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序章.夢じゃない世界(終)

 理由もわからぬままに姫の代わりをしろとは言われたが、蘭は本当に信じているわけではない。

 あくまでこの場所にふさわしい服装にされただけであり、何故か髪の毛も長くはなってしまったが状況を把握しきれていないだけだ。とにかく姫としてこの部屋にいろとは言われたが、はいそうですと従うばかりもおもしろくない。

「私は外が見たいんです。この部屋だけでは納得できません! 着替える前は外へ出してくれるって言ったじゃない」

 着慣れない服装のままに訴えかければ、ソファに陣取る二人の反応は芳しくなかった。姿勢を正して座るユージィンは困った表情を見せる。

「姫はあまり外へは向かわれませんでしたからね。とにかく帰られるまでここにいていただければ良いのですよ? まだわずかな時間しか経っていませんしね」

 かたやだらしなくソファにあぐらをかいているセルアも、こちらに視線を向けはするが乗り気ではないらしい。一度部屋から出たにも関わらず呼び戻された事もおもしろくないといった素振りも見せている。

「ああ、基本的にあいつは外に出ねぇからな」

 二人の意見はぶつけてくるが、こちらの考えを聞き入れる様子は感じられない。

(いったい何なの?)

 ウィルナという国の姫が外へは出ないという理由で蘭の意見は反対されていた。ある程度は従っていれば何かがわかるだろうと思ったのだが、どうにも埒が明かず声を荒げる。

「姫が外へ出ないのは関係なく、わたしが出たいんです。ここは本当にどこなのかを知りたいから言ってるんです。伸ばしたら外へ出れるって言ったじゃない!」

 おとなしくしているばかりでは何も解決しないと、蘭は身を乗り出して目の前のテーブルに勢いよく手をつく。

「何も見ないままに知らない場所だなんて決められません! お願いだから外へ出して、いいえ出してもらえないなら一人でも出て行きます」

 一箇所に留められるばかりでは意味がない。とにかく立ち上がろうとすれば、セルアが本当に仕方なさそうに溜息をついた。

「わかった、とにかく外へ行ければいいんだろ? ユージィン、行ってきたらどうだ?」

 押し付けるように向けられた視線にユージィンの瞳が見開かれる。

「私がですか?」

「ああ、お前の方が説明に向いている。俺はこの通りだからな」

 どの通りなのかがわからぬ台詞に、今度はユージィンが笑みをセルアへ向けた。

「残念ながら私はこれからするべき事があります。セルア、貴方がお付き合いしてはどうですか?」

「俺がか?」

 立場が逆になったセルアが嫌そうにする姿に、蘭はどうやら自分が二人に歓迎されているわけではないらしいと悟る。

「ええ、ここまでおっしゃるのですから店がある辺りにでも向かってはどうです? 実際にランがどう思うのかを知るのも大切かもしれません。貴方こそが適任に思えますよ」

「ちっ、仕方ねぇな……あいつが昔使ったやつがどこかにあるはずだ」

 立ち上がったセルアがベッドの側にある引き出しを開ける姿を眺めながら蘭は考える。

(どういう事なのかしら?)

 勝手知ったるといったセルアの動きを見ていると、本当にこの部屋の主は誰なのだろうかとも思えてくるのだ。よくよく考えると姫は女性のはずであり、どうして男二人ばかりがここにいるのかという疑問も沸く。

 セルアは乱雑に中身を取り出しているらしく、不要な品を床に投げ出していく姿にユージィンが眉を潜めた。

「セルア、もっとやりようがあるでしょう?」

「うるせぇな、出かけてる間にハンナに片付けさせろ。ランの箪笥の中身なんてよく知らねぇんだよ」

(やっぱり違う?)

