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二章.止められた孤に灯る想い【一】(四)

 あれ以来、クロードは正面からやって来るようになった。

 その前に必要な作業として、一度アンヘリカからマルタが呼ばれている。

 マルタとクロードが共に城内へ入り、国と町を繋ぐ為という名目を与えられたらしい。しかし、マルタはアンヘリカを離れる事は基本できず、クロードが代理をする形となっている。

 だが実際は蘭の元へ来るだけであり、ウィルナとアンヘリカを繋ぐ保険もしくは人質とも言える状況が正しいようだった。

「ランをアンヘリカへ連れて行ったのは間違いなくクロードですからね。向こうが何かしら彼に期待をしている可能性は拭えません。ランには申しわけないのですが、我慢してくださいね」

 蘭が拒むのならば別人を使うとは言っていたが、どうやらユージィンはクロードの出入りを禁止するつもりはなかったらしい。しかしセルアは間逆だった。

「俺は嫌だと言っても構わねぇと思ってるぞ? あいつじゃなくともアンヘリカから来れる奴はいるだろう? もっと常識的な奴が望ましい」

 必要性を感じないとセルアが訴えても、ユージィンは引かず押し通したように蘭には見えた。

「今のところは懲りているようですし、屋敷へ無理に入ろうともしないでしょう? もし突然姫が帰ってきたとしても、あの方はクロードくらいどうとでもできます。ランさえ守れれば問題はありません」

 確かにいつか前触れもなく蘭が帰り、姫もどこからか帰ってくる可能性も否定はできない。更に姫はクロード相手ならば撃退してしまうような発言をされ、セルアも否定しないだけではなく物騒な内容を口にする。

「いつ消しても構わない程度の奴がいいって意味か?」

「そう捉えていただいても構いませんよ?」

 蘭には二人がクロードをどう扱おうとしているのかはわからない。しかし、何か目的があるようには感じられていた。 



 クロードは屋敷へ自由に出入りするまでとは行かないものの、セルアがいる場合は中に入れる。

 悪い事はしないから大丈夫だと本人は言うが、さすがに鵜呑みにしようとは誰も思わない。

 あの日はすぐに屋敷から追い出され、そこから十日程姿を現さずにいた。アンヘリカへ戻り、再びウィルナへ来る為には最低でも六日空く、それでも早いくらいだ。

 それはマルタと共に城を訪れた時の事であり、姿を見せるだけで帰っていった。

 そこからは十日置き程でやって来るようになり、どうやらクロードはほとんどを乗り合いで過ごしているらしいと蘭は知った。

 しかしここ三日は続けて来ており、いい加減言う事がない。セルアとユージィンが来るのとは違いクロードは完全に蘭そのものを目当てにしているのだから、どうしたの? も何もあったものではなかった。

 一昨日は午後のわずかな時間であったが、昨日に至っては朝から晩までいたのだ。常に客人がいるのも落ち着かず、あまりにも続く来訪に蘭も疲れ気味であった。

「ラン! おはよう。何してるの?」

 クロードは挨拶もそこそこに、窓際の椅子へ座り机に向かう蘭の側へやって来る。

 最近ハンナに織物を教えてもらった蘭は、時間があれば没頭していた。あまり器用ではない為に進みは遅く、形になるのは当分先になりそうだがウィルナ特有の模様が描かれる予定だ。

 太めの針を持ち、鮮やかな色合いの糸を縒り合わせるようにして作る作業は意外と面白く、蘭は飽きる事なく続けている。文字を覚えたいという目的はあったが、一つだけに集中しているばかりでも効率は上がらない。屋敷から自由に出られないなりの生活は、少しずつではあるが変化を見せ始めている。

