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序章.夢じゃない世界(ニ)

 蘭はすすめられたソファに座ると、こちらに視線を向ける少年を気にしつつも部屋中に瞳を泳がせる。

 目覚めたベッドが一番奥に置かれ、付近に衣服等を収納する為らしい家具が置かれているように見えた。その手前の窓際には机と椅子を置き周りを本棚が囲んでおり、更に扉に近い手前には低いテーブルを囲むように四方にソファが置かれている。蘭はそのソファに体を預けながら溜息をつく。

(お金持ちの家って事かな? でも、なんでここにいるんだろ)

 目覚めたら見知らぬ場所というのは困った自体だが、今ひとつ状況が把握できないままだ。

 現時点でわかっているのは、色白な肌にさらさらとした黒髪と穏やかな黒い瞳の細身の青年がユージィン。浅黒い肌に癖のある金髪と鋭い碧の瞳の少年がセルアという事だけだった。

 その二人も、色白の肌に黒い瞳で肩程までに黒髪を伸ばしている自分の名前が蘭だと認識しているだけのようには見える。

 無駄に豪華とも言えそうな内装を眺めていると、扉が開きユージィンが入ってきた。手にはティーポットとカップを載せたトレイを持っており、それらは静かに目の前へ並べられる。

 低いテーブルを挟んだ向かいにユージィンは腰を下ろし、右手のソファには先程からセルアが腰かけていた。

(いったいなんなのかしら?)

 ユージィンがいない間にセルアへ何かを聞いてみようかとも思ったのだが、少年は睨みつけるようにこちらを見ているだけであり、どこか会話を拒まれているような印象があった。

 だから言葉もないままに部屋を見回していたのだが、ユージィンが口を開く事で状況は変化する。

「セルア、何か聞いてはみなかったのですか?」

「どうせユージィンが戻ってくりゃ説明が必要だろ? 面倒だから聞いてねぇよ」

 ソファの上でだらしなくあぐらをかいている少年は、心底嫌だと言わんばかりに眉を潜めるとこちらに言葉を投げかけてくる。

「格好も変わってるし、ここら辺の奴ではねぇんだよな。シェラルドとアンヘリカのどっちだ?」

「シェラルド? アンヘリカ?」

 耳覚えのない名称をぶつけられ聞き返せば、更に機嫌を損ねたらしい大きな溜息を吐かれた。

「それもわかんねぇのか? ここはウィルナ。ウィルナとシェラルドは国で、アンヘリカは町の名前だろうが」

 もう少しわかるように話してはもらえないかと思いながらも、再び聞く。

「国ですか?」

「砂漠の中の国ウィルナですよ」

 何を言われているのかがわからないという蘭の反応に、ユージィンが補足をしてくれたようなのだが聞き覚えがない。そもそも何故突然に国名を言われなくてはならないのだろうか。蘭はこの場所にいる理由が知りたいだけであり、不要なものに感じられる。

「ウィルナという国は知りません。それよりもどうしてわたしがここにいるのかを知りたいんですが? ここはどこなんでしょう?」

「だからウィルナだって言ってるだろうが。お前がここにいる理由なんて俺達も知らねぇよ」

 随分といらついた声に驚けば、ユージィンが言葉を挟む。

「セルア、どうやら本当に伝わっていないようですよ。もっと優しく話せないのですか?」

「うるせぇな。俺は常々こうだろうがよ。ったく何だってんだ? ウィルナを知らねぇならお前はどこからきたんだよ?」

「どこからって日本に決まっているじゃないですか。わたしは日本の自分の家で眠って起きたんです。どうしてここにいるのかはわからないけれど、ウィルナなんて場所のはずはないでしょう?」

