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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第二部 アルトネア制圧戦
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動き出す策士たち


 ライグたちが兄妹による奇襲を乗り切った、翌日。

 遠く離れたコルチャーク山脈でも、世界を震撼させる大事の予兆が見えはじめてしていた。

 はらはらと雪が降りしきる中、リューリクの峠道を行く連合軍。長蛇となり縦列に進行する兵士たちの顔には、一様に不安と緊張が広がっている。

(……そろそろ、動きがあってもおかしくない、かな)

 コルチャーク山脈に入ってから、今日で三日目。あと二日も歩けば山道を抜け、アルトネア国土全域を繋ぐ大雪原へと踏み入ることになる。

 侵攻を開始してからというものの、パラディオはあることがずっと気がかりでならなかった。

(三日月隊は、上手くやっているだろうか。そろそろ連絡してほしい頃なんだけど……)

 気が急いているパラディオは、懐からある道具を取り出した。

 魔方陣が描かれた特殊なタペストリー……枢機卿の部下たちが伝達に使う魔道具だ。

 パラディオたちはそれを“ラグルス(Lagurus)”と呼ぶ。ラグルスは特殊な魔法加工を施した糸で編み込まれており、図面の一部が別のラグルスへ繋がる仕組みになっていて、遠く離れた相手にも映像や音声を届けることができる仕組みになっている。

 皇国を中心に広まった色彩魔術や治癒魔法は、フレーザー一族の時魔導より歴史は浅いものの、使い方次第では時魔導に匹敵する利便性を有す。現に、色彩魔導師であるトロギルも、枢機卿の支援の元例の地図を完成させており、これらの魔術改革は皇国の大きな発展と戦力増強へと繋がった。

 皇国は、確実に進歩している。かつて最強と謳われた帝国にも肉迫している。

 この戦いで力を見せつけ、時代が変わったことを証明しなければならない。

(だからこそ、僕らに失敗は許されない。ナスカ、アル・シラ、そしてピトン伍長たち……健闘を祈るよ)

 パラディオは、特に反応のない白いラグルスを見つめ、深く息をついた。

「あまり不安がるな。じろじろ見たところで、何も起こらんさ。向こうが簡単にはラグルスを扱える状況にないってことは、お前もわかってるだろ」

 パラディオが思念を送り込むようにラグルスを見ていた様を、隣の馬に乗ったトロギルが嗜めた。皇国の温暖な気候に慣れた色彩魔導師は、寒中遠征が心底こたえるようで、いつにも増して穏やかでない顔つきだ。

 パラディオは素直に頷いてラグルスをしまい、今度はトロギルが両手で広げている地図を覗き込む。

 地図に映されているのは、コルチャーク山脈を中心とした国境際の地図だ。今はトロギルが魔力を注いでいるので、色とりどりの光の点が地図上に灯っており、各地に散らばる陣営の位置と動きを示している。

 パラディオはまじまじと地図を眺め、フレーザー一族を示す赤い点を探した。連合軍とおぼしき光の大軍の中には、ガルアと共に皇国についたオリンダ大尉たちの反応がちらほら見受けられたが、山脈周辺に他のフレーザー一族の反応は見られない。

「まぁ、特に変わりないように見えるけど」

 パラディオは曖昧な言葉を呟いた。トロギルも、同感を込めて頷く。

 彼らは、しばし沈黙に揺られた。

 やがて、どちらからともなく目を合わせると、他の者には聞こえない小声でやり取りをする。

「敵方も長く沈黙を守っているが……俺の予想では、明日の日没後だ。このままのペースを維持して行軍すれば、たぶん、その頃に“襲撃”がくるんじゃないか?」

「奇遇だね。僕もそう思っていたところだよ」

「“作戦”を知る者の数は多くない。連合軍内で、一種の混乱が発生する可能性もある。そのあたりの対応、ちゃんと考えてあるんだろうな?」

 パラディオは目を瞑り、嘆くように言う。「そりゃもう、散々に頭を悩ませたよ。この戦いで、僕らがなにを信じ、なにを選び、なにを成すか……それは、世界の命運を左右するといっても過言じゃない。だからこそ、枢機卿と僕たちは常に最善の道を考えて——」

