二章.止められた孤に灯る想い【一】(三)
翌朝、蘭はけたたましい声と共に目覚めを迎えた。
「どういう事です!」
部屋の中には蘭だけでなく、ソファに寝そべるセルアとクロードがいるのだ。事情の知らないハンナが大声を出すのも当然だった。
ハンナは近くに家族と暮らす家があり、朝早くに屋敷へ来て夕食の片付けが終わると帰って行くのが普通だった。夜は蘭一人という心もとない状況ではあったが、常々姫がそうしていたのだからと変わる事もない。
蘭はアンヘリカから戻って来たばかりで疲れも溜まっており、更には昨夜の騒動のおかげで就寝時間も遅かった。セルアもまだ魔力が戻りきらず休息の必要な状態であり、クロードは変わらぬ様子で眠り続けている。
三人はハンナが来るまで一度も目覚めなかったらしいのだ。
「おはよう、ハンナ」
特にやましい事があるわけでもない蘭は、至って普通に声をかける。寝ぼけた眼を擦りながら体を起こし立ち上がった。
その緩慢な動作に、いつも穏やかなハンナも声を荒げる。
「ラン! 何を呑気な事を言っているんですか? どうしてこの部屋に男性がいるんです?」
珍しく大きな足音を立てながら二人の側へ行き、見下ろすと大きく息を吸い込んだ。
「起きなさい!」
屋敷の外まで聞こえるのではないかと思う声に、セルアはびくりと体を震わせ目を開いた。慌てて体を起こし、間近にいる人物を見上げる。
「んあ、ハンナか。……すっかり寝ちまったな」
その反応は先程の蘭とあまり変わらないのだが、ハンナの眉は更に釣り上がった。
「何が寝ちまったですか! どうしてセルアがここにいるんです? そして、この人は!」
あの声によく起きなかったものだと驚きながら、蘭もそちらへ近づいた。さすがに大丈夫なのかと不安を覚え、クロードの肩を揺すり声をかける。
「クロード? 大丈夫?」
「ん……」
数度揺さぶった後ではあったが、少し煩わしそうに体を捻るとクロードも目覚め起き上がる。どうやらどこか痛いらしく、顔をしかめながら辺りを見回した。
「あれ……オレ、何だ?」
わけもわからず吹き飛ばされ気を失っていたのだから、今どこにいるのかも曖昧なのだろう。
しかし、ハンナはそれをわかってはくれない。両手を腰に当て、三人に目を向けた。
「わかるように説明なさい!」
まさか床に並んで座るはめになるとは思ってもいなかった。
「本当に懲りない人ですね」
そう告げたのはユージィンだ。
三人はセルアが中心となり、昨夜の出来事を多少ごまかしつつハンナに説明をした。特に口を挟む事はなかったが、耳を傾けるハンナの機嫌は終始悪く居心地の良いものではなかった。
聞き終わると、事情はわかりました。しかし、このままそうですかと言うわけにもなりませんと屋敷から出て行き、ユージィンを連れて戻って来たのだ。
後は引き受けましょうとユージィンが言い、ハンナは部屋を出たところである。
その際に、きちんと処分はしてください! と釘を刺して行った。
ユージィンの視線は一点、クロードに注がれている。しかしクロードは気まずそうにしながらも、目を合わせる気はないらしい。微妙に違うところを見ているように感じられた。
「私は数日前、貴方へお伝えしたと思うのですが、お忘れですか?」
アンヘリカで蘭とセルアがいない時の事だろう、クロードは言葉を詰まらせている。何を言うでもない反応に、ユージィンがはっきりと怒りの表情を見せた。
「また何かをしたら、身の保証はできないと言ったはずです。切り刻まれる覚悟があるのでしょう?」
予想にもしなかった発言に、蘭は息を呑む。なんと言えばいいのか、とにかくユージィンらしからぬ発言だと思った。しかしセルアはそれを聞きながらもくつろいだ様子を見せている為、驚くものではないのかもしれない。
「いっそ刻んじまえ」
「ちょっと、刻むって」