 おかしな会話には思えたが、二人がウィルナは国名だと告げるのだ。ならばこちらもと日本と返答したが、望むような反応はない。

「ニホン? 何だそりゃ」

 まるで聞いた事がないとでも言いそうな響きを耳にしながらも、蘭は言葉を続ける。

「こうして話もしているんだし、二人は日本語がわかるって事ですよね? いったい何なの? お芝居か何か?」

「芝居だと? こんなしょうもない事をして誰に得があるっていうんだよ。勝手に人の家に入っているお前の方が問題だろうが、ランをどこへやった?」

 セルアが背もたれから身を起こしテーブルへ手を着く姿に、ユージィンが声を上げた。

「セルア、私達の間には根本的な問題があるようです。そこから話さなければ駄目でしょう? そして貴女も感情的にはならずに落ち着いてください」

 少年の次にこちらへ目を向けてくる青年は不思議な程に落ち着いている。穏やかな笑みを浮かべ、静かに言葉を紡いだ。

「貴女はウィルナを知らない。これは本当ですね?」

「はい」

「そして先程言っていた、自宅で眠ったはずが目覚めるとあのベッドの上にいたというのも真実なのですね?」

「そうです」

 セルアの押し付けるようなものとは違うユージィンの言葉に、蘭は素直に頷いた。

「ならばニホンという場所から来たと考えましょう。私が不思議に思ったのはニホンゴといったものの意味なのですが、説明はできますか?」

「土地によって言葉は違うじゃないですか? 私は日本語しか話せないんです。だからここは日本なんでしょう? どうしてこんなおかしな会話をする必要があるの?」

 何とも不思議な質問ではあったが必死に応えれば、ユージィンは困っているらしく眉を下げる。

「よくはわかりませんが、不思議ではありますね。貴女の常識では土地によって言葉が違うようですが、私達にそうした感覚はありません」

「感覚がない?」

「ああそうだ。言葉なんて皆同じだろうが?」

 セルアの相槌にユージィンは頷くが、やはり蘭には理解ができない。

(何がしたいのよ、いったい)

 どうにも会話になっているようで噛みあわない部分があると思いながら、蘭は立ち上がる。

「窓の外を見てもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 パジャマ姿のままに見知らぬ部屋におり、見知らぬ人物と会話をしているのだ。確かにおかしな事態ではあるが、窓の外は当然のものが広がっているに違いないと足を向ける。 

 最も近くにある窓へ近づいた蘭は、ガラス越しに外を見た。

 まばらな木々と草花、小さな池が飛び込んでくる様子から庭であると確認する。しかし、その先を見通す事が叶わない。

「壁?」

 見慣れている外壁とは違い、随分と高さのある壁が庭の先を完全に遮ってしまっている。石を積み上げた壁ばかりが見える景色に戸惑っていると、ユージィンが隣に並んだ。

「ここから町を見る事は叶いませんよ。もし見たいのならば外へ出なければなりません。気になりますか?」

「そう……ですか」

 気になるからこそ外を眺めたのだが、確かにこれではここがどこなのかを確認するのは難しい。

「なら、外へ出る事はできますか?」

 見上げても石ばかりでは答えは見つからないと蘭は言ったのだが、隣にいるユージィンは難色を示す。

「困りましたね。見られる事を考えると、そのままでは都合が悪いのですよ」

「え?」

 何が困るのかと思っていれば、セルアも同意する。

「ああ、そのままじゃ無理だ」

「実はすでに困っているのですよ。通りかかった誰かが貴女を見たならば、卒倒してしまうかもしれません」

 卒倒とは随分大げさなものだが、蘭を眺める二人の様子にふざけたものは感じられない。

「セルア、本当の状況を話しても構いませんね?」

「いいんじゃねぇか? どうせそいつしか痕跡がないんだ」

 外へ出たいと言ったはずが、状況は更におかしな方向へと進み始めていた。



 本当の状況という不思議な発言をしたユージィンは、そのまま説明を始めるのかと思えばセルアと共に室外へ出て行ってしまった。

 一人残された蘭はすっかり冷めた茶を飲みながら室内を眺め、現状について必死に考える。

(こんなに広い部屋に、外が見えない壁?)

 しかしあまりに情報が少ない為、思い浮かぶものもない。

 何故か外から見られてはならないと、ソファに座っている事を義務付けられてしまっていた。特に気にせぬままに動き回ろうかとも思ったのだが、パジャマ姿を誰かに見られるのも気恥ずかしく、とにかくおとなしく座り二人の帰りを待つ。

「本当にどこなんだろう?」

 この部屋には一つ扉があり、木製ではあるが随分と細やかな模様を掘り込んだ品である事がわかる。おそらく廊下にでも繋がっているのだろうが、外へは出ていない為に真実はわからない。

(勝手に出てみた方がいいのかな?)

 考えはしたものの腕を捻り上げられた経験からあまりに反抗する態度をとる勇気もわかず、静かに扉を眺めていると程なくしてユージィンは現れた。

「お待たせしました」

 何やら布に包まれたものを手にしているが、それについては触れずにユージィンは正面のソファへ腰を据える。そして、こちらをじっと見つめたかと思うと、思いもしない事を口にした。 

「貴女にはウィルナの姫の代わりとして、ここで暮らしていただきましょう」

「は?」

 前触れもなく現れた台詞に蘭は声を上げはしたが、言葉にはならない。だがユージィンはこちらの反応など気にしてはいないらしく話を続ける。

「ここは砂漠の中の国ウィルナ、名の通り砂に囲まれた国です。そしてこの国を治めているのはウィルナ王なのですが現在は病に伏せっておられ、代わりを務めているのが王の娘ランになります。この部屋にいたはずなのは、その姫であるラン様なのですよ」