 パラディオは、ふと言葉を止める。

「世界の命運、最善の道……か。まるで、どこぞの参謀副長みたいな言い草だ。趨勢に口出しするようになるとは、僕も随分と戦争に染まったらしい」

「時代が時代だ。いやでも考えることだ」大柄な魔術師は尤もらしい台詞を返し、少しの間口を引き結ぶ。

「……なぁ、お前。この戦いが終わったら、ちょっとばかし旅に出てみちゃどうだ?」

 藪から棒に、とはこのことだ。

 パラディオは、思わぬ提案に目を丸くする。

「俺が言うのもなんだがな。お前は、若いながら立派に枢機卿の右腕を果たしてるよ。さらに経験を積んで知識を蓄えたなら、素晴らしい宰相になるんじゃないかと思ってる」

「おいおい、やめてくれよ。少しばかり口は回るけど、僕は政治家なんて器じゃない。辺鄙な島からやってきた、ちょっと妙な能力を持つ男。その程度の認識で問題ないよ」

 パラディオは、少しだけ焦燥を感じていた。

 自分自身の正体すらわかっていないのに、己の能力に得も言われぬ恐れと迷いを抱えながら生きているのに、国を動かす座に就くなんて——。

「だからこそ、旅に出て、自分の目で世界を見て、世の中と自分自身のことを知れって言ってるんだよ」

 色彩魔導師は語気を強めた。「お前は少し卑屈というか、狭い世界に囚われている気がする。世界にはな、お前も仰天するようなやつらがたくさんいるんだ。そういうやつらを見ていたら、きっと自分が何者かはさほど大事じゃないと思えるし、自分が“なにをやりたいか”の方が重要だって気づくだろう。猊下の元で働くようになって、俺もそう思うようになったからな」

 腕組みしたトロギルは、説教臭く語り聞かせた。

 普段は無愛想に小言を垂れてばかりの男だが、色彩魔術史に残る魔地図完成の偉功を成した魔術師として、彼はときにパラディオたちが思いもよらない教示を与えることもある。

「なんなら、ナスカも一緒につれてけよ」

 地図を広げる男は、声だけは面白そうに言う。

「あいつも、そろそろ枢機卿離れして大人になるべきだ。国王も猊下もそれなりにお歳だし、いつまでご健在かわからねぇからな。若手にはしっかりしてもらいたいんだ。お前らが諸国見聞に繰り出すってんなら、俺は喜んで送り出してやるぜ」

「まったく、君は。皇国の行く末を案じる気持ちはわかるけど、縁起でもないことを言うなよ。それに、今後の話はこの戦争を乗り越えてから……だろ」

 パラディオは苦笑いで応じた。

 嫌な気分はしなかった。むしろトロギルの発言には感じ入るものがあったが、今はまだ未来の自分を問うだけの覚悟も余裕もない。

「君の提案は素直にありがたいよ。僕はこれまで、周囲や枢機卿の期待に沿う働きができるようにってことだけを考えて行動していた。これから先どうしたいかってことは、実はよく考えてなかったから」

 もし、本当に旅に出ることができたとして。

 あの赤毛の少女が共にいてくれるなら、どれだけ楽しく、心強いだろうか。

 そんな思いを馳せ、パラディオは少し切なくなる。

「必ず生きて帰らなきゃね。未来と皇国の平和を守るためにも」




 アルトネア軍部でも、慌ただしい動きが見られた。

 迫る連合軍を迎撃するため、山麓に軍団が駆り集められつつあった。

 軍団の指揮に当たるのは、かの参謀、リマ・ガルアだ。

「世紀の決戦前夜、ってやつかな。この張り詰めた空気、僕は嫌いじゃないね」

 呑気にそんなことを呟きながら、青年は立ち並ぶ兵士たちの顔を眺め回す。ガルアの世話を押し付けられたアルトネアの軍人、ブローマン将軍は、怪訝な表情で幕僚の背を見守った。

(こんな、戦争を遊びみたいに語る若造に、私たちの命運を託していいのだろうか? 皇帝の命とはいえ、あまりにもふざけている……)

 ブローマンの反感はある意味仕方なく、ガルアのまるで焦燥も責任も感じられない態度に、兵士たちは密かに不安を煽られていた。

(アルトネア軍は、兵を広域に展開し威圧するだけでいい、戦う必要はないという話だが。まさか、掩襲役の帝国軍だけで、全てに片をつけるつもりなのか? そんなに簡単にいくものだろうか)

 恰幅の良い壮年の男は頭を悩ませたが、ガルアは涼しい顔で山脈や雪原を眺めているだけだ。気を揉むのも馬鹿らしくなってきた。

「ブローマン殿。そろそろ日が落ちるようだ。雪原と日の入りの組み合わせは、幻想的でなかなかすばらしいよ」

 ガルアは楽しげに言った。どうでも良い報告に将軍は苛々しつつ、形だけは律儀に返す。

「お気に召して頂けたのなら、国民としても嬉しいですよ。凍土も捨てたものじゃないでしょう?」

「全くだ。こんな美しい夕日は久しぶりに見た。ところで……」ガルアはくるりと振り返る。「アルトネアの観光の名所と言えばどこかな?」

 ブローマンは、面食らって妙な奇声を上げそうになった。

 こんなときになにを、と罵りを込めて非難したくなったが、大人としての矜持と参謀に対する畏敬でなんとか抑え込む。

「……確か、ハルゲニー山脈の山麓に、温泉が涌くことで有名な街が。雪が舞う銀世界を眺めながら、月明かりの元で体を温めることができるので、神秘の地だと謳われています」

