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四章.注ぐ光に孤は惑う(終)

 結局全ての頁を丁寧にめくって見たものの、これといった情報を得る事もなく二人は溜め息を付いた。

 何百とある紙を一枚一枚めくっていたのだ、その結果が何もないとなると疲労も増すというものだ。蘭は魂、欠片、失うという単語が脳裏に浮かぶばかりで、ユージィンは時たま現れる走り書きを見つけては読むの繰り返しだったが、有益な情報は皆無だった。

 蘭は一度立ち上がると大きく背伸びをし、再びソファへ身を沈める。

「何もわかんなかったね」

「そうですね、さすがに疲れました」

 蘭の問いかけに、正面にいたユージィンも珍しく疲労の色を見せソファの背もたれに体を寄りかからせた。

 ふと視線を窓に向けると薄暗くなり始めている事に気づく。随分と長い間集中してしまっていたらしい。昼食を食べ合間に茶を飲んだりもしたが、それ以外はとにかく頁をめくっていた。

「やっぱり先視みの力がないと無理なのかな?」

 覗き込む仕草で凝ってしまった首元をほぐそうと、蘭は頭を大きく横に傾け筋を伸ばす仕草をしユージィンは片手で肩を叩く。

「おそらく、としか言えませんね」

「だよね」

 ユージィンの疲れた笑みを見ながら、蘭も背もたれに寄りかかりぼんやりと視線を泳がせる。

 そのまま二人で何も言わずぐったりとしていると、突然扉が開かれた。雑に扉を開き足音を立てて入って来るのはセルアだと、蘭、ユージィン共に承知している。

「何だお前ら?」

 どうやら見て取れる程に疲れているらしい。ユージィンも蘭と同じくセルアへ視線を向けてはいるが、常の表情よりも力が感じられなかった。

 セルアは当たり前のように蘭の隣へ陣取ると、髪に触れ撫でる。

(仕方ないのよね)

 セルアの動きに対しては何も言わず、蘭は目の前のテーブルに置かれた本を指差す。

「全部めくってみたの」

「これをか?」

 驚きの声を上げつつも、セルアは妙に納得した素振りを見せた。

「ああ、だからか。ユージィンがそんな面してんのは珍しいな。ランも疲れてんのか?」

 ユージィンを見てからすぐにこちらへ視線を移すセルアに、蘭は無言で頷く。

「そちらは無事に終わったようですね」

 さすがにそのまま返事はしないらしく、ユージィンはきちんと体を起こしていた。対してセルアはソファの上にあぐらをかき、蘭の髪を口元に持って行ったりとまるで両極端な動きだ。

 その二人をただ見ている蘭は、ユージィンとの話を思い出しセルアにされるがままになっていた。暴発させない為にも、この程度は我慢しなければなるまいと思っている。

 こうして触れられながら魔力を受け止めるのが、今の蘭にできる事なのだ。

(我慢、我慢)

 特に何も言わないこちらをどう捉えているのか、セルアは蘭の髪を好き勝手に弄ぶ。これで魔力が入っているのだろうから不思議なものだ。

「問題ねぇよ。とんでもない量に驚いてはいたが、あいつらも次からはうまく使えるはずだ。サイラス辺りは文句を言うだろうが、術師棟の中は盛り上がってる」

 視線も向けずに喋るセルアへ、ユージィンは安堵したらしい笑みを向ける。

「なら、安心ですね」

 蘭には術師棟もサイラスという人物もよくはわからない。ただ二人からよく耳にするものであり、今の口ぶりならば大事にはなっていないように思えた。

「そうだな。ついでに俺の姿がこのままなのも、そのせいだと言っといた」

「それで、納得しましたか?」

 笑みを潜め窺うように聞くユージィンに、セルアは何故か眉を潜める。

「半信半疑ってとこだな。だが、このまましばらく俺が生活してりゃ信じるかもしれねぇ」

「実際その姿でいるのをアンヘリカへ向かう前から見ているわけですからね。珍しく続けて見かけ皆も不思議に思ってはいるはずです」

「ああ、だから理由付けにはちょうど良いだろう? あながち間違ってもいない」

 セルアが大人の姿でいる事は、ほんの数日でも不信に思われる程珍しいらしい。ハンナも今朝そのままで大丈夫なのかと聞いていた為、暴発は皆が知っているものなのかもしれなかった。