 手馴れているのならばすぐに目的の品を見つけるはずなのだ。セルアはああでもないこうでもないと何かを探しており、随分と床を散らかした後に新たな衣服を蘭に投げて寄こした。

「これなら出かけられる」

 現在の服装で出かけるのは確かに気が引けたが、今度は随分とあっさりとした物を渡された。

「ねえ、どうしてこのままの格好じゃいけないの?」

「当然だろうが? それはあくまでもランとしての服装であって、外に出るのはさすがに認められねぇ。とにかくそいつに着替えろ」

 何か理由があるようなのだが、セルアは説明するのも面倒だとユージィンを伴って室外へと向かっていってしまう。

「また、声をかけてくださいね」

 ユージィンには優しくそう言われたものの、現状に不満を覚える蘭は苛々と座っていたソファから立ち上がる。

(ああもう、なんなのよ。脱いだり着たり無駄じゃない。何をさせたいわけ?)

 とにかく外を知りたいと袖を通した衣服は麻のような素材でできたワンピースだった。袖のない膝に被る程の長さのそれと、皮製のサンダルを合わせた真夏のような格好ができ上がる。

 再び呼び入れたユージィンの手により、髪は一つに纏め高い位置に結い直された。本物の髪の毛に見えるだけはあり、随分と長さのあるポニーテールが蘭の背では揺れている。

 同行するセルアも似た素材の半袖の上着とズボン、サンダルという姿をしており、どこかで着替えてきたらしい。

「俺達はこうして外へ出るべきってこった。納得しろよ?」

 こちらの質問にはもう答えたくないと、少年は嫌そうな表情で蘭を扉へ促す。

 この一室だけでは答えが出ないと思っていた扉の外は、同じように赤い絨毯の引かれた廊下であり片面に扉が四つあると蘭は確認する。

(部屋は随分と広かったけれど、あまり大きな家でもないのかな?)

 恐ろしく大きな屋敷を想像していた程ではないと思っていれば、セルアに手首を掴まれ引っ張られた。

「俺の側から離れないのが条件だからな?」

 自分よりもずっと小さな子供に手を引かれる姿は不思議なものだったが、とにかく外へ出られるのだから構わないと蘭は頷く。

(本当に、ここって何なのかな?)

 初めに腕を捻り上げられはしたが、凄く酷い目に会ったわけでもない。もしかすると姫という立場にさせてくれる場所なのだろうかと、世の中にある様々なコンセプトの店を思い浮かべる。

(なら最初からそれらしく扱ってもらえるはずよね? 姫だもの)

 少し違うかと思いながらも歩く廊下の先には扉があり、どうやら玄関らしい。セルアと共に屋外を目指す。

「どうしたの?」

 先に土を踏んだセルアが振り返りこちらを真剣に眺めている姿に聞くと、素っ気ない返事だけがある。

「いいや、なんでもねぇよ」

「そう?」

 詳しい理由はわからぬままに扉を抜けると、窓から眺めた庭があり壁が立ちはだかった。しかし、視線を横へと向ければ更に驚くような建物があり、蘭は大きな声を上げる。

「な……なな、何これ!」

 首が痛くなる程に高い建物がそびえ、とにかく全貌を見ようと上下左右へ目を走らせていると隣にいるセルアに馬鹿と言われた。

「でかい声を出すんじゃねぇ。気付かれるだろうが」

 小声での注意に困りながらも潜めるべきかと蘭も倣う。

「だって、これってお城でしょ?」

「見るからにそうだろうが?」

 何を当然の事を言っているのだとセルアの目は語るが、蘭にとっては初めて見るものであり驚かずにはいられない。遊園地等にある城というものを見た事はあったが、記憶の中のどれよりも大きい。

「凄く大きい。何なの、ここって遊園地?」

 早く事実を知りたいとは思っていたが、どうやらテーマパークのような場所らしいと隣を見れば、訝しげな表情が見える。

「なんだそのユウエンチってやつは?」

「遊園地は遊園地でしょ? ジェットコースターとかお化け屋敷とか」

「じぇっと……?」

「知らないの?」

「知らねぇよ、そんなもん」

 時折伝わらない言葉があるとは思っているが、本当に遊園地を知らないのだろうかと蘭はセルアを見下ろす。簡素な服装は劇で言うなれば平民一とでも呼ばれそうな雰囲気であるが、それは自分も同じ事だった。

