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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第一部 ファンブリーナ奪還任務
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第3章〈刺客〉

 前回に引き続き虫注意。

 背筋を冷たい汗が伝う。

 ライグは緊張と戦慄から生じる手汗をゆっくり拭うと、迫り来る人ならざるものたちを凝視した。それらは重なり合うように密着した群れをなし、ライグたちめがけてその長い八本の脚を器用に使い這ってくる。直視に耐えないおぞましさだが、目を逸らせば自分の精神が恐怖に飲まれやしないかと不安に思ったので、ライグはその光景から目を逸らさずにいた。

 ライグは微かに震える声でガルアに尋ねる。

「何か打開策はあるんですか?」

「もう作業に入っているところだ」

 ガルアは努めて冷静に答えながら、目の前で手のひらを重ねてライグに向け小さく何か言った。そして確かめるようにライグをしげしげと眺めたあと、ざわつく兵士たちの方を振り返り声を張り上げた。

「バレンシア、エルチェ、今すぐに《時障壁》をはれ! 死にたくない者はその中で大人しくしろ!」

 《時障壁》とは、時間の流れを圧縮し膜のように広げることで結界を作る防衛魔術だ。フレーザー一族においては貴重な防御用の術で、役に立つ分難易度が高い、と聞いている。

 やや後方からエルチェの返事があった。そして暫くして、さらに後方の人混みの中から細い手が掲げられた。屈強な男たちの中にあっては女のバレンシアはあまりに小さいので、手を上げることで存在と承諾を示そうとしたらしい。ガルアはその意図を察したようで、くるりとライグを振り返ると彼の肩に手をかけた。

「一つ確認したい。君はあの気色悪い蜘蛛の群れに飛び込む勇気があるかい?」

 ライグは片眉を吊り上げ問い返した。

「死ねということですか?」

「違う」

 ガルアはこんな状況にもかかわらず、からかうような笑みを浮かべながら言った。

「君の勇気と剣の腕を試したいのさ」

 ライグはなるほど、と呟くと、きつい目つきでガルアを見返した。が、それは非難というより何かを覚悟した表情のようだった。

「上官命令とあればもちろん飛び込みますよ。それで、私は何をすればいいんですか?」

「簡単だ。この蜘蛛たちを操る人物を見つけ出し、速やかに葬るだけだ」

「術者がこの近くにいると?」

 ライグのもっともな質問にガルアは軽く頷くと、辺りを警戒するような素振りを見せ早口で話し出す。

「恐らくな。考えてみろよ、この地下道は不完全とは言え時空間隔離を施されているんだから、僕らに攻撃を仕掛けられるんだとしたら敵はこの地下道にいるはずだ。それに、ここはもうファンブリーナ目前だからね、敵は僕らをなにがなんでもファンブリーナに入れない為に総力で仕掛けてくるはず。つまり……」

 と、ガルアの後方にいた兵士たちの中から緊迫したピトンの声が響いた。

「危ない!」

 ライグはその警告にすぐさま反応し、ガルアの襟首を掴みピトンの方へ飛びながら伏せる。横で背中から地面に叩きつけられたガルアが低く唸るのと同時に、今までライグたちが立っていた背後のレンガに金属がぶつかる嫌な音がした。それも複数回だ。

 どうやらダガーを投げてきたらしい。まさに間一髪だ。

「無事か?」

 いつの間にかピトンがライグたちの側でダガーを構えていた。二刀流の構えをしていることから、ライグは友人が本気だと──つまり切迫した状況だと確信した。そして、ピトンの向かいに立つ謎の人物を確認し、思わず目を疑った。

 そこにいたのは小柄で痩せぎすな銀髪の少年だった。細い目を異様なほどぎらつかせ、右手に鎌を持ち、その柄の端から伸びる鎖分銅を左手で振り回している。実際に見たのは始めてだったが、それが一部の暗殺者が愛用するという鎖鎌だとライグは察した。そして、それを手慣れた様子で操る少年に本能的に危険を感じ取った。

