御前が?
今日は土曜日。部員が八人になって浮かれている場合ではない。次はまた近くにテストが待ち受けているからだ。あー、だるいだるい。死にてぇー……なんて言ってたら次のテストも死ぬぞ。
この前のテストは赤点ギリギリ到達しなくてよかったけど、次はどうなることやら。
「勉強軽くすっか」
ベッドであぐらをかいて、頭をかいてると急に着信音が鳴り響いた。
ビクッとびっくりしちまった。机の上でケータイが音を鳴らして俺を呼んでる。はいはい、行きます行きますよー。
ケータイを開くと、だてみち先輩からだった。
「嫌な予感しかしねーな、おい」
件名に「我、貴方を求めて」って書いてることからして明日なんかあるな、と推測はできる。気持ち悪い先輩をもって俺は恥ずかしいよ。
メールを開いた。
――やぁやぁ、僕はジョン! 君は一体誰だーい??
――僕はハリー! 君のお友達さ!
ノリに乗る俺は神か。普通の人ならスルーするぜ。
――じゃあハリー、明日部活としてカラオケ行くぞぉー?
――なんで疑問形なんだい、ジョン。僕は君にドン引きだよ。
――いつもの例の場所で待つ。時刻は午前十二時零分零二秒だ。
――ジョンどこいったの! 最後の方、呪詛みたいだから!
――敬語使え。常識知れ、常識。
この前、美音に思ったことそのまま返されて、心読まれてるかと思ったよ。なんて先輩だってな。
――わかりました。例の場所ですね、了解です。
――僕はジョン! ハリーと例の皆で午前十時零分零二秒に例の場所で待つんだ!
この文は完全スルーしてやった。俺の対応は間違っていないはずだ。たぶん。
「お兄ちゃーん? 部屋入っていい~?」
扉の前で声が聞こえた。妹の明梨だ。超絶ブラコンになりそうになっている危ない妹だ。
何故か妹の顔は覚えづらい。ほら、よくあるだろう? この芸人の顔覚えにくいなぁってさ。わかるやつにはわかるはずだ。
「いいぞ」
「オジャマシマース」
「あれ? おまえってそんな顔だっけ」
「いつもと変わらないよー。まぁ、頭にリボンつけてるけどねー」
頭と顔面関係ねー、とは言わないでおこう。リボンつけて雰囲気は変わるだろうけどな。黄色いリボンに赤っぽい髪の毛にポニーテール。うむ、まぁ悪くない。目が俺と似てる部分が嫌なだけかな。
「で、何かようか?」
「あたしね? そのー……あのね?」
おーおーおー? やばいやばい顔真っ赤にしてもじもじしてるぞ? ブラコンになりかけてるな、やっぱり。とりあえず空気が悪いな。お兄ちゃんにブラコン娘で部屋に二人きりで薄暗く静かな感じは……マズイな。
「おっと、飯の時間だな。はやく行こーぜ」
「あっ! ちょっとお兄ちゃん!」
俺が部屋から出ようとすると俺の服の裾を掴んできた。 ヤバイって! ヤバイってば!!
「ねぇ……あたしの事どう思う?」
「俺の実妹」
「じゃなくてっ! あたしのこの格好どう思うかってこと!」
一回転する明梨。いや……ごめん。普通だわ。けど、ここは可愛いって言うべき?
「可愛いんじゃねぇか? はやく飯食おうぜ」
顔を真っ赤にしてスカートの裾をもっている。俺ははやく立ち去っておいた。
よし、完璧だ。完全にブラコンだと証明できた。
俺は悪化させてるんだよな、この病気を。
翌日、早く起きて例の場所へと十時に行った。
例の場所とは、普通に近くの街の曲がり角だ。朝早くはないからかサラリーマンの姿はほとんどない。日曜だから逆に親子連れが多いように思える。彼氏彼女の連中も多く不良っぽい男らやモテない男ども、オシャレな女たちなど実に様々だ。
俺が五分前についた時には皆は揃っていなく、白土先輩だけ。
「あれ? 早いっすね先輩」
「松坂くんか、残念だわ」
「え? 何それ……」
「気にすることはないわ。そういう日もあるって事よ」
完全意味不明だ。これが白土先輩だ。意味深な台詞を吐く静かな人。
いつでも小説を握って……ほら、今も。
「何読んでんすか」
「愛」
「へ、へぇ……」
苦笑いしか出てこないっすよ! 愛って言われてどうも答えれんわ!
