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五章.孤の秘匿と影(一)

 アンヘリカでヘンリクに遭遇したら聞けばいい。そうは言ったものの実際簡単に出会えるわけもなく、蘭はセルアと共にウィルナとアンヘリカを幾度も往復していた。

「いつ来るかわからない人だし、無理なのかな?」

 今はちょうどアンヘリカからウィルナへ戻って来たところであり、乗り合い場を後にしセルアと共に屋敷を目指し町中を歩いている。

「まあ、向こうもそんなに頻繁にはやって来ねぇだろうし、俺達も大半はこっちにいるからな。その上で偶然を待ってるんだから気長にやるしかねぇだろ」

 セルアが蘭の腰に手を回している為、二人は寄り添う形になっていた。おそらく周囲には砂漠から帰って来たばかりの恋人同士にでも見えているのだろう。ウィルナとアンヘリカ間の行き来が年々多くなっている中では特に目立つものではないらしく、蘭もそうした者を目にした事があった。

(けれど、本当に目立たないのかしら?)

 見かけた記憶を持っている時点で目に付いたのではないかと疑念も抱く。しかし仕方がないと思える部分もあり、蘭はセルアの意見に頷いてみせる。

「会える確率の方が低いはずだもんね。それがなくてもこまめに向かうのは必要な事だし、わたしも外出する機会が増えるのはありがたいもの」

 アンヘリカへ行く回数が増える程、セルアの魔力は消費されているのだ。蘭に触れていれば暴発は避けられると言っているが、保険は多いに越したことはない。更には蘭が外へ出て知識を増やせるという部分もあるのだから、不利益はないようにすら感じられる。

「そうだろ? 俺達の目的は一つだけじゃないってこった。それなりに進んでいるものもある」

「なら、こうして移動している事が必要な何かって事?」

「それはわかんねぇよ。結果が出ない限りは気付けるとも思えねぇしな」

 道行く人々がこちらの会話を気にする可能性は低いだろうと、重要な単語を避けつつ二人の会話は進められた。以前はセルアに引かれて慌しく移動するのがほとんどだったが、最近は蘭が望む速度で足を進める。

 街を眺める余裕も増え、見かければのぞいてみる露店の店主達とも顔見知りと呼べるような関係になりつつあった。蘭はウィルナやアンヘリカで関わる人物を増やしながら移動を繰り返している。

(でも、これはやっぱり落ち着かない)

 相変わらずと言うよりは、前にも増して蘭にべったりと張り付くセルアにはどうしても不満が募ってしまう。

 人前でこうも引っ付いている事もないだろうとは思うが、セルアがこうしているのにも意味はある。アンヘリカにいる間、セルアはあまり蘭に触れないと決めているからだ。

 それを提案した時のセルアの不機嫌さは相当なものだったが、蘭にもはっきりとした理由がある為に押し通す事が叶った。

 魔力を入れるというれっきとした目的はあるが、傍から見ればセルアが蘭を抱き締め髪や肌に唇を落としているだけなのだ。理由を話すわけにはいかず、しかし二人の関係を聞かれてうまく説明できる自信もない。おそらくクロードは蘭がセルアを選んだのではないと知れば同じ事をするとも思えた。

 その旨を伝えるとセルアも気にいらねぇと納得し、滞在も丸一日と決まっている為にどうにかやり過ごす方向に決まった。まったく触れない事に対する不安もある為に宿の室内ならば魔力を移す努力はしたが、アンヘリカにいる間はとてもおとなしいものだった。

 ただしその分、アンヘリカから出るとこれでもかと触れて来る。乗り合いにいる間で魔力はかなり移っていそうなのだが、まだ終わらないらしい。

(寝ている時以外はほとんど側にいたのに……)

 片道が丸一日という行程であるからには乗り合いの中で眠らなくてはならないのだ。二人は床に各々の寝床を準備し睡眠を取って過ごし、その間だけはセルアは蘭へ触れようとはしてこない。

 無理やり組み敷かれはしないだろうと信用できる部分はあるのだが、だからといって節度を守っているのかと考れば首を捻りたくはなる。

(分別はあるって事なんだろうけど、線引きがわからないんだよね)

 今はのんびりと足を進めながら気ままにこちらの髪に口付けている様子から、周囲を気にする必要はないと判断さているのだろう。

(別に帰ってからでじゅうぶんじゃないかな)

