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三章.止められた孤に灯る想い【二】(終)

 二人きりになった部屋で、セルアは蘭の隣に座るとしばらく何も言わずにいた。これから説明するであろう事を考えているのか、随分と真剣な表情でどこかを見つめている。

 セルアの様子は声をかけづらいものがあり、蘭は何も言わずに待っていた。教えてもらえる事はわかっているのだ、焦る必要はない。

 壊れ果てている椅子を見ているだけでも、尋常ではない事態だったと理解できる。もしかすると蘭も壁に叩きつけられていたのかもしれないのだ。こうして無事でいられるだけでも良いと前向きに考えた。

「それじゃ、どこから話すかな」

 普段の口調のようにも思えたが、微かに違和感を覚えセルアを見上げる。すると、その目は困ったように泳ぐ。

「さっきの俺の事も必要だよな?」

 蘭が頷きだけで答えると、セルアはそうだなと小さく言い話し始める。

「自分に魔力があると知るきっかけは、ほとんどが暴発だ」

 先程も暴発という言葉をセルアとユージィンが使っていたと蘭は頷く。

「暴発っていうのは術師の素質がある奴にしか起きない現象なんだ」

 素質があるといっても、使い方を知らなければどうする事もできない。魔力というものは知らずの内に体に蓄積されていくものらしい。

 その蓄積量は生まれた時はごくわずかであり、成長と共に大きくなっていく。器が大きくなる間は魔力も溜まり続ける為に問題はない。魔力は徐々に溜まっていくものであり、器の大きさや溜まる速度共に個人差はあるという。

 とにかくそれが一杯になり、抑え切れなくなった時が暴発という状態らしい。

「大抵は身の周りの物が壊れたり燃えたり、まあ大事って程ではないな。少し火傷や怪我をする」

 そうして、どうやら自分には魔力があるらしいと認識し、使い方を学ぶ為に王宮へ入る。ある程度の年齢までは家から通い、その後正式に王宮へ仕えるらしい。

「俺もその暴発を起こしている。十五年前、お前も知っている姿、十二歳の時の話だ」

 姿は知っているが、それは本当に中身が十二歳のセルアとしての出来事なのだろう。

「あの日、俺は寝起きから調子が悪かった。どこがどう悪いかはいまいちわからねぇで困ってたな。今なら魔力が溜まり過ぎてるってわかるんだが」

 ゆっくりと話し始めたセルアの視線は何処か定まっていない。その動きはどこか、昔を思い出そうと記憶を眺めているようにも見えた。

「とにかく調子が悪くて仕方がなかった。どうにか起き上がって着替えを済ませたが、部屋の外へ出るのも億劫でなかなか歩き出せねぇ。滅多に寝坊なんてしない俺が朝飯を食べる時間になっても現れない事を家族は心配したんだろう。そこに妹が来た」

 蘭は何も言わずにセルアを見つめ、続きを待つ。

「俺より三つ下のレリアは、具合の悪そうな俺を見ると駆け寄って来た。ただ、本当に心配している表情だったんだよな。その時に俺は、何かがまずいって事に気付いた。どうまずいのはわからないが、とにかく……良くないと思ったんだ」

 その声はだんだん暗く、表情は青白くなっていき、蘭は思わず隣に座るセルアの手を掴んだ。その左手は凍るように冷たく両手でそっと包むようにすると、正面を見つめていた虚ろな瞳がこちらを向く。

「大丈夫?」

 本当にこのまま話し続けて良いのだろうか、そう思える程にセルアの様子は不安定に見えた。

 現に今も特に表情が浮かんでいない。まるで表情を変える事のない仮面のようで気味が悪くも感じられるのだ。

「大丈夫だ、聞いとけ」

 微かに目を細めた気はしたが、読み取れるようなものではない。もしかすると笑いたかったのかもしれないと思いながら蘭は頷く。

「近づいて来るレリアに俺は、来るな! と言った。今、俺の側にいては駄目だ。直感でそう思った。でも……その時はもう間に合わなかった」

 視線がまた前に戻された、セルアには今本当に何かが見えているのかもしれない。

 先程も、セルアは散々近寄るなと言った。きっと同じように来るなと言ったのだろう。それを無視して蘭はセルアの側に居続け、今もこうしてここにいる。

 セルアが言わんとしている事は蘭にも薄々わかり始めていた。あの暴発は完全ではない、そう言っていた事を思い出したからだ。

(なら、完全なら何が起きるの?)