「まあ、暴発を起こさずに一定期間を過ごせればの話でしょうね」

「そういうこった」

 そうしてセルアは肩を抱き寄せようとしてくるのだが、蘭は思わず押し返す仕草をしてしまう。

 今まで何も言われず気を良くしていたらしいセルアが不満の声を上げる。

「何だよ? このくらいいいだろうが」

「……別にここまでは必要ないでしょ?」

 蘭も思わず負けじと言ってしまう。髪に触れられるくらいは気にしないが、あまりに近づくのはどこか気恥ずかしい。どうしたものかと思っていると、ユージィンが言葉を挟んだ。

「セルア、今は話を進めてください」

 仕方ねぇなと呟きながらセルアは蘭の肩から手を離すと、再び髪に触れつつ会話を戻す。

 そしてユージィンはこちらに明らかに何かを含んだ笑みを向け、それを受けた蘭は何となくだがそのくらいは大丈夫でしょう? と言われている気がした。

(我慢しろって事?)

 蘭はそう思いながらユージィンへ曖昧に笑みを返し、この流れには気付いていないのかセルアは話を続けている。

「俺が続けてこの姿で城内をうろつく事に驚いている奴は多い。実際好んで寄って来る奴はいねぇしな。さっきもびくびくしやがって、別に取って食ったりもしねぇってのによ」

「滅多にある事ではありませんからね」

 様子が想像できるのか、ユージィンが笑い声を漏らすとセルアは軽くねめつける。

「わかっていても面白くはねぇんだよ」

「それもわかっていますよ? まあ、これを機に大丈夫だと思う者が現れるかもしれません」

 執務室でのセルアの話を思い返す限りあまり城内に親しい人物がいる雰囲気ではなかったが、どうも怖がられているらしい。

「まあ、ずっとこのままでいる予定だしな。慣れるのを待つしかねぇ」

「どうなりますかね?」

 あまり心配している風でもないユージィンに、セルアは溜め息を付く。

「お前、面白がってるだろ」

「ええ、それなりに。姫がいたならばさぞかし喜んだ事でしょうね」

 特に心配すべき事柄ではないらしく、ユージィンは完全に人事のようだ。セルアが暴発さえしなければ、歓迎すべき事態とも思っているようにも見え蘭には不思議だった。

「もう、その話はいい……それよりもこいつをどうするかだ」

 嫌気が差したらしいセルアが目の前に置かれた本を無造作に持ち上げ、蘭とユージィンに視線を送る。

「完全にこいつが鍵だろ?」

「確かにそうだとは思いますが、先程も言ったでしょう? 方法がないと」

「だが、諦めるのもどうかと思わねぇか?」

 本に込められた契約文字を読めるのは、おそらくだがウィルナの姫とシェラルドの第一王子だろうと考えている。そして、姫は今ここにはいない。

 もしかすると姫もこの世界のどこかにいるのかもしれないが、所在がわからないという点ではシェラルドの王子よりも可能性は低くなってしまうのだ。

「マティアス王子だっけ? 全然情報が入ってこないんじゃないの?」

「ああ、この六年全く情報がない。それはそれでおかしな気もするがな」

 セルアは雑多に頁をめくりながら紙一枚を透かして見たりとしているが、特に変わりはないらしい。溜息混じりに新たな頁を眺め始める。

 術師として得るものがあるのかと蘭は見つめていたが、ユージィンが声をかけた。

「それで、どうするつもりです?」

「ん、そう言われるとはっきりと答えは出ねぇよ。とにかく情報くらいは手に入れるべきだ」

 明確にすべき事が決まっているわけではない様子に、ユージィンは表情を曇らせる。

「その方法が問題なのですよ? 密偵も使えないでしょう?」

「そこを考えろって事だ」

「ならば何も変わらないのではないですか?」

「はなっから諦めてるのとは違ぇよ」

 埒が明かない二人の会話がしばらく続けられたものの、答えが出る雰囲気は微塵もない。

(マティアス王子の事を知れればいいんだよね?)

