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メイシティ  作者: 奇文屋
2/8

死神

「……」

気付けば朝。

あれから何をしたのかはあまり覚えていない。

良く眠れたのかすっきりした頭と、

「っ……」

起きようとして腕に力を入れるが痛みが走る。

その痛みが昨日の出来事を思いださせる。

訓練じゃ無い本物の戦闘。

武器を起動させ殺気を纏った人達。一瞬の油断が死を招く空間

「はぁ……」

息を吐いてじっと正面を見る。

自分の部屋の壁に昨日の戦闘が再現される。

何度も繰り返される。

壁越しに妹の鼻歌が聞こえる。

それでいつもと変わらない日常を実感すると共に昨夜の出来事が現実だったと実感する。

「早く起きろー」

ドンドンとドアを叩く千佳の声で意識を戻す。

「今行く」

手早く着替えて朝食を取る。

テレビには昨日の事が流れていた。

「はぁ〜。凄いね〜」

箸を加えたまま見入っている。

「……まったく」

我が妹ながら情けない。

と言いつつも俺も見入ってしまう。

「……死傷者五人か……良かったね。兄ぃは数えられなくて」

満面の笑みで言われてしまった。

「……」

励ましてくれているのか、慰めてくれているのか。

……どっちにしろ悪意が無い事は確かだと思う。

「……あれ?怒った?」

黙々と箸を進める俺を怒ったと思っているらしい。

「……別に」

「ほら〜。怒ってる〜」

気にして無いだろ。お前。

「も〜。短気なんだから。はい。これ上げるから機嫌直して」

ポン、と俺の前に置かれた漬物。

「……」

黙ってそれに箸を伸ばす。

「……ん?警官だけか?死傷者は……?」

「みたいだね。兄ぃだけじゃない?巻き込まれたの」

余程嬉しいのだろう。口元が緩んでいる。

「ご馳走様」

「あ!」

食器を運ぼうと立ち上がる俺。

それを見て慌てて朝食を掻きこむ。

時折何かを喋ろうとしているが、何を言っているのかさっぱり解らない。

まるで漫画の様な光景。

俺は立ったままそれを見ていた。

「……お粗末様!」

飲み込んでから立ち上がり俺の持っていた食器を奪う様に取り洗いに行く。

何が千佳を突き動かしているのか?

……考えても答えは出なかった。


「まったく、兄ぃの意地悪の所為で恥掻いた」

靴を穿きながらぼやく。

「俺の所為か」

「他に誰がいるの?」

「……誰?」

「いないでしょ? だから兄ぃの所為って事になるの。と言う事で」

「何でお前の鞄を持たなきゃ行けないんだ」

「罰」

「何の?」

「私に恥を掻かせちゃった罪」

「お前何歳だ」

「兄ぃの二コ下」

どうやら本気らしい。目がマジだ。

仕方なく受け取る。

「じゃ、行こう」

元気良く出て行く千佳。

それに続いていく。


 学校では昨日の事が広まっていた。

「モテモテだね」

肘で俺のわき腹を突く。

「……」

言い返すのもアホらしい。

「良かったね。じゃ」

俺から鞄をひったくる様に取って教室に向う千佳。

「まったく」

「よっ!」

ドン! と肩を叩かれる。

「痛った〜」

振り返ると琉奈が居た。

「おはよ」

「おはよう……」

「元気ないね?どうしたの」

「……」

どうしたも何も……

「自分でも解らん」

「ふーん。ま、昨日は色々あったし」

俺としては「色々」の一言では片付けられない。

「他人事みたいに言うな」

「他人事だし」

微笑みながらそう切り返してくる琉奈。

確かに、自分もそう言うだろう。

「はぁー」

「ため息吐いて無いで。ほら、行くよ」

先を走っていく琉奈。

俺はゆっくりと歩いて追いかける。


教室も昨日の事で盛り上がっていた。

その喧騒を出来るだけ無視して自分の席に向う。

「詩月も見た?昨日ニュース」

「ちらっと」

「まだ、この辺に居るのかな?」

「さぁ」

心の中で間違いなく、と答えておく。

『そうか……では詩月君。また会おう』

昨日あの男が言った言葉を思いだす。

『また会おう』

その言葉が意味する事は一つ。

「おい! どうした?」

「ん……何でもない」

考え込んでいた様だ。隣の席からの声で意識を戻すが、『また会う事になる男』の事が頭から離れなかった。

「席に着けー。授業始めるぞー」

一時限目の教師が来て授業が始まった。


 六時限目が終わり帰り支度をする。

「立花。ちょっと……」

「はぁ」

担任に呼ばれる。

席を立ち担任の所に向うまでに、

「何したんだよ」

等とからかわれるが、俺は何もしていない。

妹に何か起こったのか?しでかしたのか?

後者の方が可能性が高い。

「さぁ。それを今から聞きに行くんだ」

「間違いないな」

俺の答えに笑うクラスメイト。

「お前に面会が着ているぞ」

「何処に居るんですか?」

「こっちだ」

担任に着いて行く。どうやら妹関連では無くなった。となると、謎は深まる。

俺に面会とは一体誰だ。着いた先は、

「理事長室……」

担任がノックし、中から声が聞こえる。

「失礼します」

「……失礼します」

妙に緊張するのは何故だ。

俺達を出迎えたのは、

「よお」

ソファに座り手を上げている、

「αさん」

「早速だが昨日の事について話があるんだ。

じゃ、行こうか」

ソファから立ち上がり部屋を出る。

「はぁ……」

とりあえずついていく。

校舎を歩く。

通り過ぎる生徒が皆振り返る。

「あの、αさん」

「何だ」

「電話で呼び出してくれれば良かったんじゃ」

「ま、近いから来てみたんだが……迷惑だったか?」

「迷惑って程じゃ無いんですけど……理事長や担任は知ってるんですか?」

「何を?」

「え。俺に会いにきた理由」

「言って無いよ」

後で何て言えばいいんだ……

「あ、それと昨日の事は他言無用に願いたい」

はぁ……学校に対する言い訳を考えないといけないな…


「詩月。何したんだ?」

「玲斗か……何もして無いよ」

「ホントに?」

「ホントだよ」

この男は川瀬玲斗。家も近所で同じクラスで幼馴染だ。随分前に引っ越してきてからずっと同じクラスという何とも言え無い縁があるらしい。

玲斗は何が嬉しいのかニヤニヤしている。

「ホンマは何したんやって?」

この男はテンションが上がると方言を入れて喋る癖がある。

「だから、何もして無いって」

「嘘つけ。何もして無い奴が『騎士』と一緒にいるわけ無いやろ」

「え」

『騎士』……?

