無能力者?
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未確認生命体との接触から現在まで
今から五十年前。ある一体の宇宙人の来訪によって、地球人は変化した。宇宙人は自身の宇宙船に取り付けられたスキャン装置を使って、全人類のデータを取り込み、その膨大なデータに何かしらの変更を加えた。
そして、変更したデータを全人類にインプットさせた。
一か月後、人類に変化が訪れる。異能力者の出現だ。最初はテレポート、次にサイコキネシス、次にプレコグニション。能力の種類は段々と増えていき、多岐にわたった。やがて異能力者の割合は全人類の約四割にのぼった。
結果、引き起こされた事態は、世界的な犯罪率の増加だった。
宇宙人は一応米国政府が捕縛したらしいが、どこにいるかは、(少なくとも一般人には)不明だ。また、能力を無効化することは不可能らしい。これは米国政府が発表した。おそらく宇宙人から聞き出したのだろう。
事態を重く見た各国政府は、団結して一つの決定を下した。それは能力の抑圧化だった。
能力を安全なレベル。安全と思われる段階まで引き下げる計画が実行された。
僅か一年で能力の最大値を引き下げる、つまりリミッターを設ける制限薬が完成した。この制限薬を接種させる義務が異能力者だけでなく、全人類に課せられた。潜在的な能力を危惧した結果だ。
そうして四十数年が経過。異能力の発現は遺伝するものであったが、制限薬の接種率はほぼ九割に近づき、人類に発現した異能力は抑圧されていった。
現在。人類における異能力者の割合は約八割。だが犯罪率の増加はここ二十年停滞している。制限薬の効果が発揮されているのだ。
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「――というか、もう能力持っていることが当たり前すぎてみんな飽きちゃったんだと思うけどねー」頬杖をつきながら岡崎丈男は言った。
「どういうこと?」水島玲は首を傾げつつ訊く。
「んーつまりこういうことだよ。能力発現黎明期はさ、やっぱ異能力者って珍しかったんだよ。だからさ、その力を見せつけるためにみんな悪いことに使ったんだよ」
「え? なんで悪いことに使うの?」
「そんなの注目されたいからに決まってるじゃん」岡崎は自信満々に言った。
「へ、へえー、それで?」
「でも能力発現が遺伝するってことが分かって、爆発的に異能力者が増えたでしょ。だからこう物珍しさが無くなって能力を悪いことに使う気力がなくなっちゃたんだよ。つまり制限薬云々はあんまり関係ないってわけ」
「そ、そうかなぁ」
「そうだよ」
なんだかトンデモ理論のような気がするが、一理ある気もする。現に今開いている本にもそういった理由で異能力を使い、犯罪を犯したという事例が少しだけ載っているからだ。
水島は苦笑いした。
「確かにそれもあるかもしれないけど。それだけじゃないと思うよ。みんながみんなタケみたいな考えじゃないだろうし。それにやっぱり制限薬は大きく関係してると思うな」
「そうかぁ? ほとんどこの理由だと思ってるんだけど」
「極端なんだね。それでレポート書く気?」
「おうよ」
岡崎は決まってるだろといわんばかりのニュアンスで答えた。
水島と岡崎は放課後に人気のない図書室に来ていた。現代社会の授業で突然出された『異能力者の犯罪率増加が留まった理由』についてのレポートを書け、という課題に挑むために、資料をあさりに来たのだ。
「そういうお前はどうなんだ? やっぱり制限薬との関連で書くの? つまんなくね?」
岡崎は水島を指さした。ジトっとした目が水島の瞳を映す。
面白いか面白くないかで決めるあたり、彼らしいな、と水島は思った。
「僕は、そうだな、制限薬と――」水島は考えるそぶりを見せる。「対策課について書くかも」
「対策課? って……ああ異能力犯罪対策課のことね」
『異能力犯罪対策課』とはその名の通り異能力が関係する犯罪を専門に取り扱う、警察に設置された部署だ。
できたのは四十年くらい前だろうか。異能力者の犯罪が表面化し始めて数年経ってからの開設だったらしい。遅すぎるという不満が多くでたんだとか。
「でもさ、あれ最近はちゃんと機能してんのかね。なんか今では無能の集まりとかネットで言われてんじゃん」岡崎は腕組をした。
「噂でしょ。それ。それにたとえそうだとしてもそういう取り締まる人たちがいるのは効果あると思うんだよね。だってそれこそ能力の抑圧に繋がるでしょ。個人的には薬よりも強力だと思うんだ」
「なるほど、そういうことね。特にお前はそう思うのかもな」
「あ、気づいた?」
「当たり前だ」
水島は幼いころ異能力者の犯罪に巻き込まれたことがある。
幼稚園児の時、誘拐されたのだ。その時、助けてくれたのが異能力犯罪対策課の人間だった、というわけだ。岡崎は昔からの友人のため、そのことを知っていた。
「まあそういうわけで僕は対策課と制限薬で書くよ。分量は八対三ぐらいかな」
「ほとんど対策課じゃん。制限薬はおまけかよ」
「だって面白くないでしょ」
水島は本を閉じて立ち上がり、腕時計を見た。「ん、もうこんな時間か」
針は午後四時五十分を指し示していた。
「僕もう帰るけどタケはどうする?」
「あ、そっか図書室五時までか」