「ねえ、第二王子に聞いたら駄目なの?」

 何となく蘭が思い付きを口にすると、二人の反応は決して良いものではなかった。

「……あ?」

「……はい?」

 お互いに間を開けて返事はしたが、こちらの発言はうまく伝わらなかったらしい。

「初めてアンヘリカに行った時に、偶然いたでしょ? だったらまた一緒になるかもしれないし、その時に聞いちゃ駄目なの?」

 第二王子と呼ぶくらいなのだから、マティアスの事を知っているのではないかと蘭は思ったのだ。そして一度遭遇している人物であり、マルタも頻繁に姿を見せるような口ぶりだった。最も手っ取り早い方法ではないだろうか。

 セルアは片手で頭を押さえ、ユージィンはこれまでにない程に眉を寄せた。そうしてたっぷりの時間を置いた後、各々が口を開く。

「その手がある……のか?」

「確かに……情報源としては申し分ありませんね?」

 曖昧な口調にどうしたのかと思えば、二人は直接相手方の者に聞くなどという発想はなかったと言った。

 生まれながらにしてシェラルドは敵国と教えられ戦い続けている。会話という行為すらも成り立たない存在だと思っていたらしい。

「別に普通の格好してりゃ、俺がウィルナ王宮に仕えてるなんてわかりもしねぇしな」

 止まっていた手で髪をかき回しながらセルアが言えば、ユージィンが首を傾げる。

「アンヘリカの民として聞くのなら、可能……なのでしょうか?」

 なかば呆れるような二人の反応に、蘭は少し困ってしまう。

「変、なのかな?」

 小さく聞いた蘭へ、セルア、ユージィンが共に否定をする。

「変ではねぇよ」

「少し驚いただけです。しかし、ヘンリク王子もなかなか厄介な気はしますね」

「アンヘリカの奴が腕を切り落とされたって言ってたしな。機嫌を損ねたらばっさり斬られるかもしれねぇって事か……」

 以前マルタに聞いた話を蘭も思い出し、どうやら自分の発言は軽はずみだったようにも思えて来る。

「危ないなら、止めた方がいいかも……」

「それももったいねぇとも思うぞ? 悪くはない案だ」

 セルアは優しく蘭の髪を撫でながら告げたのだが、完全にこれだと言い切れる程でもなく少々引っかかりもあった。

 斬られた側は理由がわからないが、おそらくヘンリクは意味を持っていたらしいとマルタは告げたのだ。何かはわからないが自分なりの規則に準じて動いているのならば、どこか危険に思える。

 それはユージィンも同じだったらしく、不安げな声を漏らす。

「命を危険にさらしてまで情報を得る必要はありません。そこまでせずとも結果は出るのではないでしょうか?」

「死ぬつもりは毛頭ねぇよ。あくまで偶然を装ってマティアスの様子を知る事ができりゃいい」

 そう言いながら、何故かセルアは再び蘭の肩を抱き寄せようとする。先程よりも力強く引かれ、蘭は半ば無理やりセルアの胸元に寄りかかる格好になってしまう。

 慌てて体を起こそうとしたが、正面にいるユージィンの視線に気付き動きを止めた。

 爽やかに微笑んでいるようでいて、どこか有無を言わせない空気に蘭は思わず溜め息を付きそうになる。

(できる事はしなさい……か)

 果たして、本当に魔力を吸い取る為の役に立っているのかどうかはわからない。セルアが髪よりも蘭の体に触れたほうが入りが良いと言っているだけなのだ。自分にもユージィンにも魔力を確認する事は叶わない。

(嘘ではないと思うんだけど)