隣に立っているαさんを見る。

「言って無かったか?」

「聞いてませんよ」

「そうだったか?はっはっは」

こっちは笑い事じゃないよ。

「騎士団」俺達が住んでいる「メイシティ」がある「フリージア王国」を含む四カ国で形成される同盟間で活動する組織。入るにはそれなり……というか、かなりの能力が必要とされるらしい。

「意外というか……そうじゃ無いと言うか……」

「で、何したん?」

「俺としては君が、何故俺が『騎士』だと解ったのか聞きたい」

αさんの雰囲気が若干変わる。

それに気付かない訳は無いのだが玲斗はテンションを変えず、

「何故って……雰囲気とかそんなんですよ。……後、昨日の事で今度来るお偉いさんの護衛と言うか事前調査と言うか、そんな感じですけど」

目を見返して答える。

「……なるほど。まぁ、俺も隠してた訳じゃないが……気になってね。少しナーバスになってるな」

上を見て息を吐いて心を落ち着かせている。

「……じゃ、俺から聞いていいですか?」

「何だ」

「詩月を連れている理由」

「お前には関係無いだろう」

「連れないな〜。詩月。そんな態度なら千佳ちゃんに言うぞ」

「グ……」

別にアイツも事情を知っているから構わないのだが「困るフリ」をして誤魔化した方がいいだろう。

「お」

天の助けか玲斗のケータイが鳴る。

「じゃな。玲斗」

「あ、ちょ……」

電話に出ながら俺達を引き止めようとするが電話相手に何か言われている。

その間に俺達は学校から出る。

「ふぅ……流石「メイシティ士官学校」の生徒と言うか……」

玲斗の事で苦笑するαさん。

「アイツは昔から妙な所で勘がいいんでよ」

「じゃ、俺と君が一緒にいた理由も」

「多分」

気付いているだろう。聞きたかったのは、それが正しいかどうか。それが理由だろう。

歩いて駐車してある車に乗り込む。

「……何処に行くんですか?」

「とりあえず……警察」

「はぁ……」

それを聞いて気が重くなる。

「大丈夫だって。ちょっと話を聞きたいんだ」

「……まぁ。断ら無いですけど……そんな気がしてましたから」

ちょっと。で済めばいいけど

「そんな顔しないで。ほら。元気だして行こう」

……無理だよ。


「……」

「疲れてるね」

「……どうも」

差し出されたコーヒーを受け取る。

一口飲んで、深く息を吐く。

「……」

「何か言われたのか?」

「え、別にそんな事は……」

無い訳では無いが……

「ま、何を言われたかは知らないが、あんまり気にすんなよ」

バン、と肩を叩かれる。

「……目的は何なんでしょうね」

「……さぁな」

あの男。

鎌を振り回し敵と認識した者には躊躇わずに刃を振り下ろす。

血を見る事を楽しんでいる風には見えなかった。あの男からは信念で闘っている印象を受けた。

軍や警察。国家を相手に闘いを挑むほどの信念。

玲斗では無いがそれには興味がある。

それを知ると言う事はもう一度会うと言う事。

それが意味するのは…昨夜の戦闘を繰り返す事。

「目的が何であれ俺は奴を捕らえる」

「……」

αさんの目に迷いは無い。

「そこで君に頼みがあるんだ」

「……」

「あの男は君に興味がある様だ。で、あの男から何らかのコンタクトがあったら連絡して欲しい。無理にと言わないが」

「はぁ……」

連絡を取れない状況など想像したくは無いがその可能性もある。

そんな状況で連絡しようものなら……

「……状況にもよりますけど」

「それで構わないよ。それと……矛盾しているしこんな事言える立場じゃ無いかも知れ無いが危険な事は出来るだけ避けてくれ」

「そりゃ……」

言われなくても。

「ま、君なら上手く立ち回れるだろう」

「昨日の事は偶然ですよ。不意をつけましたから」

「謙遜だね。行動を起こした勇気が君にはあるだろう」

「買い被りですよ」

「自分の評価が低いな。ま、高すぎるのも考えものだし……それ位の方がいいかもな。じゃ、今日はありがと」

「もう帰っても……」

「いいよ。送っていくよ」

「いいですよ。家はここから近いですから」

「そう。じゃ」

「失礼します」

挨拶をして警察署をでる。


 空が赤く染まり始めている。

早く帰らないと妹に何を言われるか……

行き交う人波に乗って歩を進める。

それ程人がいないのは昨日の事件の影響だろう。

「やぁ、警察の話は済んだのかな?」

振り返るとそこには、

「何だ……琉奈か」

「何だとは何だ。心配してやったのに」

「心配してやった……て。琉奈が心配するような事は何もして無いよ」

二人並んで歩き出す。

「昨日は?」

それを言われると答えに詰る。

「まぁ……不可抗力と言うか」

思わず顔を背ける。

「反省しているなら警察での事を話しなさい」

「……野次馬根性だけじゃないか」

「まぁまぁ、いいからいいから」

「別に……何も変わった事は」

とりあえず、呼ばれた理由は昨日の事の確認程度だった事を伝える。

「それだけ?αさんだっけ?昨日の。その人から「協力してくれないか?」とかは?」

「ある訳無いだろ」