さらりと言ってのけたセルアに、蘭は物騒だと止めに入るがユージィンに一蹴された。
「刻む必要があるでしょう?」
「たとえ別棟とはいえ、ここは王宮の一部だ。通常、侵入した奴は必要な情報を聞き出された後、消される」
特に大した事ではない、そんな雰囲気のセルアに蘭は言葉をなくす。ユージィンもどこか嫌な笑みで頷いた。
「当然ですよ? たとえ貴女がこの屋敷の主ではないとしても、今は大切なウィルナの客人。私達には守るべき義務があり、害をなす者を罰する権利があります」
二人を見ながら背筋が凍るようだと蘭は思う。まざまざと意識の違いを見せ付けられている。
「部屋に入ろうとしただけだよ?」
それでもと言葉を挟めばきつい瞳を向けられる。
「入ろうとしただけでも罪でしょう? ここにいるのが姫だった場合、とうに事切れていたでしょうね」
「ああ、しかも一気になんて死なせてやらねぇしな。拷問されにきたとも取れる行動なんだよ」
おそらくこれがここの当然なのだろうと納得せざるを得ない。ウィルナをあまり理解していない蘭でさえ、城には入れないと思っているのだ。城門の前には兵が立ち、不審な者の進入に目を光らせている。ユージィンとセルアという後ろ盾があるからこそ、蘭が外へ出る事も叶っているに違いないのだ。
しかし、それでも目の前にいるクロードが酷い目に合うのは受け入れられない。
「待って。それはやめて!」
とにかく何かを言うしかないと声を出せば、セルアが冷たい視線をぶつけてくる。
「なんでだ? お前だってこいつがここに入るのを嫌がったんだろう?」
確かにそうだ。クロードが怖いと思い拒絶をした。
どうすればこの流れを変えられるのか、蘭は必死に考える。
「それでも、その時クロードはここに入れなかった。そうでしょ? 運んで欲しいと言ったのは私だもの」
昨夜、セルアはクロードをここへ入れようと言うと嫌がった。このまま放っておけばいい、と反対する姿勢を見せていたのだ。
しかし蘭はぐったりとするクロードが気になり、外で寝ているよりも室内の方がいいと無理に願った。それにセルアは、仕方がないと渋々折れてくれたのだ。
(もしかすると、あのまま放っておけばこんな話にはならなかった?)
嫌な予感がすると蘭は恐る恐るセルアを見た。
「こうなるって、わかって……た?」
蘭の怯えた表情がわかるだろうにも、セルアは不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「当たり前だ。だがな外に放っておくと余計に酷くなってたんだよな。俺以外の奴に見つかったのなら、とっくに牢へ放られてるわけだ」
想像とは違ったセルアの言葉に蘭が驚けば、ユージィンは苦笑する。
「セルアが一緒だったのならば、朝早くに起こし逃がせば良かったでしょうに」
逃がせば良かったとはどういう意味かと、蘭の思考は定まらない。
「そうは思ってたんだがな、すっかり寝過ごした。俺は疲れてんだよ、いい加減に寝かせろって話だ。それに俺はこいつが気にいらねぇからな、そこまでする義理はないだろう?」
髪をかき上げながら欠伸をする様子に、ユージィンが仕方なさそうに息を吐く。
「そんな事だろうとは思いましたよ」
今までの空気は一転、ユージィンが穏やかな笑みを見せた。セルアも自分が情けないと言いつつ背伸びをすると、ソファから立ち上がりクロードの前へ足を向ける。
何も言わず青白い顔で怯えていたクロードの襟首を掴むと言い放つ。
「さすがに懲りたか? 馬鹿だがお前の使い道はまだあるってこった」
「え……?」
クロードは何も言えずセルアの顔を見つめたままだ。間抜けな声を上げたのは蘭であり、気付いたユージィンが告げる。
「特別に許そうと言っているのですよ。折角得た機会を無駄にはしたくありませんからね」
