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二章.止められた孤に灯る想い【一】(一)

 乗り合いの中ではクロードが蘭へ話しかければセルアが突っかかる。そうなると蘭を除く二人が言い合いを始め、あまりにうるさければユージィンが止めに入った。

 蘭は主にユージィンと当たり障りのない会話をして過ごし、時折クロードとセルアに巻き込まれる程度だ。

 騒がしくはあったが確実にウィルナの屋敷へ戻れると決まっていた。

 大きな不安もなく乗り合いに揺られ、あっという間に二日間は終わる。

 ウィルナへ着くと、クロードは用事があると言ってすぐに町の中へ消えて行く。やり残していた仕事は相当急ぐものらしく、走る後姿を見ながらセルアが悪態をついた。

「馬鹿な野郎だな」

「付いてこられるよりは良いと考えましょう。二人は後から帰ってきてくださいね」

 三人で戻ると思っていたが、何やらユージィンだけ別行動らしい。

「ああ、遠回りして行く。ユージィンは急げよ?」

 セルアとのわずかな会話のみで先を行くユージィンを眺めた後に、蘭は隣を見やる。

「別じゃないと駄目なの?」

「服装も違うだろ? 俺達は裏からしか入れねぇ」

 確かに蘭は城を囲む壁に設えられた小さな扉からのみ出入りをしていた。姫の代役であり、堂々と姿を見せられる立場ではないのだ。黒衣を着ているユージィンと一緒にいてはならないのだろう。

「それだと乗り合いの中は本当に平気だったの?」

「城内と町の繋がりはそれなりにあるからな。堂々としてりゃ問題ねぇよ。別に会話も当たり障りがなかっただろ?」

 セルアとクロードが言い合ってはいたが内容は深いものでもなく、蘭は馬鹿馬鹿しいとあまり気にも留めていなかった。周囲も同じようなものかと考え、とりあえず受け入れた。

「大丈夫ならいいわ。わたしには詳しい事もわからないし」

 どこまでを許されるかは、誰かの判断を仰がなければわからない。セルアが平気と言うからには大丈夫と思うほかはなかった。

 二人で街へ出かける時と変わらず、蘭はセルアに手首を掴まれ引かれながら足を進める。

「俺の姿が見えないのは誰も気にしねぇが、ユージィンは別だからな。早々に帰って騒がれてりゃ楽なんだよ色々と」

 何故セルアは気にされないのかと疑問も浮かんだが、詳しい話のできる場所でもない。楽というのはおそらく自分達が屋敷へ戻りやすいのだろうと、蘭は視線を周囲の店へ向け始めた。



 アンヘリカでは特に買い物もしなかった事に加え、屋敷へ戻るまでに時間を潰す必要もあった。蘭とセルアは細々とした品物を手に屋敷へ戻る。

 扉を開き廊下へ踏み入ると、こちらの気配を察したのか一番奥の扉が勢いよく開かれた。駆け寄ってくるハンナは真っ直ぐに蘭の前へきたかと思うと、力強く抱き締められた。

「わわっ、ハンナ!」

「ラン、無事だったのね。ユージィンが立ち寄っては行きましたが、本当に良かった」

 涙声で言われ、蘭も自然と瞼が熱くなる。まさかこんなにも心配されているとは思いもしなかったのだ。抱き締められたまま怪我はないのかと問われ、大丈夫だよ元気だからと答える。

「ユージィンは寄って行ったのか。じゃあ、今はうまく説明してるってとこだな。ハンナ、思いがけずアンヘリカへも向かいやすくなったぞ。今回はあいつの思惑のうちだったとでも思っておけ」

 セルアの言葉にハンナが力を込めていた腕を緩めた。蘭もどうしたのかと表情を見れば、随分と驚いているのがわかる。

「まあまあ、姫様のお望みが叶ったのですね?」

「偶然なのか必然なのかはわかんねぇけどな。こいつの身にも色々ありはしたが、散々という程でもない。悪くはないだろ」

 驚きと喜びがない交ぜになったような表情だったハンナは、今度は眉を潜める。

「セルア。それでもランは大変な目にあったのでしょう? もう少し考えて発言なさい。こうして無事だったから良かったものの、どうなる事かと心配だったのよ?」

 どうやら結果を重視した発言が気に入らなかったらしいが、蘭としては付随したものはありがたい。もしも自分を助けるだけが目的になってしまっていては、申しわけなさも倍増してしまうところだ。

