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会議

 十二月八日。午前十時。警視庁異能力犯罪対策課。第一会議室――。


 スクリーンの前に佇んでいる青山剛あおやまつよしは黒縁眼鏡をクイっとあげると、口を開いた。


「さて、全員揃ったみたいだな」


「いや、揃ってねーよ」


 長髪の男、木谷智紀きやともきが突っ込みを入れた。彼は青山に一番近い席に座っている。


番場ばんば久留宮くるみやは? あいつら来てねーだろ」


「ああ、あの二人は今、別件で忙しいんだ。合同の班でクラスAの異能力犯罪者を追っているからね」


「クラスA……もしやヒメバチか」


 がっしりとした筋肉質の体型にスキンヘッドの男、安形あがたグレイシスが青山に訊く。


「その通りだ。グレイ」


 ヒメバチとは最近巷を騒がしている殺人犯の事だ。残忍な手口が特徴の犯罪者で、被害者の遺体は腹部を何かの生物に食い破られており、ずたずたになった胃袋の中からはでたらめな日本語と、『ヒメバチ』という文字の書かれたメッセージカードが発見されていた。

 

 被害人数は現時点で三人で、三人とも女子高校生だ。殺し方からして異能力を使ったことは明らかであり、極めて危険なレベルの異能力者だと警察は結論付けた。


「あの二人も大変だねぇ」安形の右隣に座っている相田清人が、顎を撫でながら言う。


 世界の総人口の八割が異能力者である現在の状況からして、能力を使った犯罪は珍しくもなんともなく、日常化している。そのため軽犯罪程度であれば異能力犯罪対策課に属していない警察官でも事件の捜査が可能となっていた。


 そのため、かつては異能力犯罪の全てを取り扱っていた対策課は、今では主に殺人などの重犯罪を取り締まっている。


 そして対策課では、被疑者の危険度に応じて警戒レベルが設定される。

 ヒメバチの警戒レベルであるクラスAは上から二番目の段階を表す。非常に有害な存在であった。


「番場と久留宮は優秀だ。ヒメバチは確かに脅威だが、あの二人に任せておけば早期解決の確立が高まるだろう」


 木谷智紀の右に座っている園木雪そのぎゆきが腕組みをしながら言った。肩まで伸びた黒髪に色白の肌。普段と変わらない無機質な表情と口調は、彼女をクールで真面目な印象に仕立て上げていた。


「それよりも私たちは私たちの仕事をしなければ。こちらの事件も極めて高難易度だ」園木は三白眼の瞳から発せられる視線を青山に向ける。「いや、なったというべきか」


 青山はコクリと頷いた。「そうだ、その通りだ」


 安形が真剣な顔つきになる。「なるほど。その報告というわけだな」


「なんだよお前ら、もう話が何なのか知ってんのか? 俺は知らねーぞ、ついさっきいきなり呼ばれたんだからな」


「それについてはすまないことをした」


 青山は軽く頭を下げた。実は木谷は別の事件を追っていたのだが、その捜査の合間に強引に呼び出したのだ。


「まあいいけどな。そんなに面白い事件じゃなかったし。で、――」木谷は好戦的な笑みを見せる。「俺を呼ぶだけの話なんだよな?」


 青山は瞬きと咳払いをすると、


「結論から言おう。『ブレイン』の手がかりを掴んだ」と言い放った。


 その言葉を聞いて、相田と園木以外の二人の顔に驚きの色が浮かぶ。特に木谷は目を見開いて当惑していた。


「それマジかよ。架空の犯罪組織だぞ」


「そうだ。知っている通り『ブレイン』は異能力者たちで構成される犯罪組織の呼称だが、その存在は眉唾ものだった。だが、今回それを確かめるチャンスが訪れたんだ。そして本当に実在するのだとしたら、これまでの組織に関する情報からして、『ブレイン』は第一級の巨大な犯罪組織ということになる」


 青山は経緯を説明しろと言いたげな木谷の表情を一瞥し、話を続ける。


「まず相田捜査官が担当している事件から話さなければならない。その事件は簡単に言えば制限除去薬を使用した人間が殺人を犯したという事件だった」


 制限除去薬とは、制限薬で異能力に設けられたリミットを無理やり破壊し、能力値の本当の限界を引き出す薬の事だ。いつから世の中に出回るようになったのかは不明だが、二十年前には既に存在していた。


 一種の麻薬のようなもので、使用するのは完全な違法である。また副作用も麻薬と同様にあり、使用した者は例にもれず病院いきとなる。


「この事件は証拠が多く、すぐに解決したんだが、実は被疑者は売人と直接会って薬を買ったことが取り調べで明らかになった。そのため相田捜査官と情報係はこの売人についてと、他に薬を買った人間がいないかの調査を開始した。そして先日、事件の被疑者と親しい仲にある男を制限除去薬使用の罪で逮捕した。相田捜査官が睨んだ通り、この男も同じ売人から薬を買っていたらしい。それどころか、この男は売人のある気になる特徴を覚えていた」


 青山は人差し指を自身の首にあてた。「首元に小さなタトゥーがあったらしい。模様は脳みそのようだったと。『ブレイン』の構成員は脳の模様のタトゥーを入れているという情報がある。噂レベルではあるがな」


「確かめる価値があると?」安形が訊いた。


「僕はそう思っている。あと西島課長もだ。ただ現状、売人についてはその証言だけしか情報がない。つまり――」


「つまり、他にその売人から薬を買った人物を探し、売人を突き止めなければいけない。『ブレイン』の存在の真偽を明らかにするために」園木が青山の言葉を奪った。


 青山は頷く。「売人から薬を買った人間は既に何人か見つけている。だがかなりの数だ。接触するには、相田捜査官とその班員だけでは人員不足だと思ってね。ここに集まってもらった他三人にも手を貸してほしいんだ」