 穏やかな笑みを向けられてはいるが、内容は決して凡庸ではない。いったい何を言い始めたのかと蘭はとにかく口を開く。

「な、何ですか急に? わたしは外に出たいって言っただけで、どうして姫なんて言い出すの? このままでは出れないって話だったでしょう?」

 会話が変な方向に進んでいるとしか思えないのだが、ユージィンはふざけた様子も見せずに頷いた。

「事情を知らない貴女には不思議なものに聞こえるかもしれません。しかし、姫であるランは昨夜あの寝台で眠りについたはずだというのに、今朝になれば貴女がいた。それが私達の認識している現状なのですよ」

「お姫様がいなくなって、わたしがいた……?」

 真偽はわからぬままに繰り返せば、ユージィンは困ったように眉を下げる。

「はい。同じ名で説明するとわかりづらくはありませんか? 私が知っているランは姫、貴女をランと呼ぶ事にしましょう。構いませんね?」

 実際、ランと言われると少し自分のような気がしてしまう蘭は素直に受け入れた。

「何故姫がいなくなりランがここにいるのかは正直わかりません。ただ、姫がいないという状況は私達にとって大きな問題です。そして、貴女は驚く程姫に似ています。だから、代わりをしていただきたい。それだけの事なのですよ」

「それだけって……」

「仕方がないでしょう? これが現実なのですから。初めは私も本人だと思った程にランは姫に似ているのです。見た目の違いは姫の方が貴女よりも随分と髪が長いというくらいでしょうね。性格はおそらく違うと思いますよ?」

 わからない事や時間が欲しい時は止めてくださいね、と言うとなおユージィンの話は続いたが、蘭は驚くばかりで口を挟む余裕もなかった。

「ウィルナには代々、その時生存する王家の一人に未来を見る力が備わっています。それはウィルナにとって吉か凶かを知る事ができる力であり、先視み(さきよみ)と呼ばれこの国をずっと支え続けてきた力です。それを今保有しているのは姫になります」

 何も知らない相手に説明する為にはどうするべきかと悩んでいるのだろうか、時折間が空く。

「昨夜、姫は限りなく近い先が見えない、しかし少し遠い先は見える。と言っていました」

 限りなく近い先とは先程にも聞いたものであり、まるで蘭がそれのような発言を二人はしていた。

「どういう意味ですか?」

「わかりません。しかし、ランがここにいる事と関係があるのだろうとは思っていますよ」

「わからないもので、何かがわかったんですか?」

 質問がおかしな気もしたが、じゅうぶん伝わったらしい。

「先視みの力はその人物が国の為に良いか悪いかを見る事ができるだけです。自分の事を見ようとしても見えません。未来も遠い先、寿命より先は見えないと言われています。姫の言葉を考えると、姫自身が大きく関わる出来事で国の未来が変化しその間が見えない。そして終わった後の未来が見えると考えるのが妥当でしょう」

 未来が見える、本当にそんな事があるのだろうか。

「わたしにはその先視みというものも信じられないんですが? 未来が見えるなんておかしいと思います」

 何故このような事態になっているのかもわからないままだが、とにかく今は話に合わせた質問をぶつける。壮大ないたずらでも仕組まれているのかと思いもするが、目の前のユージィンは真剣に言葉を紡ぐのだ。

「姫以外には見えないものですからね、疑ってしまうのも仕方はありません。しかし、先視みによってウィルナは成り立っている為、そう考えるほかはないのです。自室にいたはずの姫がいなくなり、代わりに貴女がいた。姫、ウィルナどちらにも関わる事だから先視みする事ができなかった。いいえ、先視みは確かに何かを告げていたのかもしれませんね。姫は途中が見えないという不思議な言葉を口にしていたのですから」

「わたしがここにいる理由はわかりませんか?」

 ランという姫がいなくなり、その理由が限りなく近い先が見えないという不思議な発言だと言葉上は理解している。だが、それがどうして自分に関わっているのかは全く見えてこない。

「それはわかりません。わかるのはランがここにいる事と、いませんが姫は確実に生きているという事でしょうね」

 初めて見た時程ではないが柔らかに微笑むユージィンは、確かに蘭を敵とは思っていないのかもしれない。だが、蘭はこの状況を素直に受け入れようとも思えなかった。

 いない人間をはっきり生きていると言うユージィンの話は本当なのだろうか? そもそもランという人物はいるのか? ただ単にこちらを騙そうとしているだけではないのか?

 わかるのは自分自身が見知らぬ豪華な部屋にいるという事だけだ。

 そうした中、ユージィンの話は続いていく。

「とにかく、ランにはこの衣服に着替えていただきたいのです。必要な事が終われば外を見せるとお約束しますよ」

 何かを持っているとは思っていたが、どうやら着替えだったらしい。


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