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SCHEMER〈スキーマー〉  作者: 霧雨ウルフ
第一部 ファンブリーナ奪還任務
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第2章〈岩石群〉

「信じられない。揺れない地面だ。俺は今陸地に立っている」

 ライグが零した言葉にピトンが微かに苦笑した。

「大袈裟だ、ライグ。よほど船上生活がこたえたらしいな」

 ライグはあからさまに嫌そうな顔をすると、前方で時魔導師たちと話し込むガルアを見やった。

「まあ、船のせいだけじゃないがな」

 ガルア率いるファンブリーナ奪還部隊は、太陽が地平に沈もうとする夕刻に目的の場所に到着した。背後にはガルアの戦艦、あたりには漠々とした荒野と巨大な岩石群が広がるばかりで、ファンブリーナは影も形も見えない。尤も、皇国軍がひしめいているであろうファンブリーナに直接船をつけることは不可能だし、皇国に自分たちの動きを悟らせぬようある程度は離れた場所から徒歩で近づくしかないのだが。

 しかし、ライグは不安を隠せなかった。船の中でガルアが唱えた作戦は効率的で筋が通ってはいたものの、戦術というのはいざ実行となると色々な問題点や障害が露見するものだ。大体皇国軍だって馬鹿ではない。ライグたちのような奪還部隊の襲撃も考えているだろう。そう思うと、やはりこれだけの人数で大丈夫なのかと懸念してしまう。

 しかし、ガルアの計画した作戦に感嘆の念を禁じ得なかったのも確かだ。彼の常識を逸した慧眼と怜悧に、この若い参謀副長はやはり類をみない天才だとライグは確信した。まず、ガルアは言いよどむということがまったくなかった。驚くほど明瞭にあらゆる可能性とそれに対する対策を言って聞かせ、指摘や疑問点にも迷うことなく的確な答を返したのだ。それは、ファンブリーナが占拠されてから半日もたっていなかったというのに、彼の中には既に完璧で緻密な策略が完成していたということをそのまま証明していた。

「久しぶりの陸地はどう、ライグ?」

 ガルアの指示を待ちながら手持ち無沙汰に物思いにふけっていると、いつの間にか近づいていたバレンシアに声をかけられた。ライグは自分よりだいぶ低い位置にある彼女の目を見返すと、どことなく疲れたように笑う。

「最高だ。だが、これからのことを考えるとな」

 ライグの言葉にバレンシアは少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「リマの作戦を信じきれない?」

「参謀副長の能力を疑っているわけではないさ」

 ライグは肩を落とし短く溜め息をついた。そう、ガルアの才能を疑っているわけではない。しかし物事にはハプニングがつきものだ。だから、作戦が上手くいくという確信はない。

 ライグは小さな声で続けた。

「やはり不安なんだ。皇国がそう簡単にファンブリーナを譲り渡してくれるとは思えないし、君も知っているだろう、彼らはあの最大貿易都市をたったの三時間で制圧したんだぞ? おまけに帝国に気づかせることもなくな」

「そうね。手品のような話ね」

「俺たちが戦いを挑もうとしているのはそんな手品師さ。よほどの強者(つわもの)でない限り、種の一つも暴けないだろうな」

 ライグのやや拗ねた言い方にバレンシアはくすりと笑った。

「貴方って意外と子供っぽいのね。もっと冷静な人だと思ってた」

 バレンシアの言葉にライグはむっとした表情を浮かべ、なにかしらの反論を返そうとした。が、ふいに顔を寄せたバレンシアに驚き、ライグは体を硬直させる。

「悪い意味じゃないわ」

 バレンシアは意味深に目を細め囁くと、唖然とするライグにくるりと背を向け歩き出した。わけがわからずにライグはぼんやりとしていたが、近くで見たバレンシアの透き通るように白い肌を思い出し急に照れくささがこみ上げてくる。

 悪い意味じゃない、か。

「バレンシアはお前に気があるのかもな」

 やや離れた位置でダガーの手入れをしていたピトンが面白そうに言った。ライグは一気に不愉快になり旧友を振り返った。

「その手の冗談は嫌いなんだが」

「そうか、冗談か。下々の間じゃあ、堅物軍曹が美女と随分親しげにしているらしいともっぱら取り沙汰されてるんだがな。まあ、確かにお前は女子供に少し甘いところがあるが、今回は特にな」

 ピトンの明らかに笑いをかみ殺している様子に苛立ちと焦りを覚えて、ライグは大股で小男に近づく。ピトンがとぼけた顔でライグを見上げた。

「なんだよ」

「付き合いの長いお前のことだから、わかっていると思ってたんだがな。何度も言わせないでくれ。確かに彼女は頼りになる存在だし好感も持っているが、それとこれとは違うんじゃ……」

 だが、ライグの愚痴は続かなかった。

「ガルア司令官! 見つけました!」

 野太いアルガンの声が響いた。ライグたちがそちらを振り返ると、遠くの岩石群からアルガンがこちらに歩いてくるところだった。アルガンは砂まみれになった服を払いながらガルアの前まで来ると妙に気合いの入った声で話し出したが、アルガンが払った砂が風に流されガルアに降りかかったので、参謀副長は迷惑そうに顔の前で手をひらひらさせていた。

「この先に部下を待たせています。おそらくその下が入り口のようです。安全確保のため、先に何人か行かせましょうか?」

「いや、結構だ。ご苦労」

 ガルアはアルガンの報告を聞くと、ライグに目配せした。そして、何も言わずに岩石群に向かって歩き出す。ライグは彼の言わんとするところを理解し、後方に待機する仲間たちに声を張り上げた。

「第七部隊、工作部隊、第六部隊の順に二列縦隊で進め! 時魔導師は各隊の最後尾につくこと。いいな!」

 ライグの言葉に従い、兵士たちが動き出す。ライグは先を行くガルアの背中にやや苛立った様子で呼びかけた。

「司令官! 危ないですから戻ってきてください!」

 しかし、ガルアはそっけなく

「急いでるんだ」

 と言っただけだった。




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