岡崎は、うーんと唸ってから答えた。
「部活行くわ。めんどくさいけど」
「わかった」
水島は本を手に取り、図書委員に貸し出しを申請する。その後、二人は図書室を出て校門まで歩いて行った。
「じゃあまた明日」
うん、と水島が返すと岡崎は歩いて部室に向かっていった。
「帰ろっと」
水島は学校を出ようとした。
しかしそこに五人の男が現れる。いずれも水島と同じ高校の制服を着ていた。黒髪だったり金髪だったり茶髪だったりと非常にカラフルな髪色が目に入ってくる。見た目からしていかにもといった感じだった。
関わらない方がいいな、と水島は足早に校門を離れようとした。が、男の一人が水島の名前を呼ぶ。
「ミズシマちゃーん。ミズシマ……アキラでいいのかなこれ」
細身で長身の金髪男は何かの紙を見ながら言っていた。
水島は無視しようと思ったが、目の前にその男が立ちはだかる。
「無視すんなよー水島ちゃーん」
水島は男の顔を見上げた。「な、何か用ですか……?」
「うん、ちょっとね。すぐ終わるから」
「な、なら早くしてください……」
「あのさ、最近水島ちゃん告白されたでしょ」
「え……」
水島の頭に嫌な思い出が蘇ってきた。
確かあれは先週の金曜日。下校途中のことだ。岡崎が用事があるとか何とかで、水島は一人で帰っていた。
いきなりだった。太り気味な体型にTシャツ、ジーパン、おかっぱ頭の男が進行方向に現れ、突然言ったのだ。「デュフフフゥ、付き合ってください」と。
水島は一瞬自分に言われているとは思わず、後ろを見た。だが誰もいない。
水島は自分を指さす。男はうんうんと頷く。
「……いや、僕男だし……」
男は呆気にとられた顔を見せた。すると丁度よく岡崎が走ってやってきた。
「待たせてごめーん」
それを見た男は体型のわりに素早い動きで走り去っていった。
「あれ誰? 知り合い?」
「いや……」
という出来事を水島は思い出し、その気持ち悪さに身震いをした。
「そいつ俺の弟なんだわ」
水島は金髪男の言葉に目を丸くする。
「とりあえず謝っとくわ。すまん。キミのこと男だと知らなかったみたいで」
「ああ、いや……」
気分が悪い。早く帰りたい。水島は俯いた。
「いやーでも」金髪男は水島の顔を覗き込んできた。「かわいい顔してんな。こりゃ女と見間違うわ。いや制服みて気づけって話なんだけど」
「も、もういいですか……?」か細い声で水島は言った。
「ああいや、実は話には続きがあって、弟に制服からして男だろそれっていったら、それでもいいって言ったんだよね」
「……っ!」
背筋がゾゾーとした。どうしよう、本格的に気持ち悪くなってきた。
「俺もそういうのは差別なく尊重してあげたいと思うんだわ。だからあいつと付き合ってくんね?」
そんなの嫌に決まっている。というかこの兄弟は何なんだ。考え方が腐っているとしか思えない。
なんだか頭も痛くなってきた。断って早く帰ろう。
「えっと、ごめ……」
「まあ無理やりにっていう話じゃないんだけどさ。ちょっと俺の右手を見て」
水島は視線を金髪男の右手に移した。
そこには堅く握られた右拳があった。しかもただの拳じゃない。皮膚が硬質化している。まるで小さな岩石のようだ。
「断った場合に俺がこれをどうするかなんて想像しなくていいよ。正直な気持ちを答えてほしい」
力づくで……。
「……あ、あの……」
断れ。断るんだ。そう思いながらも岩石と化した拳を何度も見てしまった。
「腹から声だそう」
金髪男の催促におどおどしていると、
「ちょっと邪魔なんだけど。何やってんの?」という女の声が聞こえた。校門の外側にいたのは水島と同じ高校の制服を着崩した女だった。釣り目で茶髪のロング。手を制服のポケットに突っ込んでいる。
「邪魔じゃないだろ。そこ通ってけよ」金髪男は右拳を女に見せながら言う。
「邪魔よ。存在が」女は悠然と言い放った。
金髪男は明らかな怒りの表情を見せて、右拳をもう一度見せつける。
「おいお前、もう一度言ってみろ」
「存在が邪魔」
食い気味に女は吐き捨てた。
「てめぇ!」
「お前ら何やってる!」
校舎の方から男の体育教師の声が飛んできた。
金髪男は舌打ちすると、仲間たちに目配せした。そして彼らは足早に学校を立ち去っていった。
「覚えてろよ、とか言わないんだ。つまんないの」
女は彼らの後ろ姿を見ながら笑みを浮かべていた。
「あ、ありがとう」水島は反射的に礼を言う。
「なんでお礼するの。あたし何もしてなくね?」
「だって、助けようとしてくれたから」
「別に……目障りだっただけだよ。てかあんたも、迷惑してんなら能力使ってあいつら追っ払えばよかったのに」
「それは……」
「何? もしかしてそういうのに使えない弱っちいのだったりすんの?」
「……うん。そんなとこかな」
「そっか、残念だな。……げ、体育の松山来やがった」
じゃあ、と女は学校内に入っていこうとした。
「あ、待って、名前は?」
「名前? あたしの?」
水島はコクコクと頷く。
「八瀬晴夏よ、じゃあね」
「うん」
彼女の背中を見据えながら水島はポツリ「かっこいいなあ」と呟いた。その後、ため息をついた。
情けない。女の子に助けられるなんて。それに意味のない嘘をついた。
本当は異能力なんて持っていないのに。
「……やっぱり、タケのこと待ってよっと」