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四章.注ぐ光に孤は惑う(三)

 セルアの自由な口ぶりが気に入らない蘭は散々文句を言い、相手もそれには納得している様子だが受け入れる気もないらしい。話がまとまらないまま延々と言い合うのかと思われる状況にやって来たのはユージィンだった。

 二人の姿を見るなり、どうしました? とユージィンは言ったが深く追求する事もなく、セルアに用件を告げる。

「セルア、髪の使いようで貴方が必要だそうですよ。行ってください」

 部屋の中央で立ったまま繰り広げられていた二人の会話は強制的に終了を迎えた。セルアは面倒だなと呟くと、蘭の耳元に顔を寄せそのまま口付け囁く。

「このくらいは許せよ?」

 そうしてだるそうに部屋の外へと歩いて行き、蘭は触れられた耳を押さえ立ち尽くしたままその姿を見送る。

 ユージィンは物珍しそうにこちらを眺めているばかりであり、セルアが屋敷から出て行ったとわかると苦笑しながら蘭をソファへ促した。

「戻って来てから、ずっとそうしていたのですか?」

 言われてみるとそうな気もするが、特に言い合っていたばかりでもない。しかし、座る事もなくいたのは確かであり、蘭は何も言わずにソファへ身を沈める。

 まだ熱い顔を鎮めるように両手で挟んでいると、向かいに座ったユージィンが聞いてきた。

「セルアは随分と機嫌が良さそうでしたね」

 あれは機嫌が良いのだろうかと思いながらも一応頷く。

「わたしが魔力を吸い取る話をしてたはずなんだけどね」

 簡単にだがセルアが蘭へ魔力を入れられる事を説明すると、ユージィンはなるほどと言い随分と長い間を置いた。

「体を重ねれば、より魔力を入れられる。そのような考え方もあるのですね、悪くはない」

 ただ自分の意見を口にしたらしいユージィンだったが、体を重ねるという発言に蘭は慌てる。

「そこまでの話はしてないよ」

 蘭とセルアが言い合っていたのは髪や頬に口付けるという点であり、ユージィンの発想は飛躍し過ぎているのだ。

「それはわかっていますよ。しかしその考え方でいくと、より魔力を取れそうでしょう?」

 そうなのかもしれないが、決して好ましい方法ではない。

 まさかユージィンが受け入れた上に、こうもとんでもない提案をしてくるとは思ってもいなかった。セルアがまた暴発してしまうのは危険だが、さすがに遠慮したいと蘭は続ける。

「多く取れるからって言ったって、執務室では腕に触っていただけなんだよ? どうして吸い取れたのかもわからないままだけど、そのうちできるようになるかもしれないし」

 穏便に済ませたいのだと訴えかければ、ユージィンはわざとらしい笑みを浮かべる。

「そのうちでは困るのですよ。たった数日で一室の中身を駄目にしてしまうような暴発を起こしてしまうでしょう? 私としては確実に魔力をランへ移していただきたいのです。無理にそうしなさいとは言いませんが、最悪の場合はそれもあると思っていてくださいね」

「え……?」

 決して否定はしないユージィンに、蘭は言葉を詰まらせる。いつも通りに爽やかな笑顔を浮かべてはいるが、瞳は強く真っ直ぐこちらを見据えていた。 

「私は姫が戻るまで国を守らなければなりません。そして、セルアを失うわけにもいきません。もちろん貴女もです。その為に必要な事はしていただきたいのですよ」

 何も言えずにいる蘭へユージィンは続ける。

「私が二人をアンヘリカへ向かわせたのは、セルアに魔力を使わせる為です。暴発させないようにできるだけ多くを使わせたかった。しかし、十二の姿ではあっという間に使い果たすような術を簡単にこなし、そして間もなく抑え切れなくなった。それだけの姿に貴女は戻してしまったのですよ?」

 決して本意ではなかったが、セルアをあの姿にしたのは自分だった。だが、あれは半ば無理やりの状態で、理由もわからず偶然に起きてしまった出来事とも言える。

「否定はしないけど……」

「貴女も災難なのはわかりますが、私はどれか一つではなく全てを選びます。最悪の事態を招かない為にも、ある程度は我慢できませんか? どうしようもなくなってからでは後悔するでしょう?」

