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三章.止められた孤に灯る想い【二】(一)

 蘭とセルアはアンヘリカへ向かう乗り合いの中にいた。

 アンヘリカは蘭がいる事だけを重視すると言っている為、服装は町へ出る時と同じものだ。セルアが少年から大人へ変わってしまってはいるが、装いは町に溶け込めるものになっている。

 そこに砂漠へ出る際に必要な物として、フードのついた厚手のコートを羽織り靴を履き替えさせられた。更には二日分の食料や簡易的な毛布を入れた鞄も持たされている。

 乗り合いは以前ユージィンとセルアが使用したものらしいが、見た目も内装も蘭が見知るものと変わりはない。

 ただ、乗り込む前にセルアが何やら作業をしていた。蘭の目には美しい宝石へ手をかざした程度にしか見えなかったが、それが魔力を使うという事なのだろう。

 今回同行している二人の御者は王宮付きの乗り手らしいが、庶民的な姿をしている蘭は姫に似ているとは言っても気付かれない。あくまでセルアに従っている娘くらいに思っているようだった。

 実際、似ているだけで本人ではないのだから、蘭もその方がありがたい。気軽に声をかけられ返事ができる相手を得られただけでも喜ばしかった。しかし随分と大変な役目を負っているのだと心配されている素振りが見え、いったいユージィンはどんな説明をしたのかと首を傾げるような場面も多々ある。

 さすがに一台の乗り合いに二人だけの為、ひどくがらんとした印象がした。たとえ外にいる御者が加わったとしても変わりもないように思え、これだけ広い乗り物で移動ができるのだと喜ぶべきかと前向きに捉えてみる。

 蘭は壁に寄りかかれる位置のベンチに腰かけており、疲れれば体を預けてみたりしていた。セルアは床へ直接座る方が楽なようで、布を敷き寝転がっている。

 乗り合いは二人の御者が交代しながら砂漠を進むのであり、蘭とセルアはわずかな休憩以外は篭もりきりなのだ。揺れと共にうまく過ごし続ける事が重要だった。

 砂地の凹凸に合わせてがたがたと荷台が鳴る音を聞きながら、蘭は問う。

「ねえ、どうしてアンヘリカに行くの?」

 昨夜はセルアについて話していたはずが、何故かアンヘリカ行きが決まってしまったのだ。その理由を蘭はまだ聞いていない。

「別にアンヘリカに特別な用事があるってわけではねぇな」

 セルアは体を起こしこちらへやって来ると、蘭の正面のベンチに腰かける。

「用事がないのに行くの?」

「用事はないが、お前はアンヘリカに歓迎されるだろう? それはウィルナにとってもいい事だ」

「わたしが?」

 意味がわからないと首を捻る蘭へ、セルアは続ける。

「普通ならこんな風に突然アンヘリカへ向かうなんてあり得ねぇんだよ。お互いに日時を決めて会うのが普通だ。だが、クロードがお前を連れて行った件と板を読んだおかげで、自由に行き来ができるようになった。あくまで、お前がいればの話だが」

 本来なら日時を決めて会うというのは、おそらく国としての事なのだろう。そして、蘭がアンヘリカに歓迎されるというのも納得できる。アンヘリカからウィルナへ戻る際に、マルタが蘭ならばいつ来ても構わないと言っていたのだ。そして、クロードも昨日似た内容を口にしていたのを思い出す。

 しかし、一つ解消されない疑問があった。

「昨日はセルアの話をしていたのにこの事が決まったじゃない。どうして?」

 ユージィンはセルアがその姿でいるのならアンヘリカへ行ってもらうと言ったのだ。蘭が自由に出入りできるのとは別の理由があるのは間違いない。

 セルアは何も答えずに眉を寄せるだけであり、どこか困っているようにすら見える。

「もしかして凄く難しい問題でもあるの?」

 こちらとしては純粋な疑問を抱いているだけなのだが、あまりにも反応が悪いのだ。二人は蘭に必要のない情報は与えないという節が見られる為に、望めない理由があるのかと思ってしまう。

 するとセルアは随分と力のない笑みと共に口を開く。 

「いや……単に俺が魔力を使えるようになったからだ。深く気にする必要なんてねぇよ」

「使えるようになった?」

 ユージィンはウィルナとアンヘリカを三日で往復しろと言っていた。だが、セルアはウィルナからアンヘリカへの片道で魔力を使い果たし、その力がまだ戻っていないはずなのだ。

 何かがおかしいと気付けば、セルアは今度こそはっきりとした笑みを浮かべる。

「この姿の俺は三日で往復するくらい、余裕だ」

「余裕?」

「ああ。俺が姿を変えている理由は余分な魔力を消費する為だからな」

「余分な魔力?」

「そうだ、俺は体を十二歳に保つ為に魔力のほとんどを使っている状態だった。だから、あの時は足りなくなった。今の姿になっていたのなら問題なんてなかったんだよ」

 蘭の髪を長くした際に、セルアは国一番の使い手だと聞かされた。髪の毛とは似ても似つかない糸を本物そっくりにしてしまったのだから、蘭は素直にそうなのだろうと思っていた。