「本当に平気だから。確かに大変だったけれど、色々な事も知れたし勉強にはなったもの」

 驚きは多分にあったが、アンヘリカという町と砂漠をこの目で見る事が叶った。本当に見知らぬ場所だと思い知らされもしたが、曖昧な気持ちはだいぶ払拭されている。

(知らない場所だって嫌でもわかったし、どこか前に進んだ気もする)

 セルアが言ったように偶然なのか必然なのかはわからないが、確かに蘭はアンヘリカへ向かい何かを得たのだ。

「まあ、ランまで? こうして帰ってこられたのだから良いとしましょうか。二人は部屋で休んだらどうかしら?」

「ああそうだな。俺は疲れた」

「ええ、そうなさい。お昼はまだなんでしょう? 準備してくるわね」

 ようやく蘭の体を開放したハンナは、セルアの頷きを見ると足早に厨房へ戻って行く。

 熱烈な歓迎ぶりのせいで涙目になっている蘭をセルアが見上げたが、どこか機嫌が悪く感じられ戸惑う。

「どうしたの?」

「俺達に会った時は泣きもしなかったのにな」

 投げつけられた内容は意外なものであり蘭は驚く。あの時は何もかもが目まぐるしく余裕などなかったのだ。確かに二人が来てくれた事に安心はしたが、事態はまだまだ不安定だった。ウィルナのこの屋敷に戻って初めて、本当に安堵できたように思える。

 何だかんだと三ヶ月近くもこの場所にいるのだ。成り行き上ではあったが姫の屋敷こそが、今の自分が帰るところなのだと改めて実感した。

「泣く余裕なんてなかったの。二人が来てくれて本当に嬉しかったんだからね」

 別にハンナと区別しているわけではないと告げれば小さく笑われる。

「そのくらいわかってる」

「なら、言わなければいいのに」

「悪かったな」

 セルアは面白くないと言いたげな顔をすると、一人で部屋へ向かってしまう。

(時々突っかかってくる? っていうか、なんだろ?)

 ユージィンが難しい年頃だと表現していたが、確かに蘭には理解しがたい部分がある。

(まあ、問題という程でもないし大丈夫よね)

 何かを知ろうとしても踏み込めない事象も存在するのだ。今は手に入れたものから何かを探すべきだろうと、蘭も借り物の部屋を目指し足を進めた。



 疲れたと言っただけはあり、セルアは昼食を取るとソファですぐに眠ってしまった。

 蘭はしばらくハンナと会話をしていた為、うるさいだろうと自室へ帰るのを勧めた。しかしユージィンが来るまではいなければならないらしく、セルアは騒いでもかまわねぇと言いながら瞳を閉じなおすだけだった。

(まだ、疲れてるんだよね)

 蘭も疲労感はあり、ソファに体勢を崩し寄りかかっていた。

 ハンナは夕食の支度をすると厨房へ向かい、セルアは熟睡している。

 久しぶりに訪れた一人になる時間の中、蘭は六日の間に起きた出来事を改めて考える。

 ユージィンと街へ向かい、クロードにさらわれた。そうして辿り着いたアンヘリカで、蘭はきっかけと呼べそうな物を手に入れたのだ。

 真向かいにいるセルアを気にしつつも胸元から板を取り出せば、魂の欠片だと訴えられる。

(不思議) 

 いい加減全てを受け入れるべきかと思ってはいるが、理解しづらいのだ。魔力があり、それを使いさえすれば特定の人物に向けた文字を作れる。繊細に刻まれた模様が文字と認識すべきものなのかもわからないが、確かに蘭の中に言葉は浮かび上がった。

(あなたが魂の……欠片)

 同じ文言だけが延々と繰り返され、眺めていた瞳を逸らし逃れてみる。

(見なければわからないんだよね)

 読んでいるとは思えないが、視界に入らなければ知る事はできない。やはり文字と表現すべきなのかと、見つかりもしない答えを探し続ける。

 そうしているうちに蘭も睡魔に誘われ、考える事を止めた。



 普段なら蘭とハンナだけで夕食を取るのだが、今日はセルアも加わり随分と賑やかな時間となった。そうした後にユージィンは現れ、食堂ではなく寝室で会話は行なわれる。

 指定の位置に腰を据えた二人を眺めながら、蘭はただ話を聞く。

 はっきりとした理由はないらしいのだが、扉に最も近い場所がユージィン。扉から見て左手がセルアの指定席になっている。姫は残る二つのどちらかであれば問題がないらしく、今の蘭は気分でユージィンの向かいを選んでいた。 

