あんな奴は彼氏じゃないっ!!
日曜の午前10時。
一週間で最も重要な曜日の最中、私は駅前の公園で人を待っていた。
「……もうっ、なんでこんなに遅いのよ!」
その人と言うのは最近付き合い始めた彼氏のことだ。
二人できちんと決めた最初の記念すべきデートなのに、初っぱなから遅刻をかますとはいい度胸だ。
私はこの日の為にデートプランや着て行く服を考えて……それに、今日を結構楽しみにしていたのに……。
なのに、
「なんで遅刻するのよあのバカは――っ」
どこに脳味噌ついてんのよっ。それとも何?予定した時間を忘れてるとか?もしそうなら……殺す。
「あ、いた」
私が頭の中で思いを巡らせていると、知った声が聞こえた。
「もうっ。遅い遅い遅いっ!遅刻よ遅刻っ。これは許されないんだからねっ?!」
「ごめんって。ね?お昼奢るから」
この軽そうな中性的な顔の持ち主は直巳奏耶。顔は女の子みたいなクセして謝ればいいみたいな考えを持つ男だ。
「そんなのは当たり前でしょっ。元からそのつもりよ」
本当は割勘のつもりだったけど、言い出したら止まらない。
「……いや、そうだけどさ。でもあれだよ?実際それって、男女平等を棚に上げて、男は甲斐性が必要だろうという勝手な価値観だよね」
「だからなに?」
私は奏耶を睨む。
「……え、いや…ごめん」
私なんでこんなすぐ謝る奴のこと好きになったのか。
「……ふん。ほら、さっさと行くわよ。時間が押してるんだから」
私はそう言って歩き出す。
彼、奏耶は私が歩き出すとすぐ後ろから付いて来た。
どうせロクに準備なんかしてないんだから。私がしっかりしないとすぐ調子に乗るんだから。
「でもあれだな。君とデートなんて、すごく嬉しいよ」
いきなりそんなことを言ってくる奏耶。
「……な、なによ。そんなの相手が私なんだから、当たり前じゃないっ」
いきなりの発言に私は照れて顔も見ないで言い返してしまった。
「そうだよね。当たり前だよね。それに、そうやってツンとしてるとこもかわいいから好き」
「――なっ」
こんな風に天然で自然と恥ずかし気もなく言うのは反則だと思う。
だって、どう反応すればいいかわからなくなるじゃない。
「ははっ」
彼は楽しそうに無邪気に笑う。
そんなに私が困っている姿を見るのが楽しいのか。
私はぶつけどころのない怒りが込み上げた。
「ほ、ほらっ。ちゃっちゃと歩くっ。今日は名一杯遊ぶんだからね。こんな道端で駄弁って時間潰すなんてありえないんだからっ」
「はいはい」
彼は子供をあやすように笑って流す。
私は赤くなっているだろう顔を見せないように早歩きで足を動かした。
最初に入ったのは小物やアクセサリーなど置いてあるアンティークショップ。
ここは私が気に入って週に一度は必ず訪れている場所だ。
「いい所だね」
「でしょ?ここは私のお気に入りの見せなんだから」
私と奏耶は中を見回る。
数珠やシュシュ、イヤリングなど数ある店内を歩いてゆく。
「あ、これなんか似合いそうじゃない?」
奏耶が紫の妖しくラメが光るミサンガを手に取り私に見せる。
「うーん……もう少し落ち着いた感じのないかな?」
私はどれかって言うと、青とか緑とかの色の方が好きだ。
「じゃあこれは?」
次に手に取ったを見せる。
それは青緑のような、混じった色合いのミサンガだった。
確かに、青とか緑が好きって言ったよ?でも混ぜることはないんじゃ……。
「……えっと、パスかな…?」
「えー。似合うと思ったんだけどな…」
どうしてこんな汚い色が私に似合うと思ったのか、私は奏耶の感性を疑う。
「次行こ?」
そろっといい時間なので店を変えようと思った。
「あ、ごめん。トイレ行って来るから外で待ってて」
奏耶はそう言って出る寸前で店の中に引き返した。
「……なによ…もう」
私は数分ばかり待たされることとなった。
それからはオシャレで安価な商品が並ぶファッションセンター、お昼には奏耶の奢りでのレストランでランチ、そして映画やゲーセンetc.