 どうやら頬にまで顔を寄せてきそうな気配が感じられ、蘭は逃れようと頭を振る。

「これは、外ではやめようよ?」

 本来なら寄り添いながら歩くのも止めたいところなのだが、妙な駆け引きをしているような部分もはらんでいる為に加減は難しい。

「別に構わねぇだろうが? そんなに気にしてる奴もいねぇよ」

 周りが気にするよりも蘭自身の問題なのだと、言い合いとまではならないが止める止めないの問答を幾度も繰り返す。

 そうしていると完全に睦まじい男女に見えてしまったのか、通りがかった男に冷やかしの言葉をかけられた。蘭はそんな事はないと否定したかったが、セルアは当然だと言わんばかりの笑みを浮かべるだけだ。

 続きは帰ってからしろという内容に、蘭は溜息を零す。

「わたしってさ、あんまり目立たない方がいいと思うんだけど? 名前だって気軽に呼ばない方がいいんじゃない?」

 服装は町に馴染んでいるが、蘭はウィルナの姫とそっくりな容姿をしているらしいのだ。あまりに目を引く行動は避けるべきに思える。セルアはいつの間にか蘭を名で呼ぶようになり、それはどこにいても変わらなかった。

「あいつと同じ年から下にはランって名前は多く付けられてんだよ。特に誰も気にしねぇだろうな。髪の長さだって近づけたいと伸ばす奴も多い、普通にしてりゃ溶け込める。堂々としとけ」

 人々の名前は呼ばれない限りわかりもしないが、確かに年若い女性が髪を伸ばしている姿は多い。蘭は習慣だとばかり思っていたのだが、姫にあやかっての行動らしいと驚く。

「そんなものなの?」

「そういうもんだ。それに俺は見せつけるのも嫌じゃねぇしな」

「見せつけるのはどうかと思うよ?」

 ひけらかしたところで羨ましいと思う者などいはしないと、蘭は呆れるばかりだ。しかしセルアは構わないらしく、結局はそのままで足を進める事になる。

 こうして街を歩いていれば、以前セルアに声をかけて来た女性達に出会う事も度々あった。その誰もがこのセルアの様子に初めは声が出ないらしく、驚いて動きを止めてしまう。そしてその後にまるで別人を見ているようだと揃って口にするのだ。

 あんたは誰も選ばないと思っていたんだけどねぇ。そう口にした女性がいた。セルアを好む人々はいたらしいのだが、そうだと気づくとセルアはその人から離れるのが普通だったと聞かされた。

 随分と好かれているとも言われたが、蘭としては複雑だ。

 決して恋人と呼べる関係ではなく理由があってこうしていると伝えたかったが、無理だとも理解している。あくまでウィルナの民であり国の中枢に関わる事など絶対にない。蘭とセルアはウィルナの町のどこかに住んでいるのだと思わせる必要があった。

 とにかく誰もがセルアの変わりように驚き、楽しんでいるようなのだ。

 その中にはユージィンすらも含まれ、珍しいとよく口にしているのを思い出す。

(姫様が喜ぶって表現も多いんだよね)

 存在は色濃いにも関わらず、あまりにぼやけた印象を抱かせるウィルナの姫はセルアの妹のようなものらしい。

(なら、みんなと同じような反応をするって事なのかな?)

「どうした?」

 何も言わず視線を足元に向けているとセルアに声をかけられたが、蘭は眉根を寄せ首を傾げる。

「うーん、何て言っていいかわかんない感じ」

「何だ、そりゃ」

 どうすれば上手く説明できるのかがわからないのだから仕方がない。自分の立ち位置が非常に曖昧だと思いながら蘭は、ふとセルアを見上げた。

 それに気づいたセルアは蘭に笑みを向ける。黙っていると怖いくらいに鋭い瞳も、こちらを向く時には柔らかくなってしまうのだ。その変化に誰もが驚いている事はわかっていた。セルアは基本的に不機嫌な様子が多い、今の姿になる前は輪をかけてそうだった事が思い出される。

 どうして自分にだけはこうした表情を見せるのか、蘭には不思議だった。

 特に何をするわけでもなく一緒にいただけなのだが、セルアはやたらと自分を気に入ってくれているらしい。大人の姿に戻したり魔力を吸い取ったりと特殊な事もしてしまってはいるが、それ以前から気にかけられていたようにも感じられる。

 理由がないと蘭には思えた。

(どうしてわたしなんだろう?)