「やっと落ち着いたな。大丈夫なんだろう?」

 夕食まで眠り込んでいたセルアは、それでもまだ足りないらしく随分と気だるそうな声を発している。

「そうですね。アンヘリカとの間に何が起きたのかと不思議がられてはいますが、近々マルタを呼ぶ形をとれば納得してもらえるでしょうね。ランが行き来する為という理由ならば向こうも断りはしないでしょう」

 ユージィンこそ休んではいないはずなのだが、こちらは姿勢正しくソファに座り笑みを浮かべる余裕すら見えた。

「こっちに都合のいい約束でも取り付けるつもりか?」

「それもありますが、あまりにも急に事が運び過ぎましたからね。アンヘリカの代表者が城へ入るくらいの変化がなければ納得されそうにもありません」

 二人の会話は蘭が口を挟めるものではない。どうやらアンヘリカは本当に気軽に出入りが許される場所ではないらしく、突然の状況の変化に城内は賑わっているという。

「さすがに全部は無理だったって事か」

「ええ。しかし、姫が篭もり切りであるからには何かが起きても仕方はない、くらいの反応はありました。悪い結果ではないのでどうにかやり過ごせるでしょう」

「いないとは言えねぇからな。もうしばらくはいけそうか?」

 乱暴に髪をかき上げるセルアの表情はしかめられており、ユージィンも苦笑気味に答える。

「どうにか大丈夫でしょう。今回アンヘリカへ自由に行けるのはセルアという事にしてありますからね。よろしくお願いしますよ」

「俺か……まあ、仕方がねぇ。ユージィンはこれ以上出歩くわけにもいかねぇしな。あいつが戻ってくるまでの間に、せいぜいいい結果を作っておくこった」

「そうさせていただきますよ。姫はこうなる事がわかっておられたのでしょうかね?」

「さあな。あいつは無駄を嫌うが、くだらない事を楽しむ節もある。どちちかによって随分と変わってくるんじゃねぇか?」

「楽しんでいると知れるのならば安心もできるのですがね。本当にどうしておられるのか」

 目にした事のないウィルナの姫は、とにかく外見は蘭に似ているらしい。アンヘリカのマルタでさえ似ていると口にしたのだから、本当なのだろうとは思える。

 しかし、外見以外の情報は主に二人の会話で仕入れるだけだった。今も無駄を嫌うがくだらない事を楽しむと曖昧な表現をし、いなくなった事も楽しんでいるのならば大丈夫だろうと言われてしまっている。

(術が使えて研究熱心とも言っていたよね? それでいてウィルナとアンヘリカの関係も良い方向に持っていっているみたいだし、色々な事ができる人っぽくはある?)

 姫と城内と国に関する話題を続けている二人の声を耳にしつつも、蘭は情報をまとめ始めた。

 セルアがいる限り姫の生存は何故か確実であると言うのだ。そして、それは巻き込まれたものなのか、自発的に行なったものなのかはわからない。

(わたしがここにいるのも、姫様がした事ならいいんだけどな)

 セルアを見ているだけでも術が凄いものだとは感じている。帰ってきた事により姫仕様にまとめ直された髪も、相変わらず本物のように馴染んでいた。

 砂の上を木製の車輪で軽々と移動し、強い日差しすらも押さえ込んでいる。言葉にはしないが全てが姫によるものと仮定できるのなら、先が見えるのではないかと希望を探し出す。

 クロードの発言だけではあるが、アンヘリカの人間は決してウィルナも姫も嫌っているような雰囲気ではなかった。乗り合いを造ってくれたと言ったのだから、評価をしていると捉えるべきなのかもしれない。

(わたしがここで目覚めてアンヘリカに向かったのも全部が姫様によるものなら、帰ってきてくれれば変わるのかしら?)

