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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第二部 アルトネア制圧戦
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教会の死闘②


 ゴーグランドの決死の突撃により、教会に風穴が開く様を目の当たりにしたイグアスたちは、成す術もなく立ち尽くす。

 イグアスはヨアンを睨み付け、吐き捨てた。

「クソが!汚ねぇ真似しやがって」

 プラトナに跨がるアンナが、割れた窓から内部へするりと侵入していくのが見えた。しかし、ヨアンがじりじりと圧をかけながら攻撃する機会を窺っている状況では、イグアスは教会に戻ろうにも戻れなかった。

 教会に侵入したアンナのことは、教会の仲間に委ねるしかなさそうだ。

 ヨアンは顔色一つ変えずに応答する。

「はじめは、俺一人で片をつけるつもりだった。しかし、お前らへの襲撃を開始する直前にアンナから知らせを受け、二人で奇襲する作戦へと切り替えたわけだ」

 妹のアンナはヨアンと一緒にフォルトへ来たわけではなく、つい先ほど援護としてやって来たというわけか。

 ティリンスたちにとっては最悪だが、ヨアンにとってはまさに光明だったろう。

「奇襲は百歩譲って許してやる。よく考えたもんだよ。だが、てめぇ、自分の相方に玉砕前提の命令を下しやがって。胸くそ悪い」

 イグアスは、ヨアンがゴーグランドに酷な仕事をさせたことにも憤っているようだ。

 ヨアンは一瞬表情を陰らせたように見えたが、すぐにいつもの鉄面皮に戻る。

「お前らには関係ない。それより、そんなにべらべら喋っていていいのか? 俺に構わず、背を向けて教会へ逃げたっていいんだぞ」

 嫌味な言い草だ。背を向ければ、すぐにヨアンに仕留められてしまうことはわかっている。

 イグアスはもどかしそうにしたが、不安で冷や汗をかくティリンスにちらりと目を向け、囁きよりも小さな、ニグミ族以外には聞こえないほどの小声で言った。

「……ティリンス。もしここで、お前がヨアンと戦ったとして、勝算はありそうか?」

 ティリンスは、うっと息を詰めた。

 残念なことに、まるで勝ち目を感じなかった。

 もし、ファンブリーナでナスカと戦ったときのような狂乱状態になれば、なんとか対抗できるかもしれない。

 しかし、あのときみたいに自我を手放してしまうのは、とても恐ろしかった。よしんばヨアンを倒せたとして、暴走した自分が他の味方に襲いかからないとも限らない。

 そんな惨劇は、とても想像したくなかった。

 ティリンスが押し黙っていると、イグアスは青年の葛藤を予想していたみたいに、小さく頭を振った。

「聞くまでもなかったか。やっぱり、向こうの援護に行くべきはお前だな」

「でも、君は……」

「他人の心配より自分の心配をしろ」イグアスは、ヨアンがそろそろ動くと見て口早に言う。

「あたしは一人で戦ってきた人間で、お前は他者と協力してきた人間だ。それは、雪山で戦ったときから感じてた。だから、あたしが一人でヨアンの相手をする。お前は、仲間と一緒にアンナを追い返す。その方が連携も上手くいくはずだ。わかったな?」