「協力してくれないか?」をαさんの声を真似しているが微妙に似ている様な気がする。

「え〜。つまんな〜い」

一気に興味が無くなった様だ。

「常識で考えろ。警察があんな危険な事に対して一般人に協力を要請すると思うか?」

「だって、情報提供とか」

「あくまで第三者。間接的に協力して欲しいだけ。それ以上は関わって欲しく無いの」

「え〜」

納得しない。まるで子供の様な駄々をこねそうな勢いだ。

「でも、千佳ちゃん剣を持って歩こうかなって言ってたよ」

「何で?」

「……頼りないからでしょ」

横目で俺を見る。

「そんな事無いですよ。昨日は勇敢でしたよ」

意外な声に驚き振り返る。

「やぁ」

にこやかに微笑む男が立っている。

その姿を見て間合いを取り、琉奈を庇いつつ前に出る。

「そんなに殺気立たなくても」

苦笑する男。

「誰、なの……」

殺気立つ俺の後で戸惑う琉奈。

「そちらは……始めまして。僕は……そうですね。

『死神』……とでも言っておきましょうか」

その言葉でこの男の事が理解できる。

「……何の用ですか?」

「別に、見かけたから声を掛けただけですよ。ほら。何も持って無いでしょ」

確かに男は武器を持っている様子は無い。

だが、油断は出来ない。

「ふー。そんな殺気だたれては話も出来ませんね。では。また詩月君」

そう言って立ち去る男。

「……何だったの?」

「俺が聞きたいよ」

僅かなやり取りで体中から汗が噴出していた。


 自らを『死神』と名乗った男が立ち去ってからは、何も喋らず歩いていた。

昨日とは全く違う男。

「……ねぇ。ホントに」

見上げる琉奈の顔は半信半疑と言った所か。

そんな琉奈を見ながら黙って頷く俺。

振り返り男を確認しようとするがもういない。

いないはずの男の背中を確認しているのか首を捻っている。

「人は見かけによらないと言うか……」

「全くだ」

その事は昨日嫌って程実感した。

「でも、何でアンタの名前知ってたの?」

「あぁ……」

名前を伝えた事を教える。言われる事は解っている。一歩前に出て、振り返る。

「はぁ〜。馬鹿じゃ無いの?」

「……返す言葉も無い」

「『死神』に魅入られちゃったね」

「何がそんなに嬉しいんだ」

「いや〜」

にやけながら頭を掻く琉奈。

「この」

手を伸ばすがひらりと後に避けられる。

「あはは……気をつけなよ。じゃね」

琉奈が交差点を曲がっていく。

琉奈の顔からは笑顔が消えていた。

「……」

琉奈の背中を見送ってから俺も家に向って歩き出す。


「さ、行くよっ!」

玄関を開けた直後、剣を携えた妹が仁王立ちしていた。

「……何してんの?」

「兄ぃを迎えに行こうとしてた所」

「……「ソレ」持って?」

千佳の手には妹自慢の一振りの剣が握られていた。

「当然。敵は強者。これ位の装備は当然」

胸を張る妹。

『リ・エイト社製限定モデル「燎原ノ焔」レプリカ』

赤色鋼で作られた為赤く光る剣。

神話時代に『火を識るもの』と呼ばれる神様の娘で『知恵と勝利の女神、ユ=ナ』が敵対する巨人と闘う時に使ったとされる神剣が「燎原ノ焔」と呼ばれている。伝承に残るその形を再現したのが千佳の自慢の一振り。

軽く扱いやすいが値が張る為に今まで一度も使った事が無い。というか、限定品。コレクターアイテムなので使う奴はいないだろう。

それを持ち出してくるとは……妹の優しさが正直嬉しい。多分、他にも理由はあるだろうが

「ま、私も一度使いたかったし」

そうだろう。声が本当に嬉しそうだ。

「……」

思った通りだが何故か嬉しさが半減した。

「ほら!行くよ!」

ベルトに通したホルダーに剣をセット。

「……」

黙って横を通り抜けようとしたが、腕をがしっと掴まれ、外に連行される。


「安かったね」

晴れやかに笑う妹。

スーパーでの買い物帰り、両手に荷物を持っている俺。

「さ、早く帰ろう」

「……うい」

先を歩く妹。その影を追いかけて行く。


「よ」

自転車に乗ってどこかへ行く途中の琉奈と会う。

「琉奈さん」

「あはは。ホントに持ってるんだ」

千佳の腰にある剣をマジマジた眺める。

チャキ、と構えて、

「いいでしょ?」

凄く自慢げな千佳。

「いいなぁ〜。私も『猛ル龍ノ嘶キ』並んで買えば良かったな〜」

 琉奈の言う『猛ル龍ノ嘶キ』も『リ・エイト社』の限定モデル。

「極寒の中、徹夜で並びましたから」

「そこまでやるか?って感じだけど。ていうかライフルもあったのか?」

「当然」

胸を張る千佳。

そりゃそうだよな。

かなりのシェアを持ってる武器メーカーだし。

「欲しい物を手に入れるのに手間は惜しまないのが私の生き方」

言い切ってしまう千佳。

「俺にはよく解らんな」

「例えば、兄ぃの欲しいタイプのシールドが出て、それを手に入れるのには徹夜しないといけないとしたらどうする?」

「開店時間に行く」

「それじゃ買えないよ。徹夜で並んでるんだから」

「予約する」

「それも駄目だったら」

「諦める」

「並べ。徹夜で」

「嫌だ」

「根性無し」

何でそこまで言われなきゃいけないんだ?