 室内は荒れ果て蘭の衣服も破れてしまっている。これが不完全ならば、事態は更に酷いものなのかと予想はできた。

 しかし、結末までを読みきれるものではなく言葉を待つ。

 セルアは大きく間を空けると、吐き出すように一気に告げる。

「力が暴発して、何もかもが吹っ飛んだ。……どうして吹き飛んだのかはわからなかった。ただ、苦しくて苦しくて、それでも俺は我慢しようと思っていた。それでも抑えられなかった。俺を中心に爆風が起きて、全てをなぎ払ったんだ……」

 ほんの少し前、痛いと思う程の風を蘭も浴びた。だが、それすら軽いものだったのかもしれない。

「家は跡形もなく崩れちまってた、俺のいた部屋の辺りは粉だったけどな。別の部屋にいたはずの両親も肉片しか残ってなかった。何もかもが一瞬だったはずなのに、俺はあの時程、遅い時間は知らねぇ。……駆け寄ってくるレリアの表情が、心配するものから驚くものに変わり、その顔や体に風が当たった。衣服が剥げ、皮膚や肉も剥がれる、何もかもが無理やり剥ぎ取られ吹き飛ばされる。そして、それが舞いながら粉々に砕けていく。骨の一つも残らない……」

 セルアがいた部屋の辺りは粉だった、の中には妹すらも含まれていたのかと蘭はその事実に声も出ない。

「俺は暴発で自分の妹と両親を殺した」

 セルアの顔が蘭に向く。いつもならばしっかりと光を宿している瞳が、どんよりと暗い。

「お前もああなるのかと思ったんだ……」

 あの激しい風を受けた時、蘭は驚いていた。そして、一瞬見えたセルアの表情はどうしたのかと思う程、何の希望も映していなかった。今見ているのとはまた違う暗い表情がセルアには浮かんでいたのだ。

 十五年前に見たものと同じ光景、それがまた起こる。

 セルアが受けた衝撃がどれ程のものかはわからない。しかし今、聞いているだけでも蘭は辛かった。尋常ではない状況で家族を失ったという過去は、本来ならば口にしたくもなかったのだろう。

 ユージィンですら何となく知っていると言っていたのだ。本人からではなく、別の誰かから聞いたと考えるべきに思えた。

 何をどう伝えれば良いのか、うまく浮かんではこない。それでも蘭はどうにか口を動かす。

「でも、わたしはここにいるよ? そのせいで平気だったんでしょう?」

 本当かどうかはわからないが、蘭はセルアの魔力を吸い取ったらしいのだ。暴発という危険な状況から脱したのだから、何かが上手く働いたのだろうと言葉をかける。

 これまでもおかしな状況をどうにか乗り切ってきたのだ。今更否定する必要もない。以前とは違った結果になっているのだと、自分は死ななかっただろうとセルアに伝えてみる。

 すると表情を固まらせたままのセルアがこちらをじっと見つめ返してきた。あまりにも感情を見せない姿に蘭は言葉を返せず、ただ瞳を合わせ続ける。

「――そうだな。前とは違うんだよな……」

 しばらく何も言わずにいたセルアは呟くように告げると、蘭が両手で包んでいた手を抜き取り何故かわざわざ右手と繋ぎなおす。

「しばらくこうしてていいか?」

 普段は特に聞きもしないで手首を掴みぐいぐいと引っ張っていくとは思えない様子に驚きはしたが蘭は頷く。

「いいよ」

「なんでお前がそんな顔してんだよ」

 自分の表情など知れるものではないが、蘭から見れば特に辛い悲しいなどという感情を見せないセルアの方がおかしいようにも感じられる。暗いと感じられても内面を欠片も見せはしない不思議な表情に、何を言うのかと言葉をぶつけた。

「セルアの方がそんな顔って言えそうだよ?」

「そうか?」

「……全然感情が見えない」

 不適な発言かとも思ったが、あまりにも淡々としている姿に零せば苦笑だけが返された。

「俺はこうするしかないんだからな」

 蘭はそれに何も言わなかった。何故そうなってしまったのかを、聞く必要もないと思ったからだ。

 しばしの間言葉もなく座っていると、セルアがぽつりと告げる。

「ありがとうな、ラン」

 どこか穏やかさを取り戻した瞳は、わずかにだが笑みを浮かべたように見えた。



 その後、セルアはそれからの事も教えてくれた。

 住んでいた家をあらかた吹き飛ばし、その中心にセルアはぼんやりと立ち尽くしていたらしい。本人もその辺りの記憶は曖昧で、後に聞かされたのだという。

「心臓は動いていたが、それ以外は止まってた気がするな」

 セルアの表情はだいぶ戻って来たようには見えたが、時折固い面持ちで目を伏せる時がある。しかし気遣うのを嫌がる素振りを見せる為、蘭は触れずに会話を続ける。

「全然覚えてないの?」

「なんとなく覚えてる気はするな」

 被害はセルアの家ばかりではなかったらしい。家屋は一軒の崩壊で済んだが、樹木や建物の外に置かれた品が壊れる事態になっていた。家族以外に死人は出なかったが怪我人がおり相当な騒ぎが起きてしまったが、そこにはすぐ王宮から術師が集まりセルアを保護する処置がとられた。

