第85話 利害の一致
「くそ!なんなんだよぉ!」
ウリエルは後ろから迫る超速の鉄玉を紙一重で躱す。しかしそこで止まることは無く、次々と迫るそれをなんとか躱していく。だが全てを完璧に躱すことは出来ず、次第に傷が増えていった。
「これが兵器の正体か!」
ウリエルは悔しげに叫んだ。直線距離で逃げていたら既に海上に出れているはずなのだが、妨害が激しすぎて思うように進めない。
「ん……?」
その声にミサキが目を覚ます。勇者である彼女はアリサよりも回復が早かったようだ。そして、すぐに起きたことを思い出した。
「っ!は、早く離して下さい!ここはどこですか!?」
「うるさいっ!ちょっと黙ってて!」
ウリエルはミサキに叫び返す。その切羽詰まった声にミサキは周りの状況を確認した。ウリエル以外の天使がいない。
「これは……なにが?」
「知らない!彼と別れた後に急に襲われたんだ!」
ウリエルが2人を抱えて飛び去った直後、暗闇に包まれた街から突然攻撃された。それでウリエルの部下が皆撃墜された。その謎の攻撃は絶え間なく続き、その正体は恐らくグラム大陸の兵器であると予想される。
ウリエルはその旨をミサキに伝えた。
「……まさか、機関銃?」
「え?」
「いえ、とりあえず離して下さい。自分で走れますから」
ミサキはリアムを信じることにした。自分では足手まといになるし、なによりこの場面こそ自分が何とかしなければならないと考えたからだ。
「……大丈夫なんだね?」
「はい」
迷いなく答えるミサキを、ウリエルは静かに離した。ミサキは空歩で宙に立つと、聖剣を抜き放ち後ろを振り返った。目には魔力を込めて機能を上昇させる。
「何を!」
ウリエルの声を、しかし無視したミサキの目には、しっかりと飛んでくる弾丸を見据えていた。そして、それに刀を合わせる。と同時に、真っ二つに切られた鉛玉がミサキ達を避けるように後方へ通り過ぎていった。
「いける!」
ミサキはそこで動きを止めることなく、次々と襲いかかる弾丸を切って切って切り続けた。勇者のスペックが、そしてリアムに鍛えられた能力がその全てに反応することを可能にしている。
「君、どうやって?」
「これは私たちの世界にもあった兵器です!単に鉄の玉を速く撃ち出しているだけなので、少しの間ならなんとかできそうです!」
「……なるほど。どれぐらい耐えられそう?」
「ふっ!はっ!正直、分かりません!なにか対策はありますか?」
「……攻撃をしている場所に、大型魔法を撃ち込んだらなんとかなるかもしれないけど……」
「隙がありませんね」
暗闇からは絶え間なく銃撃が続く。一瞬だけならば火の明かりが見えるのだが、その場所に魔法を撃ち込むより先に弾丸が襲ってくる。
「う……ん?」
そこでアリサが意識を取り戻した。しばらく口をモニョモニョとさせていたが、突然ハッと覚醒する。
「リアム!リアムは!?」
ミサキ同様、目を覚ましてすぐに暴れようとするアリサにウリエルが現状の説明をする。全てを理解した瞬間、アリサの目つきが変わった。覚悟を決めたのだ。リアムを信じ、ひとまずこの場を切り抜けることを。
「……分かった。私がなんとか隙を作ってみせるから、ウリエルさんは持ち得る最大火力の魔法を用意してて」
「できるの?」
「うん。リスクは大きいけど、今はそれしかないと思う」
「……ダメだ」
アリサの覚悟を、しかしウリエルは否定する。
「なんで?」
「あの男と約束した。必ず君たちを安全な場所まで連れて行くって。だからダメだ」
「でも!このままじゃ全滅じゃない!」
「そうだけど!そうだけどダメなんだ!」
「だからなんで!?」
「あ〜もう!ボクは君たちの味方だからだよ!」
はぁ、はぁと息を荒げながらもウリエルは叫び返した。アリサはその答えに目を鋭くする。
「あれだけリアムのことを馬鹿にしておいて、よくそんなことが言えるわね……」
「それは仕方ないだろう?ボクはこれまでずっと悪魔と戦ってきたんだから。でも、それでもボクは彼に頼みたいことがあった。だから君たちに会いに来たんだよ」
「頼みたいこと……?」
ウリエルの目には悔しさが浮かんでいた。
「その頼みたいことってなに?」
「アリサさん!今は時間がありません。もうここもどれだけ耐えれるか」
ウリエルがアリサの問いに答える前に、ミサキが割って入る。既に彼女には幾つか傷が出来ており、限界が近いことを物語っていた。
「分かった!とにかく私が隙を作るから、あなたは大魔法をお願い!」
「だからそれはっ!?」
その時だった。遥か遠く、闇の中に真っ赤な火球が浮かび上がったのは。何が起きたのかは分からないが、かなりの距離があるにも関わらずその火球は彼女達の肌を炙る。
そして、その現象に驚いたのは彼女達だけではなかった。地上から彼女達に向けて攻撃をしていた者たちも、そのあまりの光景に動きを止めてしまったのだ。
「っ!今だ!」
いち早く硬直から抜け出したウリエルの声に、アリサとミサキは我にかえる。
「嵐龍!」
「水激!」
「神炎」
かつてリアムが魔界の雲を払った暴風の龍が、アリサから放たれる。その周囲をミサキが発現した無数の水の柱が囲み、地上に向けてその暴力を振るった。一気に木々が押し倒され、天変地異が襲ったかのようなそこに、ウリエルの魔法が追撃をかける。天を覆い尽くすほど広範囲に、圧倒的な熱量を誇る神炎がまるで蓋をするように地上に降り注いだ。まだ息があった人間も、その神炎を前に一瞬で蒸発してしまう。
「……ウリエルさん。ちょっと火力高すぎない?」
アリサはあまりの光景にジト目をウリエルに向けた。眼下には更地が広がっている。あまりの火力に、兵器すらも消滅してしまったのだ。
「これじゃあ、兵器がどんな物だったのか見れませんね」
ミサキもアリサと同じような目を向ける。それを受けたウリエルはさっと目を逸らした。
「……すいません」
「まあ、いいけどね。助かったのは助かったんだし。それで、これからどうするの?」
「……君たちをアマクサ村まで届ける」
「……やっぱり、リアムのところには行かせてくれないのね?」
「ああ。不本意ながら、彼と約束してしまったからね。ボクは無理矢理にでも、君たちを安全圏まで連れて行くよ」
「私がここで、あなたに襲いかかっても?」
「アリサさん……」
静かに、しかし急速に魔力を高めていくアリサにミサキは心配そうに声をかける。
「彼のことは……ボクに任せてくれないか?ボクが必ず、彼を君たちの元に連れ帰ってみせる」
「それ、私たちが信じると思ってるの?」
「ボクには、ボクたちには彼の力が必要なんだ。今の状況から分かるだろ?天使も悪魔も殺せるのは彼だけなんだから。つまり彼が死ぬのは、ボクたちの敗北を意味する」
「……だから、死なせないって?」
「ああ。これなら、信用してもらえるかな?」
「………」
要するに利害の一致ということだ。感情で動くのではなく、損得の勘定で動くと言っているのだ。そして、むしろその方が信用できるし安心できる。
「分かった。あなたを信じる。その代わり、絶対に連れて帰ってきてよ」
「もちろん、任せてもらうよ。絶対に連れ帰ってみせるさ」
アリサにはそう言い切るウリエルの姿が、どこかリアムと重なって見えた。