 柔らかく笑ったユージィンに、蘭は仕方がないと溜め息を付く。

「なんとなく、わかった気がする」

「察しが良くて助かりますね」

 ユージィンは本当にそこまでを望んではいないのだ。セルアが髪や肌に口付けるのを蘭が拒否し、惨事が起きる事を危惧しているらしい。わざとそう言う事で、こちらを納得させようとしたのだろう。最終手段に比べれば、大した事もないと思えるようにだ。

 全てを守る為には多少の事には目をつぶらざるを得ない。それがユージィンの考え方なのかもしれないと思いつつ、蘭はわずかにだが受け入れる。

「できる事はしなさい、でしょ? わたしがセルアを大人の姿にしたのは事実だし、魔力を吸い取ったのもよくはわからないけどたぶん真実だもんね」

「はい。申しわけありませんが、頑張っていただきたいですね。貴女にしかできない事です」

 自分だけができる事。蘭がこの世界にいる意味があるとするならば、その中にはこれも含まれている。そう考えるしかないのだろうかとわずかに溜息が漏れた。

 気は乗らないが、どうせ最近はセルアとクロードがべたべたと触れて来るのだ。少々髪に口付けられるくらいはどうとでもないと思ってしまえば良い。蘭は自らへ暗示をかけるように脳裏で何度も言い聞かせる。

(でも恥ずかしいんだよな)

 クロードはともかくセルアはしっかりと理由があるのだ。もしも暴発したならば誰かの命が奪われる可能性すらある。その為にも自分は魔力を受け取る必要があり、触れられなければならない。

(そう、触れられなきゃいけないのよ)

 何やらおかしな思い込みだと疑問を抱けば、ユージィンがこちらを見て笑っているのに気付く。

「面白いくらい表情が変わりますね」

 どうやら面に出てしまっていたらしい、蘭は少し不満気に答える。

「わたしだって色々考えてるんだから。ここ何日かで一気に色んな事が起きた気がするし」

 考えるべき事は他にもあるのではないかと思い返す。一つひとつの意味は不確かだが、何かが集まって来ている感覚もあった。

「そうですね。今日だけでも随分な事が起きました」

 ユージィンも思い返したのだろう、苦笑しながら言葉を続ける。

「私は貴女を城へ入れずにいましたが、それは間違いだったようですしね」

「間違い?」

「今日だけでランは城内で二つの契約文字を見つけているのですよ? それをもっと早く知れたのならと思っているのです」

 今まで城へ入れずにいた事をユージィンは悔いているらしいが、仕方のない事だった。

「何が正解かはわからない状態で、必要もないのにわたしがお城に入るのは変でしょ?」

 数ヶ月なら城へ入らずともやり過ごせる。そうした理由があるから蘭は屋敷で過ごし続けたのだ。

 ユージィンは納得しきれないらしく、小さく息を吐いた。

「貴女が動く度に何かが起き、わずかでも情報は増えています。その為には私達がランを様々なものへ触れさせるべきでした。結果論だとはわかっていますが、少し残念なのですよ」

 確かに何かしら行動する度に、あなたが魂の欠片、失った魂を取り戻す、契約文字で書かれた本と情報は得ている。しかし、本当にそれを早く知る事ができたのかはわからない。

「時期を待とうと最初に言ったのはユージィンだよ?」

 物事には来るべき時があると蘭に言い聞かせたはずのユージィンが、今はどこか焦っているように見える。

 どうしてこの屋敷で目覚めてしまったのか、何故姫と自分は似ているのか? 帰りたいが方法がわからず周囲に騙されているとすら思った蘭を、ユージィンはなだめ続けてくれたのだ。