そんな感じの話をしてると、次々と面子が揃い、全員が揃ったとき(峯坂除き)、カラオケに向かった。
三分程度、歩いたところで店の前に看板が建てられた「ドンカラ」までやってきた。
ドンカラの店を外から見ると派手な店だと思われがちだ。いろんな光る物体がピカピカと光って、夜になるととっても目立つんだよねーこれが。しかし、中に入るとあらビックリ! めっちゃ地味じゃねぇか。外では人を引き寄せるのに中に入ると出て行きたくなる店だ。けど値段は結構お手頃価格。全国人気カラオケ店十位と中々の成績持ちでもある。
とりあえず店員の前にいって色々と……ん?
氏名を書く欄があって縦にいっぱいそれが並んでいる。その横には住所や電話番号、責任者名、機種など様々あるが上から三段目に書かれている名……それが、
峯坂徹輔――、だった
「すいません、先輩。書いて先行っててください」
「うん? まぁ、わかった」
「何かあったのか」
だいきちが妙に怖い面持ちで問うてくる。
「なんでもない」
俺は勝手に店の奥に進んだ。
峯坂……だと。あいつがここにいる。そう、いるんだ。入店時刻が九時四十五分だった。間違いない、まだいる。
部屋番号が207号室。二階に上がり手前から七部屋目。
俺は部屋の前で立ち止まる。音はない。歌い終えたばかりなのか。周りからは少ない客の声と音がちょい聞こえてくるぐらい。
俺は意を決して扉を開ける。
電気がついていなく歌った形跡もない部屋だった。画面には商品の広告がされているだけ。
テーブルにはパソコンとジュースの入ったコップ、何冊も重ねられた本たち。
ソファにはこちらを見据える美顔の女性。いや、黒髪で腰より下まで伸びているが女性ではない。男だ。
服はロングポロシャツの上にジャケットとオシャレっ気のない服装だった。
俺は聞きたい質問が山ほどあった。けど、最初に聞くのはやはり、
「おまえが……峯坂なのか?」
「俺の名前を軽々しく呼ぶな」
間違いない。峯坂だ。
「君はいったい何なんだ。見知らぬ人に扉を開けられて、名を呼ばれて、非常に迷惑だ」
言うことはだいきちにどこか似ている。
パソコンの画面を覗くと、どこか驚いた素振りを見せた。
「君の仲間か? 伊達とは仲良しなんだろう? だいきちも連れてまぁ、合コンでもする気か」
俺のことを知らないはずなのに、よく知っている。どこで情報を得たんだ。
「峯坂、俺は来遊部の松阪だ」
「あぁ、知ってる。とりあえずあいつらとは関わりたくない。帰らせてもらう。せっかくのフリータイムを無駄にするのはあれだがな」
「学校に来い」
峯坂はパソコンや本を鞄に入れると立ち上がった。階段近くでだてみち先輩の声が聞こえてきた。
「失礼する。あいつらに元気でいると伝えておけ」
黒帽子を深くかぶり、髪をたなびかせて俺の横を通り過ぎた。
歩いてくるだてみち先輩の横を通ると、先輩の顔色が変わった。
「……み、峯坂……!?」
その声は聞こえていないのか、振り返らず背を向けたまま階段を下りていった。
「どうかしたの? そうくん」
「い、いや……なにも」
「あれ? 井盛くんは?」
「ほんとだ、いないな」
峯坂が階段を下り終え、会計を済ませた。外を出ようとしたとき、横に大吉が扉に寄りかかっていた。
「峯坂」
峯坂は足を止める。
「伊達先輩には挨拶したのか」
「あいつに交わす言葉なんてない」
「こんなとこに来て何をしていた。学校もいい加減こい」
「よく俺に気づいたな。俺とお前に接点は少ないはずだ」
「過去のトラウマから逃げ続けるな」
峯坂は横を向き、怒りの表情を見せている。
「お前に何がわかる」
大吉は眼鏡を少し上げる。
「君の思う以上にだ」
峯坂は少し笑い、店から完全に出た。
大吉はその背を見えなくなるまで目を離さなかった。
峯坂初登場回でしたね。短い登場に残念でしょう。いずれ出てきますよ、僕が思うがままに。
次も会えたら会いましょう