「別に用途や性能は対して変わらないんだから武器なら使い手の腕の差でどうとでもなるだろ」

「フォルムとか色とか、こだわりは無いのか?」

「う〜ん……無いなぁ」

「マジで!」

「そんな驚くような事か?」

「好きな色とかあるでしょ?」

「好きっていうか……まぁあるかな」

「だったら、その色を使ってるシールドが欲しいとか思わない」

「いや……別に」

ぺチン。と自分の額を叩く千佳。

「もうちょっとさ。見た目とかに個性を出そうよ」

「お前はどこの回し者だ」

「どこでもいいよ」

話にならないとお手上げの千佳。

妹の態度が微妙にムカつく。

「大体だな。色とかそんな事で強くなる訳無いだろう。そりゃ、気に入った色で強くなるなら俺も徹夜で並ぶけどそんな事は無いだろう」

「屁理屈って知ってる?」

それはお互い様だと思う。

が、言ってしまうと後が恐いので言わないでおく。

「で、お前は何処行くんだよ?」

話を変える為、琉奈にふる。

「ん?私はこれの調整に……」

肩からぶら下げているライフル。

「壊れたのか?」

「ちょっとがたついてる気がするし」

「あ、そうだ。俺も買いに行かないと。壊れたから」

「何時?」

「昨日に決まってんだろ」

「何でよ」

 事情を説明。

「じゃ、今度見に行こう」

「いいよ、一人で行く」

「でも、あそこのショップはシールドはあんまり無いよ」

「マニアな武器使うなよ。兄ぃ」

「うるさい」

「あはは」

 俺達の会話を聞いて笑う琉奈。

「でも、琉奈さんバッテリーも買うんですか?」

「それは…予算と相談」

 バッテリーとは武器のエネルギー、動力源の事だ。銃系なら弾の事だし、剣や槍ならビームの展開時間や強弱を調整するのに必要なエネルギーだ。俺のシールドは後者に属する。

これが無いと起動は出来無い。シールドは発射も出来ない。

琉奈はライフルを得意としている。

百発百中とはいかないが命中率はかなりのものだ。

「早く直した方がいいですよ。いざという時に壊れちゃったら大変な事になりますよ」

「何だよ。そのいざという時ってのは」

「昨日の犯人と闘う時」

「アホ。何で一般人の俺達があんな危険人物と関わらなきゃいけないんだ」

「それはそうだけど……」

俺達が関わらないでいようとしても、『死神』は何故か俺に興味をもっているらしいから嫌でも会う事になるだろう。

「でも、念の為って事もあるし」

「それもそうだけど。…闘わないのが一番良いだろう」

士官学校の生徒の言葉としてはどうかと思うが、避けられる闘いは避ける。これも兵法だ。

「そうだけど……」

俯く千佳。

「お前の気持ちは嬉しいけどお前が怪我でもしたらどうする?」

俯いたままの千佳の肩に手を置いて、

「帰って飯にしよう」

「……」

歩き出す千佳。

「じゃ、琉奈」

琉奈に声を掛けて癒えに帰る。

「おう」

手を上げて答える琉奈と別れる。


 家に着くまで俺も千佳も喋らなかった。

それは食事が終わった今も変わらない。

無言のまま食器を片付ける千佳。見る気は無いがテレビを点ける。

昨日の事がニュースになっている。

そして、どこかの識者があの男「死神」の行動について分析している。

「……合ってるのかな?」

食器を洗い終わった千佳が二人分のお茶を持ってきて隣に座る。テレビで喋っている識者の言葉を聞いている。

「……さぁ」

そう答えたが、心の中では「違う」と明確に否定できる自分がいる。

『死神』は愉快犯的な行動じゃないのは確かだ。

「あれ?昨日の事件で通行人に怪我人無し?」

「え」

千佳の声に思考を止めて画面を見る。

フリップには確かにそう書いてあった。

昨日の事を思いだす。

……

確か……「死神」が通行人の持っていた荷物を斬ってパニックになって……

「無差別テロじゃ無いのは確かだ……て結果見れば誰でも解るよ」

結果から推測する識者の言葉に笑う千佳。

テロとは違う気がする。警察施設を襲ったのは紛れも無い事実だし、そう言えない事は無いだろうが……

それから識者の意見を聞いていたが、まとめて見ると「よく解らない」と言う事だった。

「これでお金貰っちゃ駄目でしょ」

辛辣な千佳の批評。この批評があらゆる家庭で行われているのだろう。

「で、兄ぃ。警察での話は何だったの?」

「…知ってたの?」

驚いてお茶を噴出すような事はしない。

「玲斗君が言ってた」

アイツ…

口止めしていない俺も俺だが、口止めした所であの男は聞かれなくても嬉嬉として喋るだろう。

「で」

逃げようとしたが、真剣な妹のから逃げられないと悟る。

「えっと…」

悪戯を見つかった子供が言い訳を考える様な心境で警察での事とその帰りに琉奈と一緒に「死神」と会った事を話す。

「…」

怒鳴られると思ったが妹は静かにお茶を飲んでいた。

その様子が恐怖を煽る。

千佳がコップをテーブルに置いただけで高まる鼓動。

「で」

「え、それだけ……だけど……」

声に感情が無い。

「警察に連絡したの?」

「まだ……」

「……」

手で「電話しろ」と示される。

黙って頷いて警察に掛け、αさんを呼び出してもらう。

「あ、どうも。詩月です」

「どうした?」

「えっとですね。さっき別れてすぐに『死神』と会ったんですよ」

「『死神』?」

「あ、『死神』って自分で名乗ったんですよ」

微妙に話が合わない。

「誰が?」

「昨日鎌を振り回していた男が」

これで理解できたαさん。

「自分で『死神』って名乗ったのか」

「はい」

「馬鹿にしているのか?あの男は」

「している様な、していない様な」

微妙な問題だな。

「αさん。聞いていいですか?」

「何だ」

「『死神』の目的って何だと思いますか?」

受話器の向こうから聞こえるのは人が動く音だけ。

「……さぁな。俺には解らん」

数分の沈黙の後そう答えが返ってきた。

「それだけか?」

「あ……はい」

「気をつけてくれよ。どうやら君は「死神」に魅入られたようだから」

「それ、さっき言われました」

「そうか?……また何かあったら連絡してくれ」

電話を切る。

「……」

「じゃ、私は風呂に入ろっかな」

電話の内容を聞こうとすると思ったが千佳は立ち上がって風呂へと向う。

「……」

一人になると色々と考えてしまう。

頭に繰り返される一つの言葉、

『死神』に魅入られた。

琉奈とαさんの声で繰り返し聞こえる。

その言葉から恐怖と共に興味を感じる。

『死神』が何を目的としているのか?