 クロードは背もたれを前にした椅子に腰かけ、両腕と顔を乗せると蘭を見ているだけだ。特に何をするわけでもなく、本当にただそこにいる。

「アンヘリカに帰らなくていいの?」

 特に視線を向けもしないのだが構わないらしい。クロードは気にする様子もなく言葉を返してくる。

「んー、そろそろ帰らなきゃいけないんだけどね。ランも一緒にアンヘリカに行かない?」

 この発言も現れる度に行なわれるものであり、クロードは蘭はウィルナよりもアンヘリカにいるべきなのだと告げてくるのだ。

 本人が連れて行きたいと思い、マルタの持っていた板がそれを確定的なものにしたという自負があるらしく、アンヘリカにこそ住まないかと誘われ続けている。

「わたしはね、姫様の代わりにここにいるというのが仕事なの。クロードだってする事があって来てるんじゃないの?」

 ユージィンにより都合よく言われた理由ではあったが、実際に蘭は姫の代わりができるからこそこの場にいられるのだ。仕事と考えれば割り切れるような部分もある。

 やるべき事があり離れられないのだと言えば、クロードからは溜息が零された。

「オレとしてはそっちがついでなんだけどな」

 こちらをついでにしてはもらえないかと蘭は思う。この口ぶりだと、帰るのを先延ばしにしているに違いない。来るなとは言わないが、全てを放り出してまで足を向けられるのは困ると目線を動かせばクロードはどこか不服そうに見えた。

「ちゃんとする事はしないと駄目でしょ?」

 しつこい程に繰り返されている問答に、クロードは仕方ないかと小さく呟く。

 あれ以来、クロードの雰囲気が変わった。よく変わる表情は相変わらずだが、無理を強いるような行動がだいぶ少なくなりやたらと甘えてくる。アンヘリカへ来ないかと誘ってはくるが強引という程ではない為に問題もない。

 以前からユージィンやセルアと比べ落ち着きはなかったが、蘭は随分と子供っぽくなったという感想を抱いている。

(でも、こんなものだったのかな? 単にクロードを知らなかっただけな気もするし)

 街で見かけた時と無理やり押し込まれた乗り合いからアンヘリカまでが主なのであり、印象というものは刻々と変化するのかもしれないと蘭は思う。

 するとまるでこちらの疑問を知ったかのように、クロードは聞いてきた。

「ところでさ、ランって、いくつ?」

 そういえばお互いの年すら知らないでいたのかと蘭は素直に答える。

「十九だけど」

「やっぱりお姉さんだったかぁ」

 同意するように頷くクロードは、蘭の想像とは違った言葉を吐き出すのであり思わず聞き返す。

「え? 年下……なの?」

 すっかり自分よりも年上だと思っていたのは、単に見た目からの印象だった。ユージィンと同世代に思える容姿で決め付けてしまっていたのだが、クロード自身もわかっていた事なのか特に不快感も表さずに笑みだけを向けられる。

「オレは十七になったばかりだよ」

「本当に私より年下?」

 蘭自身は年が大きく下にも上にも見られる経験はなく、相応といった容姿なのだろうと思っている。そうした自分の感覚で思い込んでしまっていたのは認めるが、やはり驚きは隠せずクロードを凝視してしまっていた。

 しかしあまりに続く反応は面白くないらしく、クロードははっきりとむくれて見せる。

「驚き過ぎ。オレだって好きで老けてるわけじゃないし」

 わざとらしさ感じさせる溜息を零す仕草から、決して見慣れぬ状況ではないらしいとは理解した。だが、蘭が完全に納得し切れるかというと違ってくる。

「驚くよ!」

 あまりにも完成されて見える容姿に、勝手に勘違いをしたのは認めるが予想外過ぎた。

 乗り合いの中での頼りなさから会話こそはこちらが主導する形になってはいたが、まさか年少とは思ってもおらず本音だけが漏れる。

「ユージィンくらいかと思ってたもの」

「オレもそう思われてるなとは思ってたよ。町でも同じような反応の人が多かったし……」

 そうしてすぐにばつの悪そうな表情を見せた為に、どうやら町で色々あったのかと蘭は認識する。

(まあ、そこら辺はわたしには関係ないし)

 もしかすると単に大人に見られた事で不便だったのかもしれず、詳しい部分は伺いしれない。しかし、そうならああいった表情を浮かべる必要がないようにも思えるのも事実だ。

 これまでの女性遍歴など聞いても仕方がない。とにかく年下なのかと思うだけだった。

(セルアだって随分年下だし、大して気にもならないくらいよね)