 しかし、今のセルアの口ぶりではそれすらも些細な力という事になる。そして、何故常に大人の姿でいないのかが不思議にも感じられる。

「それは必要だから小さくしていたって事だよね?」

 思い返すとユージィンはセルアを随分と小さくしたがっていた。意味があるのではないのかと蘭は聞いたのだが、セルアは大した事ではないと否定する。

「あの姿自体はどうでもいいんだ。俺が魔力をうまく使いこなせなかった頃の名残だからな。少し多めに使う必要はあるが、気にしなくていい」

「本当に? 多めに使う必要があるって、使わないと困るって事なんでしょう?」

 念の為にもう一度聞き返してみると、どこか嫌がるような素振りが見えた。

「本当だ。確かにあまり多くなると制御しづらくなるが、そうならないように使うんだから問題ねぇよ」

 最後に笑ったセルアを信じるしかないのだろう。だがユージィンの過剰な反応が気にならなくもない。

(何があるんだろう?)

 この様子でははっきり教えては貰えないらしいと、とにかく念を押すように告げる。

「信用するからね」

「ああ、信用しとけ」

 迷いの感じられない返答に、今度こそ蘭は頷いた。



 先程までの話は終わり、蘭は更に別の質問をするべきか悩んでいた。実は少々気にかかっている事があるのだ。

 しかし気軽に聞くべき内容とも思えず、やはり止めるべきかと視線を隣へ向ける。

 今セルアは何故か先程よりも近くにおり、二人で並んで腰かける状況になってしまっていた。

 それなりに広い空間なのだからここまで近くにいなくても良いのではないかと言うと、別に構わないだろうと一蹴されてしまう。

 俺がいたいんだからいいだろう、という事らしい。

 確かに側にいるだけなら構わないはずなのだが妙な感じはする。肩が触れそうな程近くにいるのもすっかり日常的になっていたはずだった。しかし、それはセルアが少年だった時のものだ。

 まだこの姿には慣れず、蘭は落ち着かない。

 もしかするとセルアはわざと蘭の側にいるのかもしれなかった。どうも面白がっているような節が見られるのだ。

 ベンチは幾つか並んでおり、セルアは前にあるそれに足を乗せてくつろいでいた。行儀が悪いとも思ったが、セルアは常々こんな様子であり大きさは違えどやはり同一人物なのだと思い知らされる。

(セルアなんだよね)

 子供と思っていたが、やはり大人なのだ。ややこしさに頭を悩ませながら、蘭は気になっていた質問を思い切って口にする事に決める。

「ねえ、セルア……?」

「ん? なんだ」

 こちらへ顔を向けもせずに応じる姿もやはり見慣れたものであり、興味を引かぬ限り会話はそのまま続けられるはずなのだ。

「町で声をかけて来た女の人ってさ、何?」

 するとセルアは蘭としっかり視線を合わせ口端を上げた。

「気になんのか?」

 どうやら聞かれて悪い気はしないらしい反応に、蘭はどうしたものかと考える。

 この乗り合いを使う為に、蘭とセルアはウィルナの町を徒歩で移動した。乗り合い場と呼ばれる発着所からのみ出発するのであり、必要な行動だった。目的地は違えど行為自体は普段二人で街へ出る時と変わらない。

 今回違ったのはセルアが大きくなっている点だ。今まで態度はそれらしくないものの十二歳のセルアと出歩いていたのだから、周りの反応ももちろんその姿にふさわしいものだった。

 当然、二十七歳のセルアと並んで町を歩けば様子は違ってくる。

 今回は買い物をするわけでもなくただ歩いているというのに、やたらと女性に話しかけられた。

 その女性達は皆、美しく艶っぽい。あら、久しぶりね。最近は来てくれないんだねぇ。等、その言葉の端々から色々と関係のある人達であるとはわかったのだが、どうにも人数が多かった。

 気にせずにいようとしていたが興味は沸いてしまう。その中の一人に今日は珍しい子を連れているとも言われた為、そちらも気にかかっていた。

 無粋な気もしたが、どうやらセルアは蘭を気に入ってくれているようなのだ。ならば知っておいても構わないのではと思ったのも確かだった。しかし、少し卑怯な気がするとも蘭は思っている。自分が相手を好きなわけでもないのに、相手に好かれているようだからと色々聞こうとしているのだ。

「ちょっと、ね」

 遠慮がちに言葉を返せば、セルアは特に気にする事もないらしく意地悪そうに笑って答える。

「たぶん、お前が考えてるので正解だと思うぞ」

 はっきりと言わないのは言いづらいのではなく、表情を見る限り面白がっているらしい。

 これはこれで蘭は反応に困ってしまう。

(随分数が多かったけれど、まあ人それぞれよね。わたし的にはないけど)

 そういった考え方もあるのだろうとは思うのだが、蘭には理解し難いものだ。そもそも本当にこちらの考えが当たっているのかもわかりはしない。クロードとの会話を思い返しても似たような部分があり、この世界では固定の伴侶と連れ添いはしないのかとすら考えた。

