三章.止められた孤に灯る想い【二】(三)
「お姉ちゃん、つまんないね」
「そうだね。じゃあ、何か違う事しよっか」
周りにいる子供達に訴えられた蘭は笑みを浮かべた。まったく役に立つ気配のない男共など放っておくべきだと、内心で毒づきながらも頭を悩ませる。
蘭とセルアとクロードは、あのままの状態でアンヘリカ内を見て周っていた。そうして無事に一周するあたりで、宿で暮らす子供達に遭遇したのだ。
どうやら帰って来たクロードと遊ぶ約束をしていたらしく、あっという間に囲まれ全員で宿へ戻る事になった。
しかしクロードは土産を渡すと、今日は遊べないと言い出した。理由は蘭が来ている為だという。もちろん、子供達は納得しない。蘭が遊んであげればいいと言えば、クロードは面白くないと不満を漏らす。
先程はセルアとクロードであったが、今度は子供達とクロードに挟まれる格好に蘭はなってしまったのだ。そうしたやり取りを繰り広げた結果、全員でできる事をしようと今に至っている。
クロードは元より子供達と遊んだりしているらしく、蘭が一緒なら構わないと嬉々として説明すらもしてくれた。しかしセルアは相当嫌がり、無理やりに引っ張り込んだ。
どうやら蘭から目を離すのも避けたいらしく、適当にしかやらねぇと零しながら渋々頷いていた。
この世界にも多少ルールは違うが影踏みのようなものがあるらしく、それを全員で興じているはずだった。
しかし、その中に程良く混じるはずだったセルアとクロードが今、真剣に追いかけ合っている。
五回影を踏まれた人に罰ゲーム的な事をしようと誰かが提案し、そうやってふざけるのもいいだろうと話は決まった。あまり無茶な事はせず楽しめる範囲でと考えていたにも関わらす、どうやらそれが失敗だったらしい。
鬼となったクロードがセルアを追いかけ始め、何とか影を踏むと今度はセルアがクロードを追いかける。
完全に二人の世界になってしまっていた。
お互いに罰ゲームをさせてやろうと、追いかけ回している姿は情けない事この上ない。
(どうせ罰ゲームなんて大したものでもないのに)
そう思いながら蘭は、する事のなくなってしまった子供達と一緒に地面へ座り込んだ。
「お姉ちゃんは絵描ける?」
「んー、ちょっと苦手かな」
「なら僕が描く」
一人の少年が木の枝を手にすると、僕も私もと砂地に絵を描いて見せる子供達に蘭は笑みで接する。一人一人の個性的な絵に感想を言いつつ、蘭もちょっとした物を描きながら過ごす事に決めた。
子供達は皆十歳前後であり身寄りのない者同士が集まってあの宿に暮らしている事を考えると、この子達の親は亡くなっているのだろう。そして、ある程度の年齢より下の子供がいないのは丁度戦いがなくなった時期に当たるようだ。
おそらく、クロードもその一人なのだろう。
この世界は蘭の知るものとはやはり違う。現在は落ち着いているようだが、まだそこかしこに戦いの後が残っているのではないだろうか。
(やっぱり知らない場所なんだよね)
考えながらぼんやりしていると、子供達に話しかけられる。
「お姉ちゃんはウィルナの人だよね? マルタが言ってた」
蘭はそのまま頷いても良かったのだが、真実を込めた。
「今はウィルナにいるけど、本当は違う所にいたんだよ」
「じゃあ、シェラルド?」
「ううん、どっちでもないの。アンヘリカでもない、みんなが知らない所」
子供達は不思議そうに首を傾げている。ウィルナ、アンヘリカ、シェラルド以外の場所など本当にあるのかと思っているようだ。時折小声で何かを伝え合ったりもしている為、何か思うところはあるらしい。
それでも否定は返されず、疑問だけがぶつけられる。
「じゃあ。いつかは帰っちゃうの?」
「そうなるかな」
帰る為の何かを手に入れたいからこそ、蘭はここにいるとも言えた。今回はセルアがアンヘリカへ向かうきっかけにはなったが、この土地が何かを与えてくれる可能性は高いとも思えるのだ。その為には様々なものを知る機会を逃してはならない。