「ちょっとした暴発で自分の素質に気付くってのはよくある話だ。俺は人よりだいぶ規模が大き過ぎたがな。とにかく、俺はとんでもない量の魔力を溜められる。同じ事を起こさない為にもすぐに王宮へ入れと言われた」

 正しく魔力を使う事ができればいいと、セルアは素直に従った。とにかくとてつもない事を引き起こした自分をどうにかしてくれる、それだけで構わなかったという。

「そこで俺は王に会い。そして、成長を止められた。器はでかいが、一杯になると全てを吐き出してしまう事は危険だからと常に魔力を使い続ける術を施され、それからずっと城で暮らしている」

 家族を失ってしまい戻る場所もないセルアは特に不満もなく、とにかく術を使いこなす為に勉強をし続けた。

「その時、十二歳のまま姿が止まるとは知らなかった。何かよくわからないが大丈夫らしいと信じていただけだ。二年も経つ頃には俺も周りも不思議がった……ってよりは気味悪がったな。見た目が全く変わらねぇんだから当然だよな」

 ただでさえ暴発の件で周囲から良い反応を向けられていないセルアは、その事により更に敬遠されるようになっていったらしい。

「国には受け入れられたが、人には受け入れられねぇなっては気付いていたけどな。さすがに俺の様子を気にした術師の一人が王に説明を求めた。そこで知らされたのがあいつを介さないと俺の体は十二歳のままってこった」

 どのタイミングで暴発するかがわからない者をそのままにはしておけない。そして、セルアよりも先に命を落とす可能性がある者にその鍵となる役目を負わすわけにもいかない。

「それで姫様になるの?」

 セルアより年下でさえあれば、他の人間でも構わないのではないだろうか。

「そこは、ずっとウィルナにいる奴じゃないとまずいだろうが。王は俺を大量の魔力を扱える術師として気にかけたんだからな。もし他の者に鍵の役目をさせて、そいつと一緒に国を出ちまったなら意味がなくなる。かえって危ないだけだろう? 俺は対シェラルドの為に城へ置かれたんだ」

 確実にウィルナに留まらせる為に、敢えて自分の娘すらも使うのかと蘭は驚く。

「俺が十四、あいつが六つの時にそれは知らされた。まあ、あの頃はさんざん遊ばれたな。目の前にいる奴が大きくなったり小さくなったりするんだから、いいおもちゃにされたもんだ」

 どうやら笑みを浮かべられる思い出のようだった。セルアはずっと面白くなさそうな表情で話を続けていたのであり、蘭はわずかに安堵する。

 しかしそれも一瞬であり、すぐに元へ戻る。

「その後は簡単だ。俺は必要な時にだけあるべき年齢に戻り仕事をこなす。それ以外は子供のままで暮らす、ただそれだけだ。まあ、あいつは王よりは随分甘いからな、ここ三年はだいぶ自由に出歩かせてもらってる。その前にもたまには戻してくれたしな」

(姫様ならば自由に出歩けるけど、王様だと駄目って事?)

