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一章.砂礫と岩の狭間(七)

 ユージィンは軽い食事を手にし、すぐに戻って来た。まずはセルアが食べ終わるのを待ち、それから本題に入る。

「今、シェラルドの第二王子が来ています」

 腹が膨れたらまた眠くなったと言いながら、再び壁に寄りかかっていたセルアが驚いた表情を見せ姿勢を正した。

「理由はわかりませんが、アンヘリカにいます。私達はちょうど到着したところを目にしただけで戻ってきた為、目的はわかりません」

 クロードと三人で周囲を見て歩いた事を交えて伝えると、セルアの表情は険しくなるばかりだ。

「まあ、戻ってきて正解だろうな。こいつはともかく、ユージィンの格好では危ねぇ」

 ユージィンとセルアはウィルナの者としてアンヘリカへ来た為、いつもの黒を基調とした衣服を身につけている。それがどう危ないに繋がるのかはわからないが、とにかく今蘭は二人の会話を聞いているしかない。

「今、向こうが何かをしてくるとは思えませんが?」

「確かにそうだが、きっかけを作っちまう可能性はある。そして、今はランがいない」

「帰られるまでに何かが起きるのは避けたいですね」

 今二人が言うランは本当のラン、いるべき姫の事だ。お互いに思案しているらしくしばし会話が止まる。

 その沈黙を破ったのはセルアだ。

「まあ、今はほっとくしかないだろうな」

 乱暴に髪をかき上げながらどうせ想像じゃ何もわかんねぇよと言い、蘭に目を向ける。

「あほ面」

「ちょっと! 急に何?」

 二人の話がわからず聞いていたのは確かだが、そんなにも間抜けな顔をしていたとも思えない。あまりにも失礼だと蘭が憤慨すれば、セルアは声を立てて笑う。

「必死に話に追いつこうと考えてるみたいだったが、無理だったんだろ?」

「それはそうでしょ、知らないんだもの。ユージィンも笑ってないの」

 セルア程ではないものの、笑みを浮かべていたユージィンにも文句を言う。

「失礼しました、説明をする約束でしたね」

 ウィルナ国、シェラルド国、そしてその二国に挟まれるように存在している町アンヘリカ。

 シェラルドというのはアンヘリカから見てウィルナと間逆の位置、距離もほぼ同じ所にあるらしかった。どこまでも続くかに見える砂地も、先へ進んで行くとごつごつとした岩に変わり大きな岩山へと繋がる。その岩山をくり抜いたかのように存在するのがシェラルド国。

 そのシェラルドとウィルナは、どのくらいなのかもわからない程の昔から争いが絶えなかった。どれだけの王がいたのかも忘れてしまう期間、戦いは続きたくさんの血が流れた。その目的はお互いの領地を手に入れると言うよりは、アンヘリカを手に入れる為らしい。

「ここを手に入れる?」

 蘭は一つひとつを納得しようと、疑問をぶつける。それにユージィンも応じてくれた。

「はい。確かにアンヘリカは両国から見て、ちょうど中心。他国へ侵攻する為の足固め的な意味では重要な位置取りです。しかし、ウィルナに残っている記録を見る限り、アンヘリカを手に入れる事のみが重要であり、その先のシェラルドまでを手に入れようとは思っていない節があります。そして八年前に停戦している為、直接戦いには関係していない私達は詳しい理由も知りません。……いえ、おそらくですが誰も理由を知らないのでしょう」

「誰も知らない?」

 何の理由もなしに戦争をした挙句、人の命を奪うと言うのだろうか。訝しげな顔を見せた蘭にセルアが続く。

「長い間戦っているうちに忘れちまったんじゃないか、って事だ」

「忘れてしまっても戦っていた……?」

「だから、戦いが止まったとも言えます」

 八年前、長く続く戦いのさなかシェラルド国王が急死した。それは戦いの中ではなく自国での病による急死だったらしい。

 それをきっかけにシェラルド側から停戦を持ちかけられ、ウィルナも合意した。

「ウィルナとしては渋々受け入れたって噂もあるぞ。本当はシェラルドが何もしないのなら、そのうちに手に入れたかったってな」

 過去にも二国間の停戦はあったらしく、それはある程度の期間は効果を発揮して来たという。しかしそれも、いずれ破られる。同じような事を何度も何度も繰り返して来たというのだ。

「そこで疑問を覚えるのは、お互いの国が機能しなくなるのは望んでいないというところです」

 知る限り停戦するきっかけはどちらか一方の国が機能しにくくなった時、そこを好機と捉えてもおかしくないはずなのだが、それだけは破られる事がない。ある程度機能するまでは待っているように見えるらしい。まるで暗黙の了解のようだ、とユージィンは言う。