「なるほど、了解した」即答したのは安形だ。


「いいだろう」園木も続く。「ふふっ、昨日話を聞いておいて良かったよ。おかげで一睡もできないほどに興奮できた」


 何が良かったのかよくわからないが、よく見ると園木の目は充血していた。もしかすると『ブレイン』に関する情報や資料を夜通し通覧していたのかもしれない。

 昨日教えるべきではなかったかもな、と青山は思った。


「はあ~、要は足を使って捜査して、売人のタトゥーがただの趣味だったら無駄足ってことか」木谷はあからさまにテンションを下げる。「まあでも課長が乗り気なら、拒否権はないだろうしな。だが俺はそんなに手伝えないぜ。もともとの事件の捜査があるからな」


「ああ、協力ありがとう」青山は笑みを浮かべた。


「しかし――」園木が腕を組みなおす。「気になることが一つあるな」


「何だ?」と青山が訊く。


「『ブレイン』に関する資料に一通り目を通したんだが、これまで構成員に直接接触したという人間から情報を得られることはなかったようだ。それにより、構成員の中には記憶を消去、改ざんする、いわゆる記憶干渉能力者がいるのではという推測が対策課では立てられている。と、するならば今回の売人の情報はおかしくないか? それこそ真っ先に消すべき情報のはずだ」


「万能じゃねーんだろ」木谷が机に足を乗せた。「大体それだったら、いままで奴らの情報が漏れてたのはどう説明するんだよ。たぶん制限とか条件があるんだよ、きっと」


 園木は納得がいかないといった表情で安形の隣の人物に視線を向ける。


「相田、キミが捕まえたという人物……今回の情報をもたらした人物は、何か記憶干渉能力に対する力を持っていたか?」


「いんや」相田は答えた。「あいつはそういった類の力ではないな。自分の体を透明にする能力だ。かといって他に目立ったものはなかった。まして記憶とか脳とか精神に関係しそうなものは」


「そうか、ならば可能性は二つ。私の深読みか、あるいは――」


「罠かもしれないと?」


 青山の発言に、園木は頷いた。


「これまでの情報の流通ルートを明らかにしたほうがいいだろう。どこから来て誰が受け取ったのか。信頼できる情報筋なのか」


「お前はいままでの情報も意図的に流されたものだと思ってるわけだな」安形が言う。「ちょっと考えすぎじゃないか? 罠は今回の情報だけっていう考え方もできるだろ」


「そうだとしてもおかしい。偶然漏れた情報にしては確信的すぎるんだ。我々の持っている情報を把握し、狙って漏らした情報のように思える」


 園木は首に人差し指を当てた。「首元のタトゥーと組織の関連性について。これは一般人には知り得ない事実だ。組織のことさえ公開されていないんだから当然ではあるが。さらに、『警察がその情報を知っている』という情報は警察しか持っていないはずだ。漏れたのか、誰かが漏らしたのか……明らかにするためにも調査は必要だろう」


「おいおい、もしかして場合によってはここの対策課の連中を疑うってのか? まだ罠だと決まったわけでもないのに」木谷が驚きの声を上げる。


「罠かどうかをはっきりさせるために調べるんだ」


「ふざけてるぞ、それ。大体、罠だとしたら何が目的なんだよ」


「真意はわからないが。推測でいうのなら、戦力を削ぐためだろうな。今この部屋に四人の班長が集められている。そして一つの事件に大部分の班員が関わることになる」


「戦力を削いで、それから?」


「さあ?」


「は?」


「わからん。何か計画しているだろうが。さっき言ったように真意はわからん」


「てめっ、わかんねーのに、仲間を疑えってのか?」


「だから疑えということだ」


「わかった」青山が白熱してきた二人のやり取りに割って入った。「園木の考えも頭に入れておこう。よく考えた後、情報漏洩の調査については慎重に行う。捜査員に不快感を与えない範囲でな。これでいいか」


「異論はない」


 園木は瞼を閉じた。木谷も浮かした腰を椅子に戻す。


 やれやれといった表情で青山は、机の上のリモコンを捜査して、スクリーン上に地図のようなものを投影させた。


「たとえ罠だとしても僕たちが捜査することに変わりはない。それにまだ組織の存在が確定したわけじゃない。さてと、スクリーンの地図を見てくれ」


 青山は手に持ったリモコンをさらに操作した。すると地図上に黄色い点がいくつも表示された。全体的にまんべんなく散らばっている。


「この点は薬を買った人間、または買ったであろう人間が住んでいる場所だ。次に……」


 地図に多数の赤い点が追加表示される。


「これが薬の売買に使われた、あるいは使われるであろう場所だ。路地裏や倉庫など人目につかない所だ。キミらにはこの黄色い点で薬を買った人間を捕まえてもらい、赤い点への警戒をしてもらう。赤い点への張り込みは情報係が行う。そして売買の現場を情報係が発見したらキミらの出番だ」


「オーケーいつものパターンね」相田が両手を頭の後ろで組んだ。


「エリアをA~Gの七つに分けた。担当エリアは、園木班がAとB、安形班がCとD、相田班がEとF、木谷班がGだ」青山は全員の顔を見渡す。「何かあるか?」


 少しの静寂のあと、彼は机に置いてあった書類の束を持ち上げた。


「ないのなら、今から資料を渡す。目を通しておいてくれ。あとうすうす気づいているかもしれないが今回の作戦指揮は僕だ。よろしく」


「ま、そうだろーな」木谷が呟いた。


「では、解散とする。じゃあ、みんながんばろう」


 おー、とは誰も言わず、席に座っていた者たちは、資料を受け取った後、会議室を出て行った。

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