↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグだらけの異世界の歩き方 ― 終わりかけの異世界で ―  作者: 空野 翔
第1章 転移と違和感

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/3

第3話「初依頼」

 朝、玲が一階に降りると、リゼットはもう食べ終わっていた。

「遅い」

「……何時ですか」

「日の出から一時間。冒険者なら当たり前だ」

 玲はエマが出してくれた朝食を受け取った。黒パンと、薄い豆のスープ。腹に入る。十分だ。


「今日、依頼に行く。お前も一緒に」とリゼットが言った。

「俺も?」

「あんた金がないんだろ」

「……はい」

「ならくる。使えなくても連れていく。ただし死ぬな。死んだら後処理が面倒だ」

 玲は黒パンをかじりながら、「よろしくお願いします」と言った。



 依頼は薬草採取だった。街から徒歩三十分ほどの草原。リゼットがギルドで用紙を受け取り、玲に依頼書を渡した。


```

【依頼】薬草採取

対象:ミラの葉(青い縁取りのある葉)×20枚

報告:採取後、ギルドへ持参

報酬:銅貨15枚

難易度:G

```


「G級の依頼か」

「文句あるか」リゼットが言った。「あんたがG級なんだから当然だろ」

「俺はB級の人が薬草採りに来るのを疑問に思っただけです」

 リゼットが少し沈黙した。

「……お前の保護者が必要だろ。今日だけだ」

 玲は「ありがとうございます」と言った。リゼットは何も言わなかった。



 草原は広かった。空が低い。雲が多い。でも雨にはならなそうだ。草の匂いがする。虫の声がある。玲はログを展開しながら歩いた。


```

[LOCATION:西部草原]

特記事項:魔物出現率(低)

採取可能素材:ミラの葉 / 赤鉱草 / 泥土菌

備考:一部エリアで地形データ不整合を検出

```


「地形データ不整合」。

 玲は顔を上げて、草原を見回した。どこにでもありそうな草原だ。丘があって、木が数本あって、遠くに森の縁がある。特に変わったところは——あった。

 草原の中央付近に、直径十メートルほどの円形のエリアがある。そこだけ草が枯れている。土が剥き出しで、焦げているわけでも踏み荒らされているわけでもなく、ただ、草が「ない」。


 玲がその方向へ向かおうとすると、リゼットが「そっちは行くな」と言った。

「なんで」

「ずっと前からあそこだけそうなんだ。近づくと気分が悪くなる」

「……前から?」

「三年前に初めてこの街に来たときから。それより前かもしれない」

「誰かが調べたことは」

「さあ。ギルドには報告が上がってると思うけど、何も分からなかったらしい」

 玲はその円形のエリアをログで確認した。


```

[AREA:未定義ゾーン]

地形データ:欠損

生態データ:欠損

原因:██████████

発生時期:記録なし

```


 発生時期が、記録なし。つまりこの世界のシステムが「いつからここが欠損しているか」を把握していない。後から欠損したのではなく、最初から記録がないのかもしれない。

(それとも記録が消されたのか)

 区別がつかない。

「……分かった。近づかない」

 玲はログを閉じた。手帳に書きたかったが、手帳はまだない。今日ダグラスにもらうはずだ。いや、「もらうはずだ」という確信はない。ミラの葉を探し始めた。



 採取しながら歩いていると、リゼットが口を開いた。

「あんた、強いの」

 唐突な質問だった。

「強くない」

「だろうな」リゼットが草の間に目を向けながら言う。「でも昨日のギルドで、あんたが部屋に入ったとき、周りの冒険者を全員一瞬で確認したのは分かった。反射で。危険かどうかを見てた」


 玲は手を止めなかった。「習慣ですよ。小心者なんで」

「小心者は石で魔物を倒さない」

「……」

「靴に泥がついてた。服の汚れ方と、石を持ってたこと。来る途中で何かと戦ったんだろ」

「スライムだったんで」

「スライムで石を使う人間はいない。普通はそのくらい素手でどける」

 玲はリゼットを見た。リゼットは玲を見なかった。ミラの葉を摘みながら、言葉を続ける。


「能力があるだろ。隠してる。それはいい。他人に話す義務はない。ただ」

 そこで初めてリゼットが玲を見た。

「危ない、と思ったら言え。私が死ぬのは私の問題だが、あんたが死ぬのは私が見ていた責任になる」

 玲はしばらく考えてから、言った。

「……不器用な親切ですね」

「親切じゃない。効率の問題だ」

「そういうことにしておきます」

 リゼットが鼻を鳴らした。玲はミラの葉を一枚摘んで、光にかざした。青い縁取り。依頼書の通りだ。正しいものが、ここにある。それだけが今、確かなことだと思った。



 採取の終盤、玲がログを展開したとき、ひとつのエラーが出た。


```

[NEARBY ENTITY]

スライム(青)×3

レベル:1〜2

状態:通常

脅威度:低