「そっか」

 これ以上突っ込んで聞くのも気が乗らず、蘭は納得したふりをする。それに気付いたのかどうか、セルアは会話を続けた。

「俺は常にこの姿でいられるわけじゃねぇ。特定の誰かといるわけにはいかない」

 セルアは特に気にする素振りもなく言ったようなのだが、内容は深いのではないかと蘭は思う。

「特定……の人?」

 ゆっくりと聞いた蘭に、セルアは頷いてみせる。

「誰も十二の俺と今の俺が同じだなんて知らねぇよ。いや、知られるわけにはいかないってとこだな。俺が王宮にいる事だって知らねぇはずだ。この格好だから話しかけて来たんだよ」

 何を言っていいものか困っている蘭に、セルアは気付いているのかもわからぬまま続けた。

「俺は月に一度か二度こっちになるくらいだからな。その期間もせいぜい一日、二日。はっきりと両方の俺を認識してるのは、ユージィンとハンナとお前ってとこか、今はいないが姫の方のランもだな。まあ、他にも何人か城にはいるが詳しくはない」

 その口ぶりに疑問が浮かんだ。

「知られちゃいけないの?」

 蘭はセルアの姿が変化したのを、この世界の常識だと思い受け入れた。しかし話を聞く限りでは違っているように感じられたのだ。

「……ん、ああ、なんだ」

 珍しく言いよどんだセルアが、随分と間を空けた後に答える。

「知らない方が良い事もあるってこった」

「そう、なんだ」

 よくはわからないが理由があるらしいと、蘭は納得する事にした。おそらく知る必要はないという意味なのだろう。

「それに、この年で何もしないでいろってのもつまんねぇしな」

 あまり触れられたくない内容だったのかセルアが話題を元に戻したが、蘭は自分から聞いたのにも関わらず嫌悪を示す。

「その話はもういいよ、そこは個人の自由でいいでしょ? 聞いたわたしが悪かったわ」

「でも気になったから、聞いたんじゃねぇのか?」

「それは、そうだけど……」

 改めて言われると返答に困ると思いながら蘭が呟けば、セルアは笑みを浮かべ顔を近づけ耳元で囁く。

「実際にお前を気に入ってると言いながら、他の女のとこにいったら嫌なんだろ?」

 ぞわりとする感覚に蘭は慌てて反対側へ首を傾け、セルアは満足げに笑ってみせる。

 難しい質問だった。確かに自分を気にかけていると言う相手が他の女性の所へ行くというのは気分が悪い。しかし、今の蘭は止められる立場なのだろうか、とも思うのだ。

 よく考えて、口にしてみた。

「そうは思うけど、わたし達は別に恋人とかではないわけだし、わたしにセルアを止める権利はないと思うよ?」

「そう言われると、こっちが面白くねぇ。してたらしてたで、ないなとか思うんじゃねぇのか」

 不機嫌そうな表情を見せたセルアに、蘭は更に困ってしまう。確かにそんな事をしている相手を選ぶだろうか? よほど相手に惹かれればあるのかもしれないが、今の気持ちでは確かにないと思った。

「確かに嫌かもしれないわ。でも、それはそうなった場合の話でしょ? わたしとしてはセルアとクロードのどっちともどうにかなる気はないし」

 それよりも帰らなければならないのであり、蘭にとっては不要な議題とも言える。

 するとセルアは一瞬眉を潜めたが、すぐにいつものように髪をかき上げる仕草を見せ笑った。

「まあここは、俺がどうしたいかだな。お前は気にするとこじゃねぇ」

「そうなるのかな?」

「とにかく今まではそうだったってこった。どうせ俺はお前がここに来てから昨日まで遊びには行けねぇ姿だったし、これから行く予定もない。それでいいだろ」

「ふうん」

 あっさりと返答した蘭へ、セルアは随分とわざとらしい溜め息をこぼす。

「もう少し、良かったとか安心したとかみたいな反応を寄こせよ」

「何よそれ。お前は気にするとこじゃねぇとか言ったばかりでしょ? 押し付けられたって困るし、わたしは帰る方法が知りたいの」 

「仕方ねぇな、確かにお前の状況じゃあそうなるだろうからな」

 そう言いながら、蘭の腕を掴むセルアに視線を向ける。

「何?」

「別に何でもねぇよ。構わないだろ?」

「それはそうだけど」

 思い返してみるとセルアはよく腕を掴んで来る。昨日この姿になってからはやたらと側に来るようにはなったが、それ以前から腕を掴む仕草は多い。町へ出る時などははぐれないという目的があると思っていたのだが、どうやら違うようにも感じられた。

(癖なのかな?)

 そう思いながら蘭はされるがまま隣にいる事に決める。姿が変わり落ちつかなくはあるが、確実に自分を守ってくれるだろうという安心感はあるのだ。

(無理に何かをするはずはないだろうし)

 そうして二人で他愛もない会話をしつつ、アンヘリカまでの道程を過ごし始めた。


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