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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第5章 師、そして選択
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第86話 闇の中で



 



「はぁ、はぁ、はぁ、くそったれが!」


 リアムは闇が包む森を一人、明かりもなしに駆けていた。少しずつ目が慣れてきたからか木にぶつかることはないが、しかし全力で走ることもできない。足元は悪く、じめじめと湿った空気がリアムに纏わりつく。


「っ!?」


 ひゅっ、と風を切る音がリアムの耳に届く。と同時にリアムは前へと体を投げ出した。いつの間にか正面にあった木に頭をぶつけ鈍い痛みが走るが、気にはしていられない。リアムは体を捻って剣を振るう。


「らぁっ!!」


 振るわれた聖剣は、音を作り出した存在である悪魔の首を刎ねた。


「ふぅ……キリがないな」


 現在、リアムはフュラケー王国の近くに広がる森の中にいた。真っ暗な森をたった一人であてもなく走り、どこから襲ってくるか分からない悪魔を魔力を使わずに斬り捨てる。いや、正確に言うならば魔力が残っていないからなのだが、とにかく魔力を使わずに悪魔と戦っていた。


 それはいくらリアムと言えど、かなり厳しい状況だった。感知魔法も使えない中、ただでさえ人間よりも高い能力を持つ悪魔が、いつ暗闇から現れるか分からないのだ。それを全て捌き切るのはあまりにも難易度が高すぎる。実際、リアムの体は既に傷だらけだ。


「こりゃ……なんとか現状を打開しないと、すぐに殺られるな……」


 満身創痍のリアムは額の汗を拭うと空を見上げた。しかし、木々の隙間から見えるのはただの暗闇。日が出るまでまだ数時間はあるだろう。


「っ!ぐっ!?」


 突然、脇腹に鋭い痛みが走ったリアムは顔を歪める。暗闇から現れた悪魔の魔剣がリアムの脇腹を穿ったのだ。リアムはなんとか手で魔剣の刃を掴んで止めたが、切っ先はざくりと刺さっている。


「こ……のっ!!」


 リアムは体を引いて剣先を抜くと、悪魔の顎を蹴り上げる。その蹴りはちょうど顎先を掠り、脳が揺れた悪魔はよろめいた。その一瞬の隙をリアムは狙えない。もう、そんな体力は残っていなかった。


「ふっ!」


 少し遅れて振られた聖剣は、悪魔に届くことなく魔剣に防がれる。鍔迫り合い。しかし生身の人間(リアム)と悪魔では、力の差は歴然だ。


「がっ!?」


 剣ごと飛ばされ、木に背中から強く叩きつけられたリアムは息を吐き出し、崩れ落ちる。気付けば、周囲を悪魔に包囲されていた。


「………」


 リアムは剣を支えにふらふらと立ち上がる。


 今までのリアムならば、悪魔を前にするだけで力が湧いた。それは正義感とは程遠い、憎悪による負の感情からだ。しかし、アモンを殺したことによって復讐が果たされ、悪魔自体に対する憎しみが消えた。それは仇をとったことも要因の一つだが、それ以上に、ルシフェルやアロケル、リリスといった自分を助けてくれた悪魔の存在が大きい。


「ははっ、皮肉なもんだな。やっと悪魔を受け入れることが出来たってのに、その悪魔共に殺されるなんて」


 誰にも知られずに、暗闇の中で凄惨に、そして静かに。


 リアムはそう付け足すと、乾いた笑い声を出した。だが、その目から闘志の炎が消えることはない。


「死に方は選べねえが……諦めるわけにもいかねえからな」


 リアムはそう言って聖剣を両手で握り締めると、ゆっくりと構えた。全ての覚悟を決めたその姿に、悪魔は少し後退りをする。しかし、それだけで形成が逆転するほど甘くはない。


 程なくして、リアムは地に伏した。満身創痍、とは今のリアムのためにある言葉ではないのだろうか。そう思えるほどにリアムは全身をズタズタにされ、浅く、荒い呼吸をしていた。その身にはもはや、傷のない部分がない。


 覚悟はあった。だが、どうしようもない恐怖を覚える。死ぬことに。守るべきものを遺して逝くことに。


「う、あ……」


 だが、体は動かず、声すらも出ない。自分を囲み、ニヤニヤと笑みを浮かべる薄汚い悪魔共に呪いの言葉を吐くことさえ許されないのだ。


 光さえ思い出せないほどの闇の中で、自分は終わる。死の影が自分を絡め取ったのを感じたリアムはもう一つ、確信することがあった。


(……悪魔を殺し回り、人間を殺し、たった一つの約束も守れない俺が行き着くのは、きっと地獄なんだろうなぁ)