```


 出た。三体。昨日のこともある。玲は素早くリゼットに告げた。

「魔物が近い。三体。今のところ通常状態」

「今のところ、というのは」

「……変わることがある。昨日、変異したのに遭遇した」

 リゼットが一瞬止まった。「スライムが変異した?」

「ログで確認した。弱点が消えて、耐性に打撃が入った。酸を使ってきた」

 リゼットが玲を見る目が変わった。「それ、本当か」

「本当です。一応倒しましたけど」

「……スライムの変異は、普通起きない」

「だから聞いてほしかった」


 リゼットが剣の柄に手をかけた。「来い」

 三体のスライムが草むらから出てきた。普通のスライムだ。リゼットが大剣を抜き、一撃で二体を処理する。速い。一切の無駄がない。

 残り一体。リゼットが踏み込もうとしたとき、スライムの色が変わった。青から、青紫に。リゼットの動きが止まった。

「……本当に変異した」

 玲がログを確認する。


```

[ENTITY DETAIL:スライム(青→変異)]

弱点:──

耐性:打撃 / 刃 / 毒

状態:【警戒モード】

備考:███████████████

```


「リゼットさん、刃が効かなくなってます。火属性なら行けるかもしれない」

「魔法は使えない。炎は持っていない」

「じゃあ——」

 玲は周囲を見回した。草原。草。乾いた草。


(火打ち石はないか。いや、ポケットに——)


 石があった。金属成分を含んだ硬い石。昨日と違う種類の石を、今朝なんとなく拾ってきていた。もう一つ、玲は足元の枯れ草の束に目をやった。

「リゼットさん、スライムの動きを二秒だけ止めてくれますか」

「どうやって」

「それはリゼットさんの得意分野でしょ」

 リゼットが舌打ちして、スライムの正面に立った。大剣を構える。スライムが攻撃態勢をとる。それで十分だ。玲は枯れ草を丸め、石を打ち合わせた。


 一回。


 二回。


 三回目に火花が散った。枯れ草が燃えた。玲はそれをスライムに向けて投げた。炎がスライムに触れた瞬間、ぼん、という音がして、スライムが溶けた。あっけないくらいに。

沈黙。リゼットが振り返った。

「……石を打ち合わせた。火打ち石の要領で。昨日の失敗から学びました」

「昨日、試して失敗したのか」

「スマホのフラッシュで苔に火をつけようとしました」

 リゼットの顔に「スマホとは何か」という疑問が浮かんだが、追及しなかった。

「バグが二日連続で出た」とリゼットが言った。

「出ました。ログには『正常な記録対象ではない』と」

 リゼットがしばらく黙った。大剣を鞘に戻す。

「帰ろう」と言った。「ダグラスさんに話す。この街にいた頃から冒険者をしてた人だ。知ってることがあるかもしれない」

「……そうします」

 玲たちは草原を歩き始めた。採取したミラの葉が、二十一枚。一枚多かった。



 白銀亭に戻ると、ダグラスがカウンターにいた。玲たちの顔を見て、何かを察した目をした。リゼットが簡潔に状況を話した。スライムが二日連続で変異したこと。弱点が消えて、耐性が増えたこと。ダグラスは煙草に火をつけながら聞いた。

「ログに何て出てた」

 玲が答えた。「『正常な記録対象ではありません』」

 ダグラスが少し目を細めた。


「……昔、同じことを言ってた奴がいた」

「誰ですか」

「十年前に、この街を通っていった冒険者だ。『世界のバグが見える』と言ってた」

 ダグラスが煙を吐いた。

「その人は今、どこにいますか」

 ダグラスが少し間を置いた。

「消えた。記録も、存在も。まるで最初からいなかったみたいに」

 玲はその言葉を、体の中心で受け止めた。暖炉の火が揺れていた。白銀亭は静かだった。


 手帳をもらったのは、その夜だった。ダグラスが何も言わずに、カウンター越しに小さな革表紙の手帳を差し出した。玲が「なんで」と聞くと、「書き留めた方がいい、と思ってな」とだけ言った。

玲はその夜、手帳の最初のページに書いた。


「バグ記録、1日目:スライムが変異した。ログが壊れた。でも倒せた」

 名前は、まだ書けなかった。


—続く—


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。