫌な予感を抱いた。
「……まぁ、助けてもらったのは事実だからな。聞くだけ聞いてやる」
「なんでそんなに上からなのさ」
ウリエルはため息をつくと、真剣な表情を作った。窓の外から入る光が彼女を照らし、幻想的な雰囲気が漂い出す。
「単刀直入に言うよ。ボク達に、君の力を貸して欲しい」
「断る」
「今回の一件……って、えぇ!?」
リアムは即答した。これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だったからだ。
「ちょ、ちょっと待って!話も聞いてくれないの!?聞くだけ聞くとか言ってたじゃん!」
「天使に力を貸す時点で、確実に面倒ごとだろ?それはごめんだ。俺は、家族のため以外に命をかけるつもりはない」
「まぁまぁ、リアムさん。一旦話を聞いてみましょう?」
「………」
ミサキがウリエルの肩を持つ。リアムは少し驚いた。
ミサキとアリサにとって、ウリエルは同じ死地を戦い、そして自分の最愛の人を助けてくれた恩人だ。蔑ろにするのは少し抵抗があった。
それを知らないリアムは、ただ驚くばかりだが。
「……分かった。続きを話せ」
「だから、なんでそんなに偉そうなのかなぁ」
ウリエルは呆れたように言うと、咳払いをした。
「君は、自分がこの世界の特異点ということは知ってるよね?」
「ああ」
「今、この世界には様々な問題が発生している。その原因は遂に動き出した魔王と、そして天使だ。天使の中には悪魔と繋がっている奴らがいる」
リアムはそれを知っている。ウリエルと同じ七大天使であるサリエルが、悪魔と共にいたのを見たばかりなのだから。
「天界ではまだ何も起きていない。と、いうことになってる。でも、それは違う。既に七大天使のラファエルとラグエルは何者かに殺された」
七大天使が二柱殺された。これは大問題だ。しかも、七大天使を暗殺出来る存在は同じ七大天使か、天軍六隊を率いる大天使か。
「……サリエルか?」
「いや、分からない。ミトロン様はもっと裏切り者がいると考えてるし」
「なぁ、お前は疑われないのか?」
リアムは当然の疑問を口にする。ミトロンがその話をウリエルにするということは、少なくともミトロンはウリエルを疑っていないということになる。
「ボクはミトロン様に忠誠を誓ってるからね。嘘をつけない契約を結んでるんだよ。もしもボクがミトロン様に嘘をついたら、ボクの身が焼け焦げる」
「怖いよ。その忠誠」
リアムは呟いた。
「とりあえず、今、ボクたちは悪魔と天使に敵がいるんだ。でも、天使はボクらじゃ殺せない。それに、魔王を殺すためには魔界に入らなきゃならない。それもボクたちじゃ出来ない」
「出来ないことだらけじゃねえか。つまりなんだ?俺は魔界で魔王をぶっ殺して、お前らが連れてきた裏切り者の天使もぶっ殺せばいいのか?」
「端的に言えば、そうなるね」
「馬鹿だろ、お前」
リアムは間髪入れずに罵倒する。しかしウリエルもそう言われるのは分かっていたのか、何も言い返さない。
「頼みごとする割に、重要なことはほとんど俺任せじゃねえか。それに魔王を殺す?アモン一体にも手こずったってのに?無茶言うな。俺は半魔とは言え、元は人間なんだ。天使基準で考えるなよ」
「……リアムが魔王を魔界から引きずり出せば、ウリエルさん達も戦えるんじゃないの?」
アリサの質問に、しかしウリエルは首を横に振る。
「理由はよく分かってないんだが、魔王は魔界を出られないんだ。出ない、ではなくね。だから、ボク達は戦えない」
「……そう言えば、ルシフェルはどこにいる?」
「知らないけど?ああ、堕天した彼なら魔界に入れるのか」
ウリエルはそう言ったが、リアムはそんなつもりで言った訳ではない。リアムはサリエルと戦っている時の事を思い出したのだ。
『お前が従うのはケルビムか?』
『ええ、そうですよ。それは、ルシフェルからですか?』
『ああ。お前らがあいつを嵌めたのか』
『ええ。お陰で強力な駒が手に入りましたよ』
『……駒?誰のことだ?』
『もちろん、ルシフェルのことですが?』
サリエルはルシフェルが敵方であることを示唆した。もちろん、リアムを動揺させるための嘘かもしれない。だが、それをハッキリさせるためにはルシフェルと話さなければならない。そう、思ったのだ。
「まさか……ルシフェルが?……分かった。すぐに探させるよ」
ウリエルに話すと、彼女はすぐにそう答えた。
「それとだけどさ」
リアムは先程、ウリエルの話を聞いていて感じた矛盾点を指摘する。
「天使は天使を殺せないんだよな?なら、なんで天界で天使が死んでたんだ?天界に悪魔が入れないなら、犯人は天使ってことだろ?」
「……!確かに……確かに君の言う通りだ。何故だ?誰が、どうやって殺したんだ?」
ウリエルは顎に手を当て、考え出した。だが、考えるだけで分かる訳がない。リアムはこの先のことを考える。
ウリエルの頼みを受け入れれば、高確率で死ぬ。だが、断ればこの世界は終わるかもしれない。いや、自分が死んでも世界は終わりだ。
どちらにせよ、リアムに与えられるのは破滅。特異点という存在である以上、このような選択に迫られることになるのは覚悟していた。
だから当然、答えも決めていた。
「ウリエル。悪いが俺は、お前の頼みを聞くことはできな……」
ーーチリンチリン
リアムがハッキリと断ろうとした時、家の呼び鈴が鳴った。
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