「今回はシェラルド王が亡くなり、その世継ぎが確か十五、六でしたかね。とにかく、まだ国を治めきれる年頃ではないという理由だったはずです」

「言いかえりゃ、また戦いますと取れなくもない。その上、十五にもなってりゃ普通は王の名乗りも上げるし戦だってするはずだ」

 セルアがうんざりした表情を浮かべ、ユージィンが頷く。

「そうとも取れますね。ですが今のところは何も起きてはいません。あれから八年、過去を思えば何かが起きてもおかしくはないはずです」

「だからこそシェラルドの奴らとは関わりたくねぇ。だからここへ戻って来た、わかったか?」

 セルアに聞かれ蘭は頷き、また別の疑問をぶつける。

「不思議だったんだけど、アンヘリカは国ではなくて町でしょう? どうして?」

 二国が欲しがっているアンヘリカ、それはどこの国のものでもないのだろうか。

「それはアンヘリカがウィルナ、シェラルドにいられなくなった人が集まってできた場所だと言われているからでしょうかね」

「いられなくなった?」

「はい、アンヘリカは昔からウィルナ、シェラルドどちらとも交流があります。しかし、ウィルナとシェラルド間には直接の交流はありません」

 二国が互いの国の品を必要とする場合、アンヘリカで購入するのが唯一の手段となる。

 二国の物を入手するアンヘリカでは、ここでのみ加工する事ができる物も発生しなおかつこの土地特有の品もある。それを求めてウィルナ、シェラルドの人間は出入りし出会う。仲たがいをする者が多い中、意気投合する者もいるし、恋仲になる者もいるという。恋仲の場合二人が一緒にいれる土地はアンヘリカになるという。ウィルナもシェラルドも他国民を入れる事を良しとしていない為らしい。

 もちろんアンヘリカの人間が他国へ移り住む事もできなかったが、受け入れる事は厭わなかった。

 そうしてでき上がったのがアンヘリカだという。

「そうなるとウィルナとシェラルドは元から戦っていて、その結果アンヘリカができたって事になるんじゃない?」

 アンヘリカが目的というのがおかしくなる。それは二人共重々承知らしい。

「そうなのです、あくまでもそうやって住む者もいるという事であり、昔からこの土地に住んでいる人達の理由は違うのでしょう」

「結局はよくわかんねぇって事だ」

「ふうん」

 何やらややこしいが、とにかくウィルナとシェラルドは仲が悪い。そして、その間に挟まれているのがアンヘリカという事か、と言うとユージィンが頷いた。

「その程度の認識で構いませんよ。折角ですし、停戦してから現在までについても説明しましょう」

 停戦後、シェラルドの情報は限りなく零に近いという。第一王子と第二王子がおり、その二人が国政を動かしているのだろうという予測しかできない状態らしい。

「何を考えてんだか、気持ち悪いくらいのだんまりだ」

 そしてウィルナは停戦後五年間、三年前まではシェラルド同じようにアンヘリカに何かをするというわけでもなくいた。そこで今度はウィルナ王が病床へ伏せる。現在でも生きてはいるが寝たきりであり、会話ができるような状態ではないという。

「あの時は城内にシェラルドの者がいて、毒を盛ったのではないかという話もでましたね」

「そういやそうだったな、それも結局はわからず終い。最後には、毒ではなく病だって落ち着いたけどな」

「とにかくそこが転機でした」

 王が病気になる事が転機になるのかと思っていると、ユージィンは話を進めた。

「国政を取り仕切る役目が姫に移りました。そこで姫が最初にした事が、ウィルナ、アンヘリカ間の乗り合いの設置です」

 それまでも交流はあったものの、あくまで自力で辿り着かなければならなかった。そこへ姫は魔力により移動できる乗り合いを提供すると言い出したらしい。それに加えアンヘリカの者がウィルナの者と婚姻する場合にのみ、ウィルナへの定住も認めた。

「婚姻に関しては反対意見も多く出ましたね、今までウィルナの人間だけで来た国を壊すのかと」

「頭の固い連中も多いしな、まあそれがその時までの常識だった。そのくせアンヘリカを手に入れたいって言うのだからおかしな話だ」

 確かに先程から、変な矛盾があるように思える。

「しかし、姫は国にとって有益な人間が外に流れていくのはおかしいと言い、押し通しました。初めは小さな小競り合いが起きたりもしましたが、現在はうまく機能しているので不満も聞かなくなって来ましたね」

