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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第5章 師、そして選択
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第84話 無の剣



 



 常人ならば一寸先も見えないような闇の中に、黒と白が火花を散らす。月明かりもない夜にも関わらず、まともに斬り結ぶことが出来るのは、恐らく両者共に人間ではないからだろう。

 片や半魔。片や天使。リアムとサリエルは静まり返った町の上空で、目にも止まらない速度で剣をぶつけ合っていた。


「思ったよりもやりますねぇ」


「はっ!そりゃどーもっ!」


 リアムは綺麗な弧を描く剣閃を躱しながら答える。はたからは互角に見える戦いも、当事者であるリアムからすれば自分が押されていることは明白だった。少なくとも、剣の腕においてはサリエルが格上。今も手を抜かれているのが分かる。


「ちっ!嫌な奴だな」


 リアムはサリエルと距離を取ると、剣を持たない左手を突き出す。


「アル・グランテ!」


 かつてアザゼルに撃たれた高密度の魔力砲を撃ち出す。だが、サリエルはそれをいとも容易く両断した。


「ふむ。これはアザゼルの技ですね。彼らしい、力尽くの技法。良い魔法だとは思いますが、私には効きませんよ?」


「るっせえ!」


「むっ!?」


 魔力砲を叩き斬ったサリエルの背後に回っていたリアムが、上段から魔剣を振り下ろす。体全体をバネのようにしならせたその一撃を、しかしサリエルは片手で止める。


「なっ!」


「それも、まだ甘い」


 サリエルの掌からは血が流れ出た。しかし、言ってしまえばそれだけであり、刃を握り締めて受け止めたにしてはその代償が少な過ぎる。


「甘い。そして、青い」


 サリエルはリアムの魔剣を上に払うと、回し蹴りを放った。脚がリアムの腹部を穿つ。


「ぐっ、はっ!?」


 口から血を吐き出したリアムは成すすべもなく飛ばされる。


「がっ、ああああああ!!」


 足に大量の魔力を込めて踏み止まる。すぐに前を見ると、やはりサリエルは涼しい顔でリアムを眺めていた。


「クソが、馬鹿にしやがって」


 追撃を仕掛ける様子がないサリエルに、リアムは苛ついた。そして、そのお陰で一息つく余裕が出来たことにも腹が立つ。


「いやいや、馬鹿になどしてませんよ。まだ悪魔の力を解放していないのに、大した速さだ。警戒するに越したことはありません」


 確かに今のリアムは悪魔の力を使っていない。鬼型の悪魔になれるリアムは鬼化(一度完全な悪魔に成ったため、それと区別をつけるためにそう名付けた)することで半魔としての力を振るうことが出来るが、リアムはまだ鬼化していない。それは理性を失う可能性への恐怖からであり、そしてサリエルもそれを予想していた。


「ですが、私を相手に本気で戦わないというのは少しばかり不愉快ですね……」


 ゾクリと、リアムの全身に悪寒が走った。肌が粟立つような感覚に冷や汗を流す。


(来るっ!)