それを知るには『死神』に直接聞くのが一番速い。……出来れば、の話だが。

『死神』が俺に興味を持っているらしいのは間違いない。

近いうちにまた会う事になるだろう。

…会いたくて会いたく無いと言うのが俺の正直な気持ちだが……「……」

気付けば朝。

あれから何をしたのかはあまり覚えていない。

良く眠れたのかすっきりした頭と、

「っ……」

起きようとして腕に力を入れるが痛みが走る。

その痛みが昨日の出来事を思いださせる。

訓練じゃ無い本物の戦闘。

武器を起動させ殺気を纏った人達。一瞬の油断が死を招く空間

「はぁ……」

息を吐いてじっと正面を見る。

自分の部屋の壁に昨日の戦闘が再現される。

何度も繰り返される。

壁越しに妹の鼻歌が聞こえる。

それでいつもと変わらない日常を実感すると共に昨夜の出来事が現実だったと実感する。

「早く起きろー」

ドンドンとドアを叩く千佳の声で意識を戻す。

「今行く」

手早く着替えて朝食を取る。

テレビには昨日の事が流れていた。

「はぁ〜。凄いね〜」

箸を加えたまま見入っている。

「……まったく」

我が妹ながら情けない。

と言いつつも俺も見入ってしまう。

「……死傷者五人か……良かったね。兄ぃは数えられなくて」

満面の笑みで言われてしまった。

「……」

励ましてくれているのか、慰めてくれているのか。

……どっちにしろ悪意が無い事は確かだと思う。

「……あれ?怒った?」

黙々と箸を進める俺を怒ったと思っているらしい。

「……別に」

「ほら〜。怒ってる〜」

気にして無いだろ。お前。

「も〜。短気なんだから。はい。これ上げるから機嫌直して」

ポン、と俺の前に置かれた漬物。

「……」

黙ってそれに箸を伸ばす。

「……ん?警官だけか?死傷者は……?」

「みたいだね。兄ぃだけじゃない?巻き込まれたの」

余程嬉しいのだろう。口元が緩んでいる。

「ご馳走様」

「あ!」

食器を運ぼうと立ち上がる俺。

それを見て慌てて朝食を掻きこむ。

時折何かを喋ろうとしているが、何を言っているのかさっぱり解らない。

まるで漫画の様な光景。

俺は立ったままそれを見ていた。

「……お粗末様!」

飲み込んでから立ち上がり俺の持っていた食器を奪う様に取り洗いに行く。

何が千佳を突き動かしているのか?

……考えても答えは出なかった。


「まったく、兄ぃの意地悪の所為で恥掻いた」

靴を穿きながらぼやく。

「俺の所為か」

「他に誰がいるの?」

「……誰?」

「いないでしょ? だから兄ぃの所為って事になるの。と言う事で」

「何でお前の鞄を持たなきゃ行けないんだ」

「罰」

「何の?」

「私に恥を掻かせちゃった罪」

「お前何歳だ」

「兄ぃの二コ下」

どうやら本気らしい。目がマジだ。

仕方なく受け取る。

「じゃ、行こう」

元気良く出て行く千佳。

それに続いていく。


 学校では昨日の事が広まっていた。

「モテモテだね」

肘で俺のわき腹を突く。

「……」

言い返すのもアホらしい。

「良かったね。じゃ」

俺から鞄をひったくる様に取って教室に向う千佳。

「まったく」

「よっ!」

ドン! と肩を叩かれる。

「痛った〜」

振り返ると琉奈が居た。

「おはよ」

「おはよう……」

「元気ないね?どうしたの」

「……」

どうしたも何も……

「自分でも解らん」

「ふーん。ま、昨日は色々あったし」

俺としては「色々」の一言では片付けられない。

「他人事みたいに言うな」

「他人事だし」

微笑みながらそう切り返してくる琉奈。

確かに、自分もそう言うだろう。

「はぁー」

「ため息吐いて無いで。ほら、行くよ」

先を走っていく琉奈。

俺はゆっくりと歩いて追いかける。


教室も昨日の事で盛り上がっていた。

その喧騒を出来るだけ無視して自分の席に向う。

「詩月も見た?昨日ニュース」

「ちらっと」

「まだ、この辺に居るのかな?」

「さぁ」

心の中で間違いなく、と答えておく。

『そうか……では詩月君。また会おう』

昨日あの男が言った言葉を思いだす。

『また会おう』

その言葉が意味する事は一つ。

「おい! どうした?」

「ん……何でもない」

考え込んでいた様だ。隣の席からの声で意識を戻すが、『また会う事になる男』の事が頭から離れなかった。

「席に着けー。授業始めるぞー」

一時限目の教師が来て授業が始まった。


 六時限目が終わり帰り支度をする。

「立花。ちょっと……」

「はぁ」

担任に呼ばれる。

席を立ち担任の所に向うまでに、

「何したんだよ」

等とからかわれるが、俺は何もしていない。

妹に何か起こったのか?しでかしたのか?

後者の方が可能性が高い。

「さぁ。それを今から聞きに行くんだ」

「間違いないな」

俺の答えに笑うクラスメイト。

「お前に面会が着ているぞ」

「何処に居るんですか?」

「こっちだ」

担任に着いて行く。どうやら妹関連では無くなった。となると、謎は深まる。

俺に面会とは一体誰だ。着いた先は、

「理事長室……」

担任がノックし、中から声が聞こえる。

「失礼します」

「……失礼します」

妙に緊張するのは何故だ。

俺達を出迎えたのは、

「よお」

ソファに座り手を上げている、

「αさん」

「早速だが昨日の事について話があるんだ。

じゃ、行こうか」

ソファから立ち上がり部屋を出る。

「はぁ……」

とりあえずついていく。

校舎を歩く。

通り過ぎる生徒が皆振り返る。

「あの、αさん」

「何だ」

「電話で呼び出してくれれば良かったんじゃ」

「ま、近いから来てみたんだが……迷惑だったか?」

「迷惑って程じゃ無いんですけど……理事長や担任は知ってるんですか?」

「何を?」

「え。俺に会いにきた理由」

「言って無いよ」

後で何て言えばいいんだ……

「あ、それと昨日の事は他言無用に願いたい」

はぁ……学校に対する言い訳を考えないといけないな…


「詩月。何したんだ?」

「玲斗か……何もして無いよ」

「ホントに?」

「ホントだよ」

この男は川瀬玲斗。家も近所で同じクラスで幼馴染だ。随分前に引っ越してきてからずっと同じクラスという何とも言え無い縁があるらしい。

玲斗は何が嬉しいのかニヤニヤしている。

「ホンマは何したんやって?」

この男はテンションが上がると方言を入れて喋る癖がある。

「だから、何もして無いって」

「嘘つけ。何もして無い奴が『騎士』と一緒にいるわけ無いやろ」

「え」

『騎士』……?