 最近そう考える事が度々あり、いつも同じ答えに辿り着く。

 考えてもわからないものは、わからない。

 悩んでも仕方がなく今はこうするしかないのだからと自身に言い聞かせ、蘭は隣にいるセルアの腕に手をかけた。

「早く帰ろう、ユージィンも待ってるよ? たぶん」

 蘭から触れる事があまりない為か、こうした時のセルアは更に上機嫌になる。

「それでもあいつの事だから、仕事が終わるまでは屋敷には来ねぇだろうな。まあ、ハンナは気にしてるはずだ、戻るか」

 そして、二人は屋敷を目指し歩き続ける。



「ラーン!」

 そのまましばらく歩みを進めると、買い物客で賑わう露店の通りでどこからか声をかけられた。たくさんの人に紛れている為、聞こえて来た場所はわからない。

 人ごみを縫うように歩いていた蘭は、声の主がクロードだとわかり慌ててセルアから離れようとした。しかし、セルアはその腕をわずかに緩めるだけで相変わらず腰には手を置いたままだ。

「ちょっとセルア。離してよ」

 セルアの腕を掴み離そうとしたが、望むようにはならない。

「これだけ人が多い中だ、別に構わねぇだろう? 離れてどっかにいかれても困る」

 この言葉に以前から落ち着きがなくすぐに側を離れていた蘭は反論のしようがなかった。わずかではあるが体も離れた為、この混雑でこちらを庇っているように見えると考える事にする。

「どこにもいかないよ?」

 それでも離れたい旨を伝えると、セルアは口元を微かに歪めた。

「クロードがランにひっつくのは嫌だが、あいつを見たからと言って離れるのも面白くねぇ」

 正直な意見に蘭は肩を落とす。

 確かにクロードに見られるのが嫌で離して欲しいとは言っているが、決して誤解されるのを避けるという意味ではない。むしろこれ以上触れてくる人間が増えるのが嫌なだけだ。

「セルアだって納得したくせに」 

「それはそうだが、気に入らねぇものはしょうがないだろう」

「わがまま」

「どこがだ?」

 二人で言い合いながらもどこにクロードがいるのかと視線を動かせば、前方から人を掻き分けるように近づいてくる姿が見えた。背の高いクロードは他よりも頭一つ分抜きん出ている為、目に付くのだ。

 どうにか蘭の側までやって来ると、クロードはいつも通り抱きつこうとしたが当然のようにセルアに阻まれる。

 しかしこれは拒まなくてはならないのだと蘭も知識を手に入れていた為、素直に見守るだけだ。基本的に同性との間で行なうべき行為であり、家族や親類等の一定の間柄でなければする必要はないらしい。

「挨拶くらいいいじゃないかよ!」

 蘭の隣を睨み付けたクロードに、随分と冷めた声が向けられる。

「こんな所でそんな事をしてたら邪魔になるだろうが、俺達は屋敷に帰るんだ。邪魔するな」

 自身の行ないはどこへやら平然と言い放つ。しかし、クロードは気にする事なく蘭へ話しかける。

「セルアが見えたからもしかしてランもいるかなとは思って来たけれど、会えて良かった」

 セルアも背が高い為に同じように目立っていた姿を見つけ、声をかけて来たのだろう。近づいて来て蘭がいなければ、なんだいないのかとでも言ったであろう事が想像できる。

「けど……ランもたまには一人で出歩いたら? ほとんどセルアとばかりでしょ」

 嫌味な視線を向けるクロードにセルアは舌打ちをし、蘭を強引に引き寄せた。

「ふざけた事言ってんじゃねぇよ。お前みたいな奴がいるんだ、一人で外になんて出せるか」

「オレもたまにはランと二人で歩きたいけどね。屋敷に行ってもいないって言われちゃったしさぁ。折角仕事も終わって遊びに行ったのに、アンヘリカに行ってたの?」

 セルアの言葉にはあまり反応せず、クロードは蘭との会話を望む。それがセルアは面白くないらしいが、ここでずっと立ち話をしているわけにもいかない。だいぶ通行の妨げになってしまっているのだ。とにかくここから離れなければと、蘭は苦笑交じりに答えた。

「うん、入れ違いになっちゃったみたいだね。とりあえず移動しよっか?」

「最近はアンヘリカによく来てくれるから嬉しいんだけど、今回みたいになると残念なんだよなぁ」

 セルアとは逆の位置に来たクロードは自然と腕を組み、蘭は二人に挟まれたまま屋敷を目指す事になる。

 ここで文句を言ってもまた足が止まるだけだと思いながらも蘭は再び考える。

 セルアと同じように、どうしてクロードが自分を気に入ってくれているのかがわからないのだ。以前もクロードが自身を連れ去ったのには、人知を超えた何かが働いたのではないかと疑ったのだが答えは見つからない。

 蘭は戸惑いながら二人を交互に見た。

 そしてよくわからないと心の中で呟きながら、小さく息を吐く。

「何だ?」

「どうしたの?」

 二人がこちらの様子に気づき声をかけてくれるが、蘭は誤魔化すように笑って答える。

「何でもないよ。早く帰ろう」

 不審がる様子もわかったが、蘭は無理やりな笑顔のままに二人を引っ張るようにして歩き出した。


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