「だがな。この件は俺達がお前を殺そうとも文句は出ねぇはずだ。大きな貸しを作ってやったんだ、せいぜい使われろよ」
クロードを見るユージィンとセルアは、意味あり気な笑みを浮かべていた。
「びっくりした」
ハンナが運んできた茶を一口飲み蘭が言うと、セルアはただ鼻で笑いユージィンは当然ですと返事をした。クロードも飲み物を摂る事で多少落ち着いたのか、先程よりは幾分顔色が良い。
「オレも驚いた。ほんとに死ぬのかと思ったよ」
疲れた声を出すクロードに、ユージィンはぴしゃりと言い放つ。
「私達以外に見つかったのなら、とっくに死んでいますよ。放っておかれなかっただけ良かったと思いなさい」
「……はい」
おとなしく返事をしたクロードに、セルアも畳みかける。
「よくもまあ思い切ったもんだ。ある意味賞賛してやりてぇ」
「そうですね」
「ここに本気で入ろうとしたのは、お前が始めてだぞ」
「無知とは恐ろしいですね」
どうやらこの屋敷にかけられた術は有名らしい。これまでに何も知らずに入り込もうとする者は、誰一人いなかったという。
「オレだって知ってはいたよ。でも、それはウィルナの姫のものであって、ランがいる建物だから違うと思ったんだよ」
決して知らぬわけではないと訴えるクロードに、セルアの厳しい視線が向く。
「その前に城壁の中に入ってんのが問題だろうが?」
「それはそうなんだけどさ……。蘭は城の敷地内にいるって言ってたし、まさかウィルナの姫様の屋敷にいるなんて思いもしなかったんだ。どうしてランが姫様の家にいるのかが今でも不思議だよ」
クロードは姫の顔を見た事がないらしい。知っている者ならばあれは姫に違いないと考えるのだろうが、クロードは蘭が城の敷地内にいるという知識を得ていたが為に入り込んだようだ。
様々な問題を孕んではいるが、わからなくもない理由だった。
(どうするつもりなのかな?)
「実際の姫は城内におられるのですよ。ランはよく似ているので、時折姫の代わりをしてもらっているのです」
「王族くらいになると影も必要になるんだ。絶対に外では言うなよ。それこそ次はなくしてやる」
あくまでウィルナの姫はいなくてはならない存在だ。蘭が屋敷にいる理由は一時的なものであり、例え行方がわからなくとも二人は素振りも見せはしない。
(時々、姫様の代わりをしているくらいならおかしくはないのかな?)
蘭はただ頷くだけで、三人の話の行方を見守る。
「わかった、わかったよ。絶対に言わないから、マルタもランが姫様に似てるって言ってたもんな。本当にそっくりなんだね。ランの説明がはっきりしなかった理由もわかったし、もう大丈夫だから」
色々と事情があるといって濁した蘭の言葉をクロードなりに納得したらしい。
ウィルナとアンヘリカの関係も知らず、乗り合いすらもよくわからないでいた蘭を受け入れてくれたのだ。深く考えていないのかよく理由はわからないが、どうやらそのままを受け止めてくれるらしい。
(まあ、全部じゃないけれど知ってる人がいるのも悪くはないかもしれない)
様々な事を知るには人数が多いに越した事はない。クロードも蘭がこの世界を知る為に必要な人物なのだろうと考える事にする。
「しかしちゃんと動作する事がわかったのはありがたいが、寝ているところを飛び起きるのはもうごめんだ」
まだ寝足りないのかセルアは欠伸を噛み殺し、ユージィンは意外そうな顔をした。
「便利そうですがね」
「便利、不便が問題なんじゃない。強制的に起きるのが嫌なんだよ」
残念ながらその点は改善のしようがないらしく、セルアはクロードに念を押した。
「もう絶対にするなよ! 次は本当に刻んでやる」
さすがにクロードも懲りたらしい、大きく頷いた。
「しない、本当にしないから!」
その様子を眺めたユージィンが、わざとだと思われる質問を向ける。