 ピトンが少年に向かって低い声で尋ねた。

「何者だ?」

「答えるまでもねぇな」

 少年はつまらなそうにそう言うと、次の瞬間目にも留まらぬ速さでピトンに斬りかかった。それをピトンはすんでのところでかわし、ライグたちを少年から庇うように背中を向けたまま怒鳴った。

「ぼんやりすんな馬鹿野郎! 早く立て!」

 ライグは慌てて立ち上がりピトンの援護に向かおうとしたが、ふいに背後で悲鳴が上がる。何事かと振り返ったライグの目に、鮮血を滴らせた大剣を握る長身の人物と、肩口から脇腹までを綺麗に斬り裂かれ倒れていく兵士が見えた。どうやら大剣の持ち主は部隊の後方から襲撃してきたらしい。

 要するに挟みうちか。

 ライグは銀髪の暗殺者の背後から迫る夥しい蜘蛛を見やり、まだ隣で座り込んでいるガルアに厳しい口調で言った。

「かなりまずい状況じゃないですか? 司令官、どうされるんです?」

 すると、嫌に落ち着いた声でガルアが答えた。

「ピトンが暗殺者を引き留めてるうちに行け。もう術は施した」

 ライグはいつの間に、と問おうとし、ガルアが手の平を重ね自分に向けたことを思い出した。あんな簡素なジェスチャーだけでどんな効果が得られるのかわからないので不安だが、行くよりは他ない。ライグは前方で激しい剣戟を繰り広げるピトンを見守りながら、微かに葛藤した。

 あの化け物の群れを突き抜けるのか。

 そんなことができるなんて、よっぽどの猛者か愚者だな。

 するとそんなライグの迷いを読み取ったかのように、後方から時魔導師たちの声が上がった。

「《時障壁》の準備が整いました!」

「私もよ! さあ、早く!」

 周りにいた兵士たちが、迫る蜘蛛と大剣から逃れようと時魔導師の周りに集まっていく気配を感じた。振り返ったライグの目に、半透明のドーム状の時障壁が二つ並んでいるのが映る。

 同じくそれを見た銀髪の暗殺者は「ちっ」と軽く舌打ちをしたが、隙を見せることなくピトンを追い詰めていく。ピトンも十分速いとはいえ、人を殺すことを生業とする暗殺者が相手では辛そうだ。そろそろ食い止めるのも限界だろう。

 ライグは自分を奮い立たせ、重々しい声音で告げた。

「私が飛び出したら、ピトンといっしょに時障壁に入ってください」

「そのつもりだよ」

 ガルアは潔くそう言うと、大儀そうに立ち上がりライグを見つめた。その視線に気づいたライグは続けて言った。

「あの暗殺者は任せます。蜘蛛の群れの中で立ち合いたいとは思いませんから」

 ガルアが頷いたのを見たライグは、深く息をつくと勢いよく地面を蹴りつけ走り出した。目前まで迫った蜘蛛の群れに向かい、銀髪の暗殺者の右側に開いた空間を通り抜けようとする。

 もちろん暗殺者がそれを見逃すはずもない。彼は小さな体を素早く横に滑らせ、ライグの前に立ちはだかるように構えた。

 が、目を見開き息を詰まらせた。そして、絞り出したような甲高い声で叫ぶ。

「野郎が!」

 暗殺者の目が捉えていたのは、彼に向かって手をかざすガルアの姿だった。噂に聞いたことがあるが、腕のいい時魔導師は《時障壁》を応用し、相手の周辺の時間を圧縮して押しつけることで動作を制限、もしくは鈍らせることができるらしい。よく見ると、時障壁と似たような薄い不完全なベールが少年の回りを覆っている。時間の歪みという障壁で体を押さえつけられ、動けなくなっているのだ。

 ライグは憤りで顔を歪ませ硬直した状態の暗殺者の脇を全速力で走り抜けた。今彼が標的にしているのは虫飼いであって暗殺者ではないし、動きを止められた暗殺者の相手をして後方にいる剣士に追いつかれるのはまずい。それになにより、子どもは斬りたくないのだ。