隣に立っているαさんを見る。

「言って無かったか?」

「聞いてませんよ」

「そうだったか?はっはっは」

こっちは笑い事じゃないよ。

「騎士団」俺達が住んでいる「メイシティ」がある「フリージア王国」を含む四カ国で形成される同盟間で活動する組織。入るにはそれなり……というか、かなりの能力が必要とされるらしい。

「意外というか……そうじゃ無いと言うか……」

「で、何したん?」

「俺としては君が、何故俺が『騎士』だと解ったのか聞きたい」

αさんの雰囲気が若干変わる。

それに気付かない訳は無いのだが玲斗はテンションを変えず、

「何故って……雰囲気とかそんなんですよ。……後、昨日の事で今度来るお偉いさんの護衛と言うか事前調査と言うか、そんな感じですけど」

目を見返して答える。

「……なるほど。まぁ、俺も隠してた訳じゃないが……気になってね。少しナーバスになってるな」

上を見て息を吐いて心を落ち着かせている。

「……じゃ、俺から聞いていいですか?」

「何だ」

「詩月を連れている理由」

「お前には関係無いだろう」

「連れないな〜。詩月。そんな態度なら千佳ちゃんに言うぞ」

「グ……」

別にアイツも事情を知っているから構わないのだが「困るフリ」をして誤魔化した方がいいだろう。

「お」

天の助けか玲斗のケータイが鳴る。

「じゃな。玲斗」

「あ、ちょ……」

電話に出ながら俺達を引き止めようとするが電話相手に何か言われている。

その間に俺達は学校から出る。

「ふぅ……流石「メイシティ士官学校」の生徒と言うか……」

玲斗の事で苦笑するαさん。

「アイツは昔から妙な所で勘がいいんでよ」

「じゃ、俺と君が一緒にいた理由も」

「多分」

気付いているだろう。聞きたかったのは、それが正しいかどうか。それが理由だろう。

歩いて駐車してある車に乗り込む。

「……何処に行くんですか?」

「とりあえず……警察」

「はぁ……」

それを聞いて気が重くなる。

「大丈夫だって。ちょっと話を聞きたいんだ」

「……まぁ。断ら無いですけど……そんな気がしてましたから」

ちょっと。で済めばいいけど

「そんな顔しないで。ほら。元気だして行こう」

……無理だよ。


「……」

「疲れてるね」

「……どうも」

差し出されたコーヒーを受け取る。

一口飲んで、深く息を吐く。

「……」

「何か言われたのか?」

「え、別にそんな事は……」

無い訳では無いが……

「ま、何を言われたかは知らないが、あんまり気にすんなよ」

バン、と肩を叩かれる。

「……目的は何なんでしょうね」

「……さぁな」

あの男。

鎌を振り回し敵と認識した者には躊躇わずに刃を振り下ろす。

血を見る事を楽しんでいる風には見えなかった。あの男からは信念で闘っている印象を受けた。

軍や警察。国家を相手に闘いを挑むほどの信念。

玲斗では無いがそれには興味がある。

それを知ると言う事はもう一度会うと言う事。

それが意味するのは…昨夜の戦闘を繰り返す事。

「目的が何であれ俺は奴を捕らえる」

「……」

αさんの目に迷いは無い。

「そこで君に頼みがあるんだ」

「……」

「あの男は君に興味がある様だ。で、あの男から何らかのコンタクトがあったら連絡して欲しい。無理にと言わないが」

「はぁ……」

連絡を取れない状況など想像したくは無いがその可能性もある。

そんな状況で連絡しようものなら……

「……状況にもよりますけど」

「それで構わないよ。それと……矛盾しているしこんな事言える立場じゃ無いかも知れ無いが危険な事は出来るだけ避けてくれ」

「そりゃ……」

言われなくても。

「ま、君なら上手く立ち回れるだろう」

「昨日の事は偶然ですよ。不意をつけましたから」

「謙遜だね。行動を起こした勇気が君にはあるだろう」

「買い被りですよ」

「自分の評価が低いな。ま、高すぎるのも考えものだし……それ位の方がいいかもな。じゃ、今日はありがと」

「もう帰っても……」

「いいよ。送っていくよ」

「いいですよ。家はここから近いですから」

「そう。じゃ」

「失礼します」

挨拶をして警察署をでる。


 空が赤く染まり始めている。

早く帰らないと妹に何を言われるか……

行き交う人波に乗って歩を進める。

それ程人がいないのは昨日の事件の影響だろう。

「やぁ、警察の話は済んだのかな?」

振り返るとそこには、

「何だ……琉奈か」

「何だとは何だ。心配してやったのに」

「心配してやった……て。琉奈が心配するような事は何もして無いよ」

二人並んで歩き出す。

「昨日は?」

それを言われると答えに詰る。

「まぁ……不可抗力と言うか」

思わず顔を背ける。

「反省しているなら警察での事を話しなさい」

「……野次馬根性だけじゃないか」

「まぁまぁ、いいからいいから」

「別に……何も変わった事は」

とりあえず、呼ばれた理由は昨日の事の確認程度だった事を伝える。

「それだけ?αさんだっけ?昨日の。その人から「協力してくれないか?」とかは?」

「ある訳無いだろ」

