絡みつく過去 sideリン
嫌われたのかと思ったけど、湯たんぽの仕事はうまくやれたらしい。
魔王様のご機嫌は良さそうだった。
数日して、魔王様がお出かけになるという。
「兎とは離れたくないが、致し方ない。あたたかくして寝るのだぞ。歯は磨いたほうがいい。ご飯はたくさん食べろ」
兎というのは、どうやら私のことらしい。
湯たんぽなのでは?
指摘する間もなく、さっさと行ってしまった。
おかげで私は邪魔されることなく、メイドの仕事に専念できた。
はじめての買い物まで任される。
宿屋のおかみさんに会ってもいいかなー、サボりになっちゃうかなぁと考えていた時、その気配は現れた。
重苦しく、私に絡みつく、懐かしい、気配。
「うまくやったな」
カラスの姿をしたそれは言った。
「魔王の元に潜り込むとは」
否定したかった。
でも言葉は、喉の奥でぎゅうっと押しつぶされる。
「これを」
カラスは嘴から、丸い薬を落とした。
反射で受け取ってしまう。
「成功を祈る」
カラスは羽ばたく。
「私は・・・」
私は勇者じゃ、ありません。
言葉は心に落ちて、
私は。
結局、どこにも行けないのだと悟った。
その日の夕方に、魔王様はお帰りになった。
私はすぐに呼ばれた。
持っていた薬を、ティーカップに注いだお茶に溶かす。
「お帰りなさい」
普段通りにしようとしたけど、魔王様にはすぐに気づかれてしまった。
「嫌なにおいがするな」
身体が強張る。
何とかティーカップを差し出した。
飲んでくれないかもしれない。
私が先に飲んで、美味しいって言って、魔王様に飲んでもらって。
そこまで考えていたのに、魔王様はすぐに飲んでくれた。
しかも褒めてくれた。
魔王様は、いつも褒めてくれる。
ここに来て、はじめて褒められた。
掃除しても洗濯しても、褒められたことなんてなかったのに。
魔王様も先輩も、上手だねって言ってくれた。
それはくすぐったいんだけど、じんわりとあたたかくて、力が湧いてくるみたいだった。
魔王様の声と顔と、かけてもらった言葉と、この気持ち。
忘れないでいこう。
淹れたお茶を一気に飲む。
喉がすぐに熱くなって、生臭いものが逆流して、呼吸ができなくなった。
美味しいなんて、言えなかったじゃない。
最後まで自分の甘さに笑えてしまう。
こんな私が勇者になんてなれるわけない。
「リン!」
魔王様が名前を呼んでくれたみたいだ。
死ぬのに、なんだか幸せだった。
・・・私、勇者になれなくて、よかった。