(よくわからないわ)

 どうしてこのような流れになっているのかと再び考えていると、セルアが今まさに出てきた扉を指差す。

「お前、一人でここへ入れるか?」

「どういう意味? 開けて入れって事?」

 何故再び戻らねばならないのかと思いながら聞き返すと素直に頷かれてしまい、とにかく開ければいいのかと蘭はドアノブを掴んだ。

 室内は豪華であったが、玄関の扉は特に目新しいものも感じない木製である。内側へと開くそれはわずかな音と共に動き出し、蘭の視界には赤い絨毯を敷いた廊下が飛び込んでくる。

「わかった、行くぞ」

 するとセルアはただそう言って掴まれたままである蘭の片手を引っ張るのだ。

「何なの?」

「少し確かめただけだ」

 ぶっきらぼうな物言いはユージィンに対しても変わらない。こうした口調の少年なのだと思ってはいるが、扉を開かせるという行為は不思議だった。

 そして何故かセルアは口端を上げて見せたのだ。

「お前、変わってるな」

 本当に意味のわからない発言に首を捻りながらも、蘭は壁の外へと向かい始めていた。



 部屋の窓から見えていた庭は随分さっぱりとしているものだった。実際はとても広い空間を使い切りもせずに、窓から見える範囲にのみまばらに木を植えている。合間には小さく浅い池があり、高さのない草花が存在していた。

(眺める部分だけに欲しかったって事?)

 室内からはそれなりに見えるのだが、実際に側へ寄るとあまり完成されているようには見えない。

 蘭は不思議に感じているがセルアは見慣れているのか気にも止めない。こちらの腕を引っ張りながら足をどんどん進めていく。

 外を見たいと訴えたのは自分である為、蘭も素直に従いしばらく壁伝いに歩かされる。

「大きな声を出すなよ? あと、誰かに会っても喋るな。何かあったら俺がどうにかする」

 人との遭遇を嫌がるセルアに頷いていると、今度は小さな木製の扉が目に入った。ひっそりと隠れるように存在している扉に少年は何故か手のひらを当て、そしてすぐに手前に引く姿は蘭には見慣れないものであったが、どうやら鍵もなく簡単に開くらしい。腰を屈めてようやく通り抜けられる程の空間ができる。

「さっさとこいよ」

 手を引かれながらも先を目指せば、蘭の眼前にはまたもや想像以上のものが広がった。

「な……っ」

 何なの! と叫ぼうとしたのだがセルアの腕が蘭を引っ張り、意識が逸れる。

「いちいち騒ぐな。気付かれたら面倒な事になるんだよ」

 優しさの欠片もなくこちらを睨む瞳と共に言葉は続く。

「絶対に騒ぐなよ。面倒はごめんだ」

「わかったわよ。もう、大きな声は出さないから」

 理由があるからこそ声を出すなと言われたのだろうと、蘭は小声で答えながらも辺りに視線を巡らせた。

 まず目に入るのは美しい色の石を敷き詰めた道だ。幅は自動車が通れるようなものではなく、徒歩や自転車での移動がせいぜいだろうと思える。鮮やかな石は全て青で統一されており、目の前を真っ直ぐに流れていく川のようにも見えた。

 そしてその片側が蘭が今くぐり抜けてきた壁だった。振り返り見上げると壁越しに城の上部が目に入り、更に高く寄り添うように塔が一つ存在している事に気付く。

「この壁ってあのお城を囲んでいるの?」

「そうだ」

 自分のいた場所は確かにこの壁の中である。しかし姫というからには城の中にいるべきではないのかと疑問が浮かんだが、そこは今は必要ないだろうと更に景色を眺めた。

 道も壁も石で造られていたが、城も塔も同じような石材らしい。白っぽい石ばかりが目に付く中で青く彩る道だけが不思議な程に目立つ。

 城と壁がある反対へと目を向ければ、同じように白っぽい石で造られた家屋が立ち並んでいた。それは蘭が目覚めた部屋のある屋敷とよく似た大きさと外観を持っており、きっちりと配置されているように感じられる。

(何……ここ?)

