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03

「なんで堅気の先輩にこんな協力をお願いするか、心当たりはあるでしょう? 俺、ジョージさんに先輩のこと色々教えてもらったんすよ」

 胡桃澤は灰皿に煙草を押し付けると「へえ、何を?」と言った。その言い方はどこかとぼけるような口調だった。

「先輩の武勇伝」

「何だそりゃ」

「現金輸送車を襲撃して五千万円を強奪したって伝説」

「噂だ。そんなのどこにも証拠がない」

「ええ、そりゃ聞きましたよ。警察も状況証拠から、先輩を疑って色々と取り調べを受けたんでしょう? でも、金はおろか現場には何の証拠も残ってなかった。協力者が複数いる可能性も浮上したらしいけど、それもわからなかったって」

「噂だって」

 胡桃澤は畳に寝転がると、コンポから流れる曲を止め、ラジオに切り替える。

 ちょうど昼のニュースをやっていた。

 四月八日の金曜日、三人の男性が巻き込まれたという爆破テロ事件の内容だった。

 屋台でラーメンを食べていた客二人と、店主が何者かの仕業によって屋台ごと爆破されたという事件だった。使用された爆弾はプラスチック爆弾で、仕掛けられた爆弾の量が少なかったので死に至らなかったものの、三人とも重傷で、ニュースによればまだ退院の目途もたっていないとのことだった。警察が爆弾の残骸を調べたところ、プロの犯行だという説が濃厚だったために、組織的なテロ行為の可能性も含めて、被害者の交友関係などから捜査をしているという。

「まだ犯人は捕まってないんだな」

「……らしいっすね」

「アメリカ同時多発テロの次は、フランスでテロが起きて、今度は平和の国と象徴される日本でもか。そういやこの前、国会中継かなんかでやってたな。本格的に日本でもテロ対策組織ができるとかなんとか」

「先輩詳しいっすね」

「これぐらい常識だろ。お前もニュースぐらい見ろ。この国だってもう安全じゃないんだよ。すでに十年以上前に、警視庁公安部とか地方では警備部機動隊にNBCテロ対応専門部隊が設置されている。世も末だな。いつどこで何が起こるかわからない。人の迷惑も考えずにテロをやる奴もいれば、銀行を襲おうと考えてる奴もいるしな」

 胡桃澤は田中に視線を向ける。

 足が痺れたのか、田中はあぐらをかいていた。

 暗に自分のことを言われて、ばつが悪くなったのか俯いている。

「爆弾テロを仲間にしたらどうだ? 銀行を吹っ飛ばした方が貸金庫の錠を開けるよりも簡単そうだ」

「それじゃ悪党じゃないですか」

「銀行を襲うやつは、だいたい悪党だがな」

「いや……まぁそうなんすけど。誰かが怪我するかもしれないし」

「お前、平和主義な強盗なんて聞いたことないぞ」

「目的はデータだけっすから。何事も目的が大事なんじゃないすかねぇ。そういや、その爆弾テロは犯行声明を残したって話だったでしょ? 奴らは人を殺すのが目的、俺たちはデータを奪うのが目的。人は傷つけない」

「犯行声明……『熟れ過ぎた果実は、転がり落ちる』ってメッセージな」

「そうそう。多分ですけど被害者の三人は、無差別じゃなくて意図的に狙われたんじゃないんすかね?」

「どうだか。わざわざ爆弾を使ったってことは個人的な恨みよりも、社会に恨みがあるとも考えられるしな。『熟れ過ぎた果実』なんて、汚職とマンネリ化した政策をする政治家のことかもしれん。そんなメッセージまで残しているんだ、自分たちがこれだけのことをやったんだ、っていう示威行為が目的なんだろう。俗にいう〝劇場型犯罪〟ってやつだ」

