プロローグ
✿人物紹介
綾咲さくら 主人公
23歳。会津出身の新米看護師。幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられた。特技は剣道。大人しい性格だが、気が強い。
綾咲薫
72歳。さくらの父方の祖父。元高校の歴史教諭で、剣道部の顧問をしていた。退職後は自宅の道場で剣道を教えている。普段は優しいが、剣道のこととなると厳しい。さくらにとっては育ての親であり、一番の理解者。
綾咲ナツ
68歳。さくらの父方の祖母。天真爛漫でいつも明るい。料理が上手。
琴乃
さくらの先祖であり、薫の曾祖母にあたる。容姿は髪の色以外さくらによく似ている。新選組と深い関わりをもつ女性。さくらを幕末にタイムスリップさせた張本人。
土方歳三
新選組副長。端整な顔立ちをしており、いわゆるイケメン。鬼の副長として恐れられているが、不器用な性格で素は優しい。
20××年3月9日。
ようやく雪解けがはじまったばかりの会津では、時折吹き抜ける風がまだ冷たい。それでもこの日は、間もなく訪れる春を思わせるような、暖かい陽気に、雲一つない空が広がっていた。
そして私は今、祖父母と共に両親の墓前に手を合わせていた。今日は父と母の13回忌なのだ。
「…………。」
「早いもんだなぁ。あれからもう13年かぁ。」
静かに手を合わせ続ける私の横で、薫じぃが呟いた。
「―――うん。ねぇ、薫じぃ、ナツばぁ。今まで、ありがとう。」
「さくら、急にどうしたんだぁ?」
2人に振り返って唐突にそう告げる私を見て、薫じぃもナツばぁも目を見開いている。
「だって、お父さんたちが亡くなってから、私を育ててくれたのは薫じぃとナツばぁだったじゃない? それに、今年やっと看護師になれたのも、じぃとばぁのおかげだから……。」
「なぁんだ、何だか照れくさくってしゃあねぇな。そういう事は嫁さ行く時にしてくれ。」
「そうだよぉ。」
突然の私の言葉に、2人ともなんとなく顔を逸らしている。
「あははは、嫁って……。そうだね。じゃあ、これからもよろしくってことで!」
「だから、そういうのはくすぐってぐって敵わねぇなぁ。」
『……っ、はははは!』
この会話に何だか可笑しくなってしまい、3人で笑い合った。
13年前の今日、私の10歳の誕生日に、両親は飛行機事故で亡くなった。2人とも優秀な医師で、世界中を飛び回っていた。忙しい両親と過ごせる時間は多くはなかったけれど、いつもたくさんの愛情をそそいでくれたし、何より私は両親を尊敬していた。同じ医療の道を志したのも、両親への憧れからだった。
両親が亡くなった後、私は会津に住む祖父母に引き取られ、高校を卒業するまでこの会津で育った。双子の妹のすみれは、東京にいる父の弟夫婦に引き取られて別々に育った。祖父母は双子である私たちを引き離すことには反対で、私たち姉妹を一緒に引き取りたかったらしいけど、叔父夫婦にはずっと子供ができなかったこととか、大人の事情とかいろいろあってそうなったみたい。妹のすみれとはずっと疎遠で、もう何年も連絡はとっていないから、彼女が今どうしているのかは残念ながらわからない。
現在の私はといえば、東京の大学を卒業して、そのまま東京の病院で看護師をしている。いつもは忙しくて、お盆も正月も帰って来られないけど、今回はたまたま纏まった休みが取れた。不思議なことに……。でも、両親の命日に合わせて帰省できたのは、本当にありがたい。
「さぁて、そろそろ帰っぺな。3月ったって、会津はまだまだ寒ぃからな。体が冷え切っちまう。家さ行って、酒でも呑むべ。」
「そうだね。じぃ、今日は私も付き合うよ!」
「そしたらうんと旨いもんつくってやっぺねぇ。」
「うわぁ!ナツばぁの料理久しぶりだ~。楽しみ!」
夕飯の話で盛り上がりながら、私たち3人は綾咲家の墓前を後にする。
立ち去る前に私はもう一度振り返って、
「お父さん、お母さん、またね。」
そう小さな声でつぶやいた。
「さくらー、行くぞー。」
「はーい。」
少し先を歩く薫じぃに呼ばれ、慌てて2人の後を追おうとしたとき、今までとはどこか違う、生暖かい風が私の髪を揺らした。
「……お願い。」
「…っ!」
今のは、何?
女の人の声が聞こえた気がするけど。
「助けて。…あの人を、助けて。」
「……え?」
気のせいではない。今度ははっきり聞こえた。
思い切って後ろを振り返ってみたけど、誰もいない。人の気配もない。
やっぱり気のせいかな?
そう思って再び立ち去ろうとすると、背後でカタンッと何かが落ちたような音がした。
「ん?」
音がした場所を見れば、微かに光るようなものが落ちている。
手に取ってみると、それは梅のような赤い花の飾りが施された、銀の簪。
「きれい……。でも、どこから?」
周りや上を見回しても、やはり人の気配も、物が落ちてくるような場所も見当たらない。
「さくら~!何してんだぁ~?先行っちまうがんなー。」
「ごめ~ん!今行くー!」
待ちきれずにだいぶ先の方まで行ってしまったじぃが声を張り上げている。
いろいろと疑問が残るものの、私は仕方なく拾った簪を手にしたまま家へ帰ってきてしまった。
この梅の簪が、私の運命を大きく変えてしまうとも知らずに――――。