「そうでしたね」

 ユージィンは静かに頷くと、テーブルの上へ無造作に置いていた本に触れる。めくる事はなく、ただ白く細い指が表紙の縁をなぞった。

「急ぐ必要はないのかもしれません。はっきりとした意味や目的はわからずとも、この中に書かれた文章を見る限り貴女は姫に呼ばれている」

「姫様に……」

 おそらくですがねと言い、伏せ気味の瞳で本を見つめながらユージィンは続ける。

「あの方が何をしようとしていたのか、私にはわかりません。そして心配もあります」

「心配?」

 何があろうとも笑みをたたえると思っていた人物が、はっきりと不安を感じさせる表情を見せた。

「ええ。初めランはただ姿が姫に似ているのだと思っていました。しかし、貴女はアンヘリカへ行き自由に行き来ができる証を手に入れ、更には姫が定期的に供給して来た魔力も同じように髪に宿してしまった。少しずつですが、姫に近づいている気がします……」

 そのものに近づくとは不思議な表現だと蘭は聞き入る。

「姫はアンヘリカとの関係を良くしたがっていた。しかし、今ひとつきっかけが掴めずにいたのです。ランは身一つで歓迎されるでしょう? それと共にセルアや私が入る許しすらも手に入れた。直に彼らを知る機会は有益なものであり、更には姫の手では叶う可能性も低かった」

 契約文字を読んだ事でマルタ達アンヘリカの人々は蘭を歓迎してくれる。それが何を意味しているのかも全くわからないというのに、喜んで受け入れてくれるのだ。

「そして、姫の不在を知られる一番の心配でもあった魔力の供給すらも解決しました。あまりに強い力に皆困ってしまいましたがね」

 だからセルアが呼ばれたのですよと、ユージィンは補足する。

「もちろんそれ以外にも、様々な困り事はあります。しかし大抵は私とセルアでどうにか対処できる内容です。姫自身が不在であると知られれば問題にはなりますが、今日のようにわずかに姿を見せるだけでもやり過ごせる。正直……今のままでは特に困らないのですよ」

 そう締めくくったユージィンに、蘭は良い事なのではないかと思う。不在の姫が帰って来るまでの間、無事に過ごす為には必要な内容のはずだった。

 素直に伝えればユージィンの表情は更に暗くなる。

「私はそれが怖いのですよ。貴女がここに馴染んでしまい、姫が帰って来ないような気がして来るのです」

「でも、先視みの力で必ず無事だってわかってるんでしょう?」

 この世界で目覚めた時、怪しむ程簡単に納得していたユージィンとセルアが思い出された。しかし肯定は返ってこない。

「あくまで本人が言っているだけで、はっきりとした内容はわからないのですよ? 見えない者にとっては不思議なだけの力です。先を知る力は重要ですが、私は確信が持てないので好きではありません」

 すっかり信じ込まれていると思っていたのだが、どうやら違うらしい。

「納得してるんだと思ってたけど、違うんだね」

 顔色の冴えないユージィンは、困ったように眉を下げる。

「いえ、ほとんどの者は信じていますよ? 私個人がそう思っているだけです。ウィルナは先視みの力によって生きながらえているのですからね。不思議かもしれませんが、先視みが良いか悪いかを見極めなければこうして暮らしてはいられないのです」

 考えてみると、どうして先視みを信じる事ができるのかを疑問に思ってしまう。ほとんどの人が盲目的に信じているという状況、そしてつい三年前まではいつ命を奪われるのかもわからない、そんな力を受け入れて来た。

「はっきりと形がわかるものでもないし、信じるのは難しいのかもね。でも、良いって言われてしまえば自信が持てるのかな?」

 ユージィンとセルアは扱いが良かったと言っていた。何かしら差は生まれるのかもしれない。

「確かに悪い気はしませんね。王は私を見る度に良い未来だとお喜びになりました。姫も私とセルアの未来は素晴らしいと口にしています。だからこそ尽力しようと思えている部分はありますよ」

「そうなんだ。よくわからないけど、先視みに良い部分はあるって事だよね?」

「ええ。しかし本当に国の為になっているのかと、疑問に思う部分もあるのですよ」

「たとえ魔力がなければ壊れてしまうとしても、ウィルナ自体は繁栄しているんじゃないの?」

 セルアから聞いたのですねとユージィンは言い、話は続く。

「そうなのですが、それでも戦いが起これば被害者は出ています。過去の記録を見ても、それにより何かしらの利益を得ているとは思えません。それでもアンヘリカを手に入れようとする、ウィルナとシェラルドの頑なな態度が不思議なのです。アンヘリカは唯一、魔力の庇護がなくともぎりぎり生きていける土地です。それはとても貴重な事なのですよ? それをわざわざ荒らすような真似をしている両国に、疑問を持っても構わないとは思いませんか?」

