普通に本気だった
俺はある事情を抱えて部室へと向かった。普通なら帰ってもいいのにね、俺はそこんところいい人だよな。
部室の扉を開けるとそこには美波だけが部屋にいて、俺の椅子に座って今日の宿題(?)をやっていた。
「おい、そこ俺の席なんだけど」
椅子には誰の椅子かわかるように目印をそれぞれつけている。俺の椅子の上には家に帰る時に、俺の名が書かれたどうでもいい紙片を置いている。
「座るとこないんだもん。我慢して」
あるよ。完全に。我慢しろとはなんだ、この野郎。
この部屋の中心に位置する縦長テーブルの周りに十の椅子が配置されている。俺の椅子は入って右手にある手前の椅子である。ちなみに、この部屋にはホワイトボードや三人掛けソファまでもが置かれている。こんないい部屋がほかの部に取られなかったのは疑問だが、いずれわかることだろう。
そんなことより椅子と領地を奪還しなければならない。後々厄介になりそうだ。このモデルさんはクラスで二位の成績を持ちながら、こういうところでは馬鹿なんだろう。こういうのいるよな、勉強できて美人だけど常識知らねーやつ。正直めんどくさいよ。
「この部屋には、十脚の椅子とソファがある。しかも、その椅子の上には俺の椅子とわかるように紙を置いといた。先輩らの席があったにしても六ヶ所領地があるのに、そこを座らないのはおかしいと思うんですが?」
「ここがいいんだもん。我慢して」
「俺にどんだけ我慢させたいんだ! とりあえず今日は部活ないから伝えに来た。明日から自分の席座れよ」
「え。マジで? 無駄足だったっての~?」
俺の方が無駄足だぞこりゃ。
今日はだいきちはゲームのイベントで休み、だてみち先輩は家庭内会議で休み、白土先輩は小説大量購入日らしく休み、峯坂は言うまでもない。
それをだてみち先輩から伝えられて、部室に先に行ってしまった美波に伝えといてほしいと頼まれ来たのだが……こんな光景を見ることになろうとは思わなかった。
「鍵閉めっから早く出ろ」
「わかってるよ」
とか言いつつ動き出さない美波。宿題のプリントに目を向けたままだ。完全舐めてるね、俺のこと。
「先帰っとくからな。鍵閉めて、職員室もってけよ」
「……で、出るよ!!」
実に簡単な女である分マシだけど。
帰り道、何故か途中まで道が同じだそうだ。何故かっていうのはおかしいか。
学校を出てまっすぐ進み、三つ目の角を左に曲がったあとに橋を渡るとさらに直進。それから二つ目の角を左に曲がってちょっとすると俺の家がある。徒歩で三十分程度の距離。美波は橋を渡り終えるところまで一緒なんだとか。
夕焼けに染まる空を見上げて橋を渡り始めた。ふと下を覗くと川が流れている。実に透き通った川だ、太陽に反射されて魚がキラキラと俺の目に入ってくる。
さっきから無言で帰り道を歩いているが……俺はまだ気を遣っているほうだろう。美波の歩く遅さに合わせているのだ。実にしんどい。そんな気を遣っている俺の横でアスファルトに目を向けたままの美波はこれまた不思議な光景だ。そういや、こいつ身長小っさいな。俺の肩をちょい上ぐらいの身長とは……女だからか。何考えてんの俺?横を車が行き来していて、それでいて車の数は少ない。夏の兆しだろうか、最近妙に暑く感じてくる。春の気分からもそろそろ脱出しなきゃな。服は明日から長袖シャツ一枚で十分だろう。そんなことまでも考えていると、突然話しかけられた。
「ねぇ」
「なんだ?」
「あんたの名前なんて言うの」
あんた椅子の上の紙どこやったの!見てないの!?知らずに座ってたの!?それはある意味凄いんだけど!
ちゃんと名前あれに書いてるよ?しかも平仮名でさ。「まつさかそうすけ」って丁寧にさ!
「……なんで知らないんすか?」
「だって初対面じゃん」
同じクラスだよ!バリバリ隣に座ってるよ!しかも教室で喋ったよ!どんな脳してんの?凄い脳してるね!
――とまぁ、そんなことは言えずに丁寧に教えよう
「松阪蒼介。よろしくな」
「あー、今日喋った人ね。思い出した思い出したー」
本当に今思い出したみたいに柏手をうちやがって……俺ってそんなに存在感ないのかな……少しずつ泣けてくるよ。
「あたしは、美波明音。こちらこそよろしくね」
顔は良くても中身が終わってる奴に惚れてた俺は馬鹿かもしれない。人の顔を忘れてしまうぐらい薄い印象の顔だったかもしれないけどさ、一度見たら普通ちょっとは覚えるでしょ。それよりこいつに聞きたいことがあったんだっけ。
「お前さ、なんでこの部活に入ったの? モデルとかで忙しいんじゃなかったのかよ」
昨日からずっとずっと抱えてた疑問だ。
オタクやイケメンや小説マニアや引きこもりがいる何も目指さない部活の来遊部にモデルさんが入ってくるなんてやっぱりおかしいだろ。
「それは……」
足を止めて戸惑う美波。橋はちょうど渡り終えている。そこまで凄い理由……なのか?
俺は答えを待ち続けた。日は徐々に俺の視界から消えていく。緊張感もピークに達した頃。
「……楽しそう……だから?」
意外にも普通だった。普通すぎて驚いてしまったよ。
「そ……そうか」
ある意味安心できた。何か企んでたりするんじゃないかと思った。美波の目は真っ直ぐに純粋でもあったから、嘘ではないんだろう。
「じゃあ、もう帰るね」
「おう。明日な」
美波は右方面へ走って帰っていく。モデルの仕事でもあるんだろう。
今日も普通そうで普通じゃない日を過ごしたな。こういうのも悪くない。これが俺の求める平和だからな。
「やっべ! 来週テストだったっ!」
俺は勉強を求めて走って家へと帰った。
これを見ているということは無事に二話も終えたということですな。部活がなくなるってのは何かもの足りない気もしてくるんですが……(現実の話)もう受験の年になってしまったんですね……受験を終えれば楽園気分になるんでしょうね。八月には部の引退ですから、嫌々やり続けてきた部活への価値観も少しずつ高まってきました。そんなこんなで! 次回会えることを期待しています。