「折角ですし、昨夜やって来た理由をしっかりと話していただきましょう」
「え?」
明らかに嫌そうなクロードに、ユージィンとセルアは含みのある笑みを見せるばかりだ。
「お話しなさい」
「言えよ」
言う言わないの押し問答がしばらく続いたが、クロードが勝てる状況ではない。ちらりと蘭へ視線を向けた後、一呼吸置くと話し始める。
昨日、乗り合いから降りるとすぐに別れたクロードは、本当にするべき用事がありそこへ向かったという。後を付けたりは絶対にない、らしい。
用事を済ませるとすっかり暗くなっていた。どこかに宿を取ろうかと思ったが、まずは空腹を満たしたいと食事に行く。
腹も満たされ店を出ると、ふと蘭を思い出した。城の敷地内にいると言っていたのを思い出し、折角だし会いに行こうとやって来た。そして、運良く蘭もすぐに見つかった。この屋敷はかなり異色に見える為、目に付いたのだろう。
「壁を越えたのか?」
「ちょうど足場になりそうな木箱もあったし、砂漠に必要な道具も役に立つからね」
厚手のコートの中には何かが収納されているらしく、クロードは本当に壁を越えたらしい。国を覆う物に比べればずっと低いが、それでも蘭の背丈の倍は越えるものなのだ。セルアとユージィンが信じられないと声を発する。
「馬鹿かお前?」
「私も言いたいですね。馬鹿でしょう?」
「今思うとオレもよく登ったなって感じるんだけれど、とにかく越えたらすぐにこの建物を見つけられたんだ」
クロードがこちらを見ながら笑った為、蘭はとりあえず頷いた。するとユージィンが今は相手をしなくて良いですよと言い、珍しく睨みつける。
「それでどうしようと思っていたのですか?」
「顔が見れて話ができればいいなと思って、窓を叩いたんだ。それ」
「待て」
そこに言葉を挟んだのはセルアだ。クロードは何か言おうとしていたのを飲み込む格好になる。
「それだけの為にここには来ないだろう? お前はここに来たかった、そしてどうしたかった?」
セルアの口調は厳しく、クロードは面食らったように押し黙ってしまう。
「へらへらしていたら許されると思うなよ」
「そうですね」
ユージィンも乗じたが、クロードは困ったように視線を泳がせしばらくの間黙っていた。
そして、長い時を置いてようやく口を開く。
「確かにオレはランに会いたかった。そして、一緒にいたいと思ったから来たよ、それは認める」
「そして、どうする?」
セルアとユージィンが何を言わせようとしているのかは、蘭にも何となくわかっている。昨夜、そうなるのが怖いと感じて蘭は窓を閉じようとしたのだ。
しかしわざわざ聞きたい内容でもなく蘭は止めに入る。
「セルア、もういいよ。クロードだってわかっているし、もうしないって言ってくれたよ?」
「駄目だ、聞いとけ」
「どうして!」
「どうしてもだ」
「必要なのです。ランには悪いですが、おとなしくしていてください」
ユージィンの声に目を向ければ、セルアに負けないくらい厳しい瞳にぶつかる。
何も言い返せない蘭は、俯きながら体を正面に戻した。そのままではなくちゃんと見ておきなさいと言われ、クロードへ目を向ける。
そうして、話が戻った。
「続けてください」
ユージィンに促されたクロードは、視線を少し下に落とす。直接こちらを見る事はできないらしい。
「とにかく、一緒にいて話ができればいいと思ったんだ。ただ……」
「なんだ?」
「ちょっとだけ、もしあわよくばもっと色々とかは思ったかな。仕方ないじゃん。来たいと思ったんだからさ。来るべきだったんだよ」
クロードは誤魔化すように笑みを見せた。それにはセルア、ユージィンも溜め息を付く。
以前もどうしても連れ帰らなくてはと思ったとクロードは言った。そしてたまたま蘭が読める契約文字が存在していたが為に、その行動は許された。