 姫がアンヘリカに魔力の供給を始めたと言っていたのだから、それまでは魔力によって守られる事はなかったと考えて良いのだろう。決してウィルナのように美しく整ってはいないが、あちらはあちらでの良さがあった。

「アンヘリカだけは魔力なしでも暮らせるって事なんだよね? だからその土地が欲しかったんじゃないの?」

 もしも魔力を失う事態を迎えてしまえば、アンヘリカだけが生きる為の場所になるはずなのだ。

「私もそう思っていたのですが、どうも違うようなのです。ただ、その理由を知れるのは先視みのできる王だと、私は思っています」

「王様だけ? そう言えば、どうしてウィルナもシェラルドも未来が見えるのに戦争をするんだろう。しない方が平和に暮らせそうなのに……」

「そう思うでしょう? それが正しいと私は思うのです。しかし、生まれた時から二国は争っているのが普通であり、当たり前だと認識している為に気付けていないだけなのかもしれません」

 あまり蘭に詳しい事を教えようとはしなかったユージィンが珍しいなと思っていると、こちらの考えに気付いたのか真剣な眼差しを向けられた。

「貴女にはたくさんの事を知っていただいた方が、事態が好転しそうに思えるのですよ」

 蘭が行動を起こしたり巻き込まれたりする度に、新しい何かが現れているのは事実だ。どうやらユージィンは姫がウィルナへ帰って来る為にも、様々な事を蘭へ教え込もうと思っているらしい。

「わたしも帰りたいし、その為に必要なのかもしれないなら構わないんだけど、何をしていいのかはやっぱりわからない」

 首を横に振った蘭に、ユージィンは頷いて見せた。

「それで構わないのですよ。何がきっかけになるかはわかりません。そして、それを見極める術も私達は持ち合わせていません。ならば、とにかく色々と貴女に知っていただくだけです」

 何だか勉強のようだなと、蘭は溜め息を付く。

「覚えられるかな」

「覚えられない事は不要だと考えましょう。きっと意味のあるものは貴女の中に残るはずです」

 決め付けられても、どうも違うような気がしてならないと蘭は首を傾げた。どれだけの事を知り、どう行動を起こせば事態は先へ進むのだろうか? 結局は今までと同じ、その時を待っているのと変わらないのではないかとも思ったが、わずかでも早くそこへ辿り着ける可能性はあるのかもしれない。

 考える事に集中し黙り込んだ蘭へ、ユージィンは告げる。

「貴女がもし、このまま何年もここにいるとしたらどう思いますか?」

 この世界に来て、四ヶ月は経っている。最初は不安があり、更には屋敷の中に篭もっている生活がやけに長く感じていた。しかし、アンヘリカへ向かってからというもの時間はあっという間に過ぎ始めたのだ。このまま時が流れて行くと確かに年という単位もないとは言い切れない。

 少しずつ馴染み気を使う事も減っては来ているが、ここは自分がいるべき場所ではないと蘭は感じている。本当は姫という人物を必要としているのだ。

「うーん、とにかく困るかな?」

「私も困りますね。おそらくランも本当に困りますよ?」

 変わった言い回しに蘭はユージィンを見つめる。

 国を担うべき人がいない状況を延々と続けて行くわけにもいかないのはわかるが、ユージィンが言っているのはどうもそこではないように思えた。

 それに気付いたのかどうか、ユージィンは珍しく意地悪そうな笑みを浮かべる。

「姫の年ですと、そろそろ世継ぎの話も上がっていますしね。ここで子供は望まないでしょう?」

「子供?」

 何を言われるのだろうとは思っていたが、予想とはだいぶ外れていた。

「姫の次にこの国を担うべき人物もそろそろ必要なのです。残念な事に姫には兄弟もおられないので、姫が子を得なければウィルナ王家は少々困ってしまいます。最悪の場合は王の兄弟を辿る形で先視みは現れるでしょうが、最も望まれているのは姫の子なのですよ」