「協力してくれないか?」をαさんの声を真似しているが微妙に似ている様な気がする。

「え〜。つまんな〜い」

一気に興味が無くなった様だ。

「常識で考えろ。警察があんな危険な事に対して一般人に協力を要請すると思うか?」

「だって、情報提供とか」

「あくまで第三者。間接的に協力して欲しいだけ。それ以上は関わって欲しく無いの」

「え〜」

納得しない。まるで子供の様な駄々をこねそうな勢いだ。

「でも、千佳ちゃん剣を持って歩こうかなって言ってたよ」

「何で?」

「……頼りないからでしょ」

横目で俺を見る。

「そんな事無いですよ。昨日は勇敢でしたよ」

意外な声に驚き振り返る。

「やぁ」

にこやかに微笑む男が立っている。

その姿を見て間合いを取り、琉奈を庇いつつ前に出る。

「そんなに殺気立たなくても」

苦笑する男。

「誰、なの……」

殺気立つ俺の後で戸惑う琉奈。

「そちらは……始めまして。僕は……そうですね。

『死神』……とでも言っておきましょうか」

その言葉でこの男の事が理解できる。

「……何の用ですか?」

「別に、見かけたから声を掛けただけですよ。ほら。何も持って無いでしょ」

確かに男は武器を持っている様子は無い。

だが、油断は出来ない。

「ふー。そんな殺気だたれては話も出来ませんね。では。また詩月君」

そう言って立ち去る男。

「……何だったの?」

「俺が聞きたいよ」

僅かなやり取りで体中から汗が噴出していた。


 自らを『死神』と名乗った男が立ち去ってからは、何も喋らず歩いていた。

昨日とは全く違う男。

「……ねぇ。ホントに」

見上げる琉奈の顔は半信半疑と言った所か。

そんな琉奈を見ながら黙って頷く俺。

振り返り男を確認しようとするがもういない。

いないはずの男の背中を確認しているのか首を捻っている。

「人は見かけによらないと言うか……」

「全くだ」

その事は昨日嫌って程実感した。

「でも、何でアンタの名前知ってたの?」

「あぁ……」

名前を伝えた事を教える。言われる事は解っている。一歩前に出て、振り返る。

「はぁ〜。馬鹿じゃ無いの?」

「……返す言葉も無い」

「『死神』に魅入られちゃったね」

「何がそんなに嬉しいんだ」

「いや〜」

にやけながら頭を掻く琉奈。

「この」

手を伸ばすがひらりと後に避けられる。

「あはは……気をつけなよ。じゃね」

琉奈が交差点を曲がっていく。

琉奈の顔からは笑顔が消えていた。

「……」

琉奈の背中を見送ってから俺も家に向って歩き出す。


「さ、行くよっ!」

玄関を開けた直後、剣を携えた妹が仁王立ちしていた。

「……何してんの?」

「兄ぃを迎えに行こうとしてた所」

「……「ソレ」持って?」

千佳の手には妹自慢の一振りの剣が握られていた。

「当然。敵は強者。これ位の装備は当然」

胸を張る妹。

『リ・エイト社製限定モデル「燎原ノ焔」レプリカ』

赤色鋼で作られた為赤く光る剣。

神話時代に『火を識るもの』と呼ばれる神様の娘で『知恵と勝利の女神、ユ=ナ』が敵対する巨人と闘う時に使ったとされる神剣が「燎原ノ焔」と呼ばれている。伝承に残るその形を再現したのが千佳の自慢の一振り。

軽く扱いやすいが値が張る為に今まで一度も使った事が無い。というか、限定品。コレクターアイテムなので使う奴はいないだろう。

それを持ち出してくるとは……妹の優しさが正直嬉しい。多分、他にも理由はあるだろうが

「ま、私も一度使いたかったし」

そうだろう。声が本当に嬉しそうだ。

「……」

思った通りだが何故か嬉しさが半減した。

「ほら!行くよ!」

ベルトに通したホルダーに剣をセット。

「……」

黙って横を通り抜けようとしたが、腕をがしっと掴まれ、外に連行される。


「安かったね」

晴れやかに笑う妹。

スーパーでの買い物帰り、両手に荷物を持っている俺。

「さ、早く帰ろう」

「……うい」

先を歩く妹。その影を追いかけて行く。


「よ」

自転車に乗ってどこかへ行く途中の琉奈と会う。

「琉奈さん」

「あはは。ホントに持ってるんだ」

千佳の腰にある剣をマジマジた眺める。

チャキ、と構えて、

「いいでしょ?」

凄く自慢げな千佳。

「いいなぁ〜。私も『猛ル龍ノ嘶キ』並んで買えば良かったな〜」

 琉奈の言う『猛ル龍ノ嘶キ』も『リ・エイト社』の限定モデル。

「極寒の中、徹夜で並びましたから」

「そこまでやるか?って感じだけど。ていうかライフルもあったのか?」

「当然」

胸を張る千佳。

そりゃそうだよな。

かなりのシェアを持ってる武器メーカーだし。

「欲しい物を手に入れるのに手間は惜しまないのが私の生き方」

言い切ってしまう千佳。

「俺にはよく解らんな」

「例えば、兄ぃの欲しいタイプのシールドが出て、それを手に入れるのには徹夜しないといけないとしたらどうする?」

「開店時間に行く」

「それじゃ買えないよ。徹夜で並んでるんだから」

「予約する」

「それも駄目だったら」

「諦める」

「並べ。徹夜で」

「嫌だ」

「根性無し」

何でそこまで言われなきゃいけないんだ?