「劇場型犯罪?」

「つまり、自分たちが主人公になって事件を起こし、存在意義を見せるために大衆の関心を独り占めするって感じかな」

 そう言って胡桃澤は灰皿を座卓から引き寄せると、寝ながら煙草をくわえた。

 ラジオからは週間天気予報が流れている。

「先輩……話を逸らそうとしてますか?」

「……何の話だっけ?」

「先輩の武勇伝」

「噂な」

「それが噂にしてはかなりリアルなんすよね」

 頭上から降りかかる田中の言葉を避けるように、胡桃澤は縁側を向いた。

 独り言のように話を続ける。

「ジョージさんの話では、まず手口が巧妙だったのと事件がお蔵入りになった経緯の二つあるんすよ。まずは手口なんですけど、犯人は銀行が委託した民間の警備会社が使う現金輸送車を狙ったそうです。金は一度出回って銀行が回収すると、古い紙幣は現金輸送車によって日銀支店へ運ばれて溶解処理されるんですね。犯人は紙幣番号が記録されたピン札じゃなく、マネーロンダリングの必要がない古札を奪ったということらしいすよ。この事件が起きたのは十年前くらいだったそうですが、この頃は古札を運ぶ現金輸送車には警備がお粗末で、パトカーとかの伴走がなかったんです。たぶん、銀行も処分する金だからって手を抜いたんでしょうけど。それで犯人はそこを狙った」

「なるほどな。たしかにピン札を運んでいる現金輸送車から、運よく金を奪取できたとしても紙幣番号が管理されてるんじゃ使うこともできないしな」

「そうっす。さすが先輩っすね」

「それくらい誰でもわかる」

「しかもこの事件はまだ謎があったんすよ」

 まるで探偵のような口ぶりで熱弁する。

 胡桃澤の反応は気にしていないようだった。

「襲撃されたDTセキュリティって警備会社なんですが、警察の捜査に対してあまり協力的ではなかったという噂があるんです。まあ、仮にも民間とはいえ警備会社ですから、荷物を取られたからって警察に泣き入るのも癪に障るのかもしれませんが……ちょっと不自然だと思いませんか? 実際盗まれたのは五千万って大金ですからね。だから裏の情報では犯人がDTセキュリティの弱みを握っていて、捜査が及ばないように脅していたとか。または職員の共犯だったのかとか色々な説があるんすよ」

 一気に説明したからか、田中は少し咳き込んだ。

 胡桃澤は黙ったまま寝転んでいる。

「そんな先輩なら、力を貸してもらえるんじゃないかって……」

「おいおいおい」

 起き上がった胡桃澤は、ちょっと待てと片手を挙げる。

「今の噂話の犯人は、いつの間にか俺だって関連付けられてないか?」

「いや、だって先輩でしょ?」

「噂だって言ってんだろ」

「お願いします! 先輩!」

「お前、人の話聞いてる?」

「知恵を貸してくれるだけでもいいんで!」

 一向に引き下がろうとはしない。

 たぶん了承するまで帰る気はなさそうだ。

 どう返答すればいいか胡桃澤は考えた。

 炎天下での草刈り作業を終えて帰ってきたばかりなのだ。

 早く風呂に入りたい。

「……協力するってことは、俺にも報酬はあるんだろうな」

「そりゃもちろん。データを盗んだ奴に関してはだいたいの目星がついてんですよ。たぶんロシアン・マフィアの回し者かと思ってます。ロシア人は本土で行動すると目立つんで、工作員として日本人を雇っているんだと思うんすよ。やつらの資金稼ぎは密貿易が主流だから薬にも手を出そうとしてるんでしょう。けど、もともとロシアン・マフィアは荒事よりも金で決着つけることが多いんで、その工作員を突きつけて金を巻き上げようかと」

「そんな大事がお前にできるのかよ」

「証拠さえつかめば、組の方も協力してくれると思うんで、それまでどうにか……」

 畳に突っ伏したままの田中を見て、胡桃澤は溜息が出た。

 ラジオは不愉快で中身のない曲を流していたので、電源を切ることにした。そして畳に着地したままの茶髪頭に言った。

「まあ……貸金庫から奪うのは無理だ。だが、持ち出されたデータを盗むのなら可能だ」


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