「それじゃクロードが泣いちゃうよ」
蘭がやってきたのはクロードが原因だと理解しているからこそ、幾人もが同意をする。子供達はさらわれたという事実を知らぬままに、クロード寄りの意見を素直に告げてきた。
「そう?」
「そうだよ。ずっといたらいいのに、私達もお姉ちゃんがいた方がいいよ。楽しいもん」
少女が側に来て微笑む姿に蘭も思わずつられてしまう。前回と今回、たった二度会っただけにも関わらずこんな事を言ってくれるのは本当に嬉しいものだ。
「ありがとう、わたしも楽しいよ」
蘭はどうして自分がこうも簡単に受け入れられているのかと、深くも考えずに会話を続けていた。はっきりとした理由があった事を、すっかり失念していたのだ。
一人の少女が随分と熱のこもった視線をぶつけてくる事に気付き、蘭は聞く。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんはアンヘリカの意志が読めるんでしょ? それってすごい事だし、町を救ってくれるんだよね?」
ふと向けられた期待の眼差しは、よく見ると全員が当然のように持っているものだった。あの板を読めたのだから蘭は何かをするのだろうと、無言で訴える様子にわずかな恐れが生まれたようにも思える。
(だって……マルタ達もあんなに喜んでいたもの)
そうした年長者を見ている子供達が蘭へ期待を抱くのは当然なのだろうが、どうしても受け止めきれないものがあった。
「できる事はするよ。でも、凄い事はできないかもしれないな」
救うとも救わないとも曖昧な返事にはなったが、蘭がアンヘリカの意志を読めるからこそセルアもこうしてやってこれるのだ。
(それがウィルナの為にもなるんだし、姫様にも繋がるのかもしれない)
否定だけはしてはならないと無理やりにでも笑みを作り出し、蘭は子供達との会話に努める。
「こうして遊べるのもその一つだよね?」
誤魔化すように現状へ話を逸らせば、素直に流れは変わり始めた。
「そうだね。お姉ちゃんと遊べるのもいい事だもん」
「明日は帰っちゃうんだよね? またすぐにきてくれるといいな」
決して板を読んだだけではなく、自身も受け入れられているのだと思い込もうとしながら蘭は子供達との時間を過ごし続ける。ただ、アンヘリカの意志という期待が込められている事実が拭われる事はなかった。
酒の入ったマルタは上機嫌に笑い声を上げ、セルアとクロードに言葉をかける。
「あんたら、馬鹿だねぇ」
今は宿で夕食を食べており、食堂は大人達で賑わっていた。
あの後、すっかり熱中してしまった二人を置いて、蘭と子供達は先に宿へ戻り解散したのだ。蘭が夕食までは部屋でのんびり過ごそうと思っていたところへ、すぐにセルアとクロードが戻って来た。
なんでいなくなったんだよとクロードは言い、セルアは目の届かない所にいるなと告げたが、こちらが帰るのにも気付かず熱中していた二人の方がどうかと思い言ってやった。
「子供達の事も忘れて二人で遊んでいるから、置いて来たんじゃない。わたしは別に一人で出歩いているわけでもなく宿にいたんだもの、問題ないでしょ?」
それには二人の言葉も詰まり、お互い気まずそうな視線を交わしていた。蘭はそれを見て散々笑い、二人は不機嫌そうながらも自分達の行動を思い返し恥じている様子だった。
昼間の出来事を子供達に聞いたらしいマルタは、二人を見るなり笑い出している。
どうも調理中から酒を煽っていたらしく、すっかりでき上がっていた。今は一つのテーブルを蘭、セルア、クロード、マルタで囲う形で座っている。
夕食に限り子供達は先に食事を済ませる形になっているようで姿は見えない。現在は酒が飲める者達の時間らしい。他の席も大いに賑わっている。
「よくもまあ二人で遊んだもんだね」