 ユージィンとセルアが現れた時は随分と張り詰めた空気にはなったが、帰りにはアンヘリカの人々に笑って見送られていたのだ。関係は悪くなるどころか良好になったと言えるはずだった。

 そして、ウィルナの姫は今回のような結果を望んでいたらしい。

(姫様の思惑通りとかね。でも、それなら二人が知らないのはおかしいみたいだし)

 何かをするなら巻き込まれるはずとセルアは告げていた。やはり不測の事態なのかと蘭は内心で溜息をつく。

 気付けば二人の会話は収束しており、蘭は素直に聞いてみる。

「姫様って二人から見てどういう人なの? 立場じゃなくって人柄って意味なんだけど」

 すると二人はしばし考える為か、間を置いた。

「俺に言わせると好き勝手する奴だな。だが、自分ができる範囲内で無茶をするまでとはならねぇな」

 セルアは何かを思い出したのか、散々振り回されて来てんだと渋い表情を見せる。しかし、ユージィンは違うらしい。 

「私は好き勝手をしているとは思いませんよ? 思慮深い方です」

 否定するように言い切ったが、セルアは呆れたような眼差しを向け鼻で笑う。 

「思慮深いねえ、我が強いだけだろ?」

「それは貴方でしょう? 姫は先を見据えておられますよ」

 各々の感想はどうやら違うらしいが、様々な面があると捉える事にする。合わせてみると思慮深いながらも好き勝手な行動を取る人物となるのだが、想像はなかなかに難しい。

 お互いの姫に対する感想が気に入らない素振りが見える為、とにかく話を進めようと蘭は思いつきを口にする。

「とんでもない事をしたと思ったら、ちゃんと結果がついてくるとか?」

 おかしな表現になってしまったが、二人の反応は良かった。

「それでじゅうぶんだな。人を驚かすのが趣味とも言える」

「少々慣例を破るところがありますからね。とんでもないと言えなくもありません」

 セルアが大きく頷き、ユージィンに至っては声を上げて笑って見せた為に蘭は驚く。

「そう、なんだ」

 とにかくしとやかなお嬢様を想像しない方が良いのかと思っていれば、セルアが話題を変えた。

「あいつ自体を考えても話は進まねぇだろ? 今はここにいるお前の方が重要だ」

「わたし?」

 蘭としては話を進める為に姫を知ろうとしていたのだ。何故、自分を優先させる必要があるのかがわからない。

「あいつが望んでも叶わなかった事をあっさりしちまったんだ。意味がないとは言えねぇんだよ」

「確かに、そうとも取れますね」

 まるで本当に何かをしてしまったような二人の口ぶりに、蘭は慌てて否定を返す。

「わたしはクロードに連れて行かれただけで、特に何もしていないよ? 二人が来てくれなかったらどうなってたかもわからないし。凄く感謝しているの……本当にありがとう」

 何度目かは忘れてしまったが、改めて礼を告げる。するとセルアは少しばかり嫌そうな顔をした。

「それはもういい。お前はもっとあいつに対して怒るくらいになれ」

「確かにそうですね。彼のせいでこの騒動は起きたのです。ランが気にする事ではありません」

 ユージィンも頷いているが、どうしてもクロードだけを責められないのだ。

「でも、わたしが一人になったのも原因じゃない?」

 気にするなとは言われても、散々危なっかしいと注意されていたのも事実だ。興味に任せて一人でふらりと歩き回ろうとしていたからこそ起きた事態だった。

「それはそうだが、人ひとりを無理に連れて行くってのは常識の範疇ではねぇよ。違うのか?」

 蘭の世界の事を含めて聞いているのだろうと頷く。

「わたしがいたところだって、それは駄目だよ。犯罪になる」

「だったら、あいつもそうだろうが」

「……確かに」

 こればかりは否定のしようがなかった。しかし、それでもクロードを怒ろうとは思えないのだ。

「憎めないとかそういった意味で怒れないのでしょうか?」

 ユージィンの問いは当たっているようにも思えたが、そればかりでもない。

「そうなのかもしれないけど……どちらかというと酷い目にあった気はするけど最終的には良かったのかな? って微妙に思えるというか。凄く難しい感じなんだよね」

「なんで良かったになるんだよ?」

 いらつきさえ感じさせるセルアの瞳を向けられたが、そう思うのだから仕方がない。蘭は首にかけた紐を外すと、衣服の中に下げていた板を取り出す。

「よくわからないけどこれが読めたし、何か前には進んだ気がする……だから仕方がなかったって思えるのかもしれない。クロードがいなかったらアンヘリカには行かなかったでしょ?」