 本能だった。ただ、本能に従って上半身を後ろに逸らす。それとほぼ同時にリアムの眼前を刃が通り過ぎた。


「ほう?」


「っ、らぁっ!」


 リアムは態勢もそのままに、サリエルを蹴り上げる。だがサリエルはそれをバク宙することで躱した。


「生身の人間のわりに頑張りますね」


「………」


 リアムは無言で鬼化した。以前とは違い、角や尖った耳は片方だけではなく両側に現れ、その姿はより悪魔へと近付いている。


「おや、やはりそうきますか」


「いつまでも澄ましたんじゃねえっ!」


「っ!?」


 リアムは転移を使い、サリエルの感知を潜り抜けて傍まで迫る。そして全力を魔力を最大限に込め、サリエルの顔に拳を叩き込んだ。


「がっ、ぷっ!?」


 流石のサリエルも苦鳴を上げて血を吐く。リアムは追撃に腹を殴った。魔剣でサリエルの端整な顔に切り傷を作る。追撃に追撃を重ね、相手サリエルに反撃の時間を与えない。


「ぐっ、うっ、……はは」


「なに……?」


 呻き声の中に含まれた笑い声に不気味さを覚えたリアムは、すぐに異変を感じてすぐに飛び退いた。


「な、なんだ……?」


 リアムは自分の手を見る。見た目は何も変わらない。だが、無意識に震えていた。全身には力が入らず眩暈が起きる。


「ま、まさか……!」


「へえ、気付くまで早いですね」


 サリエルは口から垂れた血を手の甲で拭うと、不敵な笑みを浮かべた。


「私にこの力を使わせるとは、本当にやりますね。少し、君を侮っていたようだ」


 サリエルは触れた相手の魔力を吸うことができる。今も、敢えてリアムに攻撃させながら魔力を奪っていた。気付かれないように、少しずつ。リアムはなまじ魔力量が多いため、気付くまで時間がかかったのだ。


「はぁ、はぁ、天使らしからぬ、陰湿な技だな」


「それは否定しないけどね。でも、私の一番の特技は剣術です。是非とも、見誤らないで欲しいですね」


「は、欲張りだな」


「いえいえ、これは事実ですよ。剣術に関しては、誰にも負けない自身がありますから。次の一撃で、君の命も共に斬ってあげましょう」


 サリエルは天剣を構えた。ミサキが鍛錬で同じようなことをしていた、所謂居合いの構えだ。リアムの本能が今までにない程の警報を鳴らす。


「無明の閃」


「あ……?」


 リアムの目には何も映らなかった。文字通り、何一つ。サリエルは微動だにしていないようにしか見えない。剣を抜く手も、剣を納める手も。剣先は消え、予備動作も音も無く、ただその呟きと共にリアムの首を剣が断った。


「ふむ、終わりましたか」


 無明の閃。

 最強の剣士でもあるサリエルが独自に編み出したオリジナルの技だ。例え昼間であろうと一切の情報を遮断する。予備動作、剣の軌跡、光、音、気配。そういった剣撃を避けるために必要なものを全て消し去り、ただ静かに敵を葬るための一撃必殺。これまでにこの技を凌ぐことが出来たのはただ1人、今のサリエルが忠を誓うケルビムだけだ。ゆえに、サリエルは絶対の自信を持っていた。


「さて……彼女ウリエルを追いますか」


「させると思うか?」


「っ!?」


 突如、背後から聞こえた声にサリエルは回避行動をとった。が、完全に虚を突かれたサリエルは避けきれず、リアムの斬撃が背中を掠る。


「ぐっ!……なぜです?」


 痛みよりも驚きがサリエルを支配する。


「言うわけないだろ馬鹿か?」


 とは言うものの、リアムがしたのは簡単なことだ。空間操作を利用して自分の虚像を作り出し、そこに認識妨害の幻術を組み合わせた。サリエルはその幻術を斬っただけに過ぎない。


「……そうですか。いえ、そうですね。敵に自ら手の内を晒すなど愚者の行為だ。それにしても私の奥義を凌ぐとは、やはり特異点と言うべきでしょうか」


「うおっ!?」


 サリエルも少し冷静ではないのか、それとも本気になったのか。先程までの余裕は捨て、不意打ちのようなタイミングで剣を突き出しす。リアムは辛うじて剣で受け止めるがら、剣と剣がぶつかった瞬間にごっそりと魔力が持っていかれたのを感じた。


「まじかよ……直接触れなくてもか」


 リアムは内心焦っていた。魔力を奪われるのはとんでもない脅威だ。鬼化さえ保てなくなる。それになにより、『無明の閃』とやらの回避方法が分からない。幻術ダミーは恐らくもう効かない。対策を考えなければ、負けるのは明白だ。