 だから視界を真紅の炎が覆った時、リアムはそれが地獄からの迎えだと思った。





 〜〜〜〜〜





「あぁ、臭い。臭いよ。最悪の気分だ。たまたま通りかかって、たまたま降り立った場所に、こんなにたくさんの悪魔クズ共がいるなんて」


 だから視界を見覚えのある天使が覆った時、リアムはそれが信じられなかった。


「て……てめえ……なん、で」


 リアムが必死に絞り出した声に、天使は振り返る。


 一方、自分達に背を向け、一見無防備な彼女に悪魔達はしかし、何かを感じるのか遠巻きに警戒している。その足元には、突如降った炎に焼かれた同胞が転がっていた。


「……あれ?ボロ雑巾かと思ってたんだけど、君だったの?なんでこんなとこで寝てるのさ。もしかして、奥さんに追い出されちゃった?」


 とぼけた表情を浮かべるウリエルに、リアムの頰が少し引き攣る。


「それに、なんでそんなにボロボロなの?もしかして、このゴミ共にイジメられちゃった?」


 ウリエルはそう言って悪魔の群れに親指を向ける。


「……はっ、馬鹿言うな……。これは……ただの、イメチェンだ」


 コポリと血を吐き出しながら言うリアムの顔は、既に青を通り越して白くなってきている。


「君、死ぬの?」


「……かもな」


「……ふーん」


 ウリエルはリアムに背中を向ける。そして、片手に溜めた魔力の塊を後ろに放り投げた。それは横わたるリアムに当たり、ゆっくりと彼の体に溶け込んでいった。


「?……っ、お、まえ……!」


「これは独り言だけど、誰かさんの大切らしい子達はちゃんとアマクサ村まで送り届けたよ。彼女達はその誰かさんの帰りを何よりも望んでる」


 リアムの体に少し、力が戻った。


 高位の悪魔にはそれぞれ固有能力があるように、高位の天使にも固有能力がある。さっきまでリアムが戦っていたサリエルの場合は、『接触した相手の魔力を奪う』能力だった。故に当然、ウリエルにもそれは存在する。


 彼女の場合、その固有能力は『相手に自分の魔力を分け与える』ものだ。普通、魔力は誰かに与えることができない。それは個体によって魔力の"性質"が異なるからであり、その他の魔力に対して拒絶反応を起こしてしまうからだ。

 しかしウリエルは魔力を完全に相手の形に変えることができる。似たような能力を持つ者はいるが、彼女ほど完璧に、素早く、魔力の性質を変換できる者はいない。


 だから、リアムの体に少し、力が戻った。それはあくまで、魔力が戻っただけであり、傷が治ったわけではない。


「あ〜あ、早く帰りたいんだけどな〜。流石にこれだけの悪魔(ゴミ)がいたら、ボク一人で帰るのは大変そうだな〜。どこかにゴミ掃除を手伝ってくれる人とかいないかな〜」


 棒読みのそれに、リアムは堪らず苦笑した。それと同時に体が軋み、顔を歪める。


「……お前、大根役者にも程があんだろ……」


「はぁ?本物のゴミになりかけてる君には言われたくないんだけど」


「るっせぇ」


 リアムは与えられた魔力を全身に這わせ、力を込める。両手を地面につけ、体を持ち上げた。


「う、ああああああああああああ!!」


 恐怖と、絶望と、弱音を。咆哮に込めて全て吐き出したリアムは、足をガクガクと震わせながらも立ち上がった。


「うわぁ。なんか、ゾンビみたい」


「黙れ。感染(うつ)すぞクソ天使」


 リアムはウリエルをギロリと睨みつけると、今度は周りの悪魔を睨みつけた。


「なんか、番犬みたいだね」


「黙れ。噛むぞクソ天使」


 リアムは自分に残っている魔力と体力を確認する。この包囲網を突破するにはあまりにも少なすぎるが、しかし突破できないというわけではない。


「うっ」


 ふらつき、後ろに倒れそうになったリアムの背中を、ウリエルの背中が支えた。


「はぁ、はぁ。……なぁ」


「なんだい?まずはボクみたいな美天使に触れることができたことに感謝して欲しいんだけど」


「………。感謝して欲しかったら、まずはこのギャラリー消すのに協力しろよ。なら、感謝してやらんこともない」


「え〜めんどくさいなぁ。でも、半魔である君がボクに土下座して感謝する姿を見るのはちょっと楽しそうだなぁ」


「……おい、待て。誰も土下座するなんて」


「分かった。その条件を飲むよ。その代わり、君もちゃんと約束を守りなよ?じゃないと、ボクが君を殺すから」


 ウリエルはニコニコしながらそう答えた。リアムは呆れたようにため息を吐く。


「はぁ。……じゃ、死ぬなよウリエル」


「それ、ボクのセリフじゃないかな?リアム」


 そして二人は背中を向け合ったまま、悪魔の包囲網へ飛び込んでいった。







更新滞っていてすいません!これからも滞ります!てへぺろ!

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