時間内で行ける所は行った。
気付いたらもう辺りは夕暮れで薄暗くなっていた。
最後に二人のベストプレイスである丘へ向かった。
「……ここに来たのはいつぶりなんだろうね」
奏耶が言う。
私も思っていた。最後に訪れたのは2ヶ月も前だった気がする。
「あのさ」
私は口を動かす。
「うん」
「私は楽しかった。奏耶は?」
僕?と首を傾げる奏耶。
「もちろん楽しかったよ。君と一緒で楽しくなかったことは一度もないよ」
微笑むように笑う奏耶は無邪気で、どうしてか、とても綺麗に見えた。
「……じゃあさ」
私は息を整える。
「私との事って……
ただの遊びなのかな?
それとも……」
「……それとも?」
私はその先を言えない。
「奏耶はさ、少しいい加減なとこもあるけど、いい奴だよ。顔は中性的だけどかっこいいと思える時もあるし、自然と素直な気持ちを言えるのもすごいと思う」
言葉の羅列をクッションにして私は言葉を、伝えたいことを口にする。
「だけど……だけど、
奏耶は私の彼氏じゃないよね。
……ただの遊び相手に過ぎないんだよ」
私は言った。
奏耶の顔は陰り、さっきまでの笑みが曇る。
「私は奏耶が好き。だけど、それはどこに向かっているのかな……私は、どうしたらいいかわかんないんだ……。」
私は直巳奏耶という人と付き合ってわかった。
私は恋に恋してただけなんじゃないかって。私は奏耶を必要していないんじゃないかって。私は――
「私は奏耶の何?」
きっと奏耶はこんな私のことなどその内離れて行くだろう。
私のことなんて……――
「え」
私は瞬間に奏耶の腕の中にいた。
「……いいんだ…。もう、いいんだ……」
奏耶は私に語りかける。
「君はもう……独りで怯えなくていいんだ。僕がいる。君には……華恋には僕がいるから」
名前を呼ばれた。私の名前を。
そして何故だか私は頬を濡らしていた。
目から零れた生暖かい雫で。
幾つも、幾つも……
「だから外の世界に怯えなくていいんだ。華恋には僕がいる。華恋には僕がついているんだから」
奏耶が喋る度に水の粒が零れるのが止まらない。
「……あ、あ、……そ、うや……」
「何?華恋」
私の名前。彼に呼ばれた私の名前は、私の心を濡らした。その明るい暖かさで。
「……私、独りじゃ…ない?」「うん」「……奏耶がいてくれる?」「うん」「ずっと?」「うん、ずっと」「……嬉しい」
私は奏耶と一緒にいるのが何よりも嬉しい。
「やっぱり華恋はその笑顔が一番いいや」
奏耶のその一言で私が笑っていることを実感した。
「……でも」
私は――奏耶の、
奏耶の一番になれない
そんなの杞憂なのはわかってる
だけど……それでも――
「奏耶は私の一番大切で、大事な人だよ」
私は奏耶と一緒で楽しい。
私は奏耶と一緒にいて心が温もる。
私は奏耶と一緒がいい。
私は奏耶と一緒だと怯えが薄まる。
私は奏耶と――
奏耶に会えて、よかった……
「……だから」
「ん?」
奏耶は首を傾げる。
「大好きだよ、奏耶」
――そう言って私は奏耶の唇に自分の唇を重ねた。
奏耶が私の彼氏でよかった。
でも、彼氏じゃやだ。
こんな、こんなに想える相手が彼氏で収まるはずがない。
だから私は――……