「アンヘリカ側も以前よりもずっとウィルナの人間を受け入れてくれるようになった。そりゃ、自分達の住む土地を荒らす連中に優しくなんてするわけもねぇはずだ。あいつの提案はウィルナの為とは言いながらも、結局はアンヘリカにも恩恵をもたらしてんだよ」

「恩恵?」

「ええ、アンヘリカはウィルナとシェラルドによって荒らされては復興するを繰り返してきたのです。商人以外は基本的に受け入れられなかったのですよ。そこに姫が無理に魔力を押し付けたというのがきっかけですね」

「押し付けた?」

「ウィルナの民が楽に砂漠を越える為に乗り合いを造ったので、止める場所が欲しい。これが初めだな」

「そして、商人同士なら問題がないだろうとアンヘリカの民も使えば良いと言いました。しかし、アンヘリカは反発ししばらくは使わない姿勢を見せたのですよ」

「砂漠の旅は術がなけりゃ本当に命がけだ。楽して移動しているのを見ているうちに使いたくなる。そして、その許しは初めから示されていたわけだ」

「わたしなら使っちゃうわ」

 危険な旅をしないですむのなら、それに越した事はない。アンヘリカの人が乗り合いを使い始めるのも納得のいくものだ。

「そういうこった。次にそんな感じでアンヘリカの土地にも術を施したいと持ちかけた」

「アンヘリカ自体に?」

「荒れた土地を戻す為、姫はアンヘリカ自体にも魔力の供給をしています」

 どういう状態なのだろうかと聞くと、ウィルナの建物や道をどう思いますかと問われた。

「何ていうか造りたてみたいに綺麗だと思う」

 ユージィンは微笑みと共に頷く。

「そうです。ウィルナ全体には魔力が使われていて建物が劣化しないように、植物は育ち易いようになっています。そうしなければあの土地であれだけの人間は暮らせないのが現実です」

 大きな壁に囲まれた国を思い出す。輝くように美しい場所ではあるが、確かに朽ちた建物を目にはしなかった。

「ウィルナだけではなく、シェラルドも魔力で成り立っているはずですよ」

 魔力をうまく使い自然を保護しなければ、あっという間に砂に埋もれてしまう。それがこの世界だというのだろうか。蘭の疑問をよそにユージィンの話は続いていく。

「アンヘリカは魔力の保護下にいない。その中で二国の戦いに巻き込まれて来たのです、色々な所に傷も多い。姫はそれを治すまでとはいかないが、定期的に魔力を提供しこれ以上の劣化を防ぎたいと提案しました」

 当初アンヘリカ側は何か目的があってそのような事をするのだろうと断って来た。だが、そこに姫は見返りを求めない、術師として魔力の使える土地を放っておけないだけだと言って強引に提供し始めたらしい。

「術師として放っておけない?」

「ええ。姫はセルアと同じく術師の才を持っておられるのですよ。研究熱心な方でして、すでに魔力の使い道が決まっているウィルナだけでは物足りなく感じていたらしいのです」

「物足りない?」

「ああ、あいつが動く理由なんてそんなもんだ。しかし見返りはいらねぇとは言ったが、それなりの効果は得てるぞ」

 セルアの意見にユージィンも同意した。

「破壊して手に入れるよりも、守る事でそこにいる人々の心証を良くするという目的はあったのかもしれませんね。それを今まで誰もしてこなかったのかと思うと何だか妙な気もしますが」

「とにかく、今ウィルナとアンヘリカの関係は良好になりつつあるってこった。そして、それに何の文句もつけて来ないシェラルドは気味が悪い。以上」

 長い話をセルアが終了させる。その締めくくり方にユージィンは苦笑した。

「大方そうですね」

 何だか一気に色々な事を聞いたなと、蘭は頷く。

「何となくはわかった。その気味の悪いシェラルドの第二王子がいて、顔を合わすのは避けたかったって事ね」

「その通りです。確か……第二王子の名はヘンリクでしたかね?」

 どうにか記憶を引っ張り出して来たらしいユージィンに、セルアが答える。

「ああ、んで第一王子がマティアスだったんじゃねぇか」

「そうでしたね。そのヘンリク王子が来ている理由はわかりませんが、私達はここでおとなしくしているしかありません。しかし、クロードの様子を思うとシェラルドが何かしているのでしょうか?」

「どちらかと言えば、ありがたくないみたいな感じはしたかな」

 ヘンリク王子一向を見かけた途端、張り詰めた雰囲気になったクロード思い出しながら蘭が言えば、ユージィンも同意した。

「好意的なものではなさそうでしたね」

 しかし、どれだけここで想像しようとも真実は見えて来ない。可能であれば後でクロードから話を聞く事はできると、三人はどう時間を潰すかを考え始めるのだった。


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