 ティリンスはイグアスの言葉を噛み締め、不覚にもじわりと涙が滲みそうになる。

「……絶対に、死なないでくれ」

 ティリンスは掠れ声でそう返し、じりじりとイグアスから距離を離し始めた。

 イグアスは、ティリンスには見えないように、微かに頬を弛めた。

「一人で戦うのが性に合うんだよ。だから、気にせず行っちまいな」

 ティリンスが後退し始めたのを受け、ヨアンはぎろりと青年をねめつける。

 一呼吸つき、ヨアンは目にも止まらぬ速さで針を投げつけた。

 標的は、ティリンスだ。

 きっと、できるだけ教会に戻らせたくないのだろう。イグアスはもちろん、ティリンスのことも殺す気でいるのだ。

 しかし、いくら暗殺の手練れであろうと――そう簡単に誇り高き戦闘民族を凌駕することはできない。

 ヨアンが放った凶針は、悉くイグアスによって叩き落とされた。

 ティリンスへの攻撃を抑えるため、イグアスがヨアンに体ごと向かっていく。

「あたしの仲間は、誰も殺らせねぇよ!」

 ティリンスは迷いを振り切り、姉貴分に背を向けて教会へと向かって疾駆した。

 遠ざかる彼の足音を聞きながら、イグアスは不敵な笑みを浮かべた。

 ここからが――“黒い悪魔”と謳われるニグミ族の真骨頂だぞ、と。




 ステンドグラス越しに、色とりどりの神秘的な月影が教会内部に差し込んでいる。

 その閑雅な情景は、突然の衝撃と轟音により、あっけなく打ち砕かれた。

「ッ…――!?」

 側廊の支柱の影に身を潜めていたライグは、予想だにしない大音響に喫驚する。

 何事かと思い、彼は少しだけ顔を動かして音源を探った。

 ライグは、飛散する破片の中、ステンドグラスが嵌め込まれた大きな窓を突き破り内部に侵入したと思われる大型の獣の姿を見つけ、息を飲む。

 灰色のサバーカは、窓に突撃したときに受けたダメージからか、ふらふらと蛇行するように内部を飛び、やがて力尽き床に落下した。多少、ガラスでも身を切っているようだ。命懸けの突撃だったと思われる。

 ライグが、突如現れたサバーカの行動に戸惑っている間に、割れた窓から、羽音を響かせ新たなサバーカが侵入してきた。

 こちらのサバーカは、蒼毛でやや小型だ。二匹目の登場に面食らいつつも、目をこらし背中に小柄な少女を乗せていることを見てとった。

 ――もしや、ヨアンの妹で、蒼髪を持つというアンナだろうか。

 二人の姿を直接見たわけではなかったので確証はないし、アンナの登場は全く予期していなかった。しかし、不測の事態というのはどこでも起こりうる。警戒するに越したことはない。

 ライグや他の仲間たちは、それぞれの持ち場でじっと息を潜めていた。慮外の出来事にも関わらず、慌てたり声を上げたりした者がいなかったのは幸いだ。

 ライグは、辺りに満ちた緊張を感じながら、アンナとその従獣がどう出るかを見張る。

 まだ十五にもならないであろう小柄な少女は、歳に似合わぬしかめ面で周囲を見回した。床に降りた彼女は、散乱したガラス片をぱきぱきと踏みつつ、しばらく内陣や身廊をうろうろする。

 周囲に動く気配がないとわかると、アンナはしびれを切らしたように吼えた。

「無駄な足掻きはよしな、ウラジーミル! あんたがここに身を潜めてるのはわかってるんだよ。それに、プラトナは他の人間の臭いも感知してる。あんたを入れて、ここには四人いるね。その程度なら、こいつの鼻で探し出せるし、全員炙り出して殺してやってもいいんだよ」