「どうしました?先程から受け身ですが?」


「……うっせ」


 サリエルには隙がない。自分から仕掛ければ、一瞬で返り討ちにされてしまいそうなほどに。リアムが感じるサリエルの剣界はそれほどに広かった。


「君は空間を操る能力を持っていると聞いていたのですが、嘘だったのですかな?」


「……ノーコメントで」


 既にそこまでの魔力が残されていない。ここで空間操作を使うのは自殺行為に等しい。


「お前が従うのはケルビムか?」


「ええ、そうですよ。それは、ルシフェルからですか?」


「ああ。お前らがあいつを嵌めたのか」


「ええ。お陰で強力な駒が手に入りましたよ」


「……駒?誰のことだ?」


「もちろん、ルシフェルのことですが?」


「……っ!おい!ルシフェルは今どこに!」


「もう遅いですよ」


「っ!?がっ!」


 刹那の間に背後に回り込んでいたサリエルの剣が、リアムの背中を袈裟懸けに斬り裂いた。なんとか反応したものの、出来た傷は浅くない。


「まだです」


「ぶっ!?」


 腹部に剣が突き刺さる。なんとか急所は避けたが、大量の血が噴き出す。サリエルの動きが明らかに速くなっていた。


「とでも、思っているのでしょう?」


 そう考えたリアムの心を読んだかのように、サリエルが不敵な笑みを浮かべた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「それは間違いです。私が速くなったのではなく、君が遅くなったんですよ。ほら、もう魔力はほぼ残っていないでしょう?」


 その通りだった。既に空歩を保つことさえ困難になりつつある。これ以上戦うのは不可能に近い。ゆえに、リアムは逃げる手段を考えていた。


「君はここで終わりです。気の毒ですがね」


「なら、見逃してくれね?」


「それは無理な頼みと言うものですよ」


 サリエルがそう言って片手を上げると、彼の背後に無数の悪魔が現れた。下級から上級まで揃っている。


「おいおい……まさか、悪魔とも繋がってんのかよ」


「ええ、そうですよ。君、アモンを殺したみたいですね。彼は次期魔王候補でしたから、君を憎んでいる悪魔が多いんですよ。だから、君の首は自分達に寄越せってうるさくてね」


 やれやれと、サリエルが首を振る。しかし、リアムは答えることが出来なかった。


 既に魔力は尽きている。そのため、空間操作は使えない。サリエルだけが敵ならばまだ生き延びる可能性はあった。だがこれだけの数の悪魔がいてはその可能性は、ほぼゼロだ。


「さて、お膳立てはしてあげましたよ。好きにしなさい」


 サリエルがそう言うと、悪魔達がリアムに向かって一斉に飛び出してきた。


(……この数は、無理だな。もう、空歩で立ってるのも限界だ。でも……)


 リアムの脳裏には自分の妻達がよぎった。今のリアムには帰らなければならない場所がある。


(諦めるわけには、いかない)


 リアムはチラリと下を見る。フュラケー王国の城下町から少し離れた場所には、大きな森が広がっていた。


(あそこか)


 前を向けば、視界を覆い尽くすほどの悪魔が迫ってきていた。もう、リアムが生き残るには危ない橋を渡るしかない。


「すぅ〜」


 リアムは深く息を吸い、残る全ての魔力を掻き集める。そして、手を前に差し出した。


滅火ヘルファイア!!!」


 リアムが叫んだ瞬間、太陽のように巨大な火球が真っ暗な街を赤々と染め上げた。

 滅火とは、残存する魔力から使用した魔力量の割合によって火力が大きく変わる魔法だ。リアムはそれを、残る全ての魔力を使い切って発現した。


 その結果、辺り一面を赤く染め上げるほどの灼熱の太陽を生み出した。


 断末魔の叫びと共に、数え切れない悪魔が焼かれて落ちていく。しかし、それでも全て倒しきることは出来なかった。サリエルもなんとか回避したようだ。そのあまりの威力に目を見開いている。


「はは……ざまあ見やがれ」


 そんな様子を見て少しは胸がスッとしたリアムは、遂に空歩を保てなくなり、力無く地面へ落ちていった。







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