けらけらと笑い声を上げるマルタにクロードの頬が膨れた。
「もういいじゃん。次はこんな事しない」
「ああ、わかったよ。あんたもそうしな」
マルタはもちろんセルアに対しても散々笑っており、本人は不服そうにしている。
セルアは特に返事をするでもなく不機嫌そうに酒をあおるばかりだ。どうやらこの姿だと酒を飲むらしいと蘭が思っていれば、セルアに問われた。
「お前は飲まねぇのか?」
蘭はアルコールの入っていない飲み物を手にしている。全く口にした事がないわけでもないが、飲んだと言える程の量を摂取した経験はない。
悪戯に手を出した一口二口の記憶ですら美味しいとは思えなかった為、蘭は首を横へ振る。
「いい、お酒は向いてないと思う。それにまだ飲めない年だし」
「子供はともかく、お前の年でも駄目なのか?」
大きなグラスで何杯か飲んでいるはずのセルアだが、顔色は普段と変わらず涼しいものだ。マルタのように上機嫌になるでもなく、淡々と飲み干してしまう。
「二十歳になってからって決まってる。国によって違うみたいだけどね」
何か果物のジュースでじゅうぶんだと、蘭はそれを口にする。
「国の数も多いのか?」
「ん、二百とかあるのかな? よくわかんない。たくさんあるし覚えてられない」
簡単に答えて料理へ手を伸ばす。明日には帰ってしまうのだから今の内に美味しい物を食べておかねばと食は進んだ。
「色々話は聞いたが、いまいちわかんねぇな。お前、国の事知らな過ぎじゃないか?」
以前から日本についてを聞かれ答えてはいたが、セルアやユージィンがウィルナの事を知る程の知識を持ち合わせてはいなかった。これまでに国の行く末など気にした事はなく、蘭は己の無知に嫌でも気付かされる。
「でも、わたしみたいな人も多いと思うけどな」
「どこの話?」
そこへクロードが割って入ってくる。正面の席にいたのだが、わざわざ移動してきたらしい。クロードも普通に酒を飲んでおり、セルアの反応から考えても決まった年齢で飲む物ではないように見えた。
ほんのりと赤くなった顔で、椅子へ腰かけた蘭の後ろから肩に触れてくる。
「ランって本当にここの人じゃないの?」
「そうだよ」
セルアとの会話を聞いていたのだろう。載せられた腕から逃れようとしながら答えると、隣にいるセルアがクロードの手を払いのける。
「離れろ」
「嫌だ」
今度は蘭の肩に両手を載せる格好になったクロードは、覗き込むようにこちらへ寂しげな表情を見せた。そして、セルアと会話をする気はないらしい。
「じゃあ、いつか帰っちゃう?」
「帰れる時がくれば、ね」
「じゃあその時は一緒に行ってもいい?」
クロードの言葉に蘭は目を瞬く。
方法はわからないがいつか帰れる時が来たならば、クロードが共に行く事は可能なのかと考えてみる。だが、答えが出るはずもない。どうやってここへ来たのかすらわからないのだ。
何より元の世界に連れて行ってもどうして良いのかわからないと現実的に考えてみる。別世界からやって来た人間ですと言って誰が信じるものか。自身は今、何故か受け入れられているが必ずしもそうなるとは思えない。
それよりも、本当に帰れるのだろうかと不安が蘇って来るばかりだった。
「勝手な事言ってんじゃねぇよ」
「だって、ランがいなくなったら嫌だし」
黙り込んだ蘭の代わりにセルアが喋り、クロードが答える。その会話は煩わしい。本当に帰れるのかもわからないまま、更にもう一人を加える事を考えても仕方がない。蘭は悩むのをやめようと頭を振る。
二人はけんけんごうごうと会話を続けていくが、今はその内容を余裕を持って聞き入れる事ができず蘭は声を荒げた。
「もう、いるならおとなしく隣に座って! セルアも!」
これでは昼間と変わらないと溜め息をこぼせば、クロードはおとなしく隣に座る。その顔は明らかに不満そうだが、いちいち気に留めてもいられない。蘭は目の前の料理を取ると、会話などしたくはないと口に放り込んだ。
