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天使は謳い、悪魔は嗤う  作者: 剣玉
第1章 大切なもの
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プロローグ




 



 その日、少年は絶望を知った。




 〜〜〜〜〜




 人間族が住むグラム大陸、その北端にある小さな村で少年は生まれた。


 父と母は心優しく、幼い少年を可愛がり、年の離れた兄もまた、穏やかな性格で少年の面倒をよく見ていた。そして少年はそんな家族が大好きだった。


 ある夏の日、5歳を迎えた少年は兄と共に森を歩いていた。今年で16歳の兄は整った顔をしており、少し長めの赤い髪を後ろで束ねている。


 ちなみに、少年と父は人間族が不吉の象徴とする黒い髪をしているのだが、それでも村人達と良好な関係を結べているのはこの家族の人徳によるものだった。




 〜〜〜〜〜




 少年と兄が森を抜けると、目の前に開けた草原が現れた。2人はその草原の真ん中に1本だけ生えている大きな木の下へ歩いていく。


「兄ちゃん!今日はどんな魔法を見せてくれるんだ?」


 少年は目をキラキラさせて兄に聞いた。


「それは見るまでのお楽しみだな。でも期待してていいぞ」


 兄もどこかワクワクしながら答えた。


 兄はグラム大陸の大きな国にある魔法学校に通っており、いつもは村を離れ学校の寮で暮らしている。今は夏休みということで帰省中だ。


 兄は魔法の才能があり、まだ在学中にも関わらず各国の魔法部隊から声をかけられており、またその整った容姿と穏やかな性格から異性から言い寄られる事も多く、少年にとってはまさに憧れの対象だった。


 そんな兄は帰省中、少年と共にこの草原へと出掛けて魔法を見せ、そして少年に魔法を教えるのが楽しみの1つだった。


 少年は兄を尊敬して追いつくために努力し、そして兄はそんな少年を優しく見守る。そんな時間が2人は大好きだった。




 〜〜〜〜〜




「今日も兄ちゃん凄かった!呪文を唱えたら火柱がどーん!って上がって雲まで届いたんだ!」


 その日の晩、少年は食卓で身振り手振りしながら父に今日あったことを話していた。


 父は微笑みながら相槌を打っている。少年は兄の使った魔法を思い出して気分が昂っているようだ。


「いや、お前もたいしたもんだぞ?その歳で中級魔法まで使えるんだから。本当にいつか超えられそうだ」


 兄は苦笑しながら言う。実際、魔法学校である程度学んでから習うレベルの中級魔法を少年は僅か5歳で習得している。


 これは普通なら考えられないことなのだが、この家族は皆優秀な魔法使いなので少年はその事に気付けない。


「本当?でも僕が兄ちゃんを超えられる気がしないんだけど」


「まぁ兄として簡単に負ける訳にはいかないしな」


 そうは言いながらも兄はその内自分が超えられるだろうと思っていた。自分が5歳の頃はまだ中級魔法なんて使えなかったし、そもそも既に魔力量は少年に負けている。


「はいはい。2人ともそろそろ寝なさい。明日も遊びに行くんでしょう?」


 そんな2人に母が声をかける。母は優しいが、怒ると家族で1番怖いので少年と兄は素直に返事をし、寝室へ行きベッドに潜った。


 明日はどんな魔法を教えてもらおうか。少年はそんな事を考えながら目を閉じる。明日が来るのを楽しみにしながら。


 世の中の理不尽を知らない少年は、いつも通りの明日が来ることを当たり前だと思っていた。




 〜〜〜〜〜




 少年は自分の名前を呼ぶ声に起こされた。目の前にはなにやら焦った様子の兄がいる。それだけでなく家の外も騒がしい。


「おはよう、兄ちゃん。なにかあったの?」


「悪魔だ。悪魔の軍勢が村に攻めてきた。この村はもう終わりだ。早く逃げるぞ」


 兄は言い聞かせるように、努めて静かに言った。だが、少年は何を言われているのか理解出来ない。


「兄ちゃん急にどうしたの?」


「いいから早く起きろ!すぐに逃げるぞ!」


 少年は初めて聞く兄の怒鳴り声に驚き、言われるがままに兄と共に裏口から外に出る。少年は目を覚ました時にはもう朝だと思っていたが、太陽はまだ出ていない。が、村から上がる真っ赤な炎で空は赤く染められていた。


「え……これなにが……」


「早く!」


 何が起きているのか理解出来ない少年の手を引っ張り、兄は森へ向かって走っていく。そんな2人を追いかけるように時折黒い影が迫ってくるが、影は兄が何かを唱える度に吹き飛ばされていく。


 その時、2人の目の前に大きな影が舞い降りた。兄はまた何かを唱えるが、その影は兄が唱え終わる前に片手を振って兄を吹き飛ばす。


「に、兄ちゃん!」


 少年は兄に叫ぶが、その間に影は少年に近づき手を振り上がる。が、その手が少年に振り下ろされる前に、影は少年の目の前で真っ二つに切断されていた。


「大丈夫か?」


「お父さん!」


 そこには血塗れになった父が大剣を担いで立っていた。兄の方を見れば、母が兄に肩を貸して歩いて来ている。


「まずいな。よりにもよって、上級悪魔がうじゃうじゃいやがる。これは逃げ切るのもキツイぞ」


「あなた、ここは私達で……」


「ああ、そのつもりだ。今まで世話になったな。愛してるぞ」


「私もよ」


 父と母が話しているが、少年には意味が分からなかった。


「父さん!母さん!俺も一緒に戦う!」


 だが兄は理解出来たのか、父と母に訴えかける。


「ダメだ。子供は大人しく親に守られてっ!?」


 それは突然だった。父が兄に答え終わる前に、影の塊が地面から生えるように現れたのだ。少年はその中にひときわ大きな影が立っている事に気付いた。


 少年が認識出来たのはそこまでだった。目の前で父と母と兄が影の塊と戦っている光景を、ただ見ている事しか出来なかった。気付けば戦い始め、そして気付けば戦いは終わっていた。


 呆然としている少年の前に、大きな影が立った。よく見ると影は人のような形をしている。丸太程の太さのある腕と脚、そして3つの首を持つ異形の姿。3つの顔にはそれぞれ2本ずつ角を持ち、胴体にはびっしりと歯が生えた大きな口がついている。


 その影が掌を開くと、そこには小さな黒い玉が浮いていた。そして愉快そうに顔を歪めると、その手を少年の胴に突き刺した。


「え……?」


 だが少年に痛みは無く、まるで水に手をつけるかのように沈んでいく。そしてその手を引き抜くと影は少し驚いたような表情を浮かべた。


「ククク……。まさか適応するどころか苦しみすらしないとはな。これは将来が楽しみだ」


 影はそう言うとまた愉快そうに嗤った。甲高い、耳障りな嗤い声だった。


 そして他の影を連れ、溶けるように地面へと消えていった。少年はただ呆然としているだけだった。


 影が消えてしばらくすると、少年は周りを見渡した。村だった場所には何も無く、火のついた木片が辺り一面を覆っている。そして自分以外に動くものもその炎だけだった。


 少年は何も理解出来なかった。いや、理解しようとしなかった。このままじっとしていれば悪い夢から覚めると信じているかのように動かなかった。


 しばらくして風に煽られ火の手が激しくなると、少年はついに動き出した。


 そして少年ーーリアムはかつて家族だったモノを抱き締め、ただただ泣いた。泣き喚く事しか出来なかった。





 こうしてその日、リアムは絶望を知った。






初長編です。よろしくお願いします。


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