 物騒な言葉を連ね、彼女は懐から短刀と、吹き矢らしき筒を取り出した。

「一発でも当てれば、毒でお陀仏さ。仲間を無駄死にさせたくないんだったら、大人しく投降しなよ。そしたら、他のやつらには手を出さないでやろう」

 暗殺者らしい脅し文句に、ライグの背をピリリとした緊張が駆けた。

 この程度の脅迫でウラジーミルが簡単に身柄を差し出すとは思わないし、そうであってほしくないが、あの王子のことだ。多少は、葛藤を覚えるかもしれない。

 仲間を危険に巻き込んでまで、アンナやヨアンから逃げ続ける意味があるのか――と。

 そうなっては、判断に鈍りが現れてしまうだろう。この状況においては望ましくないことだった。

 ライグは、アンナに一番近いのは自分だとわかっていた。自分が真っ先に動くべきだと感じた。

 しかし、ライグが柄に手をかけたのと同時に、場違いに剽軽な声が静寂を破る。

「よお、アンナ。久しぶりだな! まさか、俺の顔を忘れちゃいねぇよな、え?」

 ライグが隠れる反対の側廊の影から姿を晒したのは、バフラだ。

 アンナは、ふいに現れたバフラに寸刻驚いたが、彼の存在は予想していたらしく、すぐに真顔に戻った。

 彼女は、平然と近づいてくる叔父に短刀を向け、警戒をあらわにする。

「止まりな。あんたもいるらしいとは聞いてたけど、本当にのこのこ姿を見せるなんて。どうせまたなにか悪巧みしてるんだろ?」

「かわいくねぇ育ち方したな、アンナ。叔父さんにはもっと敬意を払うべきだろ?」

 バフラは嫌味たらしく笑ったが、アンナは隙を見せず、バフラと周囲を窺っている。どうやら、バフラが気を引いている隙に別の仲間が襲いかかってくるかもしれないと考えているようだ。

 そんなアンナをよそに、ライグは苛立ちと当惑で頭が破裂しそうだった。

 これは、ライグたちが計画したことではない。臨機応変に戦うしかないという結論に至ったとはいえ、この状況はどういうわけだ?

 バフラは信用できないというのは、常々感じていた。迂闊には動けない。今の段階では、ライグは黙って事の顛末を見守るしかない。

 案の定、バフラは手揉みしながらアンナにじわじわと近づき、ライグが聞きたくなかった言葉を投げかけた。

「俺は、以前から王家を抜けて好き勝手やっちゃいるが、お前らには直接の危害を加えたことはねぇ。グロザーも、それをわかって今まで放置してる」小男は、金歯を光らせてにんまりとする。「もし、ウラジーミルを捕らえる手助けをしたら、この場は見逃してくれねぇか?」

 やはり、この男は!

 ライグは、仲間を売って保身を図ろうとするバフラに、どうしようもない怒りを覚えた。

 アンナも、思いがけない申し出に目を瞬く。バフラの言っていることは、つまり裏切りにも等しいわけで、それをこんなにもあっさりやってしまう叔父に呆れたのだろう。

「……信頼できないけど、あんたが実際にウラジーミルを捕らえてくれるってんなら、考えてやるよ。さっさとやってくれ」

 アンナの鷹揚な承諾に、ライグは心底焦った。

(ウラジーミルには、バレンシアが《時外流隠蔽》を施している。だから、アンナもサバーカも、ウラジーミルの気配や臭いを追うことは不可能だ。しかし……)

 バフラはウラジーミルがどこに潜んでいるのか知っている。もしかしたら、この事態を見てウラジーミルは移動したかもしれないが、《時外流隠蔽》で隠れていると知られては、わざわざ姿を隠した意味も半減してしまう。

 それに、《時外流隠蔽》も万能ではないのだ。確かに魔術により“この時間軸には存在しない”ことになって姿や存在を認知できなくなるが、物にぶつかったりすれば、物だけが動く。つまり、人の姿はないのに不自然に足跡がついたり、ガラスを踏みしめた音が響いたりする。アンナや訓練されたサバーカであれば、ウラジーミルが立てる物音だけで粗方の所在はつかまれてしまいそうだ。

 最悪なことは、他にもある。

《時外流隠蔽》を煩わしく思ったバフラやアンナが、術者であるバレンシアを攻撃するかもしれない、という可能性だ。

「話が早くて助かるね。それなら、早速仕事に移ろうか」

 バフラはへらへらと手を振り、動き始めた。

(これ以上の様子見は、無理だ。バフラが事態を撹拌させた以上、俺も行動を起こさねば。これ以上黙っていても、不利になるだけだ……!)