「最近のランはちょっと怖い気がする……」
「怒鳴るようになって来たな。まあ、お前が余計な事を言うからだろ?」
クロードの呟きにセルアが珍しく同意をしたが、後半の台詞が引っかかったのか再び騒がしい会話が再開される。
苛々とした蘭を挟んだ状態で悪いのはどちらかと言葉が飛び交っていく姿に、思わず口を開く。
「二人共がわたしに大きな声を出させてるんでしょ?」
答えなど出はしないと終わらせる為に蘭は告げたのだが、勢いは止まらない。
「これが嫌なら手を引け」
そうセルアが言えば、クロードも言い返す。
「そっちがやめればいい」
一向に終わる気配を見せない流れに疲れた表情を浮かべた蘭へ、マルタが声をかけて来る。
「随分と好かれているみたいだね」
「喜んでいいのかわからないわ」
正直に述べた蘭へ、セルアとクロードはまた不満の声を上げた。
散々食べて飲んだ翌朝、蘭とセルアはウィルナへ出発する。マルタや子供達はまた遊びに来いと言い、クロードは数日後の来訪を口にしていた。
乗り合いに揺られながら蘭は隣にいるセルアに問う。
「楽しかったんだけど、これで良かったの?」
ただアンヘリカを見て、遊び、食べ、帰路に着く。本当にそれだけだった。
「いいんじゃねぇか? 特に変わりもなかった事だし、帰ったらユージィンにシェラルドは何もしてねぇみたいだと報告すりゃ終わりだ」
「それだけ?」
「特に目的があるってわけでもないしな。この調子でちょくちょくアンヘリカに来る事になるかもしれねぇ」
二日酔いになりもしないらしいセルアは、普段通りにだらけた姿勢で座っている。アンヘリカは少々煩わしいが城内の仕事よりは楽だと、余暇のような感覚とも取れる発言も付随していた。
蘭自身も屋敷に篭りきりよりは良いと、セルアの隣で会話を行なう。
セルアは今日も乗り込む前に何かを施し、乗り合いは順調にウィルナを目指している。こうしてウィルナとアンヘリカを往復する事で見出せるものがありはしないかと、蘭は内心で期待を膨らませつつ丸一日の復路をどう過ごすべきかと頭を悩ませ始めた。
すると、セルアがこちらを向き口を開く。
「ああ、そういや」
「どうしたの?」
「ユージィンが帰ったらお前を城に上げるって言ってたな」
簡単に告げられたが、蘭は内容に驚き瞬きすらも止める。そんな事は一切聞いていなかった。
何も言わず見返すだけの蘭に、セルアは事もなげに続ける。
「さすがに姿を現さないあいつを心配する声が上がってんだよ。とりあえずお前が変わりに入る事になった」
城へ入るからには何かをしなければならないのだろうかと思いつつも、蘭は言葉を絞り出す。
「む……無理……だと、思うよ?」
しかしセルアはこちらの発言など気にはしないらしい。
「無理とか言える状況ではねぇんだよ。何とかしろってとこだな」
「何とかしろって、見た目はともかく姫様には程遠いって前に言ったじゃない!」
まるで丸投げにでもしそうな表現に蘭は声を荒げる。
「喋ったり動いたりしてなければ、見た目は変わんねぇぞ?」
蘭の反応を面白がっているのか、セルアは投げやりな言葉ばかりを紡ぐ。
「それじゃ人形みたいにしてなきゃ駄目じゃない。二人がわたしを運ぶわけじゃないでしょう?」
人形と言ったのが気に入ったのか、セルアは声を上げて笑う。しかし、笑みはすぐに潜められ真剣な眼差しを向けられた。
「健在しているのを知らせるんだ。お前がそれらしく振舞うしかねぇよ」
「もっと早く言ってよ……」
「早くても何も変わんなかっただろうが。帰ればユージィンがうまく誤魔化せるように考えているはずだ」
どうやらわざと今まで言わなかったらしいと察した蘭は、大きく溜め息を付く。
どうとも思っていなかったはずの帰路が、急に重いものへと変わった瞬間だった。