本当に意味があったのかもしれないと蘭は感じ、必要な事象だったのだと受け入れる事にしたのだ。しかし今の様子ではやはりどちらも信用できない。どうやらユージィンも同様らしい。
「貴方はうまく誤魔化せば大丈夫だと思っているのでしょう? 先日も同じように反省をしているふりをしていた。最終的にはランが契約文字を読んでしまったが為に全てが許されてしまっています」
「悪いなんて、大して思ってもいねぇくせに。今回もランはアンヘリカに必要だからと言えばどうにかなるとでも思ったんだろ?」
二人の勢いは落ち着くどころか増したようだった。特に合わせようとしているわけでもないだろうに、滑らかに言葉が続く。
「ここを乗り切れば、また次がある。そんなところでしょうね」
「気にいらねぇな」
「まったくです。使い道があるとしても迂闊にランに近づけていては何が起きるかわかりませんね」
先程、じゅうぶんに青白いと思っていたクロードの顔色は更に悪くなっていた。怯えた瞳も比べ物にならない。そして、そうしながらも何も言わずにユージィンとセルアの様子を窺っているようにも見えた。
蘭もこの空気にどうしたものかと思いつつも、口は挟めもしない。
どうも二人の話を聞く限り、クロードは思っている性格とは違うのだろうか。憎めない性格ではなく、憎めないように見せかけているという事かと思い悩む。
長い、長い沈黙が続いた。
いい加減、どうにかしようと思ったのだろう。ユージィンが口を開く。
「貴方にはその場限りの女性の方がお似合いでしょうね。そのふざけた行動を変えないのなら、私達の前には二度と現れない事です」
「俺としては変えたって来て欲しくはねぇがな」
セルアの意見にユージィンも思い直したらしい。
「特に受け入れる義務もないですね。アンヘリカから出られないようにマルタと交渉でもしましょうか」
「ああ、今回の話をしてやるといいな」
「前回も含めれば、それなりに話もまとまるでしょうね」
マルタの名前を出された途端、クロードは慌てる。
「待って! 待って、変えるから! お願いだからマルタには言わないで、もう二度としないから。お願いします」
必死に懇願する姿に、どうしたのだろうかと蘭は驚く。そして隣を見るとユージィンがわずかに笑みを浮かべていた。
「貴方がランの気を引きたいのなら、もっと違う行動を取るべきだったでしょう? そして、ウィルナとアンヘリカの関係を気にするべきです」
「俺達がお前を殺してしまえば、せっかくの関係にひびが入るかもしれねぇ。こっちの理由を信じてもらうだけの関係は成り立っちゃいねぇんだよ、お互いにな。お前は全部をぶっ壊してぇのか?」
「それは違う、本当だから。だからマルタには言わないで」
首を振って否定するクロードは、ユージィン、セルアへ視線を向けた後に、ようやく蘭と目を合わせた。その瞳は弱々しく、何かに怯えているように感じられる。
何故か、初めて本当のクロードを見た。そんな気がすると思いながら蘭は、その視線をしっかりと受け止める。
「さて、どう思いますか?」
ユージィンが聞いた相手はセルアだ。
「しばらく様子を見たらいいんじゃねぇか? 俺は構わない」
ユージィンは再度確認する。
「本当に、ですか?」
「ああ、構わない。俺よりもこいつに聞くべきだろうが」
「わたし?」
急に視線を向けられ蘭が聞き返せばユージィンが答える。
「無理やり連れ去ったり、部屋に乗り込もうとして来るような男が、まだ貴女に会いに来るのを許せますか? 私達はクロードによってできたアンヘリカとの繋がりを重要なものと捉えていますが、ランが拒むのならば違う者を介する形を選ぶ事もできるのですよ」