 おかしな場所にいるとは思っていたが、とてもではないが規模が大き過ぎると蘭は眩暈すら起こしそうになった。

「おい、大丈夫か?」

 血の気が引いたのかくらくらとする自身に戸惑いながらも、手を掴むセルアを見ればさすがに心配されているらしい表情がある。

「うん……大丈夫、かな。もう少し違う所にも行きたい、かも」

 外へ出れば答えが見えるはずだと思っていたものが、更に深まるばかりなのだ。蘭の思考はままならない。それでも先を目指そうと思えたのは、どこかに現実的な何かがあると信じているからだった。

「本当か? とりあえず行くからな?」

 手を引きながら目の前を歩くセルアに続いてはいたが、蘭の目は景色を見てはいたものの不安ばかりが増していた。どれだけ進めど見知ったものには出会えず、今の自分と似たような服装をした人々とすれ違う。会話は聞こえてくるがそこで話されている内容も聞いた事のない名称が入り混じり、安堵できるようなものではなかった。

 ユージィンが言っていたように店のある通りへセルアは連れて行ってくれたらしいが、蘭が知るような建物は一切存在せず、売られている品も見知らぬものばかり。どれだけ歩こうとも気持ちが晴れる事はなく、しまいにはセルアに引きずられるように足を進めているだけだった。

 言葉を発する余裕もない為、蘭は自ら質問もできない。セルアは時折振り返っては訝しげに見上げてはくるが、率先して何かを伝えようとも思っていないらしい。

 道順もわからぬままに連れまわされていると、いつの間にか元の位置へと帰ってきており蘭は促されるままに屋敷へ戻った。

「お帰りになられましたか」

 今のところ最も滞在時間の長い部屋には、ソファに座り本を眺めるユージィンの姿がある。蘭はただセルアに引っ張られるようにソファへ向かわされ、強引に座るように勧められた。

「ユージィン、城に行ってないじゃねぇか」

 こっちは面倒事に付き合わされたと含むような口ぶりと共に、セルアは蘭の右側に当たるソファへと寝転ぶ。正面にいるユージィンは開いていた本を閉じると、わざとらしく笑みを浮かべるだけだ。

「一度は行ってきましたよ。今日はこちらにいるべきだろうと色々と手配をしてきたのです。セルアの分も言付けてきました。必要な事でしょう?」

「それくらいわかってる、俺は言いたいだけだ。こっちはこいつがすぐに大声を上げそうになるから大変だったんだぞ」

 どうやらしっかりと分担した行動だったらしい。ユージィンは仕方ありませんねと言った後に、何故か不思議な言葉を少年に向けた。

「ならば、セルアにとっては随分と新鮮だったのではありませんか?」

「変な言い方をするな。ったく、外に出た途端に様子がおかしくなりやがって」

 何やら意味合いがあったように見えたのだが、セルアはすぐに話を変えてしまう。ユージィンもそれで構わないのか、蘭へ目を向けると首を傾げた。

「どうかなされたのですか? 随分と顔色が悪いようですよ」

「さあな、城を見れば驚く。城壁と外を見ても驚く。見てるこっちも疲れるくらいだったな」

 蘭よりもセルアが先を越したが、決して間違った言葉ではない。

「だって、本当に知らない景色ばかりだったんだもの……驚かないなんて無理よ」

 外にさえ出れば真実が見えると思っていたはずが、疑問が大きく膨れ上がってしまったのだ。舗装された道路もなければ、見慣れた建築物もない。店に並ぶ品は見た事もなく、人々の肌も髪も様々な色があり統一感がなかった。