「温泉か! 悪くないね。日頃、階段だらけの都で不便な暮らしをしている老人にはぴったりだ」

 ガルアは妙なことを口走り、催促するように将軍を見つめた。「で、その街の名前は?」

「スニートです」ブローマンはうんざりした顔で答えた。

 ガルアはうんうんと頷き、何か面白いことを企てる少年のようににやりとする。意図がわからないブローマンは微かにたじろいだが、ガルアは気にするでもなく颯爽と歩き去っていった。

「……本当に、なんなんだ、あの男は。何を考えているんだ?」

 面倒な難役を押し付けられた、とブローマンは途方に暮れる。

 しかし、着実に連合軍との折衝は近づいているのだ。今更引くわけにもいかないし、我々はあの参謀を信じて従うしかない。

(神よ。どうか、我が祖国をお守りください)

 大戦を目前に控えた将軍は、天に切実な祈りを捧げた。




「今宵の三日月は、一段と優美に見える」

 参謀長スレイマンは、手にしたグラスを傾けワインを一口啜る。

「ようやっとここまで来たな。やれやれ……老人に雪山はこたえるわい」

 彼はそう言って、自身が拠点とする大型テントの中を見回した。

 垂れ幕の一部を開放し、月が鑑賞できるように座を設え、戦前の一人宴といったところか。その晩は降雪もなく、寒空に浮かぶ三日月が鮮明に近く見え、夜宴にはもってこいの環境だった。

 スレイマンたちが密かに陣を張るのは、側方の山頂部——つまり、リューリクの峠道を見下ろせる絶好の場所である。

(恐らく、やつらがここを通るのは明日の正午過ぎになるだろう。そのとき、長年の邪魔者であった枢機卿を、ついに捕らえることができる……)

 掩襲を企てる帝国軍とアルトネアは、リューリク峠を決戦の場に選んだ。

 山道ゆえに陣形を組むことが難しく、なおかつ高所から狙い撃ちにされる環境とあれば、連合軍に壊滅的な被害を及ぼせるだろうと考えたためだ。

 そして、目論見通り、ガルアに誘導された枢機卿はリューリクの峠道を進軍してきた。

 帝国参謀部がガルアと共にあることを知らない連合軍は、現在のこのこと峠越えに臨んでいる。そこを、山頂に身を潜めたスレイマンたちが速やかに突く——というわけだ。

 いよいよ明日、作戦が敢行される。

 長年待ち望んだ、皇国の希望を握り潰す瞬間が、目前まで迫っている。

 スレイマンは、笑みが漏れるのを抑えられなかった。まんまとガルアに騙され参謀長に討たれる枢機卿を、惨めなものだと静かに嘲笑った。

 帝国こそが、世界最強の国家。

 帝国参謀部こそが、世界一優れた策士の居城だ。

 彼はそう慢心し、長々と充足の息をついた。

「……ガルアには、特別な褒美を与えてやらねばな」

 この作戦を現実に移せたのは、あの豪胆かつ聡明な若者のおかげだと言ってもいい。ガルアが枢機卿を上手く誘導し、帝国とアルトネアとの架け橋になってくれたため、作戦の舞台を整えることができた。

 帝国参謀部史上、類を見ないほど多大な貢献だ。参謀長も、それは理解していた。

 実際スレイマンは、次期参謀長にはガルアを推挙するつもりでいた。知性も家柄も申し分なく、スレイマンをも上回る悪魔的な頭脳を秘めている彼であれば、枢機卿が潰えた皇国など容易く崩壊に追い込んでくれるだろう。

(全くもって将来が恐ろしい男だ。老いぼれはさっさと隠居し、悠々自適な生活を楽しみながら、次代を見守るとしよう)

 そんなことを考えながら優雅に酒を楽しむ老人の元へ、さくさくと雪を踏む音が近づいてきた。

 取り巻きの者たちが即座に対応し、接近してきた相手とやり取りを交わす。スレイマンは、その様子をちらりと横目で窺った。

 周辺哨戒に出ていたとおぼしき軍人は、辺りに異常はない旨を報告すると、またしても速やかに去っていった。帽子を目深に被り顔は殆んど見えなかったが、下士官の一人だろう。特に気に留める必要はない、定時連絡だと判断した。

 スレイマンは再び月に目を戻し、残っていた酒を全て喉へ流し込む。銀世界と夜空を前に飲む酒は、冷たく、それでいて美味だ。

 明日、長きに渡る三国戦争に決着がつく瞬間に、(おの)が眼に焼きつくのは、凄惨な戦場だろうか、栄えある勝利だろうか。

 年甲斐もなく血潮がたぎるほど、明日の襲撃が楽しみでならない。

 


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