 蘭と入れ替わるようにいなくなった姫は、父親である王とは違った考えを持った人物らしい印象があった。だが今は口を挟めるような雰囲気でもなく、蘭は聞き役に徹する。

「そして、十五からは殺す事が俺の仕事だった。金色の悪魔なんて異名までいただいてな。これ以上は言いたくねぇから終わりだ」

 マルタとクロードが気にしていた金色の意味が見えたと思った途端、セルアは話を締めくくってしまう。

 不満が面に出てしまったのか、セルアがこちらを見ながら苦笑した。

「わざわざ聞かせるもんじゃねぇんだよ。後は髪に溜まった魔力の話だな」

 姫と同じだと言われた事を思い出し、蘭の興味もそちらへ移る。

 セルア自身がこれ以上を望まないのなら、無理に聞き出す必要もないだろう。自分が帰る為に必要な情報にも思えず、蘭は髪を一房掴み眺めた。

「本当に髪の毛に魔力が溜まってるの?」

 触れてはみたものの何の変化も感じられず、蘭は不思議に思うばかりだ。そもそも大部分はセルアにより髪にされた糸であり、自分の髪と言うべきなのかも怪しい。

「魔力を持ってる奴らは皆同じ事ができるわけじゃねぇし、得手不得手もある。俺は自分の体に溜まった魔力を意思で使うが、あいつは髪に魔力が宿りそれを媒体に使う」

「髪を媒体に使う?」

 そこへ扉を叩く音が加わり、ユージィンが顔を覗かせた。

「そろそろどうです?」

「まだ終わってないが、もういい。入ってくれ」

「なら失礼しますね」

 室内へ入ってきたユージィンの手には宝石箱のような物が載せられている。

 赤を基調とした四角形に凝った金の細工が施されており、同じく金色の脚がついていた。随分と高価な品に見える箱は机の上に置かれる。

「そのまま続けて構いませんよ」

 大きな机の上に座る蘭の側にユージィンは立ち、セルアは気にも留めずに話を再開させる。

「術を使いたい時にはその髪を切り落とすか、数本抜き取る。それは自分だけではなく他の術師にも使えるもんだ。俺のように体内に溜まるならばできない事だ」

「誰にでも?」

「術師であればな。俺は自分でどう使いたいかを考えながら必要な所へ魔力を入れるなりする。だがあいつの髪に溜まった魔力は目的をもっていない、後から足してやらなきゃならないんだ」

 魔力に目的を足してやる、それがどのような作業かは想像もつかない。わかるのはとにかく、使い方が違うという事だった。

「今はランの髪にも魔力が溜まってる。それはお前には使えない物だが、俺達なら使えるってこった」

 セルアが片手を差し出すと、ユージィンが持って来た箱の中から鋏を取り出した。豪奢な箱には不釣合いな程に簡素な作りではあったが、しっかりと手入れをされた物に見える。

「魔力を持たない私は、適量を見極める事ができない為に切れません。しかし、ただ切るだけなら可能ですよ」

「切れるけど、切れないの?」

 ややこしい表現だが理解できないわけでもない。とりあえず切ってしまえばいいものではないらしい。

「わからない奴が切っても魔力はあるが使いづらいだけだからな。そこは仕方がねぇ」

 受け取った鋏を手にセルアは机の上を移動し蘭の後ろへ来ると、まず髪を手櫛で整える。ある程度直してはいたのだが、風の跡がまだ残っているはずだった。

 そして、静かに髪を切り落とす音が聞こえる。

「それだけですか?」

「ああ」

 髪は箱の中へ収められたらしく、動いてもいいと言われた蘭は覗き込む。髪は一センチ程均等に切り取られ、箱の中にあるこれまた小さな箱に収まっていた。

 蘭にはごみ箱へ入る物にしか見えないが、ここでは随分と大切なようだ。箱はあまりにも豪華であり、ユージィンは丁寧に蓋を閉じている。

「普段通りに使うなって言えよ。確認した上で使用させなきゃそっちが暴発するかもしれねぇ」

「わかりました、確実に伝えましょう。しかし、この部屋もどうにかしなければなりませんね」

 嵐が過ぎ去ったように乱れた部屋に、ユージィンが溜め息を付くがセルアは簡単に言う。

「重要書類はないよな? なら誰かに片付けさせればいいだろ」

「そうですが、さすがに酷いですからね」

 うまく説明ができれば良いがとユージィンが漏らせば、セルアは髪の毛を理由に強引に押し通せと告げる。

(本当に魔力と髪の毛で誤魔化せるのかな?)

 姫と同じ事ができるのならば、確かに有効な品ではあるのだろう。しかし蘭には理解できないと、とにかく部屋を改めて見回してみた。

 すると何も置かれていなかった壁面のほんの一箇所だが、詰まれた石が飛び出しているのに気付く。

「壁も壊れちゃったね」

「あ?」

「それはおかしいですね」

 二人がそちらに視線を向けた。何気なかったのだが、反応はそれが不自然だと言っている。蘭には暴発の勢いで壁にも影響が出たのだろうと思えたのだが違うらしい。

「壁が壊れるのなら、こんなものでは済まないでしょう?」

 問いかけたユージィンにセルアはそうだなと答える。

 ウィルナは魔力で建物自体の劣化を防いでいるのだ。壊れるのはその魔力を打ち破った時だけらしい。このように石一つだけに影響が起こるはずがないと言うのだ。

 ユージィンは近づくと飛び出した石に手をかける。

 ぎりぎり持ちこたえていたらしいそれは、ごとりと音を立てて床へ落下していき更に重い音を立てた。そして、その石があった場所にはぽっかりと穴が空いてしまう。

「なんだ? 元からここだけ外れんじゃねぇのか?」

 ひび割れる事もなく綺麗に抜け落ちた石を拾い上げ、穴を覗いたのはセルアである。ユージィンも同じように中を気にしていた。

 机から様子を見ていた蘭もそちらへ近づいて行くと、セルアが手を差しこみ中を探った。

「何かあるな。奥の下に空間がある」

 腕全てを入れる程の奥行きはないらしい。肘の辺りまでを壁に入れたセルアはごとごとと音を立てながら、何かを引っ張り出す。

 それは分厚い、一冊の本だった。


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