 驚いたとは発言できたが、それ以上が浮かばなかった蘭は暗い表情で二人を見比べる。

 セルアの金髪と褐色の肌はここでは決して珍しいものではないらしい。あまりにも色数が多かった為に覚えきれない程、様々な人種が入り混じっているように見えた。ユージィンは黒髪ではあるが、肌が透き通るように白い。やはり何かが違うのかと思わされる雰囲気を持ってはいる。

「そうですか、ならばやはりランはここを知らないと?」

「見た限りではそうらしいな。そうなんだろ?」

 二人は顔を見合わせてはいるが、蘭にこれといった情報を与えもしない。

「全然知らない、どこなのよここ?」

 苛々と言えば、こちらを見つめるセルアの眉が潜められた。

「ウィルナだって言っただろう?」

「そのウィルナが何なのかもわからないのよ! わたしこんなに大きなお城がある場所なんて知らないし、車も走らないような道も知らないわよ。服装だって見た事ないし、どういう事? テーマパークかなんかじゃないの?」

 真実があるならば教えて欲しいと訴えているのだが、セルアには全く伝わらないらしい。訝しげに見つめられるばかりだ。

「なんだよ? さっきはそこまで慌ててなかっただろうが、てーま何とかも俺達にはわからねぇ」

「だって、本当に知らない所なんだもの。何かに騙されてるんだと思ってたのに!」

「騙されてるってなんだよ。こんな大げさないたずらがあってたまるか。こっちだって一人いなくなってんだよ!」

「わたしはそれも嘘だと思ってたの!」

 会話をしているのが自分よりもずっと年下の少年だとはわかっているが、感情を抑えられないままに蘭は言葉をぶつけてしまう。するとセルアも応戦するように反論してくるのだ。

「嘘とはなんだ嘘とは! 知らねぇ奴に親切にしている側の身にもなれ」

「わたしだって知らない場所にいるんだからわかってよ。そっちは二人いるだけ条件がいいじゃない。場所だって知ってるみたいだし」

 更に言ってやろうと蘭は思っていたのだが、ユージィンが割り込む。

「セルア! 相手は姫ではないのですから程々になさってください。ラン、貴女も落ち着きなさい。騒いでも何も変わらないでしょう?」

 大きな声に二人が勢いを失うと、ユージィンの呆れているらしい瞳がランとセルアを交互に眺め溜息をついた。

「二人の気が合うのは構いませんが、今は実りのある会話をしてください」

「気が合うってのはなんだよ? ふざけんな」

 今度はユージィンに噛み付こうとセルアが口を開いたが、相手はそんな気もないらしい。冷笑を浮かべると強引に話を始める。

「ランがウィルナを知らないというのは信じるほかないのでしょう。セルアとそうやって会話ができる時点でわかります。貴方もそれがわかっているのでしょうに、もっと上手く立ち回りなさい」