改めて言われると悩む問題だった。蘭にはこの世界の知り合いがほとんどいない。その状況で親しげに接してくれるクロードは、正直嫌いではない。何より魂の欠片と告げる板へ強引ではあったが引き合わせてくれた人物なのだ。まだ何かしらの可能性を秘めているのではないかと思える部分はある。
しかし連れ去られたり、昨夜のような事をされるのは嫌だった。相手の意思など省みない、自分勝手な行動により被ったものは多分にある。どちらも大きな傷が残る事にはなっていないが、そうなる可能性も大いにあったのだ。
どう答えるべきなのだろうかと、必死に考えた結果を蘭は口にする。
「わたしは一緒に話ができる……友達として見ているよ。と言うよりは友達になれるかな? くらいなんだと思う」
「そうでしょうね」
ユージィンが頷き、クロードも真剣にこちらを見ている。セルアはわざと蘭から視線を外しているようで、よくわからなかった。
「そして、この前や昨日みたいな事は嫌。さらわれたり無理に押し入ろうとするなんておかしいでしょ?」
初めて出会ってからは一ヶ月だが、名前を知ったのはたった七日前なのだ。それだけの間に目まぐるしい出来事があり、魂の欠片と訴える板に引き合わせてはくれた。
だからこそ蘭はクロードに会わないという選択肢を選ぶ事はできない。
「わたしの意思を無視しないのなら、会えると……思う。でも、実際に起きた出来事があるんだから、全面的にクロードを信用する事もできない」
こちらの思惑など気付いてはいないらしいクロードの表情がわずかに明るくなる。信用できないと言われているにも関わらず、どうして喜びを感じさせているのかと思える程だった。
「それは可能性があるって事?」
理由はわからないが、クロードは街で見かけた時から自分を気にかけていたようなのだ。好かれていると言うべきなのかは怪しいが、気になるのだと蘭に近づいてきた。
それらがわかった上で会い、結果を出す事ができるのかと聞かれているのだろうとは思えるのだが意味合いが難しい。
(どうしてクロードはわたしを気にかけるんだろう?)
特にお互いを知っているわけでもないはずだと蘭は答えを考える。
「零ではないかな、クロードと一緒にいられる可能性は低いと思うけど」
「低い……?」
いずれ帰るのだから、この世界の人が特別な存在になるとは思っていない。いや、そう思ってはいけないと蘭は感じていた。
(でも、帰れないかもしれない)
常に付きまとっている不安が大きくなり、一生をここで過ごす事態が思い浮かぶ。
(ない。そんな事はない)
嫌な想像を必死に振り払い、蘭はとにかく出すべき答えを探した。
「クロードだけがって事じゃないよ、誰でもそうなの。わたしはここにずっといるつもりがないんだから」
あくまでウィルナの姫の代わりとして屋敷にいるだけであり、いつかはいるべき場所へ帰らねばならない。実際はいつかどころではなく今すぐにでも帰りたいのだが方法は見つからないままだ。
蘭は正直に思いを告げ、限りなく低い可能性だけを口にする。しかし帰れないという現実が待っているかもしれないという恐れもあり、絶対にないとだけは言えなかった。
何故そんな事を言うのかわかるはずもない、クロードは不思議そうに首を傾げる。
「でも、それが変わるかもしれないんだよね?」
わずかな希望でも構わないのだろうかと蘭は小さく頷いた。
「零ではないってだけだよ。ほぼないと思って」
帰りたいのであり帰らなければならないのだと蘭が思っていると、ユージィンが小さく笑う。
「どうやらクロードだけがというわけでもなさそうですね」
「ユージィン?」
クロードが言葉と共に瞳を向けると、ユージィンは苦笑した後に眉を潜める。
「別に私だとは言っていないでしょう? ランはここに留まる気持ちが薄いようだと思っただけですよ」
はっきりとした意味を感じ取る事はできなかったが、何か余計な事が増えてしまったように蘭は思えていた。