「お互いの年齢がわかったからといって、これまでと何かが変わるわけではないんだよね?」

「まあ、そうだけどさ」

 望んでいた反応ではなかったのか、クロードはつまらなそうに話を続ける。

「ランは年上が好み? 本当の事を言わなきゃ駄目だよ」

 時たま妙に可愛らしい動きをするとは思っていた理由はこれだったのかと蘭は納得する。年上でも甘えるのが得意な者はいるのかもしれないが、何かしっくりくるものがあった。

 勿論、問いかけられた事へもきちんと答える。

「うーん、どちらかと言えばそうかもしれないかな」

 念を押されたので素直な意見を述べたのだが、それはそれで面白くないらしい。

「やっぱり。だからそのまま年上の振りをしてようかなって思ったんだけどな」

「思ったのに、やめたの?」

「嘘をついたままは良くないかなって思っただけ。そうは言っても別に嘘の年を言ったわけじゃないけどね」

 クロードは蘭の隣でぶらぶらと足を揺らしながら座っている。そうしながら、ふと蘭の手を握った。

 セルアにはよく手を引かれ、ハンナも抱き締めるといった動作をよく見せる。ここの人達は触れ合う事を好むかと思いながら、蘭は微笑むクロードを眺める。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃなくて、ランに嘘を付くのが嫌だったって事だよ」

「そう」

 わかったと頷く蘭にクロードは肩を落とす。

「ランって本当にわかってる?」

「何が?」

「何がって、オレがランに興味があるって事」

 来る度にクロードは蘭が気になると言う。言わないと伝わらないようだからと、必ず言う。

 蘭はそれに対してそうなのかとだけ答えた。現時点でクロードが好きだ好きじゃないという感情が浮かばないのだから、ただ受け止めている。

 そして思うのが、クロードは特に自分を知っているわけではないのではという事だ。

「でもクロードは本当にわたしを知ってると思う? それにわたしを連れて行かなきゃって思って、最終的には板に辿り着いているでしょ? クロードの感情とは別の必然性があったとは考えられない? もしかするとわたしをアンヘリカに連れて行かなきゃいけないだけなのかもしれないよ」

 蘭は自身がどうしてここにいるのかもわかってはいない。目覚めると見知らぬ場所にいるというありえない状況のままに過ごし続けているのであり、自分の想像を超える事態が意識もないうちに起きてしまっているのだ。クロードの行動も果たしてどうなのだろうかと疑う部分はある。

「またその話? ランがそう言うから会いに来てるんだよ。オレには特別な力なんてないし、一緒にアンヘリカにいれたならって思うから言うんだ」

 しかしクロードが同意するはずもない。蘭が全く別の場所からやって来たという事実はユージィンとセルアだけが知るものであり、教える必要性もなかった。

「こうしてクロードが会いにくるだけでもいいでしょ? わたしだってセルアの都合がつけばアンヘリカには向かえるんだし、立場上簡単にここを離れるわけにはいかないの」

 結局はふりだしに戻ったかのように蘭がアンヘリカへ向かう点が中心になってしまい、この繰り返される話題に疑問だけを抱き続ける。

「じゃあオレが何度も通ったら、いつかは一緒にアンヘリカに来てくれる?」

 ねだるように告げるクロードを、どうしても理解できないと蘭は溜息を零す。

(クロードの目的はわたし自身じゃなくて、アンヘリカにいる事のような気がするんだよね)

 何故、アンヘリカに一緒に行かなくてはならないのかと疑問ばかりが膨れ上がった。こちらと良好な関係を望むのならば、まずは互いに理解する事が必要ではないかと思えるのだ。しかし文化の違いというものも考慮しなくてはならず、この世界の常識を蘭はあまりにも知らないでいる。

(とにかく一緒に暮らす事を重要とするのかしら?)

 広い世の中には顔すら知らぬ人物を伴侶とする場所だってあるのかもしれない。本人があずかり知らぬ場所で物事が進む可能性があるのかと、わずかに首を捻る。

 図りきれるはずもない事に頭を悩ませながら、今度は恋愛について意識を向けてみた。

 蘭もこれまでに付き合った相手がいないわけではない。会いたいと思ったり、共に過ごす時間を楽しんだりといった感覚も理解できる。しかし、見ただけの者を自分の暮らす土地へ連れて行こうなどと思うだろうかとどうしても穿ってしまうのだ。

 大恋愛と呼べるような経験をしてきたとは言えないが、クロードが自分に執着する理由が何なのか恐ろしく感じられるような部分もあった。

(まあ、いつかは恋愛もしたいけれど、この場所じゃないんだよね)