 ライグがいよいよ蜘蛛の群れに突入するというところで、後ろから「早く!」というバレンシアの声と、ピトンとガルアが走り去っていく足音がした。どうやら上手く時障壁に入れたらしい。暗殺者も動きは止めてあるし、もう一人の剣士と蜘蛛も時障壁に阻まれガルアたちには手を出せないだろう。とりあえずは安心できるということだ。

 しかし、ライグは全く嬉しいとは思わなかった。なぜならあと一歩踏み出せば、床を覆い尽くすように這う蜘蛛を踏み潰すことがわかっていたからだ。おまけにこの蜘蛛たちは、どれも胴体だけで成人男性の拳ほどはあろうかという大きさだ。そんな節足動物を踏み潰して、爽快な気分になるはずがない。

 足の裏にぐしゃり、という得体のしれない感覚が広がる。

 ライグは思わず顔を歪めた。



 走り去っていくライグの背中を見ながら、時障壁の中のピトンはほっと息をついた。ライグには失礼だが、あの役が自分でなくて良かったと心底ほっとしていた。

「さて……」

 横に立つガルアが、敵が投擲してきたダガーを弄びながら暗殺者を見やった。暗殺者は幼い顔に憎悪と憤慨をありありと浮かべ、ピトンたちを睨みつけている。

「立場が逆転したようだね、少年」

 ガルアの言葉に答えるように、一人の人物が暗殺者の前に歩み出た。

「さあ、どうかしら」

 ピトンたちはもう一人の刺客である剣士に視線を移した。今になってピトンは気づいたのだが、剣士は若い女のようだった。返り血を浴びながらもどことなく抜けた雰囲気を醸し出す女をピトンは眺め、そしてぼそりと呟いた。

「甘い匂いがするな……お前ら。蜘蛛たちがあんたらを避けて動いてんのはそのせいか」

「察しがいいのね、おじさん。その通りよ。この蜘蛛は、私たちがつけている甘い果実の匂いが嫌いなの。……まあ、逆に何が好物かは知ってると思うけど」

 女剣士はそう言うと肩を竦め、ピトンたちの足元で泡を吹いて痙攣する兵士を顎でしゃくった。

「まずは毒で弱らせて、それからじわじわと食い尽くすってわけ。新鮮な肉が好きだから、簡単には死なないような麻痺性のある毒を使うらしいわ。ちなみに、かわいそうだけどその人は手遅れ。ご愁傷様」

「よくしゃべるんだな。感心したぜ」

 ピトンは吐き捨てるように皮肉を言うと、毒に冒され回復は見込めないであろう兵士を一瞥した。時間を操る魔導とはいっても万能ではなく、外傷や毒物による損傷を回復させるのは極めて難しいのだ。

 すると、ガルアの横にいたバレンシアが声を張った。

「変な真似はしないで。弓で射つわよ」

 ピトンは女剣士がなにげなくベルトを直しながら短剣を手に滑らせたのを確認し、素早くダガーを投げつけた。女剣士は怠そうに短剣でダガーを弾くと、お手上げといったように首を振る。

「残念、ほんとに追い詰められちゃったわ。貴方はまったく動けないから役に立たないし、私がここを動いたら貴方弓とかダガーとかで串刺しにされちゃうわね。不安だけど、走って行った人は見過ごすしかないみたい」

 話しかけられた暗殺者が怒気を孕んだ目で女剣士を睨つける。動きを制限されているせいで口があまり開かないのか、彼はくぐもった声で言い返した。

「俺のせいみたいに言うな……!」

 女剣士は澄ました顔でかぶりを振り、恐ろしいことを平然と言い放った。

「とりあえず静かにしてよ。じゃないと守ってあげないから」

 ピトンはそのやり取りを聞きながら、微かに苦笑した。敵の前でまで仲間割れとは呑気なものだ。

 ピトンは地下道を走って行ったライグのことを考えた。ガルアがどんな魔術を施したのかは知らないが、やはりあの蜘蛛の群れに突っ込んだのだから心配だ。ピトンは長年の友の勇敢さと不遇さを思い、心の中で彼に呼びかけた。

 無事に帰って来いよ、ライグ。




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