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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第一部 ファンブリーナ奪還任務
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第2章〈消失〉

「どういうことだ。奴ら、消えやがった!」

 馬上のトロギルが驚愕を孕んだ怒声を発した。その声に反応し、前を歩いていたパラディオたちが立ち止まり振り返る。

「見間違いじゃないの?」

 すっとぼけた発言だが、パラディオの顔は険しかった。トロギルは不機嫌そうに顔を歪めると、重々しくかぶりを振った。

「いや、それはない。俺がそんなへましでかすかよ」

「何かの事情で部隊が全滅した、とか」

「それもないだろうな」

 メリダの言葉をトロギルは即座に否定した。

「生命反応が消える、要するに死ぬときはなにかしらの気配を感じるはずだ。だが今まで何も感知していないし、それに全員同時にお陀仏ってのもなかなかないだろう」

 今まで黙って話を聞いていたナスカが、低い声でゆっくりと話し出した。その顔はぞっとするほど冷淡だった。

「つまり、てめぇは帝国の鼠どもを見失ったってわけだ。こんなファンブリーナ目前で」

 ナスカの言うとおり帝国軍はだいぶファンブリーナに接近していた。つまり今ここで帝国軍を見失ってしまえば、もしかしたら彼らにファンブリーナへの侵入を許してしまうかもしれない。

 しかし、とパラディオは思った。ヴァルカモニカの護衛もファンブリーナを警備する皇国軍も当然いるのだから、自分たちが躍起になってあんな少数の帝国軍を迎え撃つ必要もないのではないか? フレーザー一族がどんな術策を使ってくるのかわからないが、少なくともあの規模では大したこともできないだろうし、いずれファンブリーナ中に散らばる皇国軍に捕縛されるはずだ。むしろ見逃してしまった今となっては、ファンブリーナに向かい帝国軍の接近を伝えるのが最善な気もする。

 だがパラディオがその旨を伝えると、ナスカは声を荒らげ反対した。

「あの人は今忙しいんだ。帝国軍が接近してるなんて言って、下らないことで煩わせるようなことはしたくない。第一、軍人どもはあてにならねぇ。少しでもヴァルカモニカ様に危害を及ぼす恐れがある輩なら、ファンブリーナに入れることなく俺の手で速やかに葬ってやる」

「頑固だねぇ」

 パラディオは深く溜め息をつくと、別人のように厳しい目でナスカを見返した。ナスカは普段とは違うパラディオに微かにたじろいたようで、わずかに眉根を寄せた。

「君は枢機卿を敬うあまり、大事なことを忘れてないかい? 第一に今僕らは命令を違反しここにいるんだよ。それは既に敬愛する枢機卿の意志に背いているんじゃないのか? 君は枢機卿を自分の手で守りたい、枢機卿にとって一番の部下は自分でありたい、と思っているようだけど、それゆえに他者を見下し独善的行動に走っているようだね」

「なんだと……ッ!」

 パラディオの言葉にナスカは拳を握り締め、憎々しげな表情を浮かべた。鋭い眼光がぎらぎらと殺気を宿しパラディオを睨みつけている。だがパラディオはそんなナスカを気にする様子もなく続けた。

「枢機卿の一番部下でありたい、なんて野望は捨てたほうが身のためだよ。だってその思いこそが君の判断力を鈍らせ、こんな馬鹿げたことをさせる要因になってるんだから」

 四人の間を肌を刺すような沈黙が流れる。

 ナスカは長く押し黙っていた。

 パラディオはナスカが怒り狂い喚き散らすと予想していたので多少は驚いたが、それでもこの少年が自分の言ったことに激昂しているのは間違いないと考えた。その目は明らかに憎悪に光っており、パラディオに対する軽蔑の情も垣間見えたからだ。だが、パラディオはそれでいいと思っていた。ナスカは己を殺し他者に尽くすだけの生き方がどれほど辛く厳しいのか知るべきなのだ。

 余計なお世話かもしれないが、パラディオはそんな風に生きるナスカを少しだけ憐れに思っているのだ。ヴァルカモニカを盲信し、彼のためだけに行動し、どんなに汚い悪事にも手を染めるナスカを。何も世界にはヴァルカモニカしかいないわけじゃない。世界には他にも様々な喜びや出会いが溢れているというのに、ナスカはそれを顧みようとはしない。まだ若いナスカが自分はヴァルカモニカの道具であるかのように考え振る舞っているのは、時々酷く憐れに思えてしまう。

 まあ、本人がそれを望むなら仕方ないかもしれないが──。パラディオは自分のお節介に苦笑しそうになった。

「……わかった」

 ややあって、ナスカが淡白に言い放った。パラディオはその言葉の意味を理解しかね、ナスカに問い返した。

「何が?」

 ナスカはパラディオに目をくれることもなく歩き始め、ある程度離れると、何かを諦めたかのような口調で返した。

「俺だけで行く。もともとそのつもりだったんだ。でも、残念だぜパラディオ。あんたなら俺の考えもわかってくれると思ったんだがな」

 トロギルが鋭く言った。

「相手がどこにいるかもわからないのに、お前一人で何が出来るんだ?しかも相手はフレーザー一族だぞ、どんな卑怯な手を使うかわかったもんじゃない」

「なんとかするさ」

 ナスカは潔く言い切ると、大股で歩き出した。メリダとトロギルが困惑したようにパラディオを見たが、パラディオはどうしようもないというように首を横に振った。ナスカの頑固さはよく知っているので、どうせもう止めれないと判断したのだ。

 しかしそこで、パラディオの脳裏にある可能性が閃く。

「待て、ナスカ!」

 パラディオの声音からナスカはただならぬものを感じ取り、思わず足を止めた。メリダとトロギルも、急に声を上げたパラディオを不思議そうに眺めている。

 全員の視線を集めるパラディオは、難しい顔をしたまま何も言おうとはしない。

 なんだってんだ、一体。

 しびれを切らしたナスカが何事だと問おうとしたが、パラディオが片手を上げそれを制した。

 そして、低く呟く。

「……そうか。なるほどね」

「何が?」

 今度はナスカが聞き返す番だった。パラディオは全然嬉しくなさそうに笑いながら、唐突に驚くべきことを言った。

「ナスカ、君と一緒に行くことにするよ。奴らの居場所が掴めたみたいだ」

 パラディオの発言にその場にいた全員が目を丸くした。ナスカは急に掌を返したパラディオの真意がわからず、穴が開くほど彼を見つめる。

 ──やがて、暗殺者の顔に不敵な笑みが広がっていく。

「そうこなくちゃな」

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