 答えはいらないという素振りでセルアに視線をぶつけたユージィンは、次に蘭へ目を向けてくる。

「そしてラン、貴女も騒ぎ立てないでください。何もわからないという条件は皆一緒のようです。冷静に必要な事を見極めましょう」

 強引に割り込まれはしたが、確かに騒ぎ立てたところで解決するような状況でもない。蘭は素直にはいと頷き、ユージィンの更なる発言を待った。

「確かに、どうしてランがいて姫がいなくなったのかはわかりません。しかし、姫を思うとこうした事態もないとは言い切れないのではないですか?」

 現時点では蘭は二人と共通の知識を持っていないように思える。だからなのかユージィンはセルアへ姫に関しての話題を向けた。 

「……確かにな。だが、するなら俺達は巻き込まれるはずだろうが? あいつはあいつで予想外の状態になっていると考えるべきだ」

「ですがセルアは姫が無事だと思っているのでしょう?」

「当然だろう? 俺がいられるって事はあいつもどこかにはいる」

「それだけが救いですね。心配ではありますが、とにかくこちらのランがいる事にも意味はあるのでしょうね?」

「そりゃそうだろう。何もしてねぇのに自由に出入りができるんだ。意味がなかったら困っちまう」

 その発言に何故かユージィンの瞳がはっきりと驚きを示す。

「それは、弾かれないという意味ですか?」

「ああ。俺もどうなるかと思ったんだが、普通に通りやがった」

 セルアは首をすくめるだけの反応だったが、ユージィンの眉は酷く寄せられた。

「試させたと? 危険だったのでは?」

「危険だろうが見極めないわけにもいかねぇだろう? とにかくこいつは自由に出入りができる存在だ」

「自由に……それは私や姫のようにという意味ですね?」

「当たり前だ。近いってのが関係してんのかもな」

 本当に理解できない会話が蘭の前では続けられている。出入りをした場所は屋敷と壁に設えられた扉くらいのものだったが、何故議題になるのかすらわからない。

「それで、何の為にわたしはここにいるんですか?」

 意味があると二人が告げているからこそ聞いたのだが、セルアはまたも首をすくめるだけだ。

「それはわからねぇ」

「全く困ったものですね。姫もどこへ行かれているのか」

 二人の困りきった表情を見る限り、蘭と同じく理由がわからないのかと思える部分はある。だが、本当にランという人物がいたのかさえわからない。服装もまるで自分の為に誂えたのかと思える程にしっくりとくるものであり、違和感ばかりが残った。

「本当に二人共、理由がわからないんですか?」

 何か隠してはいないかと蘭の疑いは拭えないままであり、棘のある発言の為かセルアの瞳もきつくなる。

「ああ、何度もそう言ってるだろうが? 繰り返そうが変わらねぇよ」

「そんな事言ったって納得できないんだから仕方ないじゃない。もっとわかりやすく説明がして欲しいんです」

 応戦したくなる物言いに蘭の語気が強まれば、ユージィンがまたも言葉を挟む。

「セルア!」

 見知っている分の差なのか少年だけが注意を受け、蘭もさすがに思い留まる。

「こうも似てるとおかしな気がするんだよ。ったく中身だけ別人になったみたいじゃねぇか」

 片手で髪をかき上げながら眉を潜めるセルアに、ユージィンの声がわずかに荒れた。

「まさかランだと言うのですか?」

「いいや別人だ。あいつは好き勝手な事はするが芝居は向いちゃいねぇ。ここまで見事に別人を演じられると思うか?」

 二人の瞳が蘭へ向き、すぐにユージィンが苦笑する。

「それはありませんね」

 セルアも大きく頷き、すると今度は強制する発言が蘭に向けられた。

「だからお前はランであってランではねぇんだろう。そして、その理由はお互いにわかんねぇ。それだけは納得しろ」

 二人の不躾な瞳に晒されながら、蘭は理不尽だと訴える。

「何よそれ」

「仕方がないでしょう? 私もセルアも貴女も何故こうなっているのかがわからないのですから。とにかくこの部屋でしばらく過ごしてくださいね。徐々に何かがわかるかもしれませんよ。この屋敷にいる限りは貴女の身の保証はします。本当にわからないのならこのまま姫としてここにいてください。それがお互いに為になるでしょう?」

「お互いの為?」

「ああ、こっちは一人いなくなってんだよ。そして、代わりにお前がいた。理由はわからねぇが放り出せる状況とは言えないんだ。しばらくはここにいろ」

 ただ二人はここにいろと言うばかりだが、確かに蘭は行ける場所がなかった。セルアに連れられた限りでは、見知らぬ土地であるという結論しか生み出せないのだ。

 随分と広い場所のようであり、更に先には何かがあるのかもしれないのだが現時点では個人行動を取る勇気もない。

 蘭がどうしようもない状況に言葉を出せずにいると、ユージィンが告げた。

「貴女はここで姫のふりをしている。私達はその間に理由を探し出す。勿論、必要があればランの手も貸していただきます。それで構いませんね?」

 構う構わないではなく、今の蘭には他の選択肢が与えられてはいない。

「仕方がない……とは思っています」

「ならば、姫の姿をしてこの屋敷に留まってください」

 蘭はこれから、城を離れる事となった姫の代わりに住まわされた者として扱われるらしい。


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