 そう思い至ったライグが、剣を抜き放とうとした――その瞬間。

「ウラジーミルは、ここにはいない。裏手の墓地に身を潜めてる。お前らがくる前まではここにいたから、匂いが残ってるだろうが」

 バフラの台詞に、ライグは耳を疑った。

 小男は立ち止まり、わざとらしく声を落としてアンナを呼び寄せた。アンナも、しぶしぶながら移動を開始する。

「確かに、今はいないみたいだね。プラトナも、近くにはウラジーミル自身の匂いはしないと言ってる。あんたの言ってることが正しければ……」

 アンナは最後まで言わず、あとは自分の目で確かめると言わんばかりに肩を竦めた。

 ライグは、握り締めた剣の柄をそっと離した。

 ひやひやさせないでくれ、と胸中でぼやきながら、どうやらバフラはアンナを罠にかけるつもりだと見て、ひとまず胸を撫で下ろす。

 しかし、問題はここからだ。アンナを外に連れ出し、バフラはどうするつもりなのか。やはり、俺も隙を見てアンナを襲うべきだろうか。

 アンナは、バフラについていきながらも不審げに何度も辺りを見回している。ライグたちの気配は感じているのだろうが、こちらの出方が読めないのだろう。

 ライグは、このまま何事もなく自分がじっとしていたら、むしろ、バフラの行動が罠だと思われる要因になるのではないかということに気づいた。他の仲間が誰もバフラを咎めなければ、バフラが演技をしてアンナを誘導している、と怪しまれる可能性は増す。

 それも考えて、小男はわざと仲間から疑われるように突拍子もない行動に出たのだろうか。

 疑念は尽きないが、ともかく、行動に出るときだろう。

「――待て」

 ライグは、できるだけ怒りを感じているように、低く宣告した。

 そのまま柱の影から歩み出て、アンナの前に堂々と姿を晒す。

 アンナが吹き矢を構え、プラトナが威嚇の唸りを上げた。ライグは、もし向こうが攻撃してきたとき、飛び退いて長椅子に隠れられる程度の位置で歩を止め、ぎらりとバフラを睨み付けた。

「貴様、一体全体どういうつもりだ? まさか、ここにきて裏切るのか」

「……裏切る? 俺は、はじめからあんたの仲間だったつもりはねぇけどな」

 嘲る調子で返されると、いよいよバフラの真意が不鮮明になった。

 俺たちを助けようとしているのか、それとも本当にアンナに与しているのか。そろそろはっきりしてほしい。

 嫌な汗で、握り締めた拳が湿る。

「仲間割れってやつかい? それにしちゃ、案外冷静なんだね、あんたたち」

 アンナも、ライグのなんともいえない胸中を読み取ったのか、いまいち状況をつかみかねているようだ。しかし、アンナも不信に揺れているなら、それはそれで油断を誘える。

 軍人による中途半端な演技は、むしろ良い意味でアンナを惑わせていた。

 最終告知もかね、ライグは重々しく告げる。

「そろそろいいだろう。己の意志をはっきり示してくれ、バフラ。俺は、とうに戦う準備はできて――」

 彼の言葉は、最後まで続かなかった。

 アンナの傍らに控えていたプラトナが、ふいに頭を身廊の先、教会の入口に構える大きな扉に向け、激しく吠えたてたからだ。

 外から、何かがくる。

 ライグ、バフラ、アンナの三人は、瞬時にそれを感知した。

 各々の緊張が極限まで高まったとき――外部からの圧力を受け、厚い木扉が軋んで弾けた。

 正しく言えば、何者かに蹴破られたのだ。

 なにが現れるか、ライグは息を詰めて目を見張る。

「みんな、無事か!!」

 謎の気配に固まっていた三人の予想とはまるで違う、悲痛なほど切羽詰まった声が反響した。

 扉を粉砕して現れたのは、ライグたちの仲間の一人――ティリンスだ。



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