 蘭は自身に言い聞かせ、仕方なしではあるがされるがままにする事に決める。

 一瞬抵抗する素振りを見せた蘭へセルアは不機嫌そうな顔を見せたが、すぐにおとなしくなった事に満足したらしい。蘭の髪に顔を寄せて静かに口付ける。

 さすがに平静を装おうとは思っていても、気恥ずかしさは拭えない。蘭は少し俯きわずかに赤くなったように思えた顔を隠そうとする。

 このままではセルアの好き勝手にされているばかりだが、どうしたものかと思っているとユージィンが声をかけて来た。

「必要な事ですが、本筋も忘れないでくださいね?」

 ある程度満足できる状況なのだろうか、セルアは体勢を何一つ変えないまま話を始める。

「ユージィンもこの案に反対ではないんだろ?」

「ランが出した案を実行しないのも惜しい気はしますよ。ランが行動する度に新たな何かが見つかっているのは確かです。今もその可能性があると思いたくはなりますね」

 ユージィンは蘭が動く事によって早く姫が戻ると考えている。その為にはヘンリクに遭うという選択肢も捨て切れないのかもしれない。

「なら、決まりだ」

 あっさりと口にするセルアにユージィンは釘を刺すように告げる。

「決まりとは言っても、本当の偶然でのみ出会える人物ですよ? 計画も何もないでしょう。そして内容も決して容易とは言えません」

「それはわかってる。どうせ俺とランはこれからもアンヘリカに行く予定だろうが?」

 セルアは会話の合間に蘭の髪や頬に口付けて、魔力を入れ込んでいく。蘭はただじっとしているが、だんだんこれが本当に意味を成しているのかと疑問にも思えて来た。

 そうした蘭の思いなど関係なしに、二人の会話は続いて行く。

「アンヘリカへ向かう事は、ウィルナにとって得るものがありますからね。定期的に行っていただきたいとは思っていますよ」

 ユージィンからすると蘭とセルアの動きは面白いものらしく、どこか声色が笑いを噛み殺しているようにも思えた。

「そうなれば、いつかは会える。そこに賭けてみるのもいいじゃねぇか」

「とにかく二人が危険な事をしない、それだけは約束してください。無理に聞き出す必要はありませんからね?」

「わかってる」

 二人が真剣に会話をしていると重々承知してはいるのだが、調子に乗ったセルアがあまりにも口付ける為、蘭は我慢できずに抵抗し顔をぴしゃりと叩いてやる。

「いい加減にしてよ!」

「って!」 

 どうやら額付近を叩いたらしい、セルアがそこを抑えながら蘭に喚く。

「何だよ! おとなしくしてただろが……」

 体を離し元の位置へ蘭が座ると、セルアがこちらの腕を掴んで強引に引く。またも胸元に引き寄せられる格好になり、今度は蘭が喚く。

「本当にこんなにくっつかなきゃ駄目なの?」

「入れられる時に入れておいた方がいいだろうが? 何で急に叩くんだ」

 無理やり抱き寄せられ顔がセルアの胸元に半ば押し付けられている体勢のまま、蘭はくぐもった声を出す。

「必要だから、ある程度は仕方ないって思ってるんじゃない!」

「仕方ねぇって何だよ、お前も少しはありがたがれ」

 きつく抱きしめて来る仕草と、ありがたがれと言うよくわからない台詞に、蘭は無理とはわかっていてもうな垂れそうになる。

「どこをありがたがれるって言うの?」 

「折角俺が気に入ってるんだ、構わないだろう」

 どんな表情をしているのかはわからないが、セルアの声は楽しげだ。

「それがわかんないの!」

 言い合うこちらをどう見ているのか、ユージィンが声を上げて笑い出す。

 それにはセルアの腕の力も緩み、蘭は頭を上げ辺りを見回す余裕もできた。

 我慢を重ねていたらしく腹を抑え笑うユージィンの姿に、今度は蘭とセルアの意識がそちらへ向く。

「ユージィン笑い過ぎ!」

「お前、何か吹き込んだんじゃねぇのか?」

 蘭とセルアに口々に言われながらも、ユージィンはどうにか言葉を発したらしい。珍しく震える声が状況をはっきりと伝えてくる。

「必要な事しか言っていませんよ? まあ、セルアが少し自重しても良いのかもしれませんね」

 そうして更に目を細めると言葉を続けた。

「程良く魔力を移せるように、色々と頑張ってみてください」

 セルアの魔力を蘭へ移す事は本当に必要なのだ。しかし、ユージィンはどうやらこちらを少々おもちゃ扱いしているようだと認識した瞬間だった。


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