 ユージィンやセルアはアンヘリカへ自由に向かえる立場ではなかった。その状況のままでは蘭はウィルナの街へ出かけるが精一杯だったはずなのだ。

「だから仕方ないのよ……たぶん」

 紐を掴み魂の欠片だと訴え続ける板を手のひらに乗せた。

「意味はわかんねぇままだけどな」

 セルアは立ち上がると蘭が座るソファへ移動する。わざわざ隣へ腰を下ろす姿にどうしたのかと思えば、蘭の手から板を掴み上げ灯りにかざすようにしげしげと見つめた。

「ったく、随分と魔力を突っ込んだもんだ」

「魔力? 突っ込んだ?」

 蘭には美しく煌いている程度の感想しか持てないのだが、何やらわかる事があるらしい。セルアは食い入るように眺め続けている。

「ラン、魔力は持たぬ者には一切感じられないものなのですよ。不思議に思えるでしょう?」

「うん、本当に全然わからないもの。魂の欠片って言葉は浮かぶから何かがあるんだなとは思うけどね」

「才のない私にも見る事が叶わぬ力ですが、確かに魔力によって国は成り立っているのです。そういうものだと信じるほかはないのですよ。ところで、どの程度の魔力を含んでいるのです? その様子では乗り合いに使う魔石以上に思えますが」

 ユージィンは魔力を持たないらしく、セルアに聞かなければ確認ができないらしい。

「ウィルナを覆ってる魔力と同じかそれ以上か。無駄使いだな、こりゃ」

 始めは板を摘んでいた指先は繋いでいる紐へと移っている。セルアはぞんざいに大きく揺らしながら呆れたような声を出したのだが、ユージィンはその言葉自体も訝しがっているように見えた。

「本当ですか? 国を覆う為にどれ程の術師を必要としているのかをわかっていますか?」

「当然だろ? 国を守るだけでも必死だってのに、こいつはそれどころじゃない魔力を感じさせる。長年壊れないようにと考えても随分多いな。いったいなんだってんだ?」

 雑に扱うセルアの姿を見る限りそう凄い物にも思えない。すると突然投げ返されてしまい蘭は慌てて受け止める。

「もう、もっと大切にしてよ」

 何かの手がかりとも言える品への扱いに不満を向ければ、特に気にもしないらしい。

「どうせ壊れないようになってんだ、いいだろ?」

 マルタがアンヘリカが焼けようが壊れようが傷一つ付かないと言っていたのを思い出す。なくしても必ずアンヘリカへ帰ってくるとまで言っていたが、そんな事は本当に可能なのだろうかと改めて疑問が浮かぶ。

(目に見えるものならいいのに)

 ユージィンですら見られないと言っている魔力は、蘭にも感じられる気配はない。

 ウィルナそのものを守っている魔力がどれ程なのかもわからないが、とにかくこの小さな板に収まっているのかと蘭はじっくりと眺めてみる。

 するとやはり、あなたが魂の欠片という言葉だけが脳裏に浮かんで来た。

「あなたが魂の欠片って、どんな意味なんだろう」

「さあな」

 セルアはそっけなく言い、ユージィンは困りましたねと頷く。

「あなたがというからには、ランの事なのでしょうか? そうだとしても魂の欠片が何を指しているのかがわかりませんね」

 どうやら魂の欠片と表現をするものはウィルナにはないらしい。マルタとの会話を思い返しても、何かを知っているとは考えにくい。

「あまり気にしないでいた方がいいんじゃねぇか? 意味があるならそのうちどうにかなるだろ」

 今日はもう寝るかなとセルアは気だるそうに立ち上がった。

「お前らも休んだらどうだ? どうせ何もわかんねぇぞ」

 そうして部屋から出て行く後姿を見送る。おそらく城の中にある自室へと帰るのだろう。

「契約文字を使える者の意見ですからね。セルアの言う通りなのでしょうが……」

「手がかりもないし、また時期を待つしかないって事なのかな?」

 不安げなユージィンの呟きに、今度は蘭が以前に告げられた言葉を向けるとわずかに驚いた表情が浮かぶ。しかしそれも一瞬であり、ユージィンはいつも通りの笑みを浮かべた。

「今回みたいな騒動でなければ良いのですがね」

「わたしもそう思う」

 さらわれるような大事ではなく些細なきっかけで物事が進まないかと、蘭は強く願ったのだった。

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