 現実なのかも疑ってしまうような世界で、恋愛などしてはいられない。どうやって帰るかを探すべきであり、今の自分には不要なものだった。

「ラーン?」

 聞かれた事にも答えず考え込んでいると、クロードに腕を引かれ思い出す。

「あ、ごめんね」

「わかっているつもりだけど、傷つくな」

 眉を下げる表情から、待たれていたらしい雰囲気は感じ取れた。

「ごめんってば、真剣に考えてみたの」

「オレと一緒に行けるかって事?」

「……ちょっと違うかも」

 言葉に詰まりながら答えれば、不服そうな表情は一瞬で変わり得意気に笑う。

「だよね」

「わかったの?」

「さすがにね。ランが言う事もわかる気がするから、当分は遊びに来る。ランもアンヘリカにおいでよ。マルタ達がいつでも歓迎するって」

 クロードは握っていた手を離すと、ひょいと立ち上がり背伸びをする。

「今日は帰る、する事しないで入り浸ってるのも良くないしね。オレはまずランの信用を得るところから始めなきゃいけないんだもんな」

 アンヘリカに来いと言いつつも、クロードは己がこちらにどう思われているのかも理解しているらしい。どうにも矛盾したものを抱えていると感じられるのだが、うまく伝えられはしないだろうと言葉にはしない。

「うん、気をつけてね」

 見送ろうと立ち上がった蘭は、決まってクロードに抱きしめられる。

「これはやめて、って言ったでしょ?」

 ハグをするという習慣を持たない蘭にとっては違和感のある行為なのだ。馴染みのない挨拶の形は酷く落ち着かず、この世界の常識とは聞かされても慣れない。

「別にやましくないし、いいじゃん」

「いいや、お前は信用ならねぇ。いい加減に離れやがれ」

 声を挟んだのはソファで眠り込んでいたはずのセルアだった。蘭が目を向けると、随分と不機嫌そうな表情で起き上がる姿が見える。

「あ、起きてたんだ?」

 クロードはセルアがいなければ屋敷に入れない。だからといって、蘭と二人で過ごせないのは気に入らないとクロードが申し立てた。

 特に三人でも構わないだろうと蘭は言ったのだが、クロードは譲らない。そして何故かユージィンが折れてしまいセルアが最後まで反論するという状況が続いた。詳しい理由はわからないがセルアよりもユージィンの意見が優先されるらしく、不思議な決まりごとができ上がったのだ。

 クロードがいる間は基本的にユージィンとセルアは会話に参加して来ない。どうにもおかしな状況にも思えたが、クロードはそれに納得しやって来ている。

 しかしクロードがいる間中、セルアが同室にいるというわけでもなかった。セルアは屋敷内の別の場所に出て行ったりもしていた為、あくまで完全な不在時のみ入る事を拒まれているのだ。

 今日のセルアは同室でソファに寝そべっていた。セルアはクロードがいようがいまいが、よくこの部屋に来ては寝ていたりと自由に行き来している為、蘭も特に気にしていない。

 クロードを外へ送り出す役目を負っているセルアは、気だるそうにこちらへ足を向ける。

「別にしっかり寝ていたわけでもねぇよ、こいつうるせぇしな」

「なんだよ、オレがいる間は干渉しないって約束じゃないかよ」

 セルアとクロードの会話がおとなしく進んでいる姿など蘭は見た事がない。二人は何かにつけて言い合いを始めるのであり、止めるのも億劫になる程にうるさかった。 

「帰るんだろ? 俺の手が必要だろうが?」

 セルアが右手をひらひらと動かす仕草から、退出に必要な何かを訴えているのは見て取れる。

「オレとしてはいつでも入れるようにして欲しいけどね」

 これ以上は無理と判断したのか、クロードは蘭を解放すると扉へ足を向ける。

「ラン、また来るから。できれば次は口うるさい人がいないといいんだけど」

「ふざけるな。二度と入れなくしてやる」

 言い合いながら外を目指していく二人を蘭はただ見送るだけだ。扉の外まで出る必要など絶対にない上に、姫自らがそうした行動を取るのも許されないらしい。

(賑やかにはなったから、いいのかな?)

 ユージィンはセルアと普通に接する人物が珍しいと言っていた。それは特に蘭だけである必要もないはずだろうとも考える。

 なんだかんだと騒いでいる二人を見ていると、悪くないようにも思えたのだ。


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