 確かにそうなのだろう。王は病に伏せ、娘は一人、母親も亡くなっている状態だ。とにかく姫が今第一に国を預かる人物であり、子を望まれるのは当然のように思える。

「婚約者がいるとか? 結婚はしていないんだよね?」

 結婚しているならばこうして蘭が一人でいられるとも思えないが、念の為に聞くとユージィンは頷いた。

「婚約すらもしていませんよ。それでも候補はいます」

「候補?」

「私とセルアになっています。だから、私達は自由に屋敷を出入りしているのですよ? 通常ならば、姫の部屋には女性しか立ち入りません」

「え?」

 セルアが色々あると言っていたのはこれだったのかと思いつつも、驚きだけが声になる。

 目覚めてすぐにユージィンがいたという状況におかしさを覚えはしたが、様々な事に驚き過ぎて気にならなかったあの時の自分を思い出す。

 この屋敷で暮らして来て、たまに寝坊する蘭を起こすのはハンナであり、ユージィンやセルアが勝手に入っているという事はない。昼間であればセルアは何も言わず入ってきたりもするが、ある程度は限られた時間の話だ。

 姫がいるのであれば、セルアもユージィンも寝ている所へ勝手に入ってくるのだろうか? 考えていても仕方がないと、まとまらない頭のまま蘭は聞く。

「だからって婚約も何もなしで、二人を自由に出入りさせるの?」

 世の中には様々な生活の形があるとは思っているが、一国の姫という立場でもそれは成り立つのだろうかと疑問が浮かぶ。 

「これは姫の意思ではなく、王の意思なのですよ。セルアは膨大な魔力を扱い、私はどうやら城内の仕事に向いているようなのです。更には先視みが未来が良いと告げている。どちらの力も欲しいと考えたのでしょう。形に囚われず世継ぎを望む王は珍しくはありましたが、あくまで城内での事ですし、意外と簡単なものなのですよ? ここへ出入りするようになって四年と言ったところですかね。色々と便利なので王が倒れた後も、止めてはいません」

 ユージィンは笑って言うが、蘭にはよくわからない。

「じゃあ、二人共姫様の恋人みたいな感じって事?」

「それは違いますね。姫はどちらにも異性としての興味はないようでしたし、セルアは姫を妹みたいなものだと言っていますからね。手出しをするはずがありません」

 今度は苦笑して見せたユージィンに蘭は聞く。

「ユージィンは?」

 この質問に少し戸惑った様子を見せたユージィンは、いつも通りの穏やかな表情でゆっくりと告げた。

「私はあくまで仕えている身ですからね。姫自身が望んでくだされば、従いますよ」

 肯定とも否定とも取れない言葉を返され、少々迷いつつも蘭ははっきりと聞いてみる。

「セルアは姫を妹のように思っているとしても、ユージィンはどうなの?」

 姫は二人に興味がなく、セルアは随分と昔から側にいた話をしていた。ユージィンが姫に向ける感情だけが見えないと告げれば、困らせてしまったらしい。眉を下げ考えるようにしながらユージィンは口を開いた。

「ランが言っている意味とは違うかもしれませんが、好いてはいますよ。国を治めるに値する素晴らしい方だと思っていますからね」

 曖昧な言葉と笑みを返して来たユージィンは、目の前にある本の表紙をめくる。

 ユージィンが取り乱すような姿を見せるのは、姫に関わる話題の時が多い気がした為そう思ったのだが違うのだろうか。とにかく本人がそう言うのならば、深追いする必要もないと蘭は頷いた。 

「姫様が帰って来ないままわたしが居続けると、いつかはそんな話も出るって事でいいんだよね?」

「そうですよ。私は貴女に手出しをするような真似はしたくありませんからね。そうならない為に今は新たな情報を探しましょう」

 こちらを向き柔らかに微笑むと、ユージィンの視線はすぐに本へと落とされる。

 さすがにウィルナの世継ぎを産む事など考えたくはない。おそらく差し迫ったものではないが、可能性は零ではないとユージィンは教えてくれたのだろう。新たな情報で蘭自身に何かのきっかけを与える為の発言とも取れるのかもしれない。

 同じように蘭も本を覗き込み、更に読める契約文字はないかと目を走らせ始めた。


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