「別に用途や性能は対して変わらないんだから武器なら使い手の腕の差でどうとでもなるだろ」

「フォルムとか色とか、こだわりは無いのか?」

「う〜ん……無いなぁ」

「マジで!」

「そんな驚くような事か?」

「好きな色とかあるでしょ?」

「好きっていうか……まぁあるかな」

「だったら、その色を使ってるシールドが欲しいとか思わない」

「いや……別に」

ぺチン。と自分の額を叩く千佳。

「もうちょっとさ。見た目とかに個性を出そうよ」

「お前はどこの回し者だ」

「どこでもいいよ」

話にならないとお手上げの千佳。

妹の態度が微妙にムカつく。

「大体だな。色とかそんな事で強くなる訳無いだろう。そりゃ、気に入った色で強くなるなら俺も徹夜で並ぶけどそんな事は無いだろう」

「屁理屈って知ってる?」

それはお互い様だと思う。

が、言ってしまうと後が恐いので言わないでおく。

「で、お前は何処行くんだよ?」

話を変える為、琉奈にふる。

「ん?私はこれの調整に……」

肩からぶら下げているライフル。

「壊れたのか?」

「ちょっとがたついてる気がするし」

「あ、そうだ。俺も買いに行かないと。壊れたから」

「何時?」

「昨日に決まってんだろ」

「何でよ」

 事情を説明。

「じゃ、今度見に行こう」

「いいよ、一人で行く」

「でも、あそこのショップはシールドはあんまり無いよ」

「マニアな武器使うなよ。兄ぃ」

「うるさい」

「あはは」

 俺達の会話を聞いて笑う琉奈。

「でも、琉奈さんバッテリーも買うんですか?」

「それは…予算と相談」

 バッテリーとは武器のエネルギー、動力源の事だ。銃系なら弾の事だし、剣や槍ならビームの展開時間や強弱を調整するのに必要なエネルギーだ。俺のシールドは後者に属する。

これが無いと起動は出来無い。シールドは発射も出来ない。

琉奈はライフルを得意としている。

百発百中とはいかないが命中率はかなりのものだ。

「早く直した方がいいですよ。いざという時に壊れちゃったら大変な事になりますよ」

「何だよ。そのいざという時ってのは」

「昨日の犯人と闘う時」

「アホ。何で一般人の俺達があんな危険人物と関わらなきゃいけないんだ」

「それはそうだけど……」

俺達が関わらないでいようとしても、『死神』は何故か俺に興味をもっているらしいから嫌でも会う事になるだろう。

「でも、念の為って事もあるし」

「それもそうだけど。…闘わないのが一番良いだろう」

士官学校の生徒の言葉としてはどうかと思うが、避けられる闘いは避ける。これも兵法だ。

「そうだけど……」

俯く千佳。

「お前の気持ちは嬉しいけどお前が怪我でもしたらどうする?」

俯いたままの千佳の肩に手を置いて、

「帰って飯にしよう」

「……」

歩き出す千佳。

「じゃ、琉奈」

琉奈に声を掛けて癒えに帰る。

「おう」

手を上げて答える琉奈と別れる。


 家に着くまで俺も千佳も喋らなかった。

それは食事が終わった今も変わらない。

無言のまま食器を片付ける千佳。見る気は無いがテレビを点ける。

昨日の事がニュースになっている。

そして、どこかの識者があの男「死神」の行動について分析している。

「……合ってるのかな?」

食器を洗い終わった千佳が二人分のお茶を持ってきて隣に座る。テレビで喋っている識者の言葉を聞いている。

「……さぁ」

そう答えたが、心の中では「違う」と明確に否定できる自分がいる。

『死神』は愉快犯的な行動じゃないのは確かだ。

「あれ?昨日の事件で通行人に怪我人無し?」

「え」

千佳の声に思考を止めて画面を見る。

フリップには確かにそう書いてあった。

昨日の事を思いだす。

……

確か……「死神」が通行人の持っていた荷物を斬ってパニックになって……

「無差別テロじゃ無いのは確かだ……て結果見れば誰でも解るよ」

結果から推測する識者の言葉に笑う千佳。

テロとは違う気がする。警察施設を襲ったのは紛れも無い事実だし、そう言えない事は無いだろうが……

それから識者の意見を聞いていたが、まとめて見ると「よく解らない」と言う事だった。

「これでお金貰っちゃ駄目でしょ」

辛辣な千佳の批評。この批評があらゆる家庭で行われているのだろう。

「で、兄ぃ。警察での話は何だったの?」

「…知ってたの?」

驚いてお茶を噴出すような事はしない。

「玲斗君が言ってた」

アイツ…

口止めしていない俺も俺だが、口止めした所であの男は聞かれなくても嬉嬉として喋るだろう。

「で」

逃げようとしたが、真剣な妹のから逃げられないと悟る。

「えっと…」

悪戯を見つかった子供が言い訳を考える様な心境で警察での事とその帰りに琉奈と一緒に「死神」と会った事を話す。

「…」

怒鳴られると思ったが妹は静かにお茶を飲んでいた。

その様子が恐怖を煽る。

千佳がコップをテーブルに置いただけで高まる鼓動。

「で」

「え、それだけ……だけど……」

声に感情が無い。

「警察に連絡したの?」

「まだ……」

「……」

手で「電話しろ」と示される。

黙って頷いて警察に掛け、αさんを呼び出してもらう。

「あ、どうも。詩月です」

「どうした?」

「えっとですね。さっき別れてすぐに『死神』と会ったんですよ」

「『死神』?」

「あ、『死神』って自分で名乗ったんですよ」

微妙に話が合わない。

「誰が?」

「昨日鎌を振り回していた男が」

これで理解できたαさん。

「自分で『死神』って名乗ったのか」

「はい」

「馬鹿にしているのか?あの男は」

「している様な、していない様な」

微妙な問題だな。

「αさん。聞いていいですか?」

「何だ」

「『死神』の目的って何だと思いますか?」

受話器の向こうから聞こえるのは人が動く音だけ。

「……さぁな。俺には解らん」

数分の沈黙の後そう答えが返ってきた。

「それだけか?」

「あ……はい」

「気をつけてくれよ。どうやら君は「死神」に魅入られたようだから」

「それ、さっき言われました」

「そうか?……また何かあったら連絡してくれ」

電話を切る。

「……」

「じゃ、私は風呂に入ろっかな」

電話の内容を聞こうとすると思ったが千佳は立ち上がって風呂へと向う。

「……」

一人になると色々と考えてしまう。

頭に繰り返される一つの言葉、

『死神』に魅入られた。

琉奈とαさんの声で繰り返し聞こえる。

その言葉から恐怖と共に興味を感じる。

『死神』が何を目的としているのか?

それを知るには『死神』に直接聞くのが一番速い。……出来れば、の話だが。

『死神』が俺に興味を持っているらしいのは間違いない。

近いうちにまた会う事になるだろう。

…会いたくて会いたく無